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第四章 悪逆の道化師

幕間:イセカイテック4

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 研究部部長の書斎。
 
「ちょろいもんですな、若造を処理することなんて」

 緒方はデスクで両肘着く部長へ穏やかな笑みをむける。
 決して笑顔の裏を悟られないようにしながら。

「如月博士はすこしやりすぎたね」

 部長はウィスキーをあおり飲みながら言う。

「まだ36歳なのにあんな発明をして……。才能はあったが、世の中のわたり方を知らなかった」

 イセカイテック研究者の世界には社内政治的な暗黙のルールがあった。
 それは若くして成功してはいけない、ということ。
 特に大きな成功をしてはいけない。
 経営層が興味をもって、ほかの研究室へ送られるはずだった研究資金の流れを変えてしまう──そんなことはあってはならない。

「36歳の天才と言えば、懐かしい彼を思い出すね」
「はは、誰でしたかな」
「とぼけるんじゃない、緒方くん。今回、君が殺した彼の息子だよ。しかし、あの親子そろってこんな結末とはね。世の中は皮肉だ」
「まったくですな」

 笑いながら、緒方は軽蔑していた。
 
(この俺に責任を負わせたことは忘れてないぞ、部長殿。天成の野郎の円環型の装置がクソポンコツだったせいで、功績を横取りするどころか、汚名を着せられた。あの無能デブめ。死んだあとも俺をムカつかせやがって。……だが、まあいい。もう死んでるんだ。死んだ奴くらい許してやろう。いまはとにかくクソ部長だ。ご機嫌をとって、暗躍に手を貸して、隙を見せたら失脚させてやる)

 緒方は暗い野望を抱いていた。
 その野望はすでに彼の若き日の志からは遠くかけ離れたカタチをしている──。
 になってしまったことを彼自身自覚していない。

「ところで、今度の船はどうなんだい。自信のほどは」
「はい、今度のは確実に成功します。『富岳《ふがく》』の計算では成功確率は98%です」
「それはすごいね。あの時とはまるで逆だ」
「ええ、私の異世界転移技術は彼のものとは根本原理が違います。第10研究室はあのような失敗は二度といたしません」
「そうか。それじゃあ、君が乗ってくれたまへ」
「はい! ………………はい?」

 緒方は目を丸くする。

「どうしたんだい?」
「え、いや、あの……」
「まさか、乗れないのかね? 君が設計して4年の歳月をかけて建造された船だろう? 自信がないのかね? それはありえないね。だって、我らの超高度人工知能がGOサインを出したんだろう?」
「そ、それは、そうですが」

 イセカイテック社が誇る超高度人工知能──富岳《ふがく》のお墨付きを否定することは、知識のある者なら絶対にできないことだ。

「では、足りないのは勇気か。あるいは責任感ということになるね」
「部長、なにをおっしゃりたいのですか」

 緒方は、はらわた煮えくりかえる思いだった。

「君に異世界最初の到達者になる名誉を譲りたいだけだよ。知ってるかい、コロンブスを。彼は新大陸の発見者だが、それは船長だったから発見者となれたのだよ。歴史に名を残すのは船をつくった造船職人じゃない。船乗りだ」
「くっ……」

 もっともな言葉に緒方は黙るしかない。

 新大陸どころか新世界への航海は未知の脅威にあふれている。
 富岳が保証しているのは、あくまで異世界転移船が異世界へと到達するかいなかだ。
 すなわち、船がどんな状態でもたどりつきさえすればいい。
 その間になにが起こるかはわかったものじゃない。
 たとえ異世界にたどりついても、今度はそこが地球人類にとって安全な世界か確かめる必要がある。

 重力は? 酸素はある? 気温は?
 日照時間は? 水は? 食べられるものは?
 エイリアンがいるのでは? 船で帰ってこれる?
 
 あらゆる状況を想定して最大の準備をしていくが、それでも『最初の船』に乗るのはあまりにも不安すぎる。

 部長は悪魔のような人間だ、と緒方は思った。
 どう転んでも、部長の評価はあがる。

 緒方が異世界の安全を立証すれば、搭乗を進言したことで判断力を評価され、情に厚い上司像は強まるだろう。。
 緒方が失敗すれば第10研究室への評価をさげ、今度は自分の研究室の資金繰りを豊かにできる。
 
 多少強引だろうとも、部長のチカラがあるかぎり、思い通りにシナリオを書き換えられる。

「返事を聞かせてくれるかな、私も忙しいんだよ、緒方くん」

 警備員が部屋に入ってきた。
 腰の銃を見せるように、腰に手を当てている。

「そういえば、伊介林音博士を殺したのはだれだったか……私は物覚えが悪くてね。うっかり警備部やら法務部やらに密告してしますかもしれないね」

(クソが。クソクソクソクソ。クソばかりだ。俺は利用する側だったはずなのに! あのデブ野郎のゴミ発明の負債をふっかけられるまですべて上手くいってたのに! なんでこんなクソみたいな脅しをされなくちゃいけない! どこで間違えたんだッ!)
 
 緒方に選択肢はなかった。

「ぅ、ぅ…………乗らせて……いただきます」
「そうか。では、幸運を祈るよ、勇敢なる英雄殿」


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