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第一章 再誕者の産声
はじめての魔術
しおりを挟む自室へもどってきた。
3歳の誕生日プレゼントとして受け取った部屋である。
エヴァはこの歳にしてプライベートを欲しがる我が子にかなり驚いていた。
だが「天才とは孤独を愛する者なんだよ」とアディがフォローをしてくれた。
ありがたいことだ。愛してるぜ、アディ。もちろんエヴァもね。
かくして俺は無事マイルームを手にいれた。
ちなみに、この屋敷には空き部屋がいくつもある。
あと10人くらい兄弟が増えても大丈夫なくらいだ。
もし増えるとしたら、妹がいいです。
そこんところお願いしますよ、アディ。
ベッドに潜って、魔導書(仮)をしげしげと眺める。
蛇《へび》と獅子《しし》が絡まったような、エキゾチックで鮮やかな字が描かれていた。
古い記憶を思い出した。一度、社員旅行で同期とイングランドにいったことがある。
クソほど楽しくなかったが、大英博物館に立ち寄ったことだけは有益だった。
あの博物館で見た古代の書物に、こんな感じの絵文字が使われていた。
たしかカリグラフィーと言ったか。
リンディスファーンの福音書なんかに描かれていた気がする。
当時は一冊の本を製作するのに多大な労力をかけていたんだとか……異世界の基礎的な文明レベルは、22世紀の地球よりもはるかに古い時代ものだ。
となると、本というもの自体かなり貴重そうだ。
読み書きを覚えるのに、たくさん読書しようとか思っていたが、一冊を熟読する勉強法に切り替えた方がよさそうだな。
この魔導書(仮)を暗記するくらい読み込めば、ライティング能力とリーディング能力を十分に補えるだろうか。
───
魔導書の入手から6カ月が経過した。
読み書きを習いたいとアディとエヴァにお願いしたところ、こころよく応じてくれた。
彼らは俺が魔導書を手に入れていることを知らない。
勉強は順調だった。
前世では英語の読み書きができた。
英語は論文を読むのにも、書くのにも必須だった。
だから、頑張って勉強したのだ。
ので、語学学習に関しては一定の自信がある。
対人使用には不安しかないが。
まあ、今回の俺はたぶんブサイクじゃない。
両親を見るに、デブの遺伝子も……たぶんないはずだ。
であるならば、対人コミュニケーションの何を恐れる必要があるだろうか。
俺はエーテル語の読み書きの練習をおこなった。
だいたい1日13時間は勉強しただろうか。
ほかにやることがないのと、1日の30時間もあるのと、魔導書を読むというモチベーションがあったから、そこまでの苦痛ではなかった。
思うに人間がやるべきことを成し遂げられないのは、ほかにやりたいことがある場合に限る。
やりたいことと、やるべきことが一致した時は……つまり最強ということだ。
エーテル語の読みを優先して勉強したあと、魔導書を読みこんだ。
読んでみて改めて、この魔導書は全部手書きだとわかった。
この本の編纂者には敬意をあらわさざるを得ない。
魔導書には、現代魔術の基礎に関して書かれていた。
前書きに「この魔導書は『属性式魔術』の初等教育のための指南書である」と記述があった。
この世界には複数の魔術体系が存在しているらしい。
俺がアディの部屋で見つけた魔導書は、もっとも普及している『属性式魔術』と呼ばれる魔術体系の基礎に関してのものらしい。
まずは、メジャーどころを攻める。
ワールドスタンダードを学ぶことが未知の分野を学ぶには手っ取り早い。
さきほどの前書きに続きがある。
「なお、属性式魔術のうち、氷属性、雷属性、草属性に関するページは担当執筆者との権利問題に発展したので削除してしまった。レトレシア魔法魔術大学卒業生でありながら恩師たちに嫌われた著者の不始末である。どうか許してほしい」と謝意をのべていた。
担当執筆者? それぞれの属性ごとに執筆者が違うのか?
編集者に過激なエロ描写をとめられる作家のようなものだろうか。
どうしてもスケベな草属性編を書きたい同人作家と、決してやらせない編集者……ありえる。
とはいえ、上記の氷属性、雷属性、草属性に関しては、ほかの4つの属性に比べて適正者が少ないため、多くの読者の役にはたたない、とも記載されていた。たぶん著者の言い訳だろうが、そういうことなら俺にも関係ないのでよしとする。
稀少属性3つをのぞいた『四大属性式魔術』を勉強することになった。
ザっと魔導書に目を通した。
覚えることが可能な魔術は以下の4つだった。
・火属性一式魔術≪ファイナ≫
・風属性一式魔術≪ウィンダ≫
・水属性一式魔術≪ウォーラ≫
・土属性一式魔術≪グランデ≫
「数字があがると、より高位の魔術になるというわけか」
火属性一式よりも、火属性二式のほうが強力ってことだな。
ためしに、なにか使ってみることとする。
≪ファイナ≫……は危なそうだ。
とりあえず≪ウィンダ≫くらいにしておこうか。
窓から手を突き出して、部屋に被害がでないようにする。
魔法の発動には必ず詠唱を読みあげる必要があるらしい。
「風の精霊よ、力を与えたまへ──≪ウィンダ≫」
目のまえをそよ風がふきぬけていった。
「…………え? これだけ?」
アディも同じ魔法を使ってたのに、起こった現象が全然違う。
どういうことか調べるべく、目を皿にして読みこむ。
すぐに原因がわかった。
俺は知識が足りていなかったのだ。
魔法の発動は3つの詠唱からなる。
・発動詠唱式 魔術発動に必須である
・基礎詠唱式 魔術にどんな働きをさせるのか指定できる
・追加詠唱式 応用技にもちいる
俺の唱えた「風の精霊よ、力を与えたまへ」は、発動詠唱式だ。
基礎詠唱式がなければ、その魔術はなんの役割ももてない。
・集積 現象の源をあつめる
・生成 現象をつくりだす
・操作 現象をあやつる
・発射 現象を撃ちだす
これらが基礎詠唱式だ。
魔術で思いどおりの現象をひきおこすには、どういうふうに魔術を展開したいのかをイメージする必要があるわけだ。
「ん。水のないところでは、水属性の行使は難易度高め?」
水の玉を撃ちだす場合、その場に池があるのと、ゼロから水を魔力で生成するのとでは労力が違うのか。
火とか水とかの魔法は発動する場所を考えないとだな。
しかし、待てよ。
となると、風属性最強では?
どこでも使えんじゃん。
俺の考えはあっていた。
魔導書の≪ウィンダ≫の説明文で「風属性一式魔術は、すべての魔術師がまず最初に覚えるべき魔術である。魔術は風からはじまる」と、この本の著者も言っていた。
というわけで、俺はまず≪ウィンダ≫の練習をすることにした。
試行回数をこなすのが上達への近道だ。
1日一万回感謝の≪ウィンダ≫をしてやろう。
「風の精霊よ、力を与えたまへ──≪ウィン……あ、ぁ、れ……?」
意識が遠のいていく。
全身が抜け殻になったかのような倦怠感がおそってきた。
眠い。すごく眠い。とても眠い。眠すぎて語彙力がなくなっていく──。
日が落ち始める天空に、3つの月がうっすら見えた。
ふぁ~おつきさま、きれ~…………──
俺の意識はそこで途切れた。
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