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第四章 悪逆の道化師

チャップリン・ルールー・ヘヴラモスの戦い

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 ──数ヶ月前

 その日、チャップリン・ルールー・ヘヴラモスは、継承戦の開催が迫っていることを知った。
 17歳の誕生日を、数日後に控えたある日のことだった。
 
(父上が死んで時間が経った。そろそろだとは思ってたけど、案の定、やるんだな)

 この日より、兄妹たちはお互いに口を聞かなくなった。
 もとより、仲の良い兄妹ではない。
 姉と兄は傲慢で、妹たちは陰気で可愛げがない。

 フローレンスは見えない誰かといつもお喋りをしてるし、エレントバッハは孤児院に通って偽善者ぶる陰湿なやつだ。

「エレン、継承戦の準備はどうだい」
「チャップリンお兄さま……まずまずと言ったところです」

(顔を背けた。エレンは正直なやつだ。きっと、上手くいっていないんだ。もとより、こいつには資金がない。自前の土地もないし、領地経営もしたことない。動かせる人員もない。ほかの兄弟がどんな『守護者《ガーディアン》』を雇ったのか調べるのもままなっていないんだろうな)

 最初に死ぬ肉親は間違いなくエレントバッハだと確信する。

 チャップリンは継承戦を勝ち残るためには、まず何よりも強力な『守護者《ガーディアン》』を登用する必要があると考えていた。

 みんな考えることだ。

(剣士を雇えたら護衛としては最適だろうな。継承戦は異空間と化した別荘で行われる。縦横3mの比較的狭い空廊下が主戦場だ。とはいえ、剣が使えないほど狭いわけじゃない。むしろ、どうやっても長距離の間合いを確保できない屋内戦になる。僕の風属性式魔術があれば、中距離戦はカバーできるから、近場を戦える『守護者《ガーディアン》』がいい)

 そのため、強い剣士を雇おうと思った。
 幸い、チャップリンは資金には余裕がある。
 十分な年齢なため、ルールー司祭家の領地の運営を一部任され、そこであげた利益を融通できるからだ。とりわけ、チャップリンは経営の才覚があったらしく、金まわりがよかった。

(欲しいのは剣聖流か、狩人流の二段を修めた剣士だ)
 
 ただ、困ったことにお目当ての剣士が見つからなかった。

「チャップリンさま、こちらがルールーの町にて名のある剣士のリストでございます」
「なに? たったこれだけかい? 二段の剣士はいないのかい?」
「剣術有段者というだけで数は限られて来ます。聖騎士団へ赴けば、有段者の剣士もおりましょう」
「だめだ、教会勢力は聖人を作る儀式に参加できない規則だろう」

(どうするんだ。聖都まで捜査範囲を広げるか?)
 
 聖都で探せば、有段者はそれなりに見つかり、剣聖流二段を修めた実力者も見つけることができた。

 しかし、ここで長女のエリザベス・ルールー・ヘヴラモスが剣術の本場ゲオニエス帝国から、剣聖流三段保有者の超腕利きの剣士を連れて帰ったとの情報が入ってしまう。

 ″段位が一段違えば生物が違う″
 
 そう言われるほどに、二段と三段の壁は分厚い。

(格下を雇っても仕方がない……)

 チャップリンは継承戦2ヶ月前で、剣士捜索を打ち切り、別の手段を模索し始める。

(強さには種類がある……剣士は汎用的な強さ、正面切って戦えば頼りにはなる。だが、よくよく考えれば剣士たちは対人のプロじゃない。対モンスターを想定した強さだ)

 チャップリンはそのことに気がつき、対人専門家をたずねた。
 辿り着いたのは殺し屋ギルドだ。
 
 殺し屋ギルドは各国に存在しており、チャップリンが訪れたのはドリムナメア聖神国の殺し屋ギルド『ホーリーナイトメア』だ。

 殺し屋ギルドには、冒険者ギルドと同様に等級がある。C級、B級、A級の3つに分けられており、上のランクの殺し屋ほど、雇うために必要な金は法外になる。

「ホーリーハウスへようこそ! 当カジノは初めてですかお客様!」
「丁寧にありがとう、お嬢さん。でも、今日は遊びに来たわけじゃないんだ。仕事を頼みに来たんだ」
「奥の階段をお進みください!」

 チャップリンが殺し屋ギルドの紹介状をカウンターに置きながらそう言うと、愛らしい受付嬢は顔色ひとつ変えずに、カジノの真の顔『ホーリーナイトメア』へと通した。

 カジノ、ホーリーハウスの地下では、毎日のように人殺しの仕事が発注されている。
 『ホーリーナイトメア』は闇の世界を煮詰めて、濃い部分を集めたような場所だった。
 殺し屋たちが酒とナイフを手に、好ましい仕事を吟味し、フロアにいる人間の一挙手一投足に視線を配るのだ。

(なんて無法な場所なんだ)

 この場には息を吸うように人殺しをするプロたちが集まっている。
 チャップリンは肌がヒリヒリする感覚を覚えながら、動揺していることを悟られないように、堂々と、されど気配を押し殺すように、カウンターへ向かった。

 殺し屋ギルド側に、欲しい殺し屋の要望をだすと、該当する殺し屋たちを紹介された。
 しかし、クラスの書かれていない殺し屋ばかり。クラス無しはすなわち、C級の殺し屋ということだ。かろうじて『B級』と書かれた殺し屋がひとりいたが、それでもA級ではない。

「A級の殺し屋がいい。一流じゃないと困るんだよ」
「残念ながら、当ギルドにはご紹介できるA級の殺し屋はおりません」
「わかった。どこなら会える」
「ドリムナメア聖神国内のA級の殺し屋は、全部で20名いらっしゃいますが、そのうち17名はこちらからコンタクトは取れず、残りの3名は国外にいらっしゃいます」

(想像以上に貴重な人材なんだな……パッと来て雇えるような存在じゃないってことか)

 諦めて、別の手を探そうとする。

「待ちなよ君、それ『聖刻』だよね」
「っ」

 声をかけられギョッとする。
 チャップリンの『聖刻』は袖で完全に隠れている。
 外から見てわかるはずがなかった、

「気丈に振る舞ってるけど、本来殺し屋なんかに関わるタイプの人間じゃないよね。なのにA級の、一流の殺し屋を欲しがってる。経験から言わせてもらうと、継承戦な気がするんだよね。その紋様のこともあるし。時期的にどこの司祭家か、なんとなく予想つくよ。んー、16、17歳? だから、あそこの長男が23、あぁ、わかった、君さ、チャップリン君でしょ。だよね、当たってる?」
「……。お前はだれだ。なんの用だ」

(なんでこいつ僕のことを)

「身構えないでいいよ、別に取って喰いはしないんだしさ。それより、A級の殺し屋が欲しいんだろ、なら、俺がなってあげようか、君の殺し屋にさ」

 その男、名をガリブという。
 『ホーリーナイトメア』に在籍するA級の殺し屋であった。

「報酬は、いくら欲しいんだい」
「マニーはいらない。ただ、君が継承戦を勝ったあと、完成した『聖刻』を5年ほど俺に貸して欲しいんだよ」
「なにを……『聖刻』のチカラは聖人じゃないと使えないのを知らないのかい?」
「俺は聖人だよ。だから、その点は問題ない。……殺したい悪魔がいるんだよ。そいつを殺すためには、人殺しの術だけじゃ不足なんだよ」
 
 おかしな契約だったが、チャップリンとしては継承戦を生き残れればそれでよかったので、ガリブの提案を受けることにした。

(僕は最高にツイてる。こんなところで最強のカードを手に入れることができるなんて。トニス神は僕を選んでくださったんだ)

 そして、迎えた当日。
 
「おや、エレン、君の『守護者《ガーディアン》』はどこにいるんだい」
「……」

 エレントバッハは『守護者《ガーディアン》』を見つけられていなかった。

「継承戦の規則にのっとり、本日の午後13時まではこちらで待機していただきます。厳粛なる儀式を完成させるため、各々方、どうかご協力をお願いいたします」

 チャップリンは懐中時計を確認する。
 時刻は午後12時00分
 残り1時間。

(待っても無駄だろ)

 しばらく待ち、エレントバッハを誰が殺すのかという話し合いが始まった。

「エレンちゃん、わたくしが苦しまずに殺して差し上げますわ」
「どうせ最後に『聖刻』すべてを集めてるのは僕ですので、エレン処刑はご勝手にどうぞ」

 ルールー家の継承戦は、もっとも古く、オーソドックスな様式を採用している。
 そのため、積極的に殺し合いをするメリットは薄い。あるとしたら、『聖刻』が教会魔術を強化するため、はやめに集めた方が『貴族《ノーブル》』の戦力を補強できる点だろう。
 家柄によっては、『守護者《ガーディアン》』を殺したペアに継承戦を勝ち抜くうえでのアドバンテージを提供して、″敵を倒しにいける勇敢な次期当主″を意図的に作ろうともする。

 今回は特別な仕様はない。
 
「皆さま、お待たせいたしました、ただいま最後の『守護者《ガーディアン》』であらせられるアルドレア様がご到着いたしました」

 ビショップの声に、皆がざわついた。
 ただ、ボロ雑巾のような冒険者が現れたことで、ざわめきは失笑へと変わっていった。

 継承戦がはじまり、チャップリンは自分のセーフハウスへ一旦入り、そして、すぐに部屋を出た。

「ガリブ、よろしく頼む」
「あとは俺がやるから、まあ、君は待っていなよ」

 セーフハウスに立て籠れる時間は厳しくチェックされている。
 なので、いざという時逃げ込めるように、チャップは階段を登り切ったところに机と椅子を移動させて、優雅に待つことにした。

 すべては一流の殺し屋に任せておけば大丈夫なのだ。

 継承戦開始から1時間後。
 ガリブは気配を殺して、あちこちを歩きまわり、同時に自身の能力で仕掛けをしていった。

 その途中で、ついでとばかりにミカエラを暗殺した。

 ガリブがミカエラの生首でお手玉しながら帰ってきた時には、流石のチャップリンも度肝を抜かれた。

 これほどの実力か、A級の殺し屋。

「このお嬢さんは瞳に『聖印』があるようだよ。さあ、さっさと引き剥がしちゃいなよ」
「も、もちろん。言われなくてもやるとも。僕が作業してる間、あたりの監視は頼む」
「俺を誰だと思ってるんだよ、一流だよ」

 目を見開き、苦痛すらない死に顔。
 おそらく背後から一撃で即死させられたのだろう、と推測できた。
 
「ミカエラお姉様の『守護者《ガーディアン》』はどうだった?」
「ああ、彼。不思議なことに、すでに死んでたよ。この女の子は『守護者《ガーディアン》』を誰かに殺されて、動揺してるところを、パクっともらっちゃった感じなんだよね」

(なに? 『守護者《ガーディアン》』だけ殺して、『貴族《ノーブル》』を放置? そんなことありえるのか? 『聖刻』を引き剥がす時間がなかった? いや、それでも、首を落として、こうして生首で持ち歩けばいいわけだし)

 奇妙な感覚だった。
 『守護者《ガーディアン》』を殺した存在はなにを考えているのだろうか。

「『守護者《ガーディアン》』はどうやって死んでたか教えてくれ」
「首が吹っ飛んでたね。身体には穴がたくさん空いてた。どういう武器を使えばああやって死ぬのか、ちょっとわからないけど、暗殺の類いじゃないね。かなり激しい戦闘したらしい痕跡が残ってたから。まあ、確実に死んでたよ」
「……」

 悶々としていると「誰か来るよ」と、ガリブはつぶやき、壁に溶け込むように姿を消した。

 世の中には、特別な才能──『霊魂魔術』という能力を発現させる者がいる。
 魂に刻まれた属性。ある種では絶滅指導者たちの使う血界魔術と似た性質のモノだ。

 ガリブの霊魂魔術はクローク。
 すなわち、透明化である。
 息を殺し、足音を消し、気配を消せる一流の殺し屋が透明化まで扱えたら、もはや、何者もその姿を捉えることは叶わない。

 ゆえにガリブはこれまで一度として、暗殺に失敗したことがない。
 目の前にいる敵を、真正面から暗殺する眼前暗殺術を行うことだってできる。

「嘘だろ、エレンなのかい」

 階段の下からあがってきた人物に、チャップリンは驚愕を禁じえなかった。
 しょっぱなで死ぬ。
 そう思われていたか弱い妹が、まさかまさか生き残っていたのだ。

(思えばこいつは何を考えてるか分からない奴だった。生き残りをかけた戦いのなかで生き残るのは、こういうどこかおかしい奴なのかもな)

「チャップリンお兄さま、『聖刻』をいだたきます」

 エレントバッハは確固たる覚悟で言い放つ。
 並び立つアーカムは、すでに杖を手に持っている。
 いつでも撃てる。そう言われているみたいで、チャップリンは居心地が悪くなった。

(というか、お前魔術師だったのかよ!)
 
「……ボロ雑巾みたいだったのに、ずいぶんマトモになったじゃないか」
「おかげさまで」

 話しかけて注意をそらす。
 その隙に、すでにガリブは踊り場の2人のそばへ迫っている。
 あと少しで確殺距離だ。

(あと2m、あと1m──)

 激毒の塗られた短剣を構えるガリブ。
 ガリブにはボウガンを使う選択肢もあった。
 だが、彼の直感がささやいていた。
 
(この男は確実に殺さなくてはいけない。半端はいけない。昔から俺の感は当たるんだよね)

 毒はどんな速く回っても、死ぬまで時間がかかる。
 短剣ならば、刺してひねり、速攻で対象を無力化可能だ。
 それに、自分の手で確実に殺せる安心感もある。

 ゆえに、激毒短剣での暗殺を選んだ。
 だが、それは今回に限り、致命的な失敗だった。

「ん?」

 アーカムは直前になって、なぜか、ガリブの接近に勘づいたのだ。
 突き出される激毒の短剣。
 アーカムは背後からの、見えない短剣を、わずかに前へ体重を傾けてかわす。
 まさか、回避されると思わず、一瞬、動きの止まるガリブ。
 アーカムは身を翻し、ガリブの腕をガシッと掴むと、手首を返させて、切先を敵へ跳ね返して突き刺してしまった。

 ──狩人流柔術・鋼返し

 相手へ、相手自身の力と武器で反撃する技だ。

 ガリブのクロークが解除される。
 脂汗を滝のようにながし、血を吐いて壁にもたれかかった。

 高みから見ていたチャップリンは目を丸くして「…………は?」と、ただそれだけ、訳の分からない状況に困惑せざるを得なかった。

(ありえないよ……なんで、バレたのかなぁ……かつてないほどに集中して、完全に気配を消してたのに……)

「なんで、わかったのか、最後に聞いてもいいかい……?」

 ガリブは短剣を抜き、青白い顔でたずねる。
 アーカムはこめかみを押さえ、

「勘だ」
「……そう、勘じゃ、どうしようもないね」

 ガリブはそう言い、その場に崩れ落ちた。
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