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第四章 悪逆の道化師

幕間:確かなる軌跡

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 その日から、エーラとキサラギの不思議な逢瀬ははじまった。

 エヴァリーンがようやく帰ってくる頃になると、エーラはすっかりいつもの笑顔を取り戻していた。
 
「どうしたのエーラ?」

 エヴァリーンが聞いても「お母さんには内緒!!」と言って、飛び出して行ってしまう。

「アリス、なんだかエーラが最近楽しそうじゃない?」
「たしかに。最近はタスク『姉に構う』を遂行していない気がします」
「そうよね。ひとりであんな楽しそうに……もしかして、心の病気じゃ……」
「……。お母様は心配しないでください。お姉様のことはアリスがなんとか尻尾を掴んで見せます」
「そんな悪いことしてるみたいな言い方……ええ、でも助かっちゃうわ」

 アリスは新しいタスク『姉、監視』を追加し、翌日、さっそく姉が森へ出かけて行ったの二階の窓から見つけて、窓から飛び降り、アグレッシブに尾行を開始した。

 ただ、エーラは足が速く、アリスよりも機敏だった。

「くっ……お姉様のくせに生意気です……っ」

 汗だくになりながら、ようやく追いつく。
 そこはかつて兄が秘密の基地のように使っていた場所だ。
 
(そういえば、お兄様はここで騎士を救えなかったことをひどく後悔していました……)

「はい! お姉ちゃん! これが昨日言ってた本だよ! お兄ちゃんの部屋にあったんだー!」

(お姉様、誰かと話していますね。どうせお姉様のことです、キノコとおしゃべりしてるに決まって──)

 女の人がいた。
 目を見開いてしまうほど整った──整いすぎて不自然なほどの美少女だ。

 もちろん、科学の結晶キサラギである。
 
(お姉様とどういう関係でしょう。詳しく調査する必要があります。タスク『姉と不審者』を追加です)

「お姉ちゃん、文字読めないのー?」

(お姉様、その綺麗な人に無視されてますよ)

 キサラギは片手間にエーラをいい子いい子とさらさらな銀髪を撫でてあげ、その一方で魔導書を読んでいた。凄まじい速度で。
 ぺらぺらぺらぺらぺら──200ページはあった魔導書をあっという間に読み終えてしまう。

 すると──

「言語パターンで、分析は完了しました。その言語は、通用していますか」
「っ! お姉ちゃん喋れたんだね!」
「今、喋れる可能状態が実りました。しかし、口語的言語能力の完結性については、より多くのデータの蓄積が必要不可欠かも、思う」
「うーん、なんか喋り方変だから、エーラがお姉ちゃんに言葉を教えてあげる!」
「ありがとうございました」
「まだなにも教えてないよ!」

 それから、しばらくのあいだ、エーラとキサラギの楽しげな出会いはつづき、アリスがこっそり監視するというミッションも同様に続いた。

「アリス! エーラが可愛い妹ちゃんにいいもの見せてあげる!!」

 アリスは何事かと思いながら、エーラについていき、そして、正式にキサラギを紹介された。
 アリスとしてはなんともリアクションに困ったが、頑張って「わ、わあ! すごいです、流石はお姉様!」とよくわからない反応をした。
 それでも、エーラはどこか自慢げだった。

 アリスへ紹介すれば、今度は両親へ紹介する番だった。

「見て見て、お母さん! エーラのお友達! エーラが言葉を教えてあげたんだよ!」
「こんにちは。イヴ・シュトライカ・イカイ・キサラギです。長いのでキサラギと呼んでください」
「あ、こ、これは丁寧にありがとうございます。……アディも挨拶してよ」
「え? ああ、そうだね。アディフランツ・アルドレアです、どうも丁寧に、その、ええ、どうも」

 エヴァリーンとアディフランツが動揺していたのは、キサラギの背後で当たり前のように浮かんでいるブラックコフィンのせいだった。
 エーラは秘密の逢瀬が重なっていたので、すっかり見慣れたものだったが、一般人にとってはまだまだ見慣れない奇妙な物体そのものである。

「これはどういう魔術なんだ……」
「アリスも検討がつきません」

 アディフランツとアリスの魔術師組はその浮遊の謎を解明するべく、しばらく各々の作業を休んで、ブラックコフィンを調べてまわった。
 しかし、魔術の痕跡などあるわけもなく、磁力の正体を突き止めることも叶わなかった。わかったのは何もわからないということだけだ。

 魔術師という生き物は、わからない・未知を操る存在に対して、自然と尊敬や畏敬を向けてしまうところがあった。

「あ、どうも、キサラギさん、おはようございます」

 いつのまにかアディフランツはキサラギに対して敬語になっていた。
 
 キサラギはアルドレア家にて10日ほどを過ごした。
 
「どこから来たんですか?」
「虚無の海を越えて」
「す、すごい(よくわからないけど神秘を感じる!)」

 キサラギはこの家で多くの常識、言語経験、物の名称、行動の名称など、あらゆる蓄積をつくっていった。
 かるてアーカム・アルドレアがしたように、偶然か必然か、アルドレア家は学習場となっていた。

 同じことが二回も起これば、必然と、アディフランツやエヴァリーンのなかで、キサラギとアーカムの姿が重なった。

「ここが息子の部屋なんだ。今は俺の仕事部屋だけどね」

 アディフランツはキサラギにアーカムの部屋を見せたくなった。

「あなたの息子はなぜいないのですか」
「……死んでしまったんです。吸血鬼に、殺されたんです。先日のバンザイデスの災害で」
「そうですか。すみません。キサラギは空気を読まずに質問をしてしまいました」
「うんん、構いません。あまねく未知を既知に変えようとする姿勢は、魔術師として尊敬に値するものですから」

 キサラギはアーカムが残したレポートのひとつを手に取る。
 まとめてある。しかし、文章のまとめかたに違和感があった。
 序論、本論、結論のシンプルな構成だが、どうにも地球臭かった。
 
 ふと、部屋の隅においてある、タイプライターが視界に入って来た。
 
(異世界は地球の写し鏡のように酷似した世界。タイプライターがあろうと不思議では──)

 そう思いかけ、キサラギはタイプライターにがっつくように近寄った。
 
「ありえません。なぜアルファベットが。この道具はどこから?」
「え? ああ、ええと、それは俺の息子が使っていた魔道具で……俺も使い方はわからないんです。どうにも文章を素早くつくれる便利なアイテムらしいんですけど」
「その文章を見せてくれますか、アディフランツさん」

 アディフランツは自分が読めない未知の言語で書かれたレポートをキサラギに見せた。そのほか、メモ用紙に使われたと思わしき、紙切れが見つかった。
 
 紙切れには文字を練習した過程で、無意識に、無意味に、ランダムに選ばれたはずの単語が並んでいた。

 本人にとっては、さしたる意味をもたない気まぐれの走り書き。
 そのなかにキサラギは確かに見つけた──伊介天成《いかいてんせい》、という単語を。
 まったく関係のない人間のフルネームを、メモ用紙の空いた隙間に、特に意味のなく適当な単語として選ぶ確率は低い。
 現にこの文字列は、アーカムがかつて「えーっと、名前は論文の左上で統一した方がいいよな、左上に名前っと、メモメモ──あー! 間違えて日本語で書いちゃった!」と手癖で間違えただけの、本人はまったく覚えていない書き込みであるのだ。

 キサラギは確信する。
 伊介天成が異世界にいて、そして、どういうわけかアルドレア家の長男坊アーカム・アルドレアとして活動をしていた事実を。

 キサラギはその晩、アーカムが残した数々の地球言語のレポートを読み終え、エーテル語で作成された文章などもすべてを読みこんだ。
 文章の傾向、論法の組み立て方、筆跡など、地球時代の名残りが、アーカムの研究の仕方と残した成果の中に克明に刻まれていた。

(アーカム・アルドレア……キサラギは会いたいです。伊介林音博士の息子としても、キサラギの兄としても、興味があります)

 翌朝、キサラギとブラックコフィンがアルドレア家から姿を消した。
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