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第三章 闇の住まう深緑
柔術と
しおりを挟むアーカムは指をコキコキ鳴らし、カティヤへ近付いていく。
自信満々の姿に、ジュブウバリ族の女戦士たちは、アーカムの勝利を予感した。
「でも、カティヤ様が戦いにおいて遅れをとるなんてありえない」
「アーカム様、カティヤ様と喧嘩しないでください!」
「カティヤ様も落ち着い──ぐへえ!」
カティヤは制止にはいった女戦士を無言で突き飛ばすと、鼻血を腕でぬぐい「男を見せたな、アーカム」と嬉々として、石をひろいあげ、ぶん投げた。
アーカムは石を危うげなく受け止める。
その隙をついて、カティヤはアーカムの懐へ。
タックルするように掴みかかった。
2人はもつれながら倒れこむ。
馬乗りになり、有利な姿勢になったカティヤ。
乗っているほうが一歩的に殴れる。
非常にアーカムにとって不利な体勢だ。
「アーカム様、逃げてください!」
誰かが叫ぶ。
女戦士たちは知っていた。
戦いこそ、アマゾーナのすべて。
戦いに勝ち、己の勇敢さを示すことが戦士の誉。
そうありつづけ、育て上げられた彼女たちは、族長を決める死闘トーナメントでカティヤの凶暴な本性を知り、その異様なまでの勝利へのこだわりに畏怖畏敬の念をもっているのだ。
カティヤは馬乗り姿勢で、大きな石を両手にもつと、アーカムの顔面へ叩きつけた。
黄金の瞳は野生をやどし、敵を殺すことに一切の躊躇などない。
この密林には優しさなど必要ない。
大自然の掟を教えてやる、外人。
──と、その時、カティヤの顔を石が叩いた。
アーカムだ。
彼は最初に受け止めた石で、カティヤの横っ面を殴ったのだ。
カティヤは大きな石を取り落とす。
アーカムはその大きい鈍器を片手で受け止めると、これ幸いとばかりに、その鈍器を使い、無表情のまま、カティヤの顔面を再び殴りつけた。
側頭部と正面。
続けて、二発も石で殴られ、カティヤは地に転がり、動かなくなる。
「え、カティヤ様……」
アーカムはのっそり立ちあがる。
小さな声で「迷えば敗れる」そうつぶやく。
手には血痕のついた石。
目には正気の光が宿っている。
その輝きは覚悟の決まりきった戦士の瞳そのものだ。
「女の子を殴るのは趣味じゃないんです。あまり手間取らないうちに、負けを認めてくれますか。あなたには僕の助けが必要であると、僕の力が必要だと」
ジュブウバリの戦士たちは、アーカムの一片の躊躇ない反撃にざわめく。
強者にだけに許された不遜な交渉術にうっとりした顔をする者も多かった。
アマゾーナには例外なく強い者が好まれる。
アーカムがカティヤに近づく。
と、その時、やられたふりをしていたカティヤは、機敏に木の棒をひろいあげると、それで殴りかかった。目は戦意でギラギラだ。
その身には剣気圧をまとっていた。
これまで彼女はアーカムが圧を使えない現状にたいして手加減していたのだ。
「手加減する必要はないようだ、アーカム」
「じゃあ、僕も手加減しませんよ」
アーカムは鎧圧をまとった一振りを避ける。
ジュブウバリ戦士たちは、圧すら使ってないのに、ジュブウバリの最強の戦士の不意打ちを見切ったアーカムの反射能力に驚愕した。
カティヤも同様だ。完璧な奇襲をよけられ、無防備な姿をさらしてしまう。
アーカムは避けるなり、三度《みたび》、石でカティヤの顔面を殴る。
石が砕ける。彼女の鎧圧《がいあつ》のほう硬かったようだ。
アーカムは今度は、大きな石を勢いよく側頭部へ叩きつけた。
これは効いた。一瞬ふらつく。
アーカムはカティヤの手首を取った。
小手返しで彼女を投げる。と同時に、木の棒を落とさせ武装を解除させた。
そのまま、背後から羽交い絞めにして気道を締めあげた。
狩人流剣術のなかには、多彩な格闘術がふくまれている。
柔術もそのひとつであった。
「うぐ、ぅ!」
完全なスリーパーホールドに掛かって、カティヤはうめく。
カティヤは鎧圧を使える。
そのせいで打撃に対して、大きな抵抗力をもつ。
このような敵には締め技と関節技が効果覿面だ。
「なんの、これ、しき」
「別の技に掛け変えましょうか」
「うる、さい!」
カティヤは肘に鎧圧を集め、背後のアーカムを打った。
ホールドを解いて、スッとステップで一旦逃げてから、タックルで押し倒した。
さっきから胸とか、お尻とか、いろりろ当たってるけど、えっちより戦意が勝ってるのでギリギリセーフだ。
今度は腕ひしぎ十字固めを行い、反撃されないようにする。
カティヤはなんとかもがく。
だいたい、ここら辺で決着はつくものだが、彼女は諦めようとしない。
油断なく1分くらいそうしていると、ようやくカティヤが大人しくなった。
「負けを認めますか」
「……」
「カティヤさんは負けたふりの前科持ちなので、敗北を認めないと技を解いてあげません」
ジュブウバリ族の戦士たちが動揺の色を瞳に宿している。
なかには子供達も混ざっている。
アーカムはそれをわかっていながらも、負けを認めさせようとする。
「ぅ、ぅぅ……」
すすり泣く声が聞こえて来た。
見やれば、カティヤは大粒の涙をぽろぽろと溢していた。
「我、の、負けだ……ぅ、ぅぅ……」
アーカムは技を静かに解いて、手を差しのべる。
カティヤはアーカムの手を取らず、そのまま里の方へ走って行ってしまった。
「カティヤ様、産まれてはじめて戦いに負けたんだと思います」
「アーカムさまっていろいろな戦いを知ってるんですね」
「あの方に初めて土を着けるのが外人などと、まこと信じられない話だな」
わざめくジュブウバリの戦士のなか、ちいさくなるカティヤの背中を、アーカムは見送った。
里に戻った。
なんだか気まずくて、アーカムは子供たちといっしょに時間を過ごした。
その晩になって、ようやく部屋に戻った。
さて、よくお面作ったし、情報収集したし、リハビリもできた。
そろそろ寝ようか。そんなことを思い、アーカムは視線をベッドへ向ける。
「ん?」
布団がわずかに膨らんでいた。
カティヤが寝ているのだろうか、とアーカムは思った。
こんなことは初めてだった。
普段、監視の目的で同衾するカティヤと見張り役のセーラは、アーカムがベッドですやすやしているところへ、スッと無言で布団に入ってくるのだから。
布団のふくらみが蠢いた。
カティヤが顔をひょっこりと表わす。
黄金の瞳が涼し気な月夜に輝いているのが見える。
綺麗だな、とアーカムは思った。
と、その時、カティヤが奇行にはしった。
暗い部屋ゆえ、その全体を完全にうかがうことはできない。
ただ、彼女が装束を脱ぎだしたのは分かった。
ただでさえ薄手で、体の綺麗なラインがくっきりわかるというのに、今ではその暗く美しい肌をおしげもなく露わにしている。
冷たい月明りが、彼女の美しさに拍車をかけ、さらなる神秘性を授けていた。
「我を倒した男よ、ならわしに従い……今宵はちぎりを結んでもらうぞ……」
「な、な……っ、な……!」
「さ、さあ、好きなだけ抱くのだ! そして、我を孕ませろ!」
顔をまっかに染めて、カティヤは一息に言い放った。
族長の錯乱、深夜の戯言、否、痴女の妄言と呼ぶにふさわしいだろう。
13歳という妖精的な均整と、鍛えあげられた気高き肉体。
族長の責務を背負い、常に指導者たらんとしてきた彼女の厳格な表情は、いまやすべてを捧げようとする男をまえにして、年相応の少女にすぎない。
お前にだけは、全部やる。そう言っている気さえした。
夜の暇に差しこまれる出来事として、熟成されし童貞にはあまりにも素敵にすぎるシチュエーションであり、お相手もまたあまりにも美しい──
アーカムはそっと息を呑んだ。
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