上 下
102 / 306
第四章 悪逆の道化師

幕間:イセカイテック1

しおりを挟む


 イセカイテック本社

 摩天楼都市の地下施設。
 先進的なデザインを意識されてつくられた白色で統一された研究室がある。
 
 研究室には白衣を来た研究者たちと、スーツに身をつつむ老いた権威者たちが集まっていた。
 彼らが一様に刮目《かつもく》しているのは施設中央の半透明の機械ポットだ。
 培養液のようなもので満たされており、生物兵器でも培養されてそうだが、ポット自体が白く清純な見た目をしているので、その心配はない。
 中の液体は電解質をふくんだサイボーグ用のである。

 ポットの底に穴が開き、溶液が排出されていく。
 排水が完了した。ポットが開いていく。

 皆が息をのむ。研究者も。権威者たちも。

 はじめに機械仕掛けの金属母胎から冷気がふわーっと漏れでてきた。
 それが足元を覆いつくしたころ……ヒトが出てきた。
 細身の裸体をさらす世にも美しい娘だ。

 
 シルバーの髪に、グラデーションでライトイエローが入っている。この透き通った人工頭髪には数十億円の開発費が投入されていることを知る者は少ない。
 黄色い瞳孔を内包した芸術的な瞳は、世界屈指の人工瞳技師がデザインしたダイヤモンドより遥かに貴重な至宝である。
 肌はほどよく焼けていて(厳密には色付け)、頬は柔らかく、体のどの部分をとっても角ばっていない。優しげなフォルムが、逆に、この少女が従来のサイボーグではとうてい追いつけない人類の科学力の結晶であることの証であった。
 
 右耳のうえには Eve-Streika-Ikai-Kisaragiと黒い文字で印字されている。

「おお……」
「これほどの完成度か……」
「素晴らしい」

 集まった者どもは、惜しみない賞賛の拍手を贈る。
 このヒトを設計した研究者へ。
 そして、産まれてきてくれた素晴らしき未来へ。

 娘はひんやりとする冷気になんの反応も示さない。
 白い溶液で急激に低下しているだろう体温にも気にも留めない。
 拍手している男たちをじーっと不思議そうに見渡している。
 裸体を見られているというのに恥ずかしがる素振りも見せない。

「イヴ・シュトライカ・イカイ・キサラギ」
 
 そう声をかけられて、少女は首を動かす。
 眼鏡をかけた優しそうな若者がいた。
 涙を流し、誇らしげな顔をしている。

「君の名前だ。イヴ・シュトライカ・イカイ・キサラギ」
「イヴ・シュトライカ……イカイ・キサラギ」

 少女が復唱すると拍手はさらに大きなものとなった。
 万雷のごとく、この偉大なるシンギュラリティを称えた。
 
「おめでとう、如月《きさらぎ》博士、君はいま間違いなく神に一番近い」

 西暦2111年
 人類初の汎用人工知能搭載型アンドロイドが誕生した。

 イヴ・シュトライカ・イカイ・キサラギ──以下、キサラギ──の発明は公には公表されなかった。
 
 理由は2つあった。
 
 1つ目。
 キサラギが世間の要望に耐えるだけの性能をもっているか、未知数だったこと。
 イセカイテック社は2101年の異世界転移装置での失敗から学んだのだ。
 重大な発表ほど焦りすぎてはいけない。と。
 
 2つ目。
 社内でキサラギを飼って、人間どうしのコミュニティにおける活動記録をとりたかったこと。
 慎重な経営層からの指示であった。
 
 以上、2つの点から、キサラギはイセカイテック社内に限ってかなり自由に生活をすることを許された。

 重役たちへのお披露目から一週間が過ぎた。
 
「こんにちは、キサラギちゃん」

 廊下で通りすぎた女性社員にぺこりと頭をさげる。

「お、今日も散歩してるな」

 気前のいい男性社員にぺこりと頭をさげる。

「ふご、ふご……キサラギ氏、今日も可愛いんごねぇ……ふしゅるゥ」

 マスク曇らせ眼鏡油汗ブスじじい研究員にぺこりと頭をさげる。
 と、そこで、キサラギはたちどまる。
 彼女は小脇に抱えていた袋からドーナッツを掴み出した。

 マスク曇らせ眼鏡脂汗ぶすじじい研究員──伊介林音《いかいりんね》へ、キサラギドーナッツが贈呈される。

 林音は感涙の涙をこぼしながら、そっとドーナッツを受け取る。

「き、キサラギ氏ぃ……!」
「この1週間あなたとの遭遇率は479%。一日に4回会っています。驚異的な数値です。キサラギとあなたは友人と定義しました。お近づきの印です」
「キサラギ氏……申し訳ないでござる、ドーナッツは受け取れないでござる」
「キサラギにはわかりません。理由をお教えください」
「その、儂《わし》、実はキサラギ氏の後ろをつけていたんで候《そうろう》……だから遭遇率があがるのは当然であるわけでありまして……」

 林音は自分が恥ずかしくなった。
 純粋すぎるキサラギを騙したことが。
 今年で71歳にもなるのにティーンの女子にhshsしていることが。

 ドーナッツをかえす林音。
 キサラギはしゅんとして「そうですか」と受け取る。

「では、それを踏まえたうえで、ドーナッツを贈呈します。友達になってもらうためのキサラギからのアプローチです」
「儂なんかでいいでごじゃるか……! キサラギ氏ぃぃぃ……!」

 この日以来、キサラギに28回遭遇するとドーナッツを渡され、友達になれるという社内伝説がまことしやかに出回りはじめた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

勇者に恋人寝取られ、悪評付きでパーティーを追放された俺、燃えた実家の道具屋を世界一にして勇者共を見下す

大小判
ファンタジー
平民同然の男爵家嫡子にして魔道具職人のローランは、旅に不慣れな勇者と四人の聖女を支えるべく勇者パーティーに加入するが、いけ好かない勇者アレンに義妹である治癒の聖女は心を奪われ、恋人であり、魔術の聖女である幼馴染を寝取られてしまう。 その上、何の非もなくパーティーに貢献していたローランを追放するために、勇者たちによって役立たずで勇者の恋人を寝取る最低男の悪評を世間に流されてしまった。 地元以外の冒険者ギルドからの信頼を失い、怒りと失望、悲しみで頭の整理が追い付かず、抜け殻状態で帰郷した彼に更なる追い打ちとして、将来継ぐはずだった実家の道具屋が、爵位証明書と両親もろとも炎上。 失意のどん底に立たされたローランだったが、 両親の葬式の日に義妹と幼馴染が王都で呑気に勇者との結婚披露宴パレードなるものを開催していたと知って怒りが爆発。 「勇者パーティ―全員、俺に泣いて土下座するくらい成り上がってやる!!」 そんな決意を固めてから一年ちょっと。成人を迎えた日に希少な鉱物や植物が無限に湧き出る不思議な土地の権利書と、現在の魔道具製造技術を根底から覆す神秘の合成釜が父の遺産としてローランに継承されることとなる。 この二つを使って世界一の道具屋になってやると意気込むローラン。しかし、彼の自分自身も自覚していなかった能力と父の遺産は世界各地で目を付けられ、勇者に大国、魔王に女神と、ローランを引き込んだり排除したりする動きに巻き込まれる羽目に これは世界一の道具屋を目指す青年が、爽快な生産チートで主に勇者とか聖女とかを嘲笑いながら邪魔する者を薙ぎ払い、栄光を掴む痛快な物語。

クラスで馬鹿にされてた俺、実は最強の暗殺者、異世界で見事に無双してしまう~今更命乞いしても遅い、虐められてたのはただのフリだったんだからな~

空地大乃
ファンタジー
「殺すと決めたら殺す。容赦なく殺す」 クラスで酷いいじめを受けていた猟牙はある日クラスメート共々異世界に召喚されてしまう。異世界の姫に助けを求められクラスメート達に特別なスキルが与えられる中、猟牙にはスキルが一切なく、無能として召喚した姫や王からも蔑まされクラスメートから馬鹿にされる。 しかし実は猟牙には暗殺者としての力が隠されており次々とクラスメートをその手にかけていく。猟牙の強さを知り命乞いすらしてくる生徒にも一切耳を傾けることなく首を刎ね、心臓を握り潰し、頭を砕きついには召喚した姫や王も含め殺し尽くし全てが終わり血の海が広がる中で猟牙は考える。 「そうだ普通に生きていこう」と――だが猟牙がやってきた異世界は過酷な世界でもあった。Fランク冒険者が行う薬草採取ですら命がけな程であり冒険者として10年生きられる物が一割もいないほど、な筈なのだが猟牙の暗殺者の力は凄まじく周りと驚かせることになり猟牙の望む普通の暮らしは別な意味で輝かしいものになっていく――

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

錬金術師が不遇なのってお前らだけの常識じゃん。

いいたか
ファンタジー
小説家になろうにて130万PVを達成! この世界『アレスディア』には天職と呼ばれる物がある。 戦闘に秀でていて他を寄せ付けない程の力を持つ剣士や戦士などの戦闘系の天職や、鑑定士や聖女など様々な助けを担ってくれる補助系の天職、様々な天職の中にはこの『アストレア王国』をはじめ、いくつもの国では不遇とされ虐げられてきた鍛冶師や錬金術師などと言った生産系天職がある。 これは、そんな『アストレア王国』で不遇な天職を賜ってしまった違う世界『地球』の前世の記憶を蘇らせてしまった一人の少年の物語である。 彼の行く先は天国か?それとも...? 誤字報告は訂正後削除させていただきます。ありがとうございます。 小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで連載中! 現在アルファポリス版は5話まで改稿中です。

拝啓、お父様お母様 勇者パーティをクビになりました。

ちくわ feat. 亜鳳
ファンタジー
弱い、使えないと勇者パーティをクビになった 16歳の少年【カン】 しかし彼は転生者であり、勇者パーティに配属される前は【無冠の帝王】とまで謳われた最強の武・剣道者だ これで魔導まで極めているのだが 王国より勇者の尊厳とレベルが上がるまではその実力を隠せと言われ 渋々それに付き合っていた… だが、勘違いした勇者にパーティを追い出されてしまう この物語はそんな最強の少年【カン】が「もう知るか!王命何かくそ食らえ!!」と実力解放して好き勝手に過ごすだけのストーリーである ※タイトルは思い付かなかったので適当です ※5話【ギルド長との対談】を持って前書きを廃止致しました 以降はあとがきに変更になります ※現在執筆に集中させて頂くべく 必要最低限の感想しか返信できません、ご理解のほどよろしくお願いいたします ※現在書き溜め中、もうしばらくお待ちください

クラスまるごと異世界転移

八神
ファンタジー
二年生に進級してもうすぐ5月になろうとしていたある日。 ソレは突然訪れた。 『君たちに力を授けよう。その力で世界を救うのだ』 そんな自分勝手な事を言うと自称『神』は俺を含めたクラス全員を異世界へと放り込んだ。 …そして俺たちが神に与えられた力とやらは『固有スキル』なるものだった。 どうやらその能力については本人以外には分からないようになっているらしい。 …大した情報を与えられてもいないのに世界を救えと言われても… そんな突然異世界へと送られた高校生達の物語。

異世界に転生をしてバリアとアイテム生成スキルで幸せに生活をしたい。

みみっく
ファンタジー
女神様の手違いで通勤途中に気を失い、気が付くと見知らぬ場所だった。目の前には知らない少女が居て、彼女が言うには・・・手違いで俺は死んでしまったらしい。手違いなので新たな世界に転生をさせてくれると言うがモンスターが居る世界だと言うので、バリアとアイテム生成スキルと無限収納を付けてもらえる事になった。幸せに暮らすために行動をしてみる・・・

処理中です...