上 下
119 / 306
第五章 都市国家の聖獣

信頼を抱き締めよ

しおりを挟む

 アーカムとアンナは棺を担いで、人気のない路地裏へと逃げてきた。

 余裕綽々で持ちあげたアンナとは違い、アーカムは顔を真っ赤にし、汗だくで、逃げてくるまでに木棺の重さに死にかけていた。

「はあ、はあ、はあ」
「アーカム」
「少しだけ、待ってください、はぁ、はぁ」
「……。待ったよ。で、アーカム」
「はやいはやい、はやいですって」

 アンナは腕を組み、豊かな実りをよっこいしょと乗せながら、眉根を不機嫌に歪めた。

 アーカムは「あ。怒っていらっしゃいますね」と察し、3秒後にスープレックスを決められる未来を見た。

「さて、どこから話しましょうか」

 アーカムは腕を組み「もちろん話すつもりだったよ」という雰囲気をだしながら、遠くへ視線を逃した。

「アーカムを信じて、全部、なるように任せてた。流石に一回殺されかけるとは思わなかったよ」
「……でも、僕のことを信じてくれたんですよね」
「相棒だから。あんたを信頼してるから……だよ」
「ありがとうございます。おかげでやつらをこうして無力化出来ました。僕一人じゃ無理だったでしょう」
「アーカムなら何とかするよ。あたしがいなくても」
「まさか。アンナがいたから──」
「お世辞はいいよ。で、なんなの、そいつら。アーカムが探してた銀色の髪に黒い外套の女とはずいぶんと違うようだけど」

 アーカムは思案する。

(きっとパーフェクトデザインで姿を変えたんだろう。やつらは第二次異世界転移船の計画で来たと言う。おそらくは緒方の船NEW HORIZON号と同型、あるいはそれより大きい船がこの世界のどこかにある。敵の数は6人。2人は無力化して残るは4人……って、違う違う、今はアンナにどこまで話すべきかを検討するべきだな……彼女が知るべき事実はどこまであるのか……彼女が知るべきではないことはなにか)

 そこまで考えて、ハッとした。
 アーカムは突然、自分の顔を自分で引っ張いた。

「アーカム……?」
「すみません、僕は、最悪な人間だと、思って」

 アーカムはそう言って、あっけからんと笑う。

(お前は何様だ。俺のため命をかけ、信じてくれた少女を前に、知るべき情報? どこまで教える? 都合の良いやつだ)

 信頼。
 その力に救われたばかりなのに、アーカムは自分自身がその信頼に背を向けようとしていることを恥じた。

「アンナ、長い話になります。おそらく、アンナの計り知れない話です。ですが、今から語ることは、なにひとつふざけてなんかいない。大真面目も大真面目な話です。そして、この事は誰にも、決して、親だろうと、姉妹だろうと、話してはいけない。つまり、機密です。いいですか。僕とアンナだけの機密事項です」
「……機密。わかった。機密、ね。あたしとあんたしか知らない機密ね」

(ん? なんか機嫌よくなったか? ああそっか。コート大好きアンナさんは、機密という単語も大好きなんだな。なるほどなるほど。機密好きって、なんか可愛いな)

「まずは、この世界とは違う別の場所のお話をしましょう。そこには月が一つしかなくて、1日は24時か無くて、一ヵ月も30日前後しかありません。高度に発展しか技術で、世界を渡ろうとする方法を調べる者たちがいましてカクカクシカジカン」

 2人は路地裏に棺を寝かせて、そこにしばらく座り込んだ。
 アーカムは語り、アンナは傾聴した。

 アーカムはできるだけわかりやすく、アンナの理解できるように言葉を選んで話した。
 
「僕がこの世界に感じていることはただひたすらの感謝と喜びです。残酷なことや、悲劇はありますけど……僕はここで尊い物を手に入れた」

(こちらの世界で手に入れた最も価値のある物……アンナが昔、言ってた言葉。俺が一時期やたら乱用してた言葉。思い出すと、恥ずかしくて、口に出すと、痒くなりそうだ)

「仲間っていいですね」
「……また始まったね、アーカムの仲間の押し売り」
「僕たち仲間でしょう? なら、何を遠慮する必要があるんですか、仲間と宣言することに」
「アーカム、顔赤くなってるよ。こっちまで恥ずかしくなるから、もう言わないでいいよ。お互いにダメージ受けてたら不毛だから」

 そう言って、頬を薄っすらと染めたアンナは立ちあがる。
 気恥ずかしさを紛らわせるように棺をよっこいしょと持ちあげた。

「持ってあげるよ、その棺桶。あんた腕力無いからさ」
「これが仲間、ですよね」
「……」

 仲間の素晴らしさをさとり、やたらめったら乱用してしまう
 アーカムの悪い癖だ。

 アンナはこれ以上その場にいたら、恥ずかしさで死ぬ気がした。
 ゆえにアーカムと棺を置いてスタスタと歩きだした。

「あれ? アンナ? すみません、もしもーし? あの、これ僕持つんですか? え? 本当に? やだなぁ、冗談ですよ。あれ? 本当に行っちゃう感じですか? アンナ? アンナー? アンナー!」

 結局、アーカムは自分で90kgの棺を運ぶことになった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

勇者に恋人寝取られ、悪評付きでパーティーを追放された俺、燃えた実家の道具屋を世界一にして勇者共を見下す

大小判
ファンタジー
平民同然の男爵家嫡子にして魔道具職人のローランは、旅に不慣れな勇者と四人の聖女を支えるべく勇者パーティーに加入するが、いけ好かない勇者アレンに義妹である治癒の聖女は心を奪われ、恋人であり、魔術の聖女である幼馴染を寝取られてしまう。 その上、何の非もなくパーティーに貢献していたローランを追放するために、勇者たちによって役立たずで勇者の恋人を寝取る最低男の悪評を世間に流されてしまった。 地元以外の冒険者ギルドからの信頼を失い、怒りと失望、悲しみで頭の整理が追い付かず、抜け殻状態で帰郷した彼に更なる追い打ちとして、将来継ぐはずだった実家の道具屋が、爵位証明書と両親もろとも炎上。 失意のどん底に立たされたローランだったが、 両親の葬式の日に義妹と幼馴染が王都で呑気に勇者との結婚披露宴パレードなるものを開催していたと知って怒りが爆発。 「勇者パーティ―全員、俺に泣いて土下座するくらい成り上がってやる!!」 そんな決意を固めてから一年ちょっと。成人を迎えた日に希少な鉱物や植物が無限に湧き出る不思議な土地の権利書と、現在の魔道具製造技術を根底から覆す神秘の合成釜が父の遺産としてローランに継承されることとなる。 この二つを使って世界一の道具屋になってやると意気込むローラン。しかし、彼の自分自身も自覚していなかった能力と父の遺産は世界各地で目を付けられ、勇者に大国、魔王に女神と、ローランを引き込んだり排除したりする動きに巻き込まれる羽目に これは世界一の道具屋を目指す青年が、爽快な生産チートで主に勇者とか聖女とかを嘲笑いながら邪魔する者を薙ぎ払い、栄光を掴む痛快な物語。

クラスで馬鹿にされてた俺、実は最強の暗殺者、異世界で見事に無双してしまう~今更命乞いしても遅い、虐められてたのはただのフリだったんだからな~

空地大乃
ファンタジー
「殺すと決めたら殺す。容赦なく殺す」 クラスで酷いいじめを受けていた猟牙はある日クラスメート共々異世界に召喚されてしまう。異世界の姫に助けを求められクラスメート達に特別なスキルが与えられる中、猟牙にはスキルが一切なく、無能として召喚した姫や王からも蔑まされクラスメートから馬鹿にされる。 しかし実は猟牙には暗殺者としての力が隠されており次々とクラスメートをその手にかけていく。猟牙の強さを知り命乞いすらしてくる生徒にも一切耳を傾けることなく首を刎ね、心臓を握り潰し、頭を砕きついには召喚した姫や王も含め殺し尽くし全てが終わり血の海が広がる中で猟牙は考える。 「そうだ普通に生きていこう」と――だが猟牙がやってきた異世界は過酷な世界でもあった。Fランク冒険者が行う薬草採取ですら命がけな程であり冒険者として10年生きられる物が一割もいないほど、な筈なのだが猟牙の暗殺者の力は凄まじく周りと驚かせることになり猟牙の望む普通の暮らしは別な意味で輝かしいものになっていく――

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

錬金術師が不遇なのってお前らだけの常識じゃん。

いいたか
ファンタジー
小説家になろうにて130万PVを達成! この世界『アレスディア』には天職と呼ばれる物がある。 戦闘に秀でていて他を寄せ付けない程の力を持つ剣士や戦士などの戦闘系の天職や、鑑定士や聖女など様々な助けを担ってくれる補助系の天職、様々な天職の中にはこの『アストレア王国』をはじめ、いくつもの国では不遇とされ虐げられてきた鍛冶師や錬金術師などと言った生産系天職がある。 これは、そんな『アストレア王国』で不遇な天職を賜ってしまった違う世界『地球』の前世の記憶を蘇らせてしまった一人の少年の物語である。 彼の行く先は天国か?それとも...? 誤字報告は訂正後削除させていただきます。ありがとうございます。 小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで連載中! 現在アルファポリス版は5話まで改稿中です。

拝啓、お父様お母様 勇者パーティをクビになりました。

ちくわ feat. 亜鳳
ファンタジー
弱い、使えないと勇者パーティをクビになった 16歳の少年【カン】 しかし彼は転生者であり、勇者パーティに配属される前は【無冠の帝王】とまで謳われた最強の武・剣道者だ これで魔導まで極めているのだが 王国より勇者の尊厳とレベルが上がるまではその実力を隠せと言われ 渋々それに付き合っていた… だが、勘違いした勇者にパーティを追い出されてしまう この物語はそんな最強の少年【カン】が「もう知るか!王命何かくそ食らえ!!」と実力解放して好き勝手に過ごすだけのストーリーである ※タイトルは思い付かなかったので適当です ※5話【ギルド長との対談】を持って前書きを廃止致しました 以降はあとがきに変更になります ※現在執筆に集中させて頂くべく 必要最低限の感想しか返信できません、ご理解のほどよろしくお願いいたします ※現在書き溜め中、もうしばらくお待ちください

クラスまるごと異世界転移

八神
ファンタジー
二年生に進級してもうすぐ5月になろうとしていたある日。 ソレは突然訪れた。 『君たちに力を授けよう。その力で世界を救うのだ』 そんな自分勝手な事を言うと自称『神』は俺を含めたクラス全員を異世界へと放り込んだ。 …そして俺たちが神に与えられた力とやらは『固有スキル』なるものだった。 どうやらその能力については本人以外には分からないようになっているらしい。 …大した情報を与えられてもいないのに世界を救えと言われても… そんな突然異世界へと送られた高校生達の物語。

異世界に転生をしてバリアとアイテム生成スキルで幸せに生活をしたい。

みみっく
ファンタジー
女神様の手違いで通勤途中に気を失い、気が付くと見知らぬ場所だった。目の前には知らない少女が居て、彼女が言うには・・・手違いで俺は死んでしまったらしい。手違いなので新たな世界に転生をさせてくれると言うがモンスターが居る世界だと言うので、バリアとアイテム生成スキルと無限収納を付けてもらえる事になった。幸せに暮らすために行動をしてみる・・・

処理中です...