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第四章 悪逆の道化師

これって逮捕とかされませんよね

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「お時間よろしいですか」
「もちろんです」

 立とうとしたら手で制されたので、そのままベッドに腰かける。
 エレントバッハは俺の隣にちょこんと腰を下ろした。
 横に座られると、改めてちいさいと感じた。
 青白い髪色は儚い情景を映す鏡だ。銀の瞳は、目の前の現実だけにとどまらず、より神秘的な、超越的なものを見据えているようにすら見える。
 本当に不思議な少女だ。

「アルドレア様、お怪我は大丈夫ですか」
「僕はなにも問題はないです。エレントバッハさんのほうが重症でしょう」
「腕のことですか。問題はありません。家の者が手伝ってくれるので生活に支障はないですから」

 いや、そういう問題かなぁ。
 違うと思うなぁ、アーカムさんはぁ。

「この傷は盟友とともに乗り越えた苦難とあなたの覚悟の証です。生涯の誇りですよ。腕の傷についてたずねられれば、何度でもあなたの活躍を思い出せますから」

 もうエレントバッハ様、男前すぎて夢女子になっちゃいそうよ。……あっ(手遅れ)

「すべてアルドレア様のおかげです」

 彼女はちいさな白い手を静かに重ねて来た。

 ッ、こ、これは……ぴょい……。

 
 ────


 ──少し前

 エレントバッハは自室で姿見を見つめていた。
 
(やはり、腕がないとどうにも構えてしまいますよね)

 メイドが主人の青白い髪を緩やかに束ねておさげにする。

「とってもお綺麗ですよ、エレントバッハお嬢様」
「ですが、これでは抱こうなどと思ってはいただけないでしょう。やはり、浅ましい試みはやめましょう」
「お嬢様、司祭家の当主たるもの、好機を逃してはいけません。アルドレア様がまだ若いうちに傷跡を残しておけばそれだけ記憶に鮮烈に生き続けることができるのですよ」

(アルドレア様はただ立っているだけでも女性に困ることはないようなお方……彼にとって特別でありたいと思うのはわがままですが……そうありたいと思ってしまった)

「ご安心ください、英雄色を好むという言葉があります」
「……それはどうでしょう、アルドレア様は紳士な殿方ですから」
「自信をお持ちください。お嬢様はルールー家でも指折りに可憐ですよ」
「……しかし、その、やはり早計ではないでしょうか」
「なにをおっしゃいますか。大切なのは時間ではありません。どれだけお互いに信頼しあったかです」
「……」
「勇気をおだしください。ビショップ様もおっしゃられていましたが、アルドレア様は特別な立場のご様子。きっと、この機会を逃せば、彼は世界の裏側に活動を移すでしょう。そうすればもう……」

 幼い頃から面倒を見てくれているメイドは言い聞かせるように、エレントバッハの目をまっすぐに見つめた。
 メイドは託すようにちいさな肩に手を置いて「後悔の無いように」と勇気づけて部屋を出ていった。
 エレントバッハはベッドに用意された、ふりふりの可愛らしくも、上品でいて、どこかはかなげなネグリジェを見下ろす。
 
(見るだけで体の中がぽかぽかする服ですね……ちょっと狙いすぎですね)

 もうすこし肌面積の少ない服を選び、すかすかの右袖のなかを気にしながら、少女は部屋をでた。

(私も今年で13歳になる立派なレディです。大丈夫大丈夫……アルドレア様は年下好きならよいのですが……急に自信がなくなってきました……)

 一歩ずつ客人用の部屋へ近付くにつれて、どんどん自分と言う存在が浅ましく、卑しく、ちいさな者になっていく気がしていた。

「あ、フローレンスお姉さま……」

 暗い廊下でフローレンスとばったり会った。
 エレントバッハとよく似ているが、より陰気で目元にいつも影を落としている。

「エレンちゃん……」

 先日の事もあり気まずい。
 闇の魔力は聖職者たちの治療で薄まっているとはいえ、長い時間をかけて悪魔によってつくられた人格や自我が消えることはない。
 なによりも、このタイミングで姉妹が生き残っていることは普通ならありえない。
 司祭家の子供たちはだいたいがお互いに殺し合う未来を知っているため、関係がドライなの一般的だった。今はもうライバルではない。
 彼女たちは使命と、悪魔の手から逃れ、ようやく普通に姉妹に戻れたのだ。

「はじめて本当のフローレンスお姉さまに会ったかもしれません」
「そう、だね……」
「夜も深いです。お休みになられてください。お姉さまとは語り合いたいことがたくさんありますから」
「……う、うん。あっ、ちょ、ちょっと待って」
「? なんですか、お姉さま」
「…………その、これ、たぶん、役立つと、思う」

 そういってフローレンスはなぜか所持していた怪しく光るピンクの小瓶を飲むように言ってきた。
 言葉の意味を察し、覚悟を決めて煽り飲むエレントバッハ。
 
「行ってきます。なんだか自信が湧いてきました」
「うん……頑張ってね、エレンちゃん……」

 あっという間に、エレントバッハはアーカムの部屋の前にたどりついた。
 ノックはスムーズだった。部屋の前で覚悟を入れなおしていては、すぐにおかしな空気に勘づかれると思ったのだ。

(アルドレア様の勘は六式魔法よりも貴重な才能ですからね)

 2人は他愛のない話をした。
 ちょっと手を重ねてみたりもした。
 
(すごく緊張しますね……)

「アルドレア様……」
「ぴょい……」
「? 今何か言いましたか?」
「いえ、なにも。ところで好きな色はなんですか」
「突然ですね。その瞳ような暗く深い、星空のような、鮮やかな色彩が好きです」
「へえ……なにか手品でもしましょうか」
「え?」

 アーカムは必死だった。
 それは悟っていたから。遥か未来を。
 ここで誘惑に負ければ、のだ。
 すべては勘のおもしべし。
 
(アルドレア様、わざと話をそらして……)

「見ててください。ここにコインがありますね。これをこうすると──」

 エレントバッハは悔しかった。
 目の前の青年が、自分に興味を抱かなかったことが。
 さっきまで彼女は及び腰だった。
 だが、いまは驚くほど自信に満ち溢れている。
 勇気を奮い立たせ、この顔が良く、能力に優れ、精神性に優れ、人格に優れ、命を預けるにたる信頼を寄せられる男をものにしようとしてきたのに。
 捧げようとしたのに。ここまで来たのに。相手にされない。
 彼女の誇りは傷ついた。
 
(アルドレア様……勘のいいあなたが気がつかないわけがないですよね……そうですか、そうですか、わかりました、いいでしょう、そっちがその気なら、私にもやり方がというものがありますよ……)

 フローレンスの渡した媚薬とエレントバッハの覚悟の強さは、攻撃的な姿勢でもって攻城をはじめる。

「そうだ、グラスハープでもしましょう。ちょうどここにコップが──」
「アルドレア様」
「? な、なんですか」
「覚悟とは暗黒に満ちた夜のなかに、昇りゆく陽を探すことだと思います」
「……」
「覚悟はいいですか。私はできてます」
「あっ、え、えっと……僕、まだ、マンモーニなので……ちょっと……」
「その顔は嘘をついてる顔ですね。最低です。ほかの婦女は抱けるのに、私は抱けないとおっしゃいますか」
「え? ええと……ぇぇ……(な、なんか、いつもと様子が違う!?)」

 吹き消されるランプの明かり。
 押し倒される狩人。
 ベッドの上では無力となる。
 それが童貞という精神生命体の運命《カルマ》だ。

 その夜を通して、アーカムが考えていたことがある。
 
(これって逮捕とかされませんよね……)

『されますぅ~!』

(超直観くん……ッ?!)

 すごいよるだった。
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