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第四章 悪逆の道化師
狩人と宣教師
しおりを挟むアルハンブラは懐から剣の柄のようなものを取りだす。
それだけでは、まるで剣身が根元から綺麗にポッキリ折れてしまい、柄だけが残ったかのような珍妙な道具だ。
両手にひとつずつ握りこむ。
剣の柄からスーッと銀色の光が伸びる。
100cmほどの長さにまで延びると、それは刃のついていない金属棒だとわかった。
否、それは杖である。先端は尖り、刺突に適した形状をしている。
打撃に特化していながらも、状況への対応力を考慮されている。
武器としてデザインされた杖だ。
(聖火杖……銀の剣と並んで、教会の伝統的な対怪物武装だったか。師匠が言ってた通りだ)
アーカムは横目に見ながら、アルハンブラの隣に並び立つ。
カドケウスはたちあがり、黒の大杖をだらりと持って「雑兵が」と、頭がないにもかからわず、腹の底まで侵入してくるような冷たい声を発した。
「アルドレア様、ご存じかもしれませんが、悪魔にはソレ(魔術)ではいけません。武器を選ぶ必要があります」
「わかってます。なので攻撃はすべてはそちらに任せます」
「……余計なアドバイスでしたね。ええ、任されましょう」
アルハンブラはニコリと微笑む。
カドケウスの足元から黒い茨が生えて来る。
触手のように蠢き、狩人と宣教師を捕らえるべく向かっていく。
炎が茨を焼き払い、風が根元を切り裂く。
アーカムが魔術で援護に専念した。
「余計なものは気にせず、どうぞ」
「ありがとうございます」
アルハンブラは心置きなく踏みこんだ。
振りぬかれる鋼鉄の杖。
悪魔の白い手で止められる。素手で掴まれるように。
だが、予想の範囲内だった。
横殴りに打ち込んだ杖を、今度はまっすぐに押しこんだ。
急に力の入れる方向が変わり、悪魔は反応できていなかった。
ザラザラとした鋼鉄の杖身が悪魔の手のひらを削りとった。
思わず、手を離す悪魔。
宣教師はもう片方の手に握った聖火杖で、悪魔を上段から殴りつけた。
「っ……」
黒い血を吹きだし、痛みを感じたようにカドケウスは顔をしかめた。
アーカムは目を丸くする。
(ダメージがある。あの武器、聖火杖の能力か)
「戦い慣れているな、聖職者……」
「それほどでも」
穏やかに笑いながら、鋼鉄の杖で容赦なく殴りまくる神父。
茨が神父の足を絡めとる。さらに床から黒い杭がつきだしてくる。
行動制限からの必殺のパターンだ。
許容できるダメージではない。喰らえば致命傷だ。
この悪魔の秘術の展開速度はとても速い。
神父は攻撃を諦め、全力の回避をしなければならない。
(ですが、それでは詰め切れない。この悪魔は上級、まともに差し合っては時間の無駄でしかない)
神父はそこまで考え、そして選んだ。行動を。次の一手を。
通常なら避ける。だが、この神父は避けなかった。
引き続き攻撃だ。攻めの一手しかしらない素人のごとき選択。
おかげで聖火杖が悪魔の心臓に深く刺さった。
「ッ、バカな選択を……っ、だが、お前も道連れだ」
「いいえ、私は死にませんよ」
神父を襲おうとしていた黒杭が、風の刃で断ち切られる。
「私には彼がいますから」
足を拘束していた茨も風が破壊した。神父の足は自由になった。
丸太のように太い脚が、悪魔を壁に押さえつける。
神父はチカラ一杯に深々と聖火杖が刺しこんでいく。
万力で押しこむように、金属の形状をちょっとずつ歪ませるように、果てしない怪力でもって、聖なる武器は悪魔を壁に固定することに成功した。
距離を獲り、アルハンブラは仕上げとばかりにもうもう片方の手に握った聖火杖も投擲した。
狙いはカドケウスの頭だ。
首をふって避けられる。杖は背後の壁に根本まで深く突き刺さった。
すると、まるで戦いが終わったかのような雰囲気になった。
アーカムは「?」とアルハンブラとカドケウスを交互に見やる。
「悪魔、最後に訊かなくてはいけないことがあります」
「……」
「『聖刻』を盗んで、なにをしようとしていたのですか」
「……トニー・トニスを堕落させる。愚かな聖職者ども。貴様らの信じる神など、存在さえしない。救ってやるというのに」
アルハンブラの穏やかな笑みが一瞬消える。
丸メガネの奥の細い瞳に、深紫の輝きがのぞいた。
「悪魔が救済を語るほど滑稽なことはありません」
「……。アルハンブラ神父、はやくトドメを」
「そうですね」
アルハンブラがそう言うと、直後、悪魔が爆炎に飲まれた。
すべての不浄を正す聖なる炎だ。
悪魔は壁に固定されたまま、苦しみもがき、やがて息絶えた。
狩人と宣教師は、その炎をぼんやり眺めていた。
どれほどの時間だったかはわからなかった。
ごく短い時間だったかもしれない。もしかしたら、長かったかもしれない。
「怪我はありませんか」
アルハンブラから沈黙を破った。
「問題ないです。元から穴が空いてた以外は。あの悪魔は僕を脅威とは見ていなかったようですから」
「怪物のおごりですよ。悪魔は本能的に、聖職者を警戒してしまう。宣教師ならなおさらです。たとえ、戦局を握っているキーパーソンが私でなくとも、どうしても私を無視できない」
「大したことはしてませんよ、アルハンブラ神父」
「いいえ、素晴らしい活躍でした。アルドレア様の魔術の精密性と速さを信じていなければ、おそらく悪魔を祓うのにより時間を、より体力を、より多くの装備を浪費していたことでしょう。命を救われました。ありがとうございました」
アルハンブラはそう言って、アーカムの肩に分厚い手を置いた。
「あの悪魔は滅んだようですね。炎が効くんですか」
「聖遺物の炎に限定されますがね。聖職者の聖火杖には偉大な聖遺物の炎が生きたまま収納されていますのですよ」
(悪魔が戦いを諦めたように見えたのは、悪魔自身、聖火杖で固定された時点でチェックメイトだったと知っていたからか。……確かに鮮やかな悪魔祓いだった)
アーカムは自分の腹の穴を見おろす。
(俺もまだまだ、だ)
修練の果てに身につけた卓越した実力でもって怪物を屠る。
アーカムはそんな宣教師の姿に、彼の師匠がまとっていた風格と同質のまぶしいものを感じた。
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