38 / 306
第二章 怪物殺しの古狩人
正義の騎士
しおりを挟む「お疲れさまです、騎士団長。こちらが今月の分です」
「うんうん、いつもどうも、ご苦労さん」
怪しげな酒場で怪しげな会話が行われている。
路地裏にひっそりと構えられた酒場から黒服の男が出て行く。
マフィアである。バンザイデスを根城にするカリステッドファミリーの一員だ。
一方、酒場のなかには、鎧こそ着ていないものの騎士風の男が4人いた。
マフィアから受け取ったマニー金貨を改めているのは、浅黒い異国風の男だ。
エイダムの後任で、現騎士団長を務める上級騎士レフリ・カワサキである。
「うんうん、エイダムも馬鹿なやつだよ。権力の使い方をまるで知らないんだから」
「まったくですな、レフリ団長」
「よしよし、お前たちは金を例のところへもっていくんだ。各所への根回しはいつも通り頼む。ああ、それと女を買っておけ。若い娘だぞ」
レフリはそう言って部下たちを解散させる。
今夜は団長室でパーティの予定があるのだ。
もちろん、健全なものではない。
レフリは貧しい家の出身だった。
こうして力と権力を手に入れたいま、彼はすべてを私腹を肥やすために使おうとしていた。
自分もそろそろ行くか。
そんな事を思い、レフリは酒を煽り飲み、最後に酒場を出ようとする。
「騎士団長殿、これはどういうことですか」
と、酒場へひとりの騎士が入ってきた。
「うんうん、やっぱり来た、フェルナンドくん」
騎士フェルナンド。
若干23歳の若さで剣聖流三段を修める天才剣士である。
かつてエイダムと共にアルドレア家へ王女護衛に行ったこともあり、前騎士団長からの信頼は厚かった。
「やはりカリステッドファミリーと癒着があったんですね」
「だったらどうするんだい、フェルナンドくん」
「決まっている。貴様を裁く。薄汚いネズミめ」
「ひどい言い草だよ。そんなこと言ってると騎士団を追い出しちゃおっかなー」
「戯言はいい。お前たち、騎士団長を連行しろ」
フェルナンドは連れて来た騎士2名に指示をだす。
だが、
「すみません、フェルナンドさま」
騎士たちは上官であるフェルナンドを、突如として後ろから斬った。
「ば、か、な……! な、なぜ……!」
「うんうん、君は権力の力とか、お金の魔力とかそういうものに理解が足りないね。これが知恵者の戦い方さ。天才剣士くん」
フェルナンドは苦渋を表情をする。
エイダムがいればこんな事にはならなかった。
レフリが王都からやってきて団長に就任してから騎士団は狂い始めた。
今では汚職と腐敗が蔓延る魔窟だ。
「こんな、ところで、死んでたまるか……」
──剣聖流剣術四ノ型・剣聖獅子斬り
「っ、避けろッ!」
レフリが叫ぶ。
瞬間、フェルナンドは抜剣し、全方位へ鋼の刃を乱舞させた。
酒場の机も椅子が斬り刻まれ、壁も天井も床にも斬痕が走る。
剣術三段の冴え渡る剣筋は見事というほかない。
フェルナンドは得意の一撃を放ったあと、颯爽と酒場を飛び出した。
駐屯地に戻ったフェルナンドはポーションを服用し、自分の部下のもとへ向かった。
ついにやったぞ、尻尾をつかんだ。
これで団長を更迭し、追い出すことができる。
そう説明した。
「す、すみません……無理ですよ……できませんよ」
「なにをお前たち言っているんだ……この時を待っていたんじゃないか!」
「団長の裏にはカリステッドファミリーがいるんですよ? 逆らったら四六時中つけまわされて報復として湖に水死体として浮かぶことになる……!」
バンザイデス近郊の湖では沈んだ死体が稀に浮かんでくることがある。
隠す気のない死体もある。
わかる者にだけわかる見せしめとして浮かばされるのだ。
そういうのが大抵はアウトローのやり方だ。
すなわちマフィアの消し方である。
フェルナンドの部下は皆、怯えあがってしまっていた。
団長の恐怖政治の威力は抜群だ。その夜、決定的な瞬間を押さえたにもが関わらず、団長の不正に立ち向かえる者はいなかった。
──しばらく後
「俺が、騎士団を除籍……?」
フェルナンドは部下から遠慮がちに渡された文書を見て、目を白黒させた。
先日の一件を王都の騎士団本部へ伝えるべく、手紙を鷹に持たせて飛ばした結果である。
フェルナンドは膝から崩れ落ちる。
レフリの背後は想像以上に強力だった。
フェルナンド一人ではどうしようも無いほどに。
「そんな……まさか、王都にも、やつの仲間が……」
報復としてフェルナンドは「上官への反抗的態度」というふざけた名目で、騎士団を除籍されてしまった。実質的、追放処分である。
「フェルナンド先輩……すみません……」
意気地なしどもめ。
お前たちはなんのために騎士になったんだ。
不正・理不尽を斬るためじゃないのか。
フェルナンドはそう叫んで、部下を糾弾したかった。
だが、部下に当たるのは、まるで見当違いな行為だ。
追及するべき敵を間違えてはいけない。
「いい。ああいう手合いを相手にするには、普通の方法じゃリスクが大きすぎるからな。お前たちが生き残っていて、俺が騎士団を追い出されたこの現状が、どちらが賢い判断だったかを示している。お前たちは間違っていない」
フェルナンドはそれだけ言い残して、朝の修練場へでた。
本日、騎士団はお休みである。
なのでテニール・レザージャックとかいう弩級の鬼畜じじにしごかれることもない。
なので修練場に行く必要もない。
「フェルナンドさん、今日の訓練は休みでは?」
「朝の空気を吸いたくなったんだ」
階段のあたりに腰かけている少年。
朝練に精を出す彼は、ちょうど休憩中らしい。
黒髪に薄紅瞳の二枚目の顔つきをしている。
剣術の大天才として名高いアーカム・アルドレアである。
フェルナンドは3年前の事件のこともあり、アーカムとは、とりわけ親しくしている騎士のひとりであった。
アーカムやアンナに嫌がらせをしている騎士たちに、裏で教育的指導をしているのも、フェルナンド率いるかつてのエイダムの部下たちであった。
「お前は本当にすごいな。毎日毎日、こうして早朝から鍛錬をしているんだろう」
「目的がありますから。今できるすべてをやりたいんです。ベストを尽くしたいだけですよ」
「ベストを尽くすか……」
フェルナンドは自問する。
自分はベストを尽くせているだろうか。
我が身可愛さで不正に目をつぶり、声がもれないように口を抑えながら生きることが、ベストを尽くしたことになるのだろうか。
いいや、断じて違う。それはただの諦めだ。
騎士が決してやってはいけない恐怖による敵前逃亡だ。
「俺もベストを尽くすことにしたよ」
「フェルナンドさん?」
「アーカム、これまでありがとうな」
フェルナンドはそう言って歩き去った。
アーカムのもとへ、アンナがやってくる。
タオルで玉の汗をぬぐいながら、じーっと離れていく背中を見つめている。
「フェルナンドね。なんかあったの?」
「アンナ」
「なに?」
「ちょっと、聞きたいんことがあるんですけど。騎士団長の噂について──」
──その晩
フェルナンドは剣を手に騎士団長室の扉のまえにいた。
正義を執行する。
俺の命に変えてでも、悪を断つ。
フェルナンドは扉を蹴破り、団長椅子にふんぞり返って座るレフリの姿を捉える。
そこはお前の椅子じゃない。
──剣聖流剣術二ノ型・剣聖十文字
一足でレフリに肉薄し、高速の二連撃を放った。
だが、剣聖三段の練りあげられた太刀筋は、黒服の剣士によって弾かれてしまった。
フェルナンドは目を見張る。こいつ強い!
レフリが奥でニヤついているのが見える。
と、そこへ、
「不死鳥の魂よ、炎熱の形を与えたまへ
──《ファイナ》」
高速詠唱によって放たれた火の玉。
フェルナンドに命中し、炎が騎士を包みこむ。
「ぐぁああ!?」
「うんうん、やっぱり来たか。君のような偽善者くんは追い込んでやれば短絡的行動にでると思ってたよ。フェルナンドくんみたいな正義ぶってるやつを、このレフリ・カワサキが今までどれだけ相手してきたと思ってるんだい」
レフリはその度に後悔と絶望を与えて殺してやった、と武勇伝を語るように高らかに言った。信じられないクズである。
部屋には黒服が4人いる。
2人の魔術師、2人の剣士。全員が只者ではない覇気を纏っていた。
すべては罠だったのだ。
最初から勝ち目などなかったのだ。
フェルナンドは焼ける痛みに悶えながら、正義の無力さに打ちひしがれた。
「ん? おおっと、これは……うんうん、これは予想外のお客さんだよ」
レフリが怪訝な声をもらした。
視線は団長室の開きっぱなしの扉の外へ向けられている。
かと思うと、なんの前触れもなく、フェルナンドのうえから大量の水が落とされた。
あっというまに音を立てながら猛炎は鎮火される。
「団長室は来ようと思わないとこれない場所なんだが……一体こんな夜更けに何のようなのかな、大天才アーカムくん」
「大したことではないですよ。僕はまわりが歯向かわないような巨悪に歯向かってやるのが趣味なだけです」
「うんうん、それは良い趣味とは言えないね。……テニールさんのお弟子さんだから、なるべく荒事は避けたかったけど、見られたらのなら、もう殺すしかなくなっちゃったよ」
「元よりこっちもそのつもりですよ。お気になさらず」
「……うんうん、天才と持ち上げられて勘違いしちゃったのかな? ここにいる彼ら4人は全員が魔術、剣術ともに極限まで練りあげたプロフェッショナルの殺し屋だよ。君など相手にならないよ」
「それは恐いですね」
アーカムはおどけたように肩をすくめる。
レフリはそれが癪に触ったようだ。
彼の瞳から熱が失われていく。
「先生方、あの調子に乗るガキに実力をわからせてあげてくださいよ。お願いしましたよ」
殺し屋たちは薄い笑みを浮かべてアーカムへ向き直った。
フェルナンドはかすれた声で「に、げろ……」と絞り出す。
だが、警告は遅く、すでに殺し屋の剣先はアーカムの喉元に到達しようとしていた。
0
お気に入りに追加
592
あなたにおすすめの小説

お願いだから俺に構わないで下さい
大味貞世氏
ファンタジー
高校2年の9月。
17歳の誕生日に甲殻類アレルギーショックで死去してしまった燻木智哉。
高校1年から始まったハブりイジメが原因で自室に引き籠もるようになっていた彼は。
本来の明るい楽観的な性格を失い、自棄から自滅願望が芽生え。
折角貰った転生のチャンスを不意に捨て去り、転生ではなく自滅を望んだ。
それは出来ないと天使は言い、人間以外の道を示した。
これは転生後の彼の魂が辿る再生の物語。
有り触れた異世界で迎えた新たな第一歩。その姿は一匹の…
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
ギフト争奪戦に乗り遅れたら、ラストワン賞で最強スキルを手に入れた
みももも
ファンタジー
異世界召喚に巻き込まれたイツキは異空間でギフトの争奪戦に巻き込まれてしまう。
争奪戦に積極的に参加できなかったイツキは最後に残された余り物の最弱ギフトを選ぶことになってしまうが、イツキがギフトを手にしたその瞬間、イツキ一人が残された異空間に謎のファンファーレが鳴り響く。
イツキが手にしたのは誰にも選ばれることのなかった最弱ギフト。
そしてそれと、もう一つ……。

外れスキル『収納』がSSS級スキル『亜空間』に成長しました~剣撃も魔法もモンスターも収納できます~
春小麦
ファンタジー
——『収納』という、ただバッグに物をたくさん入れられるだけの外れスキル。
冒険者になることを夢見ていたカイル・ファルグレッドは落胆し、冒険者になることを諦めた。
しかし、ある日ゴブリンに襲われたカイルは、無意識に自身の『収納』スキルを覚醒させる。
パンチや蹴りの衝撃、剣撃や魔法、はたまたドラゴンなど、この世のありとあらゆるものを【アイテムボックス】へ『収納』することができるようになる。
そこから郵便屋を辞めて冒険者へと転向し、もはや外れスキルどころかブッ壊れスキルとなった『収納(亜空間)』を駆使して、仲間と共に最強冒険者を目指していく。

帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす
黄昏人
ファンタジー
ハヤトは15歳、中学3年生の時に異世界に召喚され、7年の苦労の後、22歳にて魔族と魔王を滅ぼして日本に帰還した。帰還の際には、莫大な財宝を持たされ、さらに身につけた魔法を始めとする能力も保持できたが、マナの濃度の低い地球における能力は限定的なものであった。しかし、それでも圧倒的な体力と戦闘能力、限定的とは言え魔法能力は現代日本を、いや世界を大きく動かすのであった。
4年前に書いたものをリライトして載せてみます。

クラスまるごと異世界転移
八神
ファンタジー
二年生に進級してもうすぐ5月になろうとしていたある日。
ソレは突然訪れた。
『君たちに力を授けよう。その力で世界を救うのだ』
そんな自分勝手な事を言うと自称『神』は俺を含めたクラス全員を異世界へと放り込んだ。
…そして俺たちが神に与えられた力とやらは『固有スキル』なるものだった。
どうやらその能力については本人以外には分からないようになっているらしい。
…大した情報を与えられてもいないのに世界を救えと言われても…
そんな突然異世界へと送られた高校生達の物語。

おっさんなのに異世界召喚されたらしいので適当に生きてみることにした
高鉢 健太
ファンタジー
ふと気づけば見知らぬ石造りの建物の中に居た。どうやら召喚によって異世界転移させられたらしかった。
ラノベでよくある展開に、俺は呆れたね。
もし、あと20年早ければ喜んだかもしれん。だが、アラフォーだぞ?こんなおっさんを召喚させて何をやらせる気だ。
とは思ったが、召喚した連中は俺に生贄の美少女を差し出してくれるらしいじゃないか、その役得を存分に味わいながら異世界の冒険を楽しんでやろう!

【ヤベェ】異世界転移したった【助けてwww】
一樹
ファンタジー
色々あって、転移後追放されてしまった主人公。
追放後に、持ち物がチート化していることに気づく。
無事、元の世界と連絡をとる事に成功する。
そして、始まったのは、どこかで見た事のある、【あるある展開】のオンパレード!
異世界転移珍道中、掲示板実況始まり始まり。
【諸注意】
以前投稿した同名の短編の連載版になります。
連載は不定期。むしろ途中で止まる可能性、エタる可能性がとても高いです。
なんでも大丈夫な方向けです。
小説の形をしていないので、読む人を選びます。
以上の内容を踏まえた上で閲覧をお願いします。
disりに見えてしまう表現があります。
以上の点から気分を害されても責任は負えません。
閲覧は自己責任でお願いします。
小説家になろう、pixivでも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる