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第一章 再誕者の産声
モンスター捕獲部
しおりを挟むゲンゼといっしょにエレアラント森林を歩く。
視界左右の森は豊かすぎる原生林だ。
一歩踏み込めば、足場が一気に悪くなるだろう。
俺たちはクルクマとは反対方向へまっすぐ進む。
この道は街道とつながっているため、人の往来がそこそこある。
そのため、地面は踏み鳴らされ、馬で快適に通れるようになっている。
2年間で俺は近くの森は知り尽くしたといっても過言ではない。
新世界発見者として、この地の植生にも興味があった。
もちろん、植物学の知識なんてない。
針葉樹《しんようじゅ》が針葉樹って名前なのを知っている程度だ。
ゲンゼとの魔術研修会がない日は、午前中に魔術の鍛錬をし、午後はフィールドワークに森林へ出掛け、夜は魔術研究に没頭し、就寝前に魔力を使い切るルーティーンをこなした。
フィールドワークでは、森に罠を仕掛けた。
ゲンゼのモンスターをおびき寄せる餌を採用したトラップだ。
ここで役に立ったのが、ゲンゼの草属性魔術だ。
彼女の協力のもと、植物を編み上げてつくられた檻を多数設置して、モンスターを捕獲する計画を開始した。
すぐになにかしらのモンスターを捕獲できるだろうと俺は思っていた。
だが、来る日も来る日も待ってもモンスターは捕まってくれなかった。
そのたびにより深い森へと進んで罠を仕掛けた。
モンスターを捕まえてどうするのか考えていなかったが、なかなか捕獲できないものだから、俺もゲンゼもムキになっていた。
最初はお互いの魔術の研鑽という名目ではじめた魔術研修会だった。
いまではこの通り、ただのモンスター捕獲部だ。
「この罠にもいませんね。そっちはどうですか、アーカム」
「いないです。餌も食べられてないし」
「困りましたね。今回も失敗なのでしょうか……」
「少し奥にもう一個仕掛けたはずです」
ゲンゼはむんっと気合いをいれた表情になる。
「今度こそ必ず……アーカム、いきましょう」
──しばらく後
いやがった!
ついに罠にかかりやがった馬鹿野郎を見つけたぜ!
へっへー!
「やりました! モンスター入ってますよ!」
ゲンゼは黄色い声音で言って、嬉しそうに尻尾をふっていた。
なんというモフモフだ。
直視したらダメだ。抑制が効かなくなる。
「ええと、このモンスターは……あれ? こんなモンスター見たことありません」
「確かに不思議な形状のモンスターだ……これはスライム系、ですかね?」
「……このモンスター、邪悪な魔力を感じます」
ゲンゼが神妙な顔でつぶやく。
「あ、動く」
脈動していただけの黒いジェリー状のモンスターが、いきなり飛び跳ねてきやがった。
身構える俺。
俺をお姫様だっこして、飛び退くゲンゼディーフ。
え?
「あれ……ゲンゼ、さん……? すごい腕力をお持ちで……?」
「あ、つい持ちあげてしまいました。ごめんなさい」
「っ、それより、スライム!」
視界の端で、高速で獣道をすべって逃げるスライムをとらえた。
せっかく捕獲したモンスターだ。
それもすごい弱そう。めちゃ雑魚そう。
実験して、異世界の生物を知るにはもってこいの被検体だ。
というか、なにより念願の獲物だ!
逃がしてたまるかってばよ!
「ゲンゼ、逃がしちゃだめだ!」
「このまま追いかけます!」
俺はゲンゼにお姫様だっこされながら森を颯爽と移動する。
ゲンゼの走りは風のようだった。
これが暗黒の末裔と恐れられる獣人の健脚なのだろうか。
みるみるうちにスライムに追いつく。
「む。人の気配がしますね」
ゲンゼの黒いお耳がピコピコ動く。
それはセンサーなのですか。
触って確かめてもいいですか? ダメですか? ダメですか。
スライムに手が届く。
俺はうんと手を伸ばして──勢いそのままに、森をとびだした。
頭から踏み固められた道へと突っこむ。痛い。死ぬ。
「あいったぁ……」
痛む頭を押さえながら視線をあげる。
すると、そこで見えたものは──
「距離とれバカッ! 魔法はやくしろカスッ!!」
「だめ、レジスト値が高い。これでは魔力が通らない」
「やるしかねえんだよ!
不死鳥の魂よ、
炎熱の形を与えたまへ──≪ファイナ≫!!」
「水の女神よ、
清涼なる神秘を与えたまへ──≪ウォーラ≫」
火の玉と、水の槍が大きな衝撃波をうみだしていた。風圧に顔を叩かれる。
地面が揺れる。なんと激しい魔術戦闘だ。
声を張りあげ背中合わせに固まるのは、大きな杖を構えた若者たちだ。
彼らが対峙しているのは、六本の足が生えた黒いバケモノであった。
魔術の連撃を受けても、バケモノはびくともしていない。
なにこれ?
困惑していると地面をすべっていく黒いスライムが目にとまる。
俺はとっさに手を伸ばすが、指のあいだをすり抜けられてしまう。
スライムはバケモノに合流して、体の一部となってしまった。
なにそれ?
さっきから意味不明のバーゲンセールだ。
「邪魔者が入って来たか」
声のほうを見ると、灰色の外套を着た男が、黒いバケモノの足元にちょこんと、存在感を消して立っている事に気がついた。
彼はえらく嫌そうな顔をしていた。
「っ、村のこどもか……?! おい、クソガキども、なにしてる! その男は見ての通りクソワル野郎だッ! あぶねえから、さっさと逃げろッ!」
向こうのほうで青白い髪をした恐い少年が叫んでいる。
クソガキって俺たちのことか。
んで、クソワルがこの男?
まじまじと灰色の男を見る。
次に、隣の醜悪なバケモノへ目をむける。
うーん、これはギルティですねぇ。
完全に悪属性ですねぇ。
弱点はフェアリータイプかなぁ?
「アーカム、結構強いモンスターです、逃げた方が……」
「おい、ガキ、俺のモンスターに喰われたくなきゃとっとと失せな」
ゲンゼと悪い男がいっせいに言ってくる。
「ちょっとタイムアウト。今考えますね。うーん」
腕を組んで、場を俯瞰し、戦況を把握する。
2秒ほどじっくり考えて結論をだす。
よし、決めた。
俺は人助けと洒落込むことにした。
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