22 / 306
第一章 再誕者の産声
手紙
しおりを挟む意識がもどった時、庭の様子はなにも変わってなかった。
パーティらしき夜会が、ゆったりした時間へ移行しているというくらいだ。
「……行ったのか」
ゲンゼの姿は消えていた。
首をあげて、空を見あげる。
夜が来る。
広大な星空を見あげると、宇宙で一番おおきな喪失をしたような気がした。
友達を失った。
彼女はずっと気にしていたのに、気づいてあげられなかった。
いや、違う。
気づいていたとしても、彼女はいなくなっていた。
意識を向ければ、呪いが脈打っているのがわかる。
彼女は短縮詠唱の≪ウルト・プランテ≫で魔力シードを作った。
一式 ≪プランテ≫
二式 ≪アルト・プランテ≫
三式 ≪イルト・プランテ≫
四式 ≪ウルト・プランテ≫
ゲンゼが四式魔術を使えたなんて知らなかった。
いったいどこでそれほどのチカラを身につけた?
俺の経験や、ノザリスの言葉からすれば、10歳にすらなってない子供に四式は難しすぎる。ほとんど不可能と言っていいはずだ。
というか俺告白したよな?
返事は四式魔術で呪われたけど。
これってフラれてない? フラれてるよね?
いろんな疑問がごちゃごちゃになっていく。
「ん?」
ポケットに紙が入っている
広げてみると、クシャッとした手紙だとわかる。
『アーカム・アルドレアさまへ』と小綺麗な字で書かれていた。
俺は急いで手紙を開封する。
たたまれた羊皮紙が一枚だけ入っていた。
──────────────────────────────────────
アーカム・アルドレアさまへ
おはようございます。それほど、苦しくない失神であったのなら幸いです。
さて、いまアーカムは疑問に思っていることでしょう。別れを告げたはずのわたしが、なぜこのような未練がましい手紙を残したのかということを。本当は手紙なんて残すつもりはありませんでした。ですが、万が一の時のために書いておいたのです。いま、アーカムが手紙を読んでいるということは万が一の事態になってしまったことを意味しています。
万が一の事態とはなんでしょうか。気になりますか? 長々ひっぱるのも良いですが、あいにくと手元に紙が一枚しかありません。なので、簡潔にまとめようと思います。万が一の事態。それは、別れ際、先走ったアーカムがわたしに好意を伝えてくることです。これを万が一の事態と呼ばずして、なんといいましょうか。
きっと、わたしは返事をしないでしょう。返事をしていたら、それは舞い上がっていた証拠です。忘れてください。お願いします。返事をしていなかったのなら、わたしは冷静に対処したということです。褒めてください。お願いします。
返事をしなかったのは、魔術師としての冷静な眼ゆえです。アーカムはとても優しく、誠実な人格をもっています。そして、たまにズル賢いです。だから、わたしを引きとめるために言葉を弄《ろう》したかもしれません。心を欺いたかもしれません。でも、怒っているわけではありません。とても嬉しいです。生まれてからこれまで愛されたことなどない身ですから。
より直截《ちょくせつ》に述べます。アーカムはまだほんの子供です。理性的で、冷静で、能力もあります。それでも体はちいさいです。あなたは子供です。また、頭が良すぎます。そのせいでわたし以外に友達がいません。導き出される結論は、子供ゆえの多感さと経験の少なさからの錯覚です。あるいは同情でしょうか。アーカムは優しいです。でもその愛は青葉のように若い。わたしを愛してもいつか必ず後悔します。
世界にはもっと素敵な女の子がたくさんいます。大人になればあなたを理解できる人がきっと現れます。たくさん友達をつくってください。いまのような孤独ではいけません。孤独は視野を狭くします。どうか愚かにならないでください。
最後にこれまでのすべてに感謝を述べさせてもらいます。
優しくしてくれてありがとうございました。
あなたとの時間はわたしの誇らしい記憶です。
ゲンゼディーフより
──────────────────────────────────────
読み終える。
手紙の最後には幾何学模様が記されていた。
魔法陣だ。詠唱ではない刻む魔術式だ。
魔法陣が星の砂のように、わずかに煌めいた。
かと思うと、急に青い炎となった。
炎は手紙を焼き尽くそうと広がりはじめる。
俺は焦って≪アルト・ウォーラ≫で数十リットルの水を生成する。
青い炎を消さんと、自分もろとも滝のような冷水を頭からあびた。
おかげで火を消火することはできた。
「アーク!? どうしたんだ!!? 庭をこんな水浸しにして!」
「なにかあったの、アーク?」
アディとエヴァが駆け寄ってくる。
「兄さま、なにかあったてすか……?」
「おにいちゃん、かなしそう」
エーラとアリスは幼いながら憂いの目をしていた。
ほかの面々もだ。
俺に奇異の眼差しを向けてきていた。
「これがゲンゼの気持ちだったのかな……」
「アーク……?」
「いえ、なんでもないです。……ちょっと、水浴びがしたくなって」
「アーク、お前、泣いてるのか?」
「……。僕は泣かない子供だって父様が言っていたじゃないですか」
俺は無理やりに笑顔をうかべて、屋敷に戻った。
部屋にもどって、濡れた服を脱ぎ捨てて、ベッドに飛びこむ。
寝るにははやい時間だが、こうせずにいられなかった。
俺は思考をめぐらせていた。
冷徹に考える。ゲンゼが欲しいから。
科学者として挑む。
ほかの戦い方を知らない。
俺からのゲンゼへの好意は彼女に言わせれば、同情、優しさ、錯覚、そういったものらしい。
証明材料は、俺が友達のいない子供という点だ。
友達がいないからほかの選択肢を知らない。
大人じゃないからひろい世界を知らない。
だから、暗黒の末裔を好きになるという愚かに走る。
彼女はそう言っている。
なら、たくさん人間に会って、たくさん世界を知って、大人になった時、変わらずゲンゼを想っていたら、それはまことの気持ちじゃなかろうか。
それで、彼女の論理に反証を打ち立てることができる。
だが、きっと、彼女はそのことも織りこみずみだ。
彼女がかけていった本当の呪いは″時間”だ。
かつては俺も時間に救われた。
苦しい過去からの忘却が俺を助けた。
だが、今度は敵だ。
いつか俺はゲンゼを忘れる。
この感情を忘れてしまう。
手紙が燃やそうとしたのは、記憶を残させないため。
この瞬間の気持ちの記憶を、いつかの未来で思い出させないため。
深くため息をつく。
どうすればいいんだ。
まくらで窒息してやろうかというくらい顔面を押しつける。
ふと、扉をノックする音が聞こえた。
こんな時に誰だよ、と思いながらも俺は扉をあけた。
「アーカム、ちょっといいか?」
恐い顔をしたジェイクが、なお険しい顔をして立っていた。
「大事な話があんだ」
「10段階でいくつですか」
「ぶっちぎりの10だぜ」
彼の話を聞くほかなかった。
0
お気に入りに追加
573
あなたにおすすめの小説
30年待たされた異世界転移
明之 想
ファンタジー
気づけば異世界にいた10歳のぼく。
「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」
こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。
でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。
あの日見た夢の続きを信じて。
ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!
くじけそうになっても努力を続け。
そうして、30年が経過。
ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。
しかも、20歳も若返った姿で。
異世界と日本の2つの世界で、
20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。
勇者に恋人寝取られ、悪評付きでパーティーを追放された俺、燃えた実家の道具屋を世界一にして勇者共を見下す
大小判
ファンタジー
平民同然の男爵家嫡子にして魔道具職人のローランは、旅に不慣れな勇者と四人の聖女を支えるべく勇者パーティーに加入するが、いけ好かない勇者アレンに義妹である治癒の聖女は心を奪われ、恋人であり、魔術の聖女である幼馴染を寝取られてしまう。
その上、何の非もなくパーティーに貢献していたローランを追放するために、勇者たちによって役立たずで勇者の恋人を寝取る最低男の悪評を世間に流されてしまった。
地元以外の冒険者ギルドからの信頼を失い、怒りと失望、悲しみで頭の整理が追い付かず、抜け殻状態で帰郷した彼に更なる追い打ちとして、将来継ぐはずだった実家の道具屋が、爵位証明書と両親もろとも炎上。
失意のどん底に立たされたローランだったが、 両親の葬式の日に義妹と幼馴染が王都で呑気に勇者との結婚披露宴パレードなるものを開催していたと知って怒りが爆発。
「勇者パーティ―全員、俺に泣いて土下座するくらい成り上がってやる!!」
そんな決意を固めてから一年ちょっと。成人を迎えた日に希少な鉱物や植物が無限に湧き出る不思議な土地の権利書と、現在の魔道具製造技術を根底から覆す神秘の合成釜が父の遺産としてローランに継承されることとなる。
この二つを使って世界一の道具屋になってやると意気込むローラン。しかし、彼の自分自身も自覚していなかった能力と父の遺産は世界各地で目を付けられ、勇者に大国、魔王に女神と、ローランを引き込んだり排除したりする動きに巻き込まれる羽目に
これは世界一の道具屋を目指す青年が、爽快な生産チートで主に勇者とか聖女とかを嘲笑いながら邪魔する者を薙ぎ払い、栄光を掴む痛快な物語。
クラスで馬鹿にされてた俺、実は最強の暗殺者、異世界で見事に無双してしまう~今更命乞いしても遅い、虐められてたのはただのフリだったんだからな~
空地大乃
ファンタジー
「殺すと決めたら殺す。容赦なく殺す」
クラスで酷いいじめを受けていた猟牙はある日クラスメート共々異世界に召喚されてしまう。異世界の姫に助けを求められクラスメート達に特別なスキルが与えられる中、猟牙にはスキルが一切なく、無能として召喚した姫や王からも蔑まされクラスメートから馬鹿にされる。
しかし実は猟牙には暗殺者としての力が隠されており次々とクラスメートをその手にかけていく。猟牙の強さを知り命乞いすらしてくる生徒にも一切耳を傾けることなく首を刎ね、心臓を握り潰し、頭を砕きついには召喚した姫や王も含め殺し尽くし全てが終わり血の海が広がる中で猟牙は考える。
「そうだ普通に生きていこう」と――だが猟牙がやってきた異世界は過酷な世界でもあった。Fランク冒険者が行う薬草採取ですら命がけな程であり冒険者として10年生きられる物が一割もいないほど、な筈なのだが猟牙の暗殺者の力は凄まじく周りと驚かせることになり猟牙の望む普通の暮らしは別な意味で輝かしいものになっていく――
せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。
錬金術師が不遇なのってお前らだけの常識じゃん。
いいたか
ファンタジー
小説家になろうにて130万PVを達成!
この世界『アレスディア』には天職と呼ばれる物がある。
戦闘に秀でていて他を寄せ付けない程の力を持つ剣士や戦士などの戦闘系の天職や、鑑定士や聖女など様々な助けを担ってくれる補助系の天職、様々な天職の中にはこの『アストレア王国』をはじめ、いくつもの国では不遇とされ虐げられてきた鍛冶師や錬金術師などと言った生産系天職がある。
これは、そんな『アストレア王国』で不遇な天職を賜ってしまった違う世界『地球』の前世の記憶を蘇らせてしまった一人の少年の物語である。
彼の行く先は天国か?それとも...?
誤字報告は訂正後削除させていただきます。ありがとうございます。
小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで連載中!
現在アルファポリス版は5話まで改稿中です。
拝啓、お父様お母様 勇者パーティをクビになりました。
ちくわ feat. 亜鳳
ファンタジー
弱い、使えないと勇者パーティをクビになった
16歳の少年【カン】
しかし彼は転生者であり、勇者パーティに配属される前は【無冠の帝王】とまで謳われた最強の武・剣道者だ
これで魔導まで極めているのだが
王国より勇者の尊厳とレベルが上がるまではその実力を隠せと言われ
渋々それに付き合っていた…
だが、勘違いした勇者にパーティを追い出されてしまう
この物語はそんな最強の少年【カン】が「もう知るか!王命何かくそ食らえ!!」と実力解放して好き勝手に過ごすだけのストーリーである
※タイトルは思い付かなかったので適当です
※5話【ギルド長との対談】を持って前書きを廃止致しました
以降はあとがきに変更になります
※現在執筆に集中させて頂くべく
必要最低限の感想しか返信できません、ご理解のほどよろしくお願いいたします
※現在書き溜め中、もうしばらくお待ちください
クラスまるごと異世界転移
八神
ファンタジー
二年生に進級してもうすぐ5月になろうとしていたある日。
ソレは突然訪れた。
『君たちに力を授けよう。その力で世界を救うのだ』
そんな自分勝手な事を言うと自称『神』は俺を含めたクラス全員を異世界へと放り込んだ。
…そして俺たちが神に与えられた力とやらは『固有スキル』なるものだった。
どうやらその能力については本人以外には分からないようになっているらしい。
…大した情報を与えられてもいないのに世界を救えと言われても…
そんな突然異世界へと送られた高校生達の物語。
異世界に転生をしてバリアとアイテム生成スキルで幸せに生活をしたい。
みみっく
ファンタジー
女神様の手違いで通勤途中に気を失い、気が付くと見知らぬ場所だった。目の前には知らない少女が居て、彼女が言うには・・・手違いで俺は死んでしまったらしい。手違いなので新たな世界に転生をさせてくれると言うがモンスターが居る世界だと言うので、バリアとアイテム生成スキルと無限収納を付けてもらえる事になった。幸せに暮らすために行動をしてみる・・・
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる