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第三.五章 開拓! アマゾーナの里!

幕間:歴史的大事件

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 新暦3060年 冬一月
 ローレシア魔法王国
 キンドロ領 クルクマ

「ああ! ようやく終わった!」

 アディフランツ・アルドレアはグッと伸びをして「ぅぁぁぁあ!」と雄叫びをあげた。
 己を律し、ひたむきに仕事に向きあい続けた者だけが得られる、固まった身体がほぐれていく快感であった。
 
「ぅぅぁぁ、ぅああああぅぅう! うぉぉぉおあああ!」
「お父様、何してるんですか」
「ぁ………………こほん、アリス、いつからそこに……?」
「ずっといました。お姉様に算術を教えてきたのでタスク『姉と算術』は完了です」
 
 無用に咳払いを繰りかえし、アディフランツは、娘の冷ややかな眼差しから何とか逃れようとする。

 剣をふりまわして外で遊ぶのが大好きな姉エーラと違い、妹のアリスは頭脳派だ。
 アリスはアーカムによく似ていて、冷静で、沈着で、幼い頃から魔術に興味を持っていた。

 天才すぎて萎えるほどの息子を剣術の大先生のもとへ送って、早いもので3年になる。

 アディフランツは人生で最も活力に満ちた日々を送っていた。
 というのも、まだ8歳になったばかり娘アリスが助手として日々、机に向かい、魔法陣を構築し、魔術に関する論文を書いているせいだ。

 そう。ライバル登場である。
 アーカムとかいうバケモノの登場は、アディフランツに「頑張るぞ!」というより「どうせ俺なんて……」という自己評価の低下をもたらした。

 その後は、アーカムに「いや、僕の父親ダサすぎでは?」と見限られないように、精力的に研究に打ち込んできたつもりだった。

 ただ、アーカムの思考・発想は、この世界のものとは思えないほど、常識破りであった。
 発言一つ一つが、鋭く、核心をついていくものばかり。
 そのうち「やっぱ俺なんてどうせ木っ端だよ……」という憂鬱な気持ちがぶりかえすようになっていた。

 その点、アリスは″いい感じに天才″だ。

 父親としては情けないことこの上ないが、アリスはちゃんと常識的に考えて魔術に取り組む。
 別世界から来たみたいな考え方をするアーカムとは大違いである。だから、まだ張り合える気がするのである。

「それじゃあ、今日はこのくらいにしよう」

 アディフランツはチョークで白くなった手をパンパンっと払い、腰をあげた。
 床には威儀《いぎ》たる動作で、真剣に魔法陣を刻む娘の姿がある。

「……。もう帰りますか、お父様」

 アリスは小首を傾げて、きめ細かい銀髪を揺らす。
 可憐な前髪の隙間からのぞく薄水色の瞳は、アディフランツに言葉の裏を読ませた。

 もう帰るんですか?
 才能ないボンクラのくせに?
 努力しないでどうするんですか?
 そんなんだから、カスなんですよ。
 お兄様はカッコいいのに、お父様はダサダサですね。よわよわ。ざーこざーこ。

 って言ってる気がする……。
 アディフランツは苦笑いをして「も、もうひとつ練習しようかなぁ……」と、新しいチョークを手に取った。

 アディフランツは思う。
 絶対に言うことを聞かせてくるあたり、エヴァに似てきたなぁ、と。
 
 夜遅くなって、アディフランツはアリスと手を繋いでアルドレア邸へと帰宅した。

「おかえりなさい、アディ」
「パパ、おかえりなさーいっ!」

 うーん、うちの家族はみんな可愛い。
 アディフランツは3人の銀髪美少女に囲まれる。
 自分は世界で一番幸せな男だ、と思った。
 いや、待てよ。
 ひとり美″少女″と言うには厳しい年齢になりつつある子がいるぞ。でもいいか。美少女あつかいしてあげたほうがご機嫌になってくれるし。

「今朝より可愛くなった?」
「なに馬鹿なこと言ってるの、アディ」

 エヴァリーンは満更でもない様子で、にへら笑いし、ごく自然と、身体を寄せて、旦那の首に手をまわして、ひとつ口付けをした。
 女の子はいつだって可愛いと言われたい生き物なのである。

「最近はすごく頑張ってて偉いわ。アディのそういうところ大好きよ」

 愛おしそうに言われ、アディフランツもまただらしなく笑みを浮かべた。

 アリスは透き通った瞳で、じーっとイチャイチャしはじめた両親を見つめる。

「タスク『チョロ夫婦』を完了。アリスは自室に帰投します」
「あれえ? アリスどういうことー? エーラわかんないよ?」
「お姉様、お父様とお母様の邪魔をしないでください。殺しますよ」
「うわぉ! またアリスが殺すって言ったぁー! エーラ8歳、全力で抵抗します、拳で!」
 
 アリスは今日もアルドレア家の平穏を影ながら守り、ついでに姉のお世話という大仕事を見事にこなすのだった。
 
「ねえねえ、お兄ちゃんいつ帰ってくるのー?」
「お兄様は世界を股にかける大魔術師です。アリスたちのような凡人とはちがうんですよ、お姉様」
「お兄ちゃんに会いたいよー!」
「静かに。殺しますよ」

 兄が大好きなエーラは、時々、昔を思い出しては、アーニシックになり、駄々をこねて盛大に泣くことがある。
 そういう時は大抵アリスが手刀を加えて、気絶させるのが常だ。
 
「デュクシ」
「うっ!」
「タスク『姉と暗殺』完了です。アリスは就寝します」

 アリスはゆっくりと瞼を閉じた。

 気がついた時、アリスは黒い海の中にいた。
 空には満点の星々が輝いている。
 ここはどこだろう。
 そう思い、あたりを見渡した。
 兄の姿を見つけた。

 最後に会った時より、ずっと大人になっていた。
 アリスにとっては、いつだって兄は大人だった。
 しかし、幼少期の補正を差し引いても、格別に大人に見えた。

「お兄様……! 帰ってきてくれたんですか」

 クールをモットーにするアリスが、つい信条を忘れて、嬉しさに声をあげた。
 それほどに待ちわびていた。
 それほどに会いたかった。
 でも、わがままを言ってはいけない。
 お兄様は優しい。優しすぎる。
 きっと手紙でお願いすれば、会いに帰ってきてくれるかもしれない。

 でも、バンザイデスからクルクマまでは5日の道のり。
 往復で10日。
 しばらくの滞在を考えれば、ひと月40日くらいはそばに居てくれるかもしれない。

 だが、それは許されない。
 偉大なる大魔術師であるアーカム・アルドレアお兄様の大事な時間を、自分のわがままなどで浪費させてはいけない。

 そう思って我慢した。
 我慢しない姉の分まで我慢した。

「アリス」
「お兄様、アリスはすごく会いたかったです」

 アーカムはアリスの頬を撫でる。
 手の温かさが心地よかった。
 兄はよく自分の銀色の髪を触ってくれた。
 よく頭を撫でてくれた。それが好きだった。
 
「アリス、困った時は、お姉ちゃんと力を合わせて乗り越えるんだよ」
「お兄様、またどこかへ行ってしまうのですか」

 アーカムは何も告げず、何も答えず、沈黙を選び、暗い海の向こうへ、歩いて行く。

 直後、アリスの身体は水のなかに落下して、深く深く沈んでいった。
 苦しさにもがき、ガバッと起きあがった。
 
 数日後。
 バンザイデスの大事件が明るみに出た。
 騎士団駐屯地の大量虐殺。
 痕跡から血の怪物の仕業だとすぐに判明した。
 人々は思い出した。
 久しく忘れていた恐怖を。

 アルドレア一家は、ニュースを聞くなり、クルクマを飛び出した。
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