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第一章 再誕者の産声

神の物質

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「……そんなこと、馬鹿な、ありえない」
「覚えていてくれて嬉しいですよ」

 俺はポケットに手を入れて、さりげなく間合いを広げておく。
 安全確保のためだ。
 覚醒した超能力には叩かれるだけで即死肉塊確定コースだからな。

「イセカイテック研究部第10研究室主任研究員、緒方京介。俺がわかりますよね」
「………………本当に、伊介、天成、だというのか?」
「原因は調査中ですが、この通り異世界の人間として記憶をもって生まれ変わった」
「そんなことがありえるのか……? 貴様は虚無の海に消えたと富岳も計算をだしていたはずなのに!」
「計算間違いは誰にでもありますよ。すくなくとも俺の生存……かはわからないが、ここに俺の自我が存在するのは確かなことですし」

 緒方は現実を受け入れたくないように首を横に振っている。
 俺は質問をすることにした。
 エイダムの仇をとってやりたいが、まだ殺すわけにはいかない。
 知らなくてはいけないことが多すぎる。

「さあ、俺のほうは話しましたよ。今度は、そうですね、この船について聞かせてくれないですか?」
「……これは私の設計した異世界転移船だ」

 意外にもすんなり話してくれる。
 緒方は死蛍を指先でもてあそびながら続ける

「このとおり異世界転移に成功した。私が人類初、ちゃんと成果を残した転移装置の開発者だ」
「すごいですね。おめでとうございます。俺の転移装置はあのあとどうなったんです? 完璧な装置だと思ってたんですが」
「壊れたよ。君の有人実験を最後にな。装置の一部が虚無の海に消えたんだ。復旧は困難。すぐにプロジェクトは凍結された」

 今更未練なんか無いが、すこしだけ残念だ。
 
「ほかの乗組員は? まさか1人で転移ということはないでしょう?」
「予期せぬトラブルの連続でね。46名全員死亡だ。虚無の海を通りすぎた時にほとんど死んだ。この世界に足を踏み入れようとした瞬間に、みんな発狂してしまったんだ……はは、もしかしたら、のかもしれない」
「呪い……。船はそのせいで壊れたんですか」
「そうさ。船のエンジンもその時に壊れた。すべてのコンピューターも焼き切れ、もはや制御どころではなかった」
「地面のなかに埋まってるのは、転移時に座標計算できなかったからですか」
「流石は天才くん、ご明察のとおりだ。幸運なことに地表から数十メートルの地点で助かった。これがマントルや地盤のなかだったら、その時点でチェックメイトだからね」

 だいだい事情はわかった。
 
「転移からもうずいぶん経つ。私はずっとひとりだった。天成くん、君に会えて本当によかった。あの時のことは本当に申し訳ないと思ってる。だからというわけじゃないが、手を組もうじゃないか」

 ぞっとしない話をしだしたな。

「これは運命の再会だ。この遥か次元の彼方で同郷の仲間にめぐり会えた。我々は二人でこの世界を開拓する運命なのだよ」
「開拓ですか……。僕もそれなりに調査したり、記録をとってはいますよ。異世界人の家庭に潜入できたので」
「おおお! そうか! 素晴らしいじゃないか! 流石は天才くん! さっそくスパイ活動をしていたのか!」

 緒方は歓喜に諸手をあげている。

「まわりには得体のしれない人間の姿をしたエイリアンばかりなのになんて勇敢なのだろうか!」
「……彼もエイリアンですか?」
「ん、ああ、剣の原始人か。そうだとも。これもエイリアンだ」

 緒方は手も触れずに、エイダムの体を壁から引き抜く。
 やはり、サイコキネシスだ。
 緒方は高度な【念力使い】として覚醒している。

「これもじきに金《かね》になる」
「金、ですか」
「そうさ。ほら、この綺麗な光をみろ」

 死蛍があふれる操縦室を睥睨《へいげい》するように両手でしめす。

「これらはマナニウムだ。異世界の非科学文明人たち理解していないようだがね。間違いない。超粒子だ。人類進化の最後のカギだよ」
「魔力がマナニウム、ですか」
「魔力? ああ、そういう認識なのか猿どもは」
 
 薄々気がついていた。
 そもそも、21世紀末期から22世紀にかけて異世界開発が盛んに行われるようになった理由がそれだ。
 
 ある科学者が言った。

 『異世界には無尽蔵の超資源が眠っている!』

 超資源、超粒子、すべてマナニウムを示す言葉だ。
 マナニウムには無限の可能性がある。

 人間の超能力はマナニウムの恩恵だ。
 マナニウム電池は電気に代わる次世代の第三次エネルギーだ。
 マナニウム発電炉の発電効率は原子力発電の3,000倍だ。
 マナニウム合金は宇宙開発事業を飛躍的に進歩させ、人類は火星に降り立った。
 衛星軌道上には宇宙コロニーが建設された。
 人類の寿命は150年に伸びた。

 すべてマナニウムのおかげだ。
 いくらあっても足りない。
 全世界が無限に欲している神の物質だ。

「子供を殺せばマナニウムが50アガット、大人を殺せば100アガット生成される。この青白い光を集めるんだ。100アガットの2111年の相場はだいたい1億円だ。ははははっ、すごいだろう。ここのエイリアンの死体だけで20億だよ、20億。殺すほど金が手に入るなんてまるでゲームみたいじゃないかね」
「だから、殺したのか? 彼らを」
「そうだけど違う。こいつらは採集量をたしかめるための実験さ。本格的な資源採集へ向けてのな。私ひとりではとてもすべてのエイリアンをマナニウムに”変換”できん。だから、イセカイテックの資本が本格投入されるのを待つ。ふふふ、この功績があれば研究部の部長は私に決まったのも同然だ!」
「……ふざけんな」
「ん? なにか言ったか、天成くん」
「お前は本当に何も変わってないな。いや、以前よりひどい。悪臭すらする人殺し野郎になりさがった」
「……。どうしたんだ、天成。まさか、これらを人だなんて言うんじゃないだろうね」

 死蛍を指さす緒方。
 
「人間が死んでこんなになるか? ええ? 光の粒子になるのかい? ならないよ。本当の人間はならない。こいつらは地球外生命体だ。思うに意志をもったエネルギー体だと私は考えてる。だから、どれだけ殺そうが人殺しなんかじゃないんだよ」

 俺は死蛍を指さす。

「20人。この部屋の死体のかずだ。エイダムさんを入れたら21人いる」
「天成、なにが言いたいのかな」
「外の穴のまわりには子供の死体が5つ。あわせて26人。あんたが殺した人間の数だよ」
「ものわかりが悪くなったな、天成くん。私をそんなに人殺しと言いたいのか」
「違う。クソまみれのうじ虫野郎って言いたいんだよ」

 緒方は目を細める。

「感情移入したか。家族の一員として育って、エイリアンたちに気持ちが移ったんだね?」
「彼らは人間だ。構造は違うかもしれないが、愛情があり、知性があり、道具をつかい、文化を築き、次の命を育てる。これが人間じゃないわけがない」
「わかった。それでもいい」

 緒方はニヤリと微笑む。

「それじゃあ、こいつらが人間だとして、どうする」
「どうする?」
「私が異世界転移に成功したんだ。技術問題はクリアされたと見ていい。遠からずイセカイテックはこの世界に橋をかけるだろう。そしたら、どうなる。ん? 古代より人間の本質は変わらん。戦争だよ。ふたつの異なる世界が衝突したら、どちらかが支配されるしかない。本州人が蝦夷地《えぞち》を奪ったのと一緒だ。西欧人が北米大陸に移住し、先住民を追いやったのと同じだ。ほかにもいくらでも前例がある」
「イセカイテックがこっち来なければいいだろ」
「そんな解決法はない。ここには資源がある。彼らは絶対に諦めない。強い方が生き残る。そして、強い方というのはもちろん我らの箱舟、地球だ」
「それはどうですかね。戦力って意味じゃ、わりとこの世界はあなどれないと思いますが。騎士に銃は通用しない」
「だったら機関砲で撃ち殺せばいい。それに……こうしてもいい」

 緒方は浮かせたエイダムの遺体を念力でバランスボールほどに圧縮してしまう。

「てめえ……」
「私の仮説じゃ、異世界の潤沢なマナニウムは超能力者の能力を進化させる。地球では砂漠に咲く花だったが、ここなら栄養がたくさんあるからな」
「……そのせいか。あんたが覚醒したのは。だが、おかしくないか。進化うんぬん以前に、あんたは無能力者だったんじゃ……」
「残念だったね、トリックだよ。私は元からカテゴリー0の【炎熱使い】だ。もっとも、いまはカテゴリー4の最強の超能力者だがね」

 エイダムだったものが床にぼとっと落ちた。

「イセカイテックの軍事力を知らん君じゃないだろう。ナノマシン、生物兵器、エネルギー兵器、サイボーグ兵士、ミサイル、銃、核、そして、超能力者たち。一方でこっちはおまじないと棒振りチャンバラか? 投石器でも使うのかな? それとも落とし穴とか? はっははは、まったくお笑いだよ。さ、好きな方を選ぶんだ、天成くん。私といっしょに異世界開拓の英雄になるか。原始人どもと共に死ぬか。二つにひとつだ」
「迷うことはないですね」
「そうだろうね。答えなんて決まってる。それじゃあさっそくこの船の設備の一部を直そうと思うんだが──」
「俺が一番好きなことは、自分が絶対優勢だと思ってあぐらをかいているやつを出し抜いてやることです」

 緒方は首をかしげる。
 
「……なんだと?」
「Outwit、それが俺をすごい人間にする。俺はすごくなりたいんですよ。だから、あんたなんかに協力しないことにしました」
「正気かね? そんな理由で?」
「正気だったら虚無の海越えて次元渡ろうとしませんよ。頭つかってください、わかんでしょうが」
「こ、この……本当に愚かな奴だ」
「なにを今更。それに忘れてもらっちゃ困りますけど、俺、あんたに殺されかけてんですよね、緒方主任」
「私怨でこの局面を判断するのか」

 反省の色が見えないな。

「イセカイテックに逆らった時にも思ったが、君は感情的にすぎる。クールに判断ができないのかな?」
「主任、俺はどこかで待ってたんです。この時をずっと。ずーっと。イセカイテックの腐敗した野郎どもに一矢報いる時を」

 俺は腰の杖に手を伸ばす。

「魔法だな? はははは! おまじない攻撃で私を倒すつもりとは!」

 緒方はポケットから手を出す。

「私もお前などと協力なんてごめんこうむりたいと思っていたところだ!」
「なら誘うんじゃねえよ」
「潰れて死ね!」
「死ぬのはお前だ」

 超能力の殴打と魔術の風槍。
 さながら西部劇の決闘よろしくの早撃ち対決。

「天成ィイ!」
「緒方ぁああッッ!!!!」

 俺のほうが鬼気迫る声をあげる。
 だからという訳じゃないが──俺のほうが速かった。

 抜き撃ちから≪アルト・ウィンダ≫が飛び出す。
 サイコキネシスをたやすく貫通した。

 尖刃が緒方に命中。鮮血が飛び散る。
 風霊のチカラは侵略者をたやすく迎撃した。


 
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