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第一章 再誕者の産声
闇の魔力と草
しおりを挟む村周りをおえて屋敷に帰宅した。
びしょ濡れのゲンゼは家に送り届けた。
「ただいま戻りました。どうも、父様。モンスターは出ませんでしたよ」
リビングルームの机にアディが座っていたので、なんとなしに報告する。
「アーク、今日なにかあったか?」
「はい?」
「なにかあっただろ」
アディは言葉ひとつひとつ強調させて、はっきり訊いてくる。
普段は飄々としているのに、いつになく真剣だ。
「もしかして、もう聞きましたか?」
俺は恐る恐る訊いてみる。
多分、ゲンゼを助ける時に魔法をつかったことだ。
「アーク、さっきお前に殴られたっていうこどもたちの親が来た。みんなひどい痣があった」
そうか、まずはそっちだよな。
ん、でも、殴られただと?
もしかして、魔法の事がバレてないのか?
「お前は頭がいい。無意味な暴力をしないってわかってる。なにか、理由があるんだろ?」
てっきり怒られるような流れだったが、話を聞いてくれそうだ。
我が父は俺を信用してくれてるようだ。
俺はことの経緯を話した。
「弱きを助けるために、3人に挑んだのか?」
アディは驚いた顔をしていた。
全員俺より年上だったし、信じられないのも無理はない。
「すごいな……。アーク、今日は勇敢だったな、お前はアルドレアの誇りだよ」
「ありがとうございます」
アディに頭をわしわし撫でられる。
「それにしても、あの獣人の子は暗黒の末裔だったのか」
「父様は知ってるんですか?」
「もちろんだとも。俺たちアルドレアは領主様よりエヴァといっしょにこの村の統治を委任されてる。村人のことはたいてい把握してるさ。予想通りって感じだ」
「……父様は、ゲンゼディーフがいじめられるとわかってたんですか?」
「まあ、経験上、そういった迫害はたびたび目にしてきたからな」
「なんで助けてあげなかったんですか?」
俺は非難するように言う。
アディは眉をひそめ「そんな目で父親を見るんじゃない、アーク」と、ポンポンっと俺の頭を軽く叩いてくる。
「どうすればいいか迷ってたんだ。あの子はたったひとりで、数日まえに引っ越してきた。『面倒はおこしません』って言ってたから、俺のほうからわざわざ村人たちに『暗黒の末裔の女の子が引っ越してきましたが、仲良くしてあげてください』なんて勧告するわけにもいかなかった」
そっとしておくのが一番の対処だったわけか。
だが、クルクマはちいさな村コミュニティだ。
すぐにゲンゼの存在はバレた。
しかし、おかしなものだ。
俺と同じくらいなのに、ゲンゼはひとりで村にやってきたのか?
獣人だから正確な年齢はわからない。
だが、ひとりで生きれるほどの大人ということはないだろう。
「ゲンゼの親はいないんですか?」
「さあな。俺も村に来た時に、空き家を紹介しただけだ。もちろん、親のことをたずねたが、喋ろうとはしなかったな。獣人族ってのは、部族ごとにしきたりやら、掟やら、伝統やらをもってる。人間には理解できない親と子の関係もあるんだろう」
「そういうものですか」
「そういうもんだ」
「………………あの」
「ん?」
「父様はゲンゼディーフを恐れますか?」
「……。まったく恐れてない」
「ほんとですか?」
「もちろん。いま俺自身の心に問い直したが、まったくビビってないって返答があった」
「そうですか!」
アディが差別主義者でないことを聞いてホッとした。
流石は俺の父親だ。多様性の時代の思想をもっている。
「ただまあ、闇の魔力は恐い……かな」
ぼそっとこぼした言葉を聞き逃さなかった。
闇の魔力?
なんかカッコいいな。
「ああ、それと、アーク、いまの質問はほかの人間にはしないほうが賢明だ。世の中には多いんだ、口では差別反対をうたっていても、その実、誰よりも迫害大好き野郎がな。だから、隣人に失望しないためにも、基本的に全人類が暗黒の獣を、いや、『暗黒』を恐れていると思っておけよ」
「暗黒の獣じゃないんですか?」
「『暗黒』ってのは、暗黒ってついてるやつ全部さ」
「抽象的ですね。暗黒ですか。父様はそれがなんなのか知ってるんですか?」
「さあ? 具体的なことは誰も知らない。だから、恐れてる」
未知の恐怖というわけか。
────
翌朝。
お昼ごろ、俺はゲンゼの家にやってきた。
彼女の家は簡素な平屋だ。一人生活には十分な広さがある。
「朝早くからご苦労様です、貴族さま」
「やめてください、そんなかしこまりかた」
「ふふ、ちょっとやってみたかったんです」
ゲンゼが家のなかへ通してくれる。
彼女には昨日と打って変わった印象を受けた。
白い布地のシャツと半ズボン。されど、野暮ったい感じはなく、すべてが洗練されていた。
頭のてっぺんから、足の先まで、一分も隙の無いたたずまいだ。
美麗な黒髪はさらさらで、耳は犯罪的なモフモフ具合だった。
尻尾に関しては毛並みがつやつやだ。お手入れには余念がないらしい。
「尻尾はオオカミ獣人の誇りですから」
ゲンゼは俺の視線に気がついたようで、おかしそうに笑いながら言った。
恥ずかしいところを見られた。尻尾を見すぎた。
「んっん! ……ゲンゼはやっぱり、ひとりで暮らしてるんですね」
話題を切り替えにかかる。
尻尾漫談としゃれこんでも俺は一向にかまわない。
だが、うっかりと「ちょっと触ってもいいですか?」とか気持ち悪い発言をする自信があった。
中年オヤジのキモムーブは無意識にでるものだ。
ゆえに意識的に予防する。
彼女に絶対嫌われたくないから。
「辺境でひとりだなんて、想像できないです」
「ええ、まあ、いろいろ事情がありまして」
ゲンゼの瞳が遠くを見る。
昔の記憶を思いかえしているんだろう。
「不便じゃないんですか?」
「慣れましたよ。ずっとひとりだったものですから」
そう言って、冗談めかしたように薄く微笑んだ。
「あ、そういえば」
ゲンゼは思い出したように戸棚へむかい、古びた本をとってきた。
「これは魔導書です」
「はい?」
いきなり、差し出されて俺は茫然とする。
「昨日のお礼です。アーカムには助けてもらいましたので」
「質問で清算したものだと思ってましたけど」
「お礼の量はわたしが決めます、いいから受け取ってください!」
魔導書を胸に押し付けられた。
存外、力が強くて、俺は3,4歩たたらを踏むように下がった。
「魔術師ならば、きっと役にたつと思いますよ」
「ありがとうございます、本当に嬉しい……」
まじまじと魔導書を観察する。
まじで嬉しかった。
これで魔術研究が進む。
てか、なになに?
いきなりプレゼントもらっちゃったよ?
これはもうゲンゼは俺のこと好きと判断していいんじゃないでしょうか?
可能? いける? 大丈夫? どうなの? ここでいったら爆死する?
いろいろ考えてはみたものの、結局、ビンテージ童貞伯爵41世の俺には気持ちをつたえる度胸なんてあるはずもなかった。
よくよく考えたら、俺は彼女にとってはじめての友達。
向こうも俺のために頑張ってるんだ。
あぶねえ、子供の純粋な思いに気づかず、勝手に舞い上がって告白してたら、すべてが終わるところだった。
軽蔑の視線向けられたあげく、罵倒され、フラれて、絶縁され、引っ越されるところまで余裕だよ。引っ越しまでいっちゃうのかよ。
「この魔導書、二式までの魔術理論が載ってるんですね」
「はい、わたしには無用の長物ですので、どうぞ有効に使ってください」
俺とゲンゼは隣りあって長椅子に腰をおろす。
つかず離れず。微妙な距離感。
おかしい。一緒にいるだけでなんでこんなに楽しいんだ。
黒い毛並みの尻尾が、俺と彼女のあいだに入りこんできた。
俺の手の甲が尻尾にあたった。すごくサラサラしてました。
時間があっという間にすぎていく。
俺たちは魔導書を見ながら、お互いのことを話していた。
俺が3歳から魔術を勉強していること。
母親が剣士で、父親は魔術師だということ。
実は昨日はじめて敷地の外にでたということ。
ゲンゼディーフも自分のことを話してくれた。
彼女は王都から放浪してクルクマにきたこと。
驚くことに魔術師であるということ。
さらに驚くことに稀少な草属性式魔術をあつかえること。
「え、草、ですか?」
「ええ、草です」
「それじゃあ、『草の一式魔術師』ですか?」
「そうとも名乗れますね」
それは草ですか。本当ですか。草……。
「草ってなにができるんですか?」
「うーん、さほど便利な魔術ではないですよ。物を温めることはできませんし、水で汚れを落とすこともできませんから」
ゲンゼディーフは謙虚ながらも、草属性一式魔術≪プランテ≫について教えてくれた。
おおまかに≪プランテ≫で可能なことは以下の4つのようだ。
・植物の操作
・植物の急激な成長(急激に枯らせることも)
・治癒能力
・魔力シード
治癒能力という言葉がにわかには信じられなかった。
ゲンゼに俺の腕で実演してもらったところ、本当に傷が再生していた。
22世紀の科学をもってしても、まるで敵わない現象だ。
これが神秘にあふれる世界の魔法法則のチカラだというのだろうか。
しかし、疑問はある。
ガンを治すことはできるのか?
そのほか不治の病らに効果はあるのか?
細胞を活性化させるなら老化を抑制できるのか?
十分な設備の研究施設ができたら、ぜひとも取り組みたい研究テーマだ。
草には人類の希望がつまっている。
「ところで、魔力シードってなんですか?」
「簡単に言えば呪いですね」
ゲンゼは手のひらの上に緑色に発光する種をつくりだした。
クルミのような見た目だ。
「この種を土や、人や、モンスターやらに植えつければ、刻まれた術式にしたがって効果を発揮します。たいていは悪い効果です」
「な、なるほど、強力な魔術ですね……」
世の中にはいろいろな魔力の使い方があるんだな。
ふと、俺はここで昨晩のことを思いだす。
「闇の魔力……」
「なんですか、アーカム」
「闇の魔力とか、暗黒って、なにか知ってますか?」
魔術師のアディですら知らない謎。
単に悪い者、邪悪な存在を形容しているだけの可能性はある。
ただ、昨日のアディの感じは……なにか、暗黒というものが具体的に存在しているような口ぶりだった。
ゲンゼならなにか知っているかもしれない。
「闇の魔力に関してはなんとも。ただ、言えるのはそれが普通の魔力ではないということです」
「実在するんでしょうか」
「しますよ。魔法学校にいけば習えます」
「へえ、詳しいんですね」
「あっ……」
ゲンゼディーフはきょとんとした顔をむけてくる。
なんだ、今の反応は?
魔法学校にいっていたことがあるとか?
いやいや、でもまだ俺と変わらない歳の子供だし……。
「暗黒については、厄災級の恐ろしい怪物だと言われていますね」
厄災級。
恐ろしく強いモンスターたちのくくりだ。
「怪物ですか。それじゃあ、こっちも実在すると?」
「はい。かつて暗黒の獣と呼ばれた獣人も、この『暗黒』の配下だったと言われているんです」
「なるほど」
暗黒は固有名詞ですかい。
またひとつ知識が増えた。
やっぱりゲンゼに聞いて正解だったな。
「不吉な話題はこれくらいにしませんか?」
ゲンゼは神妙な顔つきで言った。
「あ。そうです、アーカム、いいことを思いつきました!」
「なんですか、いいことって」
「お互いに魔術の深淵をめざす者どうしです。いっしょに魔術の練習をしませんか?」
それはデートですか? デートですね?
俺のような豚野郎と遊んでくれるんですか?
「もちろん、いいですよ。ともに高みを目指しますか、ゲンゼ」
「はい! アーカムの役に立てるよう頑張りますね!」
──ゲンゼディーフとの魔術研修会は3日に1度のペースで、2年と半年にわたって開催されつづけることになった。俺のとって真実輝かしい時間だった。
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