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第三章 闇の住まう深緑
闇憑き
しおりを挟むジュブウバリ族の里にやってきて10カ月が経つ。
アーカムは最近、目線を動かしてくれるようになった。
「あたしがわかる?」
蒼く、黒く、夜空をきりとったような綺麗な瞳が、のそっとこちらを見る。
その瞳に自分が映っていることが嬉しかった。
「それじゃあ、行こっか」
あたしはアーカムをおんぶして、修練場へむかい、そこで剣を振った。
アーカムはボーっとあたしのことを見つめている。
これが何の役に立つかわからない。
けど、変化は停滞を打ち破るチカラを持つ。
すこしでも回復の手助けになりそうなことは、片っ端からやった。
日々はゆったりと流れていく。
アーカムの状態は本当に少しずつ、少しずつ良くなっている気がする。
そう思い込むことで自分を騙しているだけかもしれない。
けれど、希望を捨てないこと、諦めないことが道を開くのだと教わった。
だから、あたしも待つことにした。
そうして、気がついた時には1年が経過していた。
ジュブウバリの里は1年を通して蒸し暑く、ローレシア魔法王国とはまるで違う世界だ。
おんなじような季節がずっと続いていたので、感覚が麻痺してしまっていた。
1年も里にいると、子供たちが大きくなるのを実感する。
1年前にはひよっこで泣いてばかりだった子が、今では立派に剣をふりまわして凛とした顔つきになっている。
「あ! アンナ先生だ!」
あたしを見つけるなり、みんなニコニコして寄ってくる。
厳しく訓練していたつもりなのだが、この里の者たちにはやたら好かれてしまった。
「アンナ先生、大きくなったら私と……私と契りを交わしてつがいになってください!」
たびたび求婚されるのも相変わらずだ。
やんわりお断りして「ありがと、気持ちは嬉しいよ」と言って頭を撫でてあげる。
すると、たいていは顔を真っ赤にして逃げていく。可愛らしい子たちばかりだ。
「そなたのおかげでジュブウバリ族はかつてないほどに強くなった。改めて礼を言おう、盟友アンナ」
あたしはジュブウバリ族に狩人流剣術を伝え、外人の世界について伝えた。
彼女たちはアーカムと並んであたしのことも盟友として扱ってくれるようになっていた。
「交易の商人は1年に一度、この里に来るのだ。もしかしたら、そこで手がかりを掴めるかも知れないぞ。もう数日中には来ると思うのだが」
とのこと。
商人ならば、この密林がどこの国のどのあたりに位置しているのかも知っているだろう。
場所さえわかれば、バンザイデスへ戻る算段もつくというものだ。辛抱した結果、ようやくいろいろなことが動き出してくれた。
族長のツリーハウスのテラスで、いつものようにアーカムの隣に座って手を取る。
握れば反応がかえってきて、瞳がこちらを向いてくれる。
1年前に比べたら、ずいぶんマシになった。
「ん、あれはなんだ」
カティヤが目を細めて言った。
視線を向ければ、何かが飛んでいるように見えた。
それは、だんだん近づいてきていて、やがて人影であると認識できるようになった。
「っ、まずい。やつら諦めてなかったのか」
カティヤは大きく息を吸い「敵襲だーー!」と里全体に響き渡るような大声で叫んだ。
何事かはわからない。
でも、荒事なのは勘でわかる。
あたしは剣を手に取った。
テラスから里を見下ろす。
里のなかにすでに異形の黒い怪物が侵入していることに気がついた。
空を飛んできている奴らよりも、ずいぶん早い。
「先行部隊が参上したわけだね。あたしが片付けるよ、カティヤはアーカムを見てて」
「待て。あれは闇の魔術師たちだ。我らのほうがやつらを知っている」
「闇の魔術師? だったら、なおさらあたしがぶっ殺すよ」
テラスから飛び降り、高さ70mの霊木を駆け降りて、黒い怪物へ一直線に飛びかかる。
直上からの勢いよく斬り下ろした。
黒い怪物は真っ二つになり尸となり果てた。
ジュブウバリの戦士たちは「す、すごい……」「流石、アンナ先生……」と驚嘆している。
「ぼさっとしないで。1匹ずつ集団戦術で囲い殺して」
「でも、闇憑きは私たちジュブウバリの戦士で……」
「こいつらはもうあんたたちの仲間でもなんでもないんだよ。仲間の血で手を染めさせる前に、楽に殺してやるのが思いやりでしょ?」
剣をきりはらい、血のりを落とす。
女戦士たちの瞳に決意が宿った。
闇憑きたちの戦闘能力は中々のものだ。
ギルド指標の脅威度にして30~50はある。
B級相当の戦力だと思われた。
ジュブウバリ族は平均してレベルの高い戦士だ。各部隊長で狩人流二段程度の実力はある。
ただ、この闇憑きたちは二段レベルの剣士が単騎で戦うのは、かなり危うい。
「やああ、森に還れー!」
「神聖なる森へ還れっ!」
とはいえ、ジュブウバリの戦士たちも強かった。
集団となって戦い、連携と統率のもとに鍛えあげられた精鋭だ。
里の者すべてがバンザイデスにいたそこいらの騎士より、よっぽど戦える。
彼女たちの戦術にかかれば、厄介な闇憑きでも、安全に撃退することが出来ていた。
あたしも血脈開放の反動から多少は回復したので、これくらいの敵には遅れを取らない。
これが闇の魔術師の改造人間?
思ったより、弱いじゃん。
そう思ったのも束の間。
森の奥からひと回り大きくなった闇憑きが現れた。
「あれがアーカムに魔術を使わせた闇憑きだ」
カティヤが剣を片手に隣に立っていた。
今にも斬りかかりそうだ。
でも、残念。アーカムの仇ならあたしが斬る。
「下がってて」
「っ、アンナ、そいつはタダの闇憑きじゃないぞ」
あたしは地面が深く沈むほど強く踏み切った。
一瞬でデカイ闇憑きに肉薄する。
闇憑きは腕を叩きつけてくる。
速い。当たったら痛そうだ。
けど、こんなの敵じゃない。
腕を避けて、首を斬り飛ばした。
さらに背後から胴体へ二撃加えて、バラバラにしてやった。
一呼吸のうちに片はついた。
ジュブウバリの戦士たちが静まりかえる。
「すごい……」
「アンナ先生ってあんなに強かったんだ……」
「か、かっくいいぃ……」
「私を孕ませてくだしゃい、アンナ先生……!」
まあでも硬い。
速いし、パワーもある
アーカムは狩人流四段の優れた剣士だけど、ハイパーモードを使えないと、正直いって四段の実力からは程遠い。
甘めに見ても三段のなかで中の下。
厳しく見れば三段のなかで下の下。
もちろん、彼の超直観を加味しての採点だ。
やっぱり、圧がないと難しい敵だっただろう。
「おぉお、エクセレントっ! 素晴らしいぞ、素晴らしい!」
拍手が聞こえてくる。
遥か頭上からだ。
霊木を背に、そいつらは降下してくる。
「よもや、これほどの剣士がジュブウバリの里にいたとは!」
「あんた誰?」
「私? 私はランレイ・フレートン! レトレシア魔法魔術大学では天才と呼ばれていた。この時代を代表する合成魔術と使役魔術の第一人者だ! ちなみに、これまで75人の彼女がいた。私はとってもモテるんだ。子供も何人もいるし、みなが天才だ! 屋敷は7つ持っている。7つの国に一個ずつね! どうだい、素晴らしき成功者だと思わないかい?」
訊いてもないことをペラペラと。
「脈絡のないおしゃべりからは知性が感じられないね。闇に傾倒した結果、頭おかしくなっちゃったのかな」
「世間は私たちのような者を闇の魔術師などと呼ぶが、それはまったくの間違いだ! 私たちは真理に気がつき、目をかけられたのだ! 深淵にみそめられた選ばれし者なのだよ! わかるかい? 深淵の渦への到達を最終目標とする魔術師という生き物にとって、私たちがどれほど優れた存在であるのか」
「わかんないし、興味ないよ」
「そうか! では、死にたまへ! 生意気な女は嫌いだ! このいけすかないメスガキが!」
同時に、デカイ闇憑きたちが森の影から6体ほど現れてくる。
「アンナ先生……」
「アンナ様……やばいです、これは……」
「お逃げください、ここは我々が引き止めます」
戦士たちは死を覚悟している。
何を馬鹿なことを。
こんなの窮地でもなんでもない。
「相手にならないよ、こんなやつら」
──20秒後
あたしはすべての闇憑きを斬り殺していた。
剣についた黒い体液を斬り払ってびちゃっと拭い落とす。
盛り上がっていた闇の魔術師たちはしんと静かになっている。
「なんだよ、あの剣士、強すぎではないか……?」
「聞いてない聞いてない、我々が2年も準備に時間をかけた怪物軍団がこんなたやすく倒されるなど聞いていない……!」
「ら、ランレイ卿、我々のオブスクーラがあんな簡単に……!」
「これは緊急事態でありますぞ。どうなさいますかランレイ卿」
一番イキりちらしていた闇の魔術師は腕を組んで険しい顔をする。
だから、現実を教えてあげる。
「あたしたちとっては、こんなの修羅場でもなんでもないんだよ。二流の怪物いくら量産しても狩人の相手じゃない。もちろん、アーカムが本調子なら、こんな雑魚どもに遅れをとることもなかった、絶対」
「……バケモノか、あのガキ」
「で、どうするのインテリ野郎。苦しんで死ぬか、楽に死ぬか。あんたたちに選ばせてあげるよ」
そう言って、剣の鈍光を外道たちへ向けた。
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