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第三.五章 開拓! アマゾーナの里!
無常の約束
しおりを挟む大打撃を受けたジュブウバリの里で、俺とアンナは盟友として良い待遇を受けている。
アンナはツリーハウスをあてがわれ、俺は霊木の幹に彫られた大きな穴のような住処をあてがわれた。
「アーカム様が喋ってる、ぅぅぅっ!」
かつて俺の見張り役として俺を数々の暗殺に陥れた少女セーラは、そう言って涙を呑んだ。
彼女は俺のお世話係として、俺のそばにいつでもいるようになった。
俺はセーラを連れて、アンナと里をまわる。
「それで、これからどうするの」
アンナは俺に判断を仰いでくる。
いつからか彼女は自分で主導権を握ることをやめて、多くの判断を俺に委ねるようになっていた。
「僕とアンナがこの地に流れ着いた以上、師匠が来る可能性はあると思います。ただ、あまりにも不確定です。正直言って、クトゥルファーンの血界侵略がどれほどの規模を飲みこんだのかも不明ですし」
問題なのはそこだ。
血の魔術の奥義『血界侵略』は、相手を異空間に取りこむ超越的な魔術だ。
あの瞬間、俺とアンナと師匠はクトゥルファーンに密着していた。
ゆえに間違いなく3人とも術を受けたと考えていた。
しかし、本当にそうだろうか。
心臓を壊されていたアンナや、全てを使い果たした俺はともかく、あの師匠ならば血界侵略の挙動を察知して避けたかもしれない。
その場合、俺たちがこの秘境のような未開のジャングルにいつまでも留まっていることは、あまりよい判断とは思えない。
もしかしたら、師匠は狩人協会を使って俺たちを捜索してくれているかもしれないのだ。
状況が定かではない以上、判断に困るが、どのみちこの土地に長くいることは得策ではないように思えた。
2年半。
それだけの時間をここで使ってしまった。
そろそろ、見切りをつける頃合いだ。
とはいえ、明日にでも出て行くという話ではない。
なぜなら、出て行こうにも南へ行けばいいのか、北へ行けばいいのかわからないからだ。
手がかりはある。
年に一度、里にやってくると言う交易商人だ。
十数人からなるキャラバンで、外の世界の物品をジュブウバリの里にもたらしてくれるありがたい存在だとか。
例年通りなら、遅くとも1ヶ月以内には来るだろうとのこと。
なので、それまでは俺とアンナはこの里のために力を尽くすことにした。
俺はアンナと分かれた。
今後、数年にわたる開発計画をカティヤへ届けにいかなくてはならない。
セーラと共にカティヤのツリーハウスへやってきた。
以前の族長のハウスは霊木とともに崩れ去ったので、新カティヤハウスだ。
「畑が軌道に乗ったら、今度は畜産に挑戦してみてもいいですよ。森のモンスターの何匹かは有益な毛素材を産出しているようですから、これらを里の生産に加えることができれば、将来的にはジュブウバリ族の里の特産として、交易の品目を充実させることに役立つでしょう」
「な、なるほど……」
カティヤは頭から煙が出そうなほど難しい顔をしながら、木の板を削って刻まれた絵──アマゾーナ語に文字はない──を睨みつける。
「交易商人が来たら取引の様子を見させてください。カティヤさんはすこしパワータイプなきらいがありますから、もしかしたらいいカモにされてるかもしれませんので」
「わ、我をバカにするなっ、ちゃんと取引の出来ているのだ」
開発計画以外にも俺はさまざまな面で知恵を貸した。
エーテル語の読み書きをカティヤの頭に詰め込んだのもその一環だ。
彼女はエーテル語を喋れるのだが、文字となると、途端に苦手になるのだ。
「これが『剣』です。こっちは『女』、『持つ』という動詞はこれです。これが『戦士』。外人からしたらアマゾーナの人たちはみんなこの『戦士』にあたります」
「ぅぅ、わからなくなってきた……」
「『女戦士が剣を持っている』。さあ、書いてみてください」
カティヤは泣きそうな顔で俺を見つめてくる。
出来上がった文章を読む。
「『女戦士が濡れている』」
なんかえっちになってた。
「ボケなくていいんですよ?」
「ボケてない!」
カティヤはカーっと顔を赤くして、思わず立ちあがった。
俺は静かに「もう一回」と言って、彼女の横に立ち、お手本として一文を書く。
「今度は過去形で書いてみてください」
「こんなもの我が読めなくともアーカムがいればよいのだ……」
カティヤがふてくされながら、単語練習をしている最中につぶやいた。
「それは出来ませんよ。いつまでもカティヤさんの近くにはいてあげられません」
カティヤは筆を動かす手を止める。
「……やはり、そなたは行くのか」
「行きます。やるべき事がありますから」
「どうしてもなのか」
「どうしてもです」
カティヤは手が俺の手に重ねられる。
艶やかな暗い指先。ギュッと握ってくる。
されど、すぐにその力は弱くなった。
「そうだな。我はジュブウバリの族長。この地に眠る祖霊に笑われぬよう、立派に責務をまっとうせねば」
「カティヤさんは立派ですよ」
「そんなことはない。そなたに比べればまるで幼子《おさなご》だ」
カティヤは先ほどよりよほど集中した様子で、単語の練習に取り組みはじめた。
誰が言ったのか。
さよならだけが人生だ。
卒業に別れ、行き先に別れ、死に別れ、そして、運命に人は別れる。
出会いはどうしようもなく避けがたいのに、別れはどうしようもなく無情に約束される。
「そなたが好きだった」
「……」
「そなたを愛していた」
「……。ありがとうございます」
「はは、卑怯な女だな、我は」
ろうそくの灯が揺れる部屋で、俺と彼女は薄く笑いあった。
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