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第二章 怪物殺しの古狩人
古狩人
しおりを挟むしんしんと雪の降る白道にちいさな吸血鬼がいた。
豪華な店構えを見やれば、窓側の席にそれらしい人物がいた。
「テニール・レザージャック。やっと見つけた」
吸血鬼は窓へ飛び込んだ。
石畳みを踏み割るほどの怪脚で。
物凄い初速で鉛弾のように飛んでいく吸血鬼。
テーブルで呑気にステーキの切り分けてモグモグ食べる老人。
復讐の怪物は隙だらけの怨敵へ蹴りをいれようとする。
「──血の臭いがするねぇ」
老人は首をひょいっと引いた。
最小の動作。窓を突き破ってきた脚撃をかわす。
さらに何気ない動作でステーキを切っていたナイフを怪物の脚にそえた。
恐ろしい速さで突き抜けていく脚。
添えられた銀の刃が、怪物自身の速さで、そのふくらはぎから太ももまで、一瞬で掻《か》っ捌《さば》いた。
「がぁあああ!?」
「銀食器が普及した理由を知っているかい? 食事中の狩人が緊急的に怪物の武器とするためだよ」
老人──古狩人テニール・レザージャックは銀の剣を手にして立ちあがる。
食事処の客たちが「吸血鬼だッ!」と騒ぎはじめ店を逃げだして行く。
吸血鬼の少年は、綺麗に搔っ捌かれた足を瞬時に再生させる。
すぐさま、人差し指から血の糸を展開した。
テニールは「赫糸かい」と嫌そうな顔をする。
少年は無邪気に微笑み「死ね、血狂いの殺戮者ッ!」と思い切り腕をふった。
食事処が水平に真っ二つに両断される。
それどころか、周囲20mの建物すべてが、壁や支柱すべてを断ち切られて倒壊しはじめる。赫糸を使える吸血鬼は得てして広範囲に被害を及ぼすことは、狩人の間では有名な話だ。
テニールは牽制に銀のナイフを一投。
少年は口でナイフを噛み受け止め、顎の力で噛み砕く。
ムチのようにしならる赫糸は、触れるものすべてを破壊していく。
赫糸を目で追いながら、テニールは最小限の動きでかわす。
隙を見つけ、一足飛びで間合いを詰めた。
達人の踏みこみだ。銀の剣が鋭く突き出される。
だが、少年は大きく飛びのいた。
浅く胸を刺されるだけで致命傷を回避した。
少年はそのまま食事処を出て、建物の屋根へと逃げる。
「老体に追いかけっこは厳しいねぇ」
言いながら建物へ飛び乗るテニール。
機動力では敵わない。
路地裏まで追いかけたところで気配を隠されてしまった。
完全に姿を見失った。
湿り暗い闇のなか。
テニールは銀の鈍い輝きだけを手に、靴底のコツ、コツ、コツと音を鳴らす。
「どこにいるんだい。出ておいで。こんな老人相手に隠れることしかできないとは、最近の吸血鬼は酷く臆病で、弱くなったものだねぇ」
「舐めるな、殺戮者ッ!!!」
突然として、少年は闇から飛び出した。
テニールは機敏に反応すると、銀の剣で胸を斬り裂いた。
引き絞られる銀の刃。
斬撃からの素早い刺突が少年の心臓を射抜く。
──しかし、少年は間一髪の心臓付近の血を堅めることに間にあった。
銀刃が弾かれる。
テニール・レザージャック。
もう100歳を超えているはずなのに、ありえないほど動ける。
少年は今のままではいずれ、この古狩人に対応される事を悟った。
ゆえに反動覚悟で120%の本気を出すことにした。
これで終わりにてやる、卑劣な殺戮者──血脈開放。
隙だらけのテニールへ、怪腕が叩きつけられる。
それまでとは比べ物ならない速さの拳。
が、隙ある姿勢ながら、古狩人は一歩後退することでたやすく避けてしまった。
少年は目を大きく見開いた。
なぜ、血脈開放したのに反応された?
そう疑問に思っている間に、銀の剣がふたたび引き絞られる。
テニール・レザージャックは確かに動けるが攻撃にキレがない。
これなら余裕をもって見切れる。
だから、カウンターの拳で確実に殺そう。
少年はそう思い、時間にしてわずか、避けるタイミングをうかがった。
「それは大きな間違いだ──」
瞬間、少年は胸を貫かれていた。
路地裏から表通りまで吹っ飛ばされ、建物を2棟ばかり貫通して、さらに向こう通りへと押し出された。
全然見えなかった?
血脈開放していたのに?
それに人間にこんなパワーが?
しかも、墓に片足突っ込んだ老体に?
想像を絶する一撃に、少年は疑問を抱いた。
「でも、まだ一撃を貰っただけ、だし……」
吸血鬼の本領はその耐久力・生命力。
ここからが本番だ。
そう思い立ちあがろうとするが、体が動かない。
どんどん寒くなっていく気がした。
見れば心臓の鼓動が止まっていた。
先のひと刺しで破壊されてしまったのだ。
なんという正確性だ。
やがて、ゆっくりとテニールが歩いて来た。
彼は「酷く暴れたねぇ」とあたりを見渡しながら声をもらした。
「な、ぜ、負ける、この僕が……年老いた、狩人、なんかに……」
「君は多少は新人狩人を倒した事があるかもしれないねぇ」
テニールは少年の動きにわずかに考えた動きというものを感じた。
だが、それは付け焼き刃にすぎない。
「迷えば敗れる。それは吸血鬼とて同じこと。年老いると反射神経が鈍って仕方がない。一瞬のやりとりで1モーションに込められる剣圧も低くなる。だけど、時間をもらえれば剣圧をより高め、鋭く、速い攻撃をすることが可能になるものさ」
テニールが一度目の刺突を外したのも、二度目の刺突を血に弾かれたのも、全て威力不足が原因だった。
溜めの時間さえもらえれば、現役時代の10分の一程度ほどまで剣圧を高めて、攻撃することは十分に可能だ。
「いやしかし、久しぶりに血の匂いを嗅いだねぇ」
「て、ニール、れざー、じゃっく……」
少年吸血鬼の身体が蒼い炎に包まれていく。
「こんな幼い吸血鬼を殺すのに時間をかけるなんて……やはり、もう長くはもたないねぇ」
手のひらを握って開く。
哀愁ある灰色の眼差しが手のひらに落ちる。
「ぁ、ぁ、おま、え、を、ころす、ころして、や、る……」
銀の剣を吸血鬼の心臓に今一度突き刺した。
引き抜き、斬り払う。
びちゃっと雪に赤い跡がつく。
古狩人は黙したまま、吸血鬼が朽ちるまで蒼炎を見下ろしていた。
「引退してから50年経って報復しにくるとは……」
久しぶりの運動に肩を鳴らし、伸びをする。
明日は筋肉痛だろう。
と、その時、わずかな気配の揺めきを暗闇の向こうで捉えた。
灰色の瞳が雪の降るさみしい闇を見つめる。
暗黒に紛れるように、そいつは立っていた。
黒い革製コート。くたびれた三角帽子。
一件して狩人の正式装飾を着ている。
だが、黒革コートはボロボロで、渇いた血で塗れている。
汚れきっていてわかりにくいが、遥か古い時代の狩人の装束のようだ。
今はもう狩人協会内でもそのデザインを知る者は少ない。
三角帽子の陰から血のような紅瞳が覗く。
弱き生物ならそれだけで絶命を選ぶ。
それほどの異質・異常・異次元の圧をその者は持っていた。
テニールは灰色の眼を見開いた。
静かにそれを見据えつづける。
やがて納得したように一歩、二本、通りの中央へ移動した。
「ようやくかい。ようやく私のところにも現れたのかい」
「テニール・レザージャック……会いに来たぞ」
テニールは苦笑いしながら「あと70年早く来てほしかったねぇ」と震えた声をこぼす。
灰色の瞳に覚悟が宿る。
ここが終点。ここが終わり。
我が生涯のすべては今この時のために。
「待っていたよ、絶滅指導者」
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