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第四章 悪逆の道化師
第三世界法則
しおりを挟む奇人の名前はソロモンと言った。
真名はデァ・ビー・ラァ・ァダス・ベスト・ソロモンだ。
闇の世界からやってきた悪魔である。
ソロモンは眉間を、ぽんぽんと白い細枝のような指で叩きながら、三日月のように歪められ白い歯をのぞかせる口を動かす。
「どういう原理なのでしょうかねぇ~」
(デスタの攻撃もほとんど懐に入れさせていませんでしたねぇ~。もはや、相手の動きが完全にわかっているとしか、思えないレベルでの神回避ですねぇ~。気になるのはあの魔眼ですねぇ~……まるで見たことが無い……ですが、なにか強力な力を感じますねぇ)
「その瞳はどちらで手に入れたのか尋ねてもよろしいですかぁ~」
アーカムは杖をソロモンへと向ける。
「賢明ではありませんよぉ~。貴方では吾輩に傷一つつけることはできませんのでぇ~」
「アルドレア様、この人はルールー家の者などではありません。ルールー家の者は、なにがあろうと継承戦の最中は屋敷の一階からうえへは上がって来ませんから」
「なるほど。では、イレギュラーと」
「貴方もたいがいですがねぇ~。あなた狩人ですかぁ~?」
「おしゃべりが好きな部外者なことだ」
「だから、無駄だと──」
アーカムは躊躇なく《ウィンダ》でソロモンを撃った。
人間台の生物を無力化するなら十分な威力だ。
ぱこーんっとソロモンの顔が弾かれた。
ただ、それだけだ。リンゴの樹木を折るだけの威力があるのに、まるでか弱い女性にビンタされたくらいのリアクションしかソロモンは返さない。
アーカムは眉根をひそめる。
「だから、言ったでしょ、無駄なんですよぉ~」
放たれる《アルト・ウィンダ》。
ソロモンを巻き上げ、廊下をひっぺがえしながら、10m先に壁に叩きつける。
だが、彼はぴんぴんしていた。
帽子を拾い、被りなおし、何事もなかったかのようにニヤニヤ笑っている。
「アルドレア様……」
「?」
「『聖刻』が反応してます……」
「あ~、そういえば、ありましたねぇ~ちょうど悪魔祓いのチカラがぁ~」
「……。まさか……悪魔か。これが悪魔……なるほど」
アーカムは目を大きく見開き、どこか納得した様子でうなづく。
(狩人協会が教会に討伐を全面的に委託する特別な厄災種。師匠は不死性が高いっていってたけど……)
「あらゆる攻撃は無駄──」
口を開きかけたソロモンへ、《イルト・ウィンダ》が叩きこまれた。
さらにそこへ、《アルト・ファイナ》を加えて建物全体を揺らすような爆発を起こさせる。
火炎と暴風の絨毯爆撃。
「あのぉ──無駄ですよ、無駄、聞こえませんでした?」
灼熱と暴風域が引き裂かれ、すべての魔力が霧散した。
アーカムが魔術を解除したわけではない。
ソロモンはわずらわしい羽虫を手で叩き落とすがごとく、爆炎の渦を無効化してしまったのだ。
「アルドレア様、ここは私が……!」
「そうはさせませんよぉ~」
ソロモンは駆けだした。
黒い大杖に悪魔の秘術で透明化を付与する。
そして、大杖を投擲した。
アーカムはすかさず《ウィンダ》で大杖を撃ち落とした。
(やはり目も特別に良いですねぇ~、その魔眼の性能ですかぁ~?)
「こっちへ」
「きゃ!」
アーカムは《ウィンダ》で天井を崩すと、エレントバッハを抱っこして、背を向けて走りだした。
ソロモンは立ち止まり、時計を確認する。
(透過秘術の再装填までまだ時間がありますねぇ~。うーん、デスタを蘇生しますかぁ~)
デスタに近づき、悪魔はパチンっと指を鳴らした。
デスタがびくんびくんっと痙攣し、体のあらゆる傷がぐじゅぐじゅと血の泡を吹き、負傷した細胞を補填していく。禍々しい再生だ。
「おはようございますぅ~」
「ぐはっ! げほげほ!」
「デスタ君、聞こえますかぁ~?」
「あ……先生……」
「起きてくださいねぇ~、狩りの時間ですよぉ~」
「うッ! ゥ、ゥゥ!」
悪魔は懐から黒いトーテムをとりだすと、それをデスタに見せた。
デスタの体が強制的に人狼へと変わっていく。
このトーテムは人間モードの人狼を強制的に狼へ変身させる触媒だ。
自分で変身できない未熟な人狼に使われる。
「せん、せい、ふろー、れんすも、ふろー、れんすも、なおして」
デスタはソロモンにお願いする。
「必要ですかぁ~?」
「ゥ、ゥ」
「おこがましいですねぇ~」
黒い大杖でデスタをぶん殴る。
3mもの巨体が廊下の端まで弾き飛ばされた。
ソロモンの掴めば折れそうな腕では、到底考えられない腕力である。
「ぁ、ぁ、ふぉ、め、んなさい」
「普通に考えてくださいねぇ~、あとで殺して『聖刻』を引き剥がすだけの存在、わざわざ高価な秘術を消費して助けるわけないでしょうぉ~」
ソロモンはそう言って、指をパチンっと鳴らした。
崩落した天井の闇から黒い杭が落ちて来る。
フローレンスの胸に大きな穴を空けて突き刺さった。
「あ、あ、あああ!」
「デスタぁ~、アーカム・アルドレアを殺しにいきますよぉ~」
ソロモンはフローレンスに触れる。
すると、その体が虚空に飲まれて消えてしまった。
デスタにはソロモンを睨みつける。だが、とても反抗することなどできない。
(フローレンスに酷い事されたのに……立ち向かえないなんて……僕は、臆病な人狼だ……)
────
──アーカムの視点
悪魔は聞いてないってぇ~!
まじやば、まじでやばい、いや、なにがやばいってまじやばいって!(語彙力喪失お花畑やばたにえん)
「アルドレア様、悪魔を討てるのはこの聖なるチカラだけです。私が戦います」
「……」
悪魔の不死身性は吸血鬼のソレとは意味合いが違う。
それは、彼ら悪魔が独自の物理学に従っているゆえだ。
この最強の物理学的矛盾装甲は『第三世界法則』と呼ばれている。
吸血鬼が持続的に6,000HP回復する「ミュージックスタートっ!」バーバラ型スーパーヒーラーなら、悪魔は「難攻不落!」鍾離先生型そもそもダメージトーラナーイとでも言うべきだろうか。つまりめっちゃ硬いのだ。はぐれメタルなのである。
「アルドレア様!」
「……わかりました。エレントバッハさん、なにか有効打をお持ちですか」
「教会魔術のアークライトならば彼らの独自の法則を無視して、魂へ直接の攻撃を通るはずです」
「ええ、その通りですよぉ~」
「「ッ」」
悪魔の声が足元から聞こえる。
普通ならジャンプしてかわす。
だが、俺は──
「っ、アルドレア様、声は下から!」
俺はしゃがんだ。
頭の上を黒い杖が空振りする。
「っ、そんな馬鹿なことがありますか……? うーん……やっぱり、わかってしまう、ということなんですかねぇ~、ここまでくると異次元の回避能力ですね……」
少し走って、背後を顧みた。
床と天井が波打っている。まただ。水面みたいになってる。
床からは悪魔の頭が。天井からは首無しの悪魔の体が。
それぞれ、ちゃぽんっと揺れる水面から出て来た。
頭と体を分離していた?
あれも第三世界法則なのか。
なんかの魔術なのか。
「どっちみち、エレントバッハさん、出番ですよ」
「主よ、暗黒を焼きたまへ──《アークライト》」
俺の腕のなかエレントバッハが、命一杯の魔力をこめて光の玉を放った。
彼女は『聖刻』を4人分保持しているので、その分だけ、光の威力は高まっている。
「遅すぎて眠ってしまいそうですねぇ~」
悪魔はわざとらしくあくびしながら、ひょいっとかわし、頭を拾って首に着けなおす。
ダメだ、遅い。
エレントバッハ本人も言ってたが、戦うための魔術訓練をしていない。
これじゃあ当たらない。
でも──別に俺が当てたっていいんだろう。
「まだ使える」
「はい?」
俺は悪魔の背後から、こちらへ吹き込んでくる突風を発生させた。
「っ!」
悪魔は風にふかれて鋭く返ってくる《アークライト》を身をひねってかわす。
惜しい。アークライト・燕返し。いい技だと思ったんだけど。
「ふぅ~、危ないことしますねぇ~」
「いや、まだ使える」
「え?」
今度は《ウォーラ》で水の鞭を作りだし、光の玉をキャッチ。
スーパーヨーヨーのごとく、ふりまわして、勢いよく悪魔へ叩きつけた。
(いい手ですが、それは偽物ですよぉ~。当てても倒されてもさして痛くもないですぅ~)
「ん? ここら辺か?」
俺はなんとなく目の前の悪魔よりも、右の壁へアークライトを叩きつけたくなった。
水の鞭で勢い良く叩く。はじける壁。
中から黒い血を吐いて、白目をむいた悪魔が飛びだしてきた。
アタリだ。
「ばか……な……な、んで、ばしょが……」
「勘だ」
それ以外に答えようがない。
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