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第二章 怪物殺しの古狩人

血の模倣者

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「あんたさ、あんまり老人をいじめるもんじゃないよ」

 アンナはクトゥを鋭く睨みつけて言った。

「アンナ、ダメだ、あれはまだ君の手に負えるような怪物じゃない……」
「そんな弱音を吐くなんて、先生らしくないよ」

 破壊された町を眺める。
 その規模から相手がただの怪物でないことなんて、彼女にも分かっていた。
 それでも、アンナはまっすぐに敵を見据え、胸を張り、震える膝を律して立っていた。

「あれは、絶滅指導者だ……すぐに逃げなさい、私がここは引き受ける」
「伝説の吸血鬼? ……ラッキーじゃん」

 倒したらアーカムに大きく差をつけてリードできる。絶滅指導者を倒した狩人など、最高すぎるネームバリューだ。この得点を逃す手は無い。

 アンナはぷるりと震え、銀の剣を構える。
 が、次の瞬間、怪物の拳がせまっていた。
 クトゥの見せた踏み込みは、速く、鋭い。
 アンナは適切に反応できず、とっさに剣の腹で思いきり受け止めてしまう。

 銀の剣がバギンッ! とへし折れる音がした。
 それだけにとどまらず、血の拳がアンナの頬を打った。
 強烈な殴打をくらって、思いきりふっ飛ばされた。
 
 雪の上をゴロゴロ転がり、彼女は動かなくなる。

「あ、アンナ……」

 テニールはかすれた声を漏らした。
 100年に一度の天才が、手に塩をかけて育てた最高の狩人となるべき少女が殺されてしまう。

 古狩人は力を振り絞りたちあがる。
 頬の骨が粉々に砕けている。
 全身打撲、胸骨の粉砕骨折。
 尖ったあばら骨が、肺を破らんとしている。
 耳鳴りがする。頭が割れそうだ。
 今立たずしていつ立ちあがる。
 今しか彼女を救えない。
 今しか命をかけることも出来ない。

「私が、相手だ……」

 そう言い、何の意味もなく、ふらりと直立して立つ。
 あと一撃殴られるだけの命。
 その間にアンナが気絶から目覚め、奇跡的に気づかれずに逃げることを願う。
 瞬き一回分でも時間を稼ぐのだ。

 クトゥはつまらなそうに死にかけの老人へ指を向ける。
 と、その時だった。
 梅色の眼光が、怪物の背後にせまった。
 
 その時を待っていたかのようにだ。
 一瞬の隙をついて狡猾な狩人は飛びかかったのだ。

 が、クトゥは気配を察知していた。
 頭をさげて、不意打ちをかわすと、背後の敵を振り返りざまに蹴りとばし、建物の壁に叩きつけた。

 アンナは痛みに顔を歪める。

 テニールは瞳を閉じた。
 彼女が逃げるわけなかった。
 静かな激情型なのだ。
 表情ひとつ変えずに木剣で他人を殴り続け報復するような子なのだ。
 
 武器を壊され、一撃でダウンさせられ、おいそれと逃げ出すわけがない。

「アンナ、逃げてくれ……君は天才だ、だが、このステージはあまりにも早い……」
「あたしまだ本気出してないから」

 壁にめり込んていたアンナはひょいっと抜け出すと、鼻血を親指でぬぐい、肩のまわし、首をコキコキと鳴らす。
 
 軽い所作にクトゥは「ほう」と声を漏らす。
 
「娘、お前はただの人間ではないな」
「あたし天才だからね」
「魔術師はこんな罪深い業まで完成させていたのか。それは血の力なのだろうな、娘」

 アンナの不死身体質。
 それは吸血鬼の血の研究の産物であった。

「面白い。では、このクトゥがお前を試してやる」
「試す? そんなことしてる間に、あんたを滅殺するよ」
「お前は死ぬ」
「歴史に名を刻めるなら命なんて惜しくない」
「野心的だ。人間らしいくて実に滑稽だな」

 クトゥは「さて、何発で壊れるか」と楽しげに手首を鳴らし──次の瞬間には、殴打を繰り出していた。吸血鬼特有の緩急の激しい動きだ。
 しかし、拳はアンナに届かなかった。
 驚愕に目を見開くクトゥ。
 アンナは片手でクトゥの拳を受け止めていた。
 
「馬鹿な……」

 アンナの梅色の瞳が紅く染まっていく。
 途端、アンナは拳を受けとめる力を弱めた。
 わずかに怪物の体勢が崩れた。
 天才は怪物の腕をからめとり、関節を極めると、そのまま全力で負担をかけて、肘をへし折ってしまった。
 とてつもない速さの暴力的柔術だ。
 そのまま、アンナは力任せにへにゃへにゃした腕を引っ張った。
 顎をしたからカチ上げ、なすすべないクトゥを宙へふわっと舞わせる。
 さらにそこへ、ボールへ雑にトーキックするように、クトゥの顔を思いきり蹴り飛ばした。

 戦闘本能と訓練された狩人流の武の理が導き出した、最善の殺人コンボてあった。

 顔を壊されたクトゥは、きりもみ回転しながら建物へ突っ込んでいく。そのまま建物は倒壊し出し、瓦礫は墓標のように積みあがった。

 これが血の模倣者のチカラだ。
 現代魔術はすでに怪物の暴力を解明しつつあるのだ。
 
「アンナ、素晴らしいよ……だけど不足だ、今すぐ逃げなさい……」
「勝てるよ、あたし本気出したから」
「君はわかってない」

 すこし得意な風に言い、アンナはクトゥが落とした剣を拾う。
 が、その時、彼女は突然、口から大量に血を吐いた。
 幼い身体にはまだ血の開放は負担が大きすぎたのだ。

「舐めたことをしてくれる」

 気がつけばクトゥが横に立っていた。
 アンナの胸を怪物の拳が貫いた。

「ぁ」

 腕が引き抜かれる。
 胸にばっかり穴が空き、アンナの瞳から光を失われた。
 彼女は遠くの空を見て「ぁぁ」とか細い声を残して崩れ落ちた。
 
「つくづく人間は恐ろしいことを考える。血の模倣など……あってはならない」

 アンナの亡骸をテニールは険しい眼差しで見つめた。
 心臓が破壊されている。
 吸血鬼の模倣者である以上、心臓へのダメージは致命的だ。

「派手に暴れすぎた。狩人協会が来る前に退散するとしよう」

 クトゥはテニールへ赫糸を撃った。
 機敏に起きあがったアンナが一撃を身体で受けとめる。

「ありえない。なぜ?」

 腹を深くえぐられたアンナ。
 臓物が飛び出ないように手で必死に押さえている。
 立ちながら、シニカルに笑い、絶滅の指導者へ中指をたてる。
 クソ野郎。相棒に教わった相手をあおるジェスチャーだった。

 クトゥは眉根をひそめ、不機嫌になると「よかろう。ならば砕くまで」と木っ端微塵にする勢いで赫糸の弾丸を撃とうとする。

 瞬間──圧縮された大気の暴力が、空から絶滅指導者を押しつぶした。

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