8 / 306
第一章 再誕者の産声
異世界の小麦畑にて
しおりを挟む3051年 春一月
アディやエヴァはかつては冒険者だった。
そのため夕食の席では、よく昔の話をしてくれる。
ファイナスライムに体当たりされて火傷した話とか。
難関迷宮をクリアした話とか。
「──そして、その迷宮の奥地にいたのは、なんと6mもの大きさを誇るポルタだったんだ!」
「あのモンスターは本当にしんどかったわね」
ポルタとはなんだろう。
「ポルタは迷宮の主とも呼ばれる恐ろしい怪物だ。骨と皮だけの外見で、四足で歩く猿みたいな顔の怪物で」
グロテスクかよ。そんなモンスター絶対に逢いたくない。
「迷宮にしか出ないんですか?」
「そうなんじゃないか? 迷宮の主って言うくらいだし」
「ポルタは強い魔力溜まりを住処《すみか》にするのよ。だから、迷宮みたいな特殊な地形じゃないと住みつかないのよ」
「そうなんですか。それじゃあ、安心ですね。僕はそんな危険なところにはいかないので」
そんな話をすると、アディもエヴァもおかしそうに笑うものだった。
俺は自分の命を大切にしている。
この世界には物語の中にしかいないようなバケモノが平気ででてくるのだ。
うっかり殺されでもしたら、後悔してもしきれない。
とはいえ、流石にいつまでもアルドレア屋敷に引きこもっているわけにはいかない。
というわけで、俺は家の外へいってみることにした。
これまでアディとエヴァからさんざんモンスターに遭遇した時の対処を聞いてきたし、いざとなれば俺が魔術を使えばいい。
俺は覚悟を決めた。
アルドレア屋敷は浅い森の中にある。
背の高い針葉樹のかこまれた、閑静な立地の家だ。
森の洋館とかいって幽霊屋敷と思われている。たぶん。
アディといっしょに屋敷の敷地と外の世界をつなぐ門までやってきた。
屋敷の前を横切る一本道を右へいくとクルクマ村。
左がエレアラント森林だ。
森林をさらに進めば街道につづいている。
エレアラント森林とは太古の昔からその姿を変えていない古い森だ。
クルクマ方面は、すぐそこに森の出口がある。
農村地帯が広がっているのが、門からでも見えた。
「森には絶対に入るなよ。モンスターがでるからな」
「わかりました、父様」
「森に入らない限りは、まずモンスターはでない。俺とエヴァが越してきてから一度も村のなかでモンスターの出現は起こってないっていうくらい絶対に会うことはない。いいな?」
アディは言い聞かせるように俺の頭を撫でてくる。
薄紅瞳がこちらをのぞきこんできた。
両親は引きこもりがちな俺をかねてより心配していた。
2人が「お外へいってみない?」と誘って来ても「死にたくありません」といってプイッとそっぽ向き続けたせいだろう。
そのため、俺が家の外をモンスターが樹林跋扈《じゅうりんばっこ》する修羅の国かなにかと勘違いしていると、彼らに深読みさせてしまうのも無理はなかった。
「アークはもう五歳なんだ。天才は孤独を好む。その気持ちはわかる。だが、そうは言っても限度がある。それに、アルドレアはこの村を任されてる騎士貴族でもある。その跡取りのお前がいつまでも顔を見せないというのも示しがつかない」
アルドレア家はエヴァを当主とする騎士貴族だ。
騎士貴族は領主貴族より、一定の土地を任される立場にある。
「わかりました。それじゃあ、本日はかるく挨拶回りでもしてきます」
「それがいいだろうな。それじゃあ、しっかり頑張れよ。お前に限ってなにかあるとは思わないが」
「はい、行ってきます、父様」
村への一本道を歩く。
振り返ると、アディが腕を組んで微笑んで見送ってきていた。
前をむいて歩き出す。針葉樹のトンネルを抜けると村に着いた。
村は辺境という言葉がぴったりのド田舎だった。
穀物──おそらく小麦だろう──の金色の稲穂が風で揺れている。
そろそろ収穫なのか、広大な畑は金色の絨毯がしかれたみたいになっていた。
幻想的な風景だ、と思いながら、かつて地球で鑑賞した映像作品にもこんな光景がでてきていたな、などと思いだす。
「異世界に来なくても見れたのかな」
そう思うと、なんだか損した気分だった。
22世紀の仮想空間技術ならば、きっとこの風景も再現できたんだろうな。
まじまじと絶景を見つめる。
そうしていると、俺は気がついた。
鼻孔をくすぐる草の香り。
顔に吹きつける終わる冬の冷たい風。
すぐ耳元で聞こえる葉と枝のこすれる音。
すべてがリアルだった。
画面のなかに存在しない世界がある。
俺はひとつ賢くなったような気がした。
俺が見てるのは正真正銘、虚無の海をさきの異次元の小麦畑だ。
これを完全再現することは、イセカイテックにもまだ出来ないだろう。
「存外、良いものだな」
俺は妙な満足感をもちながら、手を腰裏で組み、ちょっと偉そうに歩く。
「獣がにげたぞー!」
「おいかけろー!」
「駆除してクルクマをまもるんだー!」
そんな声が聞こえた。
かと、思うとぼしゃんっと何かが水に落ちる音が聞こえた。
俺は小走りで行って、小麦畑のさきを見やる。
子供が3人いた。
各々、自由に灌漑水路《かんがいすいろ》へ小石を投げいれている。
やったやった。
子供の時って水にものを投げ入れたくなるんだよな。
親の仇かってくらいめちゃ強く石を叩きつけたりさ。
水滴が顔に跳ね返ってきてイライラするまでがワンセット。
と大人ぶってみたが、どうにも様子がおかしいと気がつく。
水路のなかでうずくまる子供の姿があった。
少年たちは「獣退治だー!」「病気うつすなよ!」「全部こいつのせいだー!」と、その少年へむかって言いながら、小石を投げていたのだ。
となると、さっきのぼしゃん音は、あの子が突き落とされた音だろうか。
許せん奴らめ。
地球にヒーローはいなかった。
俺くらい助けの手をさしのべてやってもいいはずだ。
「君たち、やめたまへ。そんな非生産的な行動は」
俺は威勢よく話しかける。
「かっちゃん、あいつなんか言ってるぞ」
「んだよ、ちびのくせに」
「年上に逆らっちゃいけないんだよー!」
「そんな王国法はない。なんで無意味で、利益にもならないことをする? 君たちの不毛極まりない醜悪ないじめは、自分自身の品格を貶めるだけだぞ」
「むずかしいこと言ってかっこうつけんじゃねえよ!」
「こいつやっちまおうよ、かっちゃん!」
「そうだな! おまえも見ない顔だし、どうせ悪い奴にきまってる!」
ガキどもめ。
俺は道理の通じない子供が嫌いなんだ。
親はどんなしつけをしている。
「もう一度、言ってやる。お前たちの行動には意味がない。この子をいじめて誰が幸せになる? だれに得がある? 傷ついた人間がひとり生まれるだけだ」
「だれに得って?」
「幸せ? えーと……」
「俺たちじゃねえー?」
「あっ、そうだよ、俺たちにきまってんじゃん!」
「そうだ、そうだ!」
お前たちのような子供は大人になると皆こう言う。
『あの頃はやんちゃしてたなあ~』
『若気の至りってやつ?』
やんちゃってなんですか。
若気の至りってなんですか。
青春を貴様らの免罪符に使わないでください。
嘘をつくな。欺くな。騙すな。
子どものころ何してたか正直に話せ。
お前たちは犯罪者だ。
「……さっさと帰れ」
俺はしぼりだすように言う。
これ以上、耐えられそうになかった。
1
お気に入りに追加
573
あなたにおすすめの小説
スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?
山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。
2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。
異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。
唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。
集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!
七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」
その天使の言葉は善意からなのか?
異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか?
そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。
ただし、その扱いが難しいものだった。
転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。
基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。
○○○「これは私とのラブストーリーなの!」
主人公「いや、それは違うな」
とあるオタが勇者召喚に巻き込まれた件~イレギュラーバグチートスキルで異世界漫遊~
剣伎 竜星
ファンタジー
仕事の修羅場を乗り越えて、徹夜明けもなんのその、年2回ある有○の戦場を駆けた夏。長期休暇を取得し、自宅に引きこもって戦利品を堪能すべく、帰宅の途上で食材を購入して後はただ帰るだけだった。しかし、学生4人組とすれ違ったと思ったら、俺はスマホの電波が届かない中世ヨーロッパと思しき建築物の複雑な幾何学模様の上にいた。学生4人組とともに。やってきた召喚者と思しき王女様達の魔族侵略の話を聞いて、俺は察した。これあかん系異世界勇者召喚だと。しかも、どうやら肝心の勇者は学生4人組みの方で俺は巻き込まれた一般人らしい。【鑑定】や【空間収納】といった鉄板スキルを保有して、とんでもないバグと思えるチートスキルいるが、違うらしい。そして、安定の「元の世界に帰る方法」は不明→絶望的な難易度。勇者系の称号がないとわかると王女達は掌返しをして俺を奴隷扱いするのは必至。1人を除いて学生共も俺を馬鹿にしだしたので俺は迷惑料を(強制的に)もらって早々に国を脱出し、この異世界をチートスキルを駆使して漫遊することにした。※10話前後までスタート地点の王城での話になります。
勇者に恋人寝取られ、悪評付きでパーティーを追放された俺、燃えた実家の道具屋を世界一にして勇者共を見下す
大小判
ファンタジー
平民同然の男爵家嫡子にして魔道具職人のローランは、旅に不慣れな勇者と四人の聖女を支えるべく勇者パーティーに加入するが、いけ好かない勇者アレンに義妹である治癒の聖女は心を奪われ、恋人であり、魔術の聖女である幼馴染を寝取られてしまう。
その上、何の非もなくパーティーに貢献していたローランを追放するために、勇者たちによって役立たずで勇者の恋人を寝取る最低男の悪評を世間に流されてしまった。
地元以外の冒険者ギルドからの信頼を失い、怒りと失望、悲しみで頭の整理が追い付かず、抜け殻状態で帰郷した彼に更なる追い打ちとして、将来継ぐはずだった実家の道具屋が、爵位証明書と両親もろとも炎上。
失意のどん底に立たされたローランだったが、 両親の葬式の日に義妹と幼馴染が王都で呑気に勇者との結婚披露宴パレードなるものを開催していたと知って怒りが爆発。
「勇者パーティ―全員、俺に泣いて土下座するくらい成り上がってやる!!」
そんな決意を固めてから一年ちょっと。成人を迎えた日に希少な鉱物や植物が無限に湧き出る不思議な土地の権利書と、現在の魔道具製造技術を根底から覆す神秘の合成釜が父の遺産としてローランに継承されることとなる。
この二つを使って世界一の道具屋になってやると意気込むローラン。しかし、彼の自分自身も自覚していなかった能力と父の遺産は世界各地で目を付けられ、勇者に大国、魔王に女神と、ローランを引き込んだり排除したりする動きに巻き込まれる羽目に
これは世界一の道具屋を目指す青年が、爽快な生産チートで主に勇者とか聖女とかを嘲笑いながら邪魔する者を薙ぎ払い、栄光を掴む痛快な物語。
平民として生まれた男、努力でスキルと魔法が使える様になる。〜イージーな世界に生まれ変わった。
モンド
ファンタジー
1人の男が異世界に転生した。
日本に住んでいた頃の記憶を持ったまま、男は前世でサラリーマンとして長年働いてきた経験から。
今度生まれ変われるなら、自由に旅をしながら生きてみたいと思い描いていたのだ。
そんな彼が、15歳の成人の儀式の際に過去の記憶を思い出して旅立つことにした。
特に使命や野心のない男は、好きなように生きることにした。
異世界召喚されたら無能と言われ追い出されました。~この世界は俺にとってイージーモードでした~
WING/空埼 裕@書籍発売中
ファンタジー
1~8巻好評発売中です!
※2022年7月12日に本編は完結しました。
◇ ◇ ◇
ある日突然、クラスまるごと異世界に勇者召喚された高校生、結城晴人。
ステータスを確認したところ、勇者に与えられる特典のギフトどころか、勇者の称号すらも無いことが判明する。
晴人たちを召喚した王女は「無能がいては足手纏いになる」と、彼のことを追い出してしまった。
しかも街を出て早々、王女が差し向けた騎士によって、晴人は殺されかける。
胸を刺され意識を失った彼は、気がつくと神様の前にいた。
そしてギフトを与え忘れたお詫びとして、望むスキルを作れるスキルをはじめとしたチート能力を手に入れるのであった──
ハードモードな異世界生活も、やりすぎなくらいスキルを作って一発逆転イージーモード!?
前代未聞の難易度激甘ファンタジー、開幕!
せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。
前世は最強の宝の持ち腐れ!?二度目の人生は創造神が書き換えた神級スキルで気ままに冒険者します!!
yoshikazu
ファンタジー
主人公クレイは幼い頃に両親を盗賊に殺され物心付いた時には孤児院にいた。このライリー孤児院は子供達に客の依頼仕事をさせ手間賃を稼ぐ商売を生業にしていた。しかしクレイは仕事も遅く何をやっても上手く出来なかった。そしてある日の夜、無実の罪で雪が積もる極寒の夜へと放り出されてしまう。そしてクレイは極寒の中一人寂しく路地裏で生涯を閉じた。
だがクレイの中には創造神アルフェリアが創造した神の称号とスキルが眠っていた。しかし創造神アルフェリアの手違いで神のスキルが使いたくても使えなかったのだ。
創造神アルフェリアはクレイの魂を呼び寄せお詫びに神の称号とスキルを書き換える。それは経験したスキルを自分のものに出来るものであった。
そしてクレイは元居た世界に転生しゼノアとして二度目の人生を始める。ここから前世での惨めな人生を振り払うように神級スキルを引っ提げて冒険者として突き進む少年ゼノアの物語が始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる