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第四章 悪逆の道化師
下水道のプロフェッショナル
しおりを挟む剣を右手に、コトルアの杖を左手に、下水道へと降り立った。
絶滅指導者クトゥルファーンとの戦いから完全に立ち直っていないので、俺の魔力量の95%ほどは、ペナルティとして深淵の渦に天引きされている。
内側へ意識を向ければわかる。
後ろをふりかえる。
真っ暗い夜空の下だ。
暗い海のなか、まるで蟻地獄の砂塵のように、あるいは渦潮のように、ぐんぐんと闇のなかへ寒色の純魔力が吸われているのが見える。
俺の魔力はここへ持っていかれている。
例えばの話、《ウィンダ》を100発分の魔力が回復したとしても、そのうち95発分は持っていかれる。この闇に吸い込まれてしまうのだ。
それが、俺にどんな影響を及ぼすかと言うと、つまるところ、魔力の回復速度はかつての5%相当──約20分の1なのである。
もし一度でも魔力欠乏に陥れば、以前は数時間で気絶から目覚めたが、今度は数日間は眠り続けなくては、目を覚ますことすらないだろう。
ハイパーモードを使えない状態での近接戦闘は、個人的にかなり不安がある。
鎧圧がないので、防御力ゼロの状態で斬りわなければいけないからだ。
だけど、積極的に魔力は使いたくない……ジレンマだ。
安全性との妥協点は「剣で頑張れるところは、剣で頑張る」であった。
そういうわけで、右手に剣を、左手に杖を。
こんなおかしな武器の持ち方をしつつ、俺は警戒しながら下水道を進んだ。
まあ、右手に指には風霊の指輪をはめているので、実際は両手とも魔術を使う仕様にはなっているのだが。
目的のポイントにやってくる。
暗闇に灰色にうごめくちいさな影を見つけた。
暗がりに群がるそれらは、赤く光る目をいっせいにこちらへ向けてきた。
脅威度10 D級
ネザミー
鋭い牙で獲物をかじり殺す。
はっきりいって雑魚モンスターだ。
「夢の国へお帰り」
甲高い奇声をあげて飛びかかってくるネザミーたちを、俺は斬り捨てていった。
カティヤにもらったアマゾディアの斬れ味は最高の一言に尽きた。
あまりに斬れ味に「ミッキミッキ、マウス♪」と鼻歌歌いながら、つい何回か多く斬ってしまうくらいだった。伝説級、凄まじい剣だ。
「一軒目完了、と」
ネザミーたちの尻尾を切断して集める。
ネザミー討伐の証である。
モンスターごとに討伐完了の証となる部位が定められており、この証を持っていかないと、クエストの処理の段階でトラブルになることがある。
次にやるクエストは、同じくネザミー退治。
ただ、こちらは納品クエストであり、ネザミーの素材を取ってこいとのこと。
俺は持ち寄ったカバンに、ネザミーの前歯と爪を剥ぎ取って入れておく。
一定の強度を持ち、加工しやすく、日用品に使われる。
裏を返せば、ネザミーの素材で使えるのはここくらいだ。
死体は放っておけば死蛍に還るので、俺はこのまま次の下水道クエストへと赴く。おや、気が付けば血塗れになってしまったね。ハハっ♪
こうして初日は下水道クエストを半分終わらせることで終わった。
2日目になった。
アンナの方の進捗が気になりながらも、俺はまた下水道へと潜った。
期間内にクエストを終えられる気がしていたので、追加で下水道関連のクエストを受注した。受付嬢が直接ファイリングしていた緊急性がない、されどいつかは誰かがやらなくてはいけない仕事だ。もちろん、ネザミーだよ♪
下水道のクエストはとても人気がない。非常に人気がない。
俺としては、あまり移動せずに、D級のクエストに相当のお金と評価を得られる下水道クエストは「美味しい依頼」という評価に尽きるのだけれど。
「アーカムさんが下水道クエストをやってくれることで、ギルドとして大変に助かってます!」
「冒険者として依頼をこなす。当然のことをしただけです」
「ッ、アーカムさん……あなたはなんて良い人なんですか、そんなに下水まみれになって、血塗れになっても、毎日毎日みんなのために……」
「情けは人の為ならず。すべて僕自身のためですよ」
受付嬢は涙をぬぐいながら「アーカムさん、良い事言いますね」と涙ぐんで感心された。うん。この言葉は俺が最初に言ったことにしよう。
「こんな偉いアーカムさんは、内申点をアップしておきますねっ!」
「ありがとうございます」
見たか。
真の実力は評価される。
イセカイテックじゃこうはいかなかったが、異世界なら通用するんじゃい。
「ふふ、それとイケメンさんにははやくカッコよく活躍してほしいので、イケメンボーナスも付けちゃいますねっ!」
イケメンボーナス?
顔面って内申点に響くんですね。
前世で成績が振るわなかった理由が分かった気がしました。まる。
それから3日間、俺は下水道に潜り続け、ネザミーと戦い続けた。
時に討伐し、時に納品し、時に捕獲する。
下水道を歩き回ってるうちに、俺はいつしか『下水道のプロフェッショナル』という二つ名で呼ばれるようになっていた。
最初に言い出したやつを殺したい。
俺の活躍により、ルールーの町の下水道の安全が取り戻された。
アンナは未だに帰ってこない。
最後のクエストへ着手する日がやってきた。
「護衛クエスト、な」
とはいえ、どこかへ移動するとかいう話ではない。
俺は依頼書に書かれた期日、時間、指定された場所へと赴いた。
ルールーの町はずれの丘のうえへやってくる。
大きな屋敷が孤独の意味を啓蒙する哲学者のように、威厳ある門構えでたたずんでいた。
丘全体に人気はまるでなく、ルールーの賑やかさから、ここだけ切り離されてしまっている。そんな異質がここにはあった。
夜の闇に溶け込んだような静けさのなか、俺は心配になってきた。
本当にここで護衛クエストなんかやるのか?
訝しみながら、地元のガキたちに絶対におばけ屋敷と呼ばれている屋敷へ近付く。
突然、雨がふってきた。大雨だ。スコールだ。
俺は雨を肩で切り、素早く三回、玄関をノックした。
重厚な木扉が開く。品の良い老人が出てきた。
背筋がピンと伸びていて、小奇麗な印象を受ける。
「アーカム・アルドレアです。こちらのエレントバッハ・ルールー・へヴラモスさんの依頼を受けて来ました」
「ようこそいらっしゃいました、アルドレア様。わたくしめは当家の執事をしているビショップという者でございます。以後お見知り置きを」
「丁寧にどうも」
「あなた様をお待ちしておりました。さあ、アルドレア様、どうぞお上がりください。すべての儀式の準備は整っております。いえ、すでに整いすぎていて、皆様、秒読みに入られていると言った方が正しいでしょうか」
「それはどういう意味ですか」
「アルドレア様は間に合った、ということでございます。タッチでの差でございます」
ビショップの懐中時計に視線を落とす。
すると、ゴーンゴーンっと不気味な鐘の音が鳴った。
ルールーの町の教会の鐘、それと屋敷のエントランスの大きな古時計の音だ。
「では、参りましょう。長い夜になりましょう」
「……」
執事ビショップに案内を任せて、俺は怪しげな屋敷に足を踏み入れた。
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