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魔神の子
しおりを挟むバキバキ王の腕が勢いよく振りおろされる。
余波で執務室の壁が吹き飛び、俺と芽吹さんは廊下へ押し出された。
「ほう! 上手く避けるものだ、さすがは試練を乗り越えた勇者であるな!」
「加納さん、ここはわたしが!」
「それじゃあお願いします」
「ぁ、すんなり任されちゃうんですね……」
半眼にして「手伝う意志を見せて欲しかった気もしますけど」と文句をいいながら、芽吹さんは風をきって、身の丈の倍以上ある怪物へ突撃する。
跳躍しながら、マチェーテをぶん投げる芽吹さん。
バキバキ王は手でそれをはたき落とそうとし──腕がへし折れた。
「ぁ?」
想像を遥かに上回るマチェーテの威力に、バキバキの王の顔から血の気が引いていく。
あ。この勝負……。
「えぇいや!」
芽吹さんはスカートをたなびかせながら、両手にマチェーテを装備する。
バキバキ王の顔面に見事に着地し、四本のうち二本の腕を斬り飛ばす。
まだまだ、止まらない。
狂犬と呼ばれた殺し屋──知らないけど──血塗れ芽吹の獣のような猛攻はつづく。太ももから下を斬り落とし、癖の悪い股間へ一撃を加えると、ヒット&アウェイでスタッとこちらへ戻ってくる。
戻り様に、マチェーテをさらに投擲して、バキバキ王の顔へ命中させた。
ゴンっと重たい音がした。
バキバキ王はふらついて「速すぎる……ッ」とまるで対応できていない。
芽吹さんもここでなにかを察したらしく「あれ……?」とすこし困惑した顔に。
バキバキ王は「ふぐぁあああッ!」と気合を入れて叫んだ。
切断された腕が根元からピンクの繊維が伸びてきて、それは腕の形を形成していく。
再生能力があるらしい。
驚愕だ。人間の常識は通用しないというのか。
バキバキ王は荒く息をつくと、大きく後ろへ飛びのいた。
「バカな、なんだ、その強さは──」
言いかけている間に、芽吹さんはマチェーテをぶん投げていた。
いったん仕切りなおす雰囲気だったが、血塗れ芽吹にそんなこと関係ない。
彼女は血を見たくて仕方がないのだ。
もっと見せろ、もっと見せろ! ──いや、知らないが。
マチェーテが超速で王の頭に命中して、突き刺さる。
「ぐわぁああああああ?!」
「もう1発です」
さらに胴体にも、マチェーテが陥没するように突き刺さる。
バキバキ王は全身びしょびしょになるほどの冷や汗をかきながら「こ、こんなはずでは……! お前たちは、一体……ッ!」と恐怖に怯えた声を漏らした。
「違う、全然違うではないか、こんなの、私が聞いていた勇者じゃない……!」
「たいやぁあああ!」
「ぐぁあ! どんどん、速く、強くなる……だとぉお?!」
芽吹さんは容赦なく死の乱舞を浴びせた。
斬るたびに、芽吹さんのスキル:アタックカウンターの効果で彼女のステータスは加算的に増加していき、目に見えて地味に強く、速くなっていく。
「ぐつ! 女は強すぎる……! ならば、お前の方だけでも殺したくれよう! ──マジンゲイザー!!」
バキバキ王の瞳が光った。
灼熱の光線が放たれ、俺を穿たんと迫ってくる。
ゆえに、ピンっと指を立てて、光線へ突き刺した。
特に技名はないが、そうすることで光線という熱量の塊はマッサージされ、熱運動が著しく低下、結果としてジュワッと音を立ててマジンゲイザーなるクソダサい名前の光線は消えてしまった。
「ッッッ?!!! な、なん、なんだ、そんな、バカなことがッ!!!?」
隙だらけのバキバキ王の首を、芽吹さんは斬り飛ばした。
うちの相棒が強すぎた。何もさせてもらえなかったな、バキバキ王。
それからも、すこしのあいだ王は粘っていた。
が、2分ほどして諦めたらしい。
あるいは体力が尽きたのだろうか。
芽吹さんが暴れまわったおかげで、青空が見えるよう美しく匠のリフォームを受けた王城の最上階にて、バキバキ王は血反吐を吐いて虫の息となっていた。
「ぁりぇ、な、ぃ、ちがぅ、こんなん、じゃ、こんな、よてぃ、じゃ、なぃ……」
「芽吹さん、ありがとうございます」
「この程度のモンスターなら加納さんの出る幕じゃないですね」
「この程度のモンスターだと……お前たち、一体どれほどの強さを……どうやったら、この領域の力を……」
「チュートリアルで鍛えただけですよ」
足で傷口を踏みつけ、尋問を開始する。
「魔神とはなんだ。どこにいる。ほかにも勇者はいたのか。俺たちが最初の勇者じゃないのか?」
「ふっ、はは、はは、はは……は……は、なるほど、流石は魔神さまを封じた、いにしえの賢者たちだ……最後の勇者は、これまでとはまるで違うという、わけか……」
バキバキ王の身体が灰になっていく。
「だが、すべては無駄だ……どれだけお前たちが強かろうと、決して魔神さまを倒すことなどできん」
「わたしとしては、その魔神さまとやらが加納さんを手こずらせることが出来るかどうかも疑っているんですけどね」
「そんな軽口を……あのお方を前にした時……まだ吐けると思うなよ……お前たちは、必ず負ける、神に勝てるわけなどないのだ……」
王の瞳が赤く光る。
「くはは……そのまえに私の仲間たる魔神の子たちが、お前たちを逃さない…世界の至るところに、我ら同胞はいるのだから……」
「でも、それって全部あなた程度の強さですよね? なら問題ないんじゃないですかね」
「ははは……我は七柱いる子の中でも最弱よ……」
「それ自分で言う人初めて見ましたけど」
バキバキ王はそれだけ言い残して、完全に塵になってしまった。
「加納さん、これは一体?」
「俺たちが想像していたよりも事態は深刻かもしれません。いきましょう、芽吹さん、もはやこの世界の人間と協力するのは難しいかもしれません」
俺は芽吹さんを抱っこする。
「え? え? か、加納さん、いろいろ、当たっちゃってます……っ」
「俺は気にしませんよ」
「いや、わたしが気にしてるんですよ!」
芽吹さんを抱えたまま、城の上階からジャンプして、城から200m離れた屋根に着地した。
城、脱出完了。
壊れた屋根を軽くマッサージして修復し、路地裏へと降りる。
「あ、加納さん、あれ」
「いつぞやのエージェントGじゃないですか」
路地裏で待っていたのは覆面の不審者だ。
「こんにちは、お久しぶりです」
「エージェントG、あなたも股間をバキバキにして幼女に酷いことをする最悪男だなんて言い出さないでくださいよ。無益なマッサージをすることになります」
「ま、待ってください、ミスター・加納! 私は敵ではありません!」
拳を握り、睨みつけると、エージェントGはあたふたと手を振って弁明しはじめた。
「私は真に人類救済を目指す者です。ミスター・ゴッドの仲間といえば、わかりますか?」
「ミスター・ゴッドの?」
「ええ。もはや、人類のいたるところで大悪魔の種は芽吹き、多くが大悪魔に対抗することすら諦めてしまいました。ですが、我々は違う。ミスター・加納、ミス・芽吹、あなたたちは我々が待ち望んだ勇者、そして最後の希望です。お願いですから、岩窟ダンジョンを攻略しに行ってくれますか?」
「加納さん、どうしますか?」
「岩窟ダンジョンを無視したこと根に持ってるかもしれません……」
「そのことは水に流しましょう。今から行って頂ければ全然問題ないです、ええ」
「わかりました。それで、なんで岩窟ダンジョンを攻略させたいんですか?」
「それは──ダンジョンの最奥アーティファクトこそが、大悪魔を復活させるための鍵だからです」
エージェントGはそう言い、また霞となって消えてしまった。
なんで意味深な言葉だけ残すんだよ。
味方なら全部教えてから消えろよ。
「はあ、どうやら岩窟ダンジョンに行くしかないみたいですね、加納さん」
「そのようです。芽吹さん、ブラックキングたちを迎えに行きましょう」
何やら厄介な事になってきた。
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