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第三章 路地裏のお姫様
第60話 魂の在り方
しおりを挟む瞼をゆっくりと開ける。
「俺の部屋」
この1週間住んでいる、アパート「トチクルイ荘」の天井だ。
間違いなく戻って来た。
肉体に中身が戻ってきて、体が安心している。
8歳にしては育ちの早い、よく鍛えられた体を動かす。
上体を起こし、窓の外へ視線を向ける。
「朝。かなり早いな」
外は薄っすらと明るくなり始めている。
早朝、体感にして午前6時前……あるいはもっと早いかもしれない。
精神世界での体感時間は数十分だったのに、実際はもう7時間以上経っていたらしい。
人間の寝ている間の体感時間なんてアテにならない事がよくわかる。
ベッドから起き、窓を全解放する。
早朝の冷たい空気が一気に部屋に入り込み、肌を刺す。
一応、精神世界の「無意識の意識状態」から起床したので、寝ぼけてはいない。
思考はとてもクリアだ。
窓から通りを見下ろして人影が数えるほどしかないことを確認する。
予想通り相当早い時間帯だ。
「はぁ……ごめんよアーカム」
何気なしに自分の中のもうひとり存在へ謝罪をする。
いや、確か以前説明された時は、今の起きている状態の俺は、アーカムと真のアーカムの混合意識とか言ってたな。
だとすれば、もしかしたら今の謝罪は真のアーカムが俺に言わせたものなのかもしれない。
まぁこんな事思考するだけ無駄な事だが。
「よし、切り替えるか」
俺は頬を両手で挟むように音を立てて叩き、意識を切り替える。
いつまでも精神世界のことを考えていても仕方がない。
あの状態はまだわからないことが多すぎる。
今回はあの「和室」が実在するって事と、精神世界が夢じゃなかったという事だけわかったんだから、それで満足しよう。
二度あることは三度ある。
きっとまたなんの前兆もなく「和室」には行けるはずだ。
頭の中を整理して精神世界のことを、後で考える事リストに追加。
今やるべきことは、昨日アヴォンに指摘された改善点を意識しての本気の修行だ。
せっかくこんな早朝に起きれたんだ。
ストイックなトレーニングは早朝から始まると相場が決まっている。
これは良い滑り出しなんじゃないだろうか。
俺は現状をポジティブに捉えて、とりあえず王都の周りでも外周してこようかと着替える事にした。
「″ねぇちょっと″」
「……ぉ?」
なんか今声が聞こえたような気がするがーー。
「″ねぇってば!″」
「ぅえッ!? え! なに!」
やはり声が聞こえる。
耳元で囁かられているかのように、すごく近いところから聞こえる。
後ろを振り返ったり上や下、あたりを見渡すが誰もいない。
窓の外を確認してもやはり誰もいない。
「″ふふふ! やったー! これぞミラクルってわけだね!″」
「ヒィィ、幽霊だ!? まじかよ、勘弁してくれッ!」
出どころのわからない小さな声の正体を幽霊と判断し、慌てて部屋を飛び出すべくドアへ向かう。
「名前がイかれてるとは思ってたが、まさか訳あり物件だったなんてッ!」
「″ちゃうわ! はいっ!″」
ドアに手をかけたところで咄嗟に視界が真っ暗になった。
「ぁ、ぇ、俺死んだ……?」
なんとなく何かに触られているような感触がある。
ちょうど小さい女の子が、両手で後ろから目隠ししているような。
「″落ち着いてアーカム、今奇跡が起こってるんだよ?″」
視界の上部分から薄っすら透けた銀色の髪の毛が垂れて来た。
血の気が引き「ぁ、俺、おわった」と思ったのも束の間。
半透明の銀髪の次に見覚えのある顔が逆さまになって降りて来た。
半透明で逆さまにになっているが、見間違えるはずがない。
銀髪に薄水色の瞳、先ほどまで「和室」で泣きじゃくっていたもうひとりの俺ーー。
「アーカム?」
「″よくわかったねっ!″」
なぜか半透明の銀髪少女アーカムは、空中に逆さになってふわふわ、と浮いている。
そしてご褒美とばかりに、俺の頭を撫でてきている。
地味~に、撫でられている感触はあるものの、意識しなければわからない程度の力加減だ。
だが、今はそんなことはどうでもいい。
なんでアーカムが現実世界にいるのかがわからない。
もしかして、ここはまだ精神世界なんじゃ、と思ったり、幻覚の可能性を疑ってみたが、そういったあらゆる推測よりも先に直感的に今の状況をなんとなく理解出来ていた。
数多の創作物の物語を読んできた現代人からすれば、完全に想像外の出来事が起こることがまず想像外だ。
多くの不思議現象や、経験したことのない事態は、大抵誰かしらが文字に書き起こしていたり、
漫画で描いていたり、ドラマや映画、その他あらゆるメディアで共有されていたりする。
ゆえに現代人はゾンビが大量に発生した際の対応も何となく想像できるし、
怪獣が現れてもスマホで動画を撮るくらいの余裕を持てるだろう。
なぜなら人間が想像できるからだ。
俺にとってもこの事態は「予想外であっても想像外ではない」ーー。
「すぅ……つまりアレか。スタンd、じゃなくて背後霊的な?」
おおよそ現状のアーカムにピタリと当てはまりそうな、元の世界の想像物を当てはめる。
「″ピンポーン、って言いたいところだけど、私もよくわからないや″」
「だよな」
やっぱりアーカムもよくわかっていなかった。
互いに見つめあってしばらく沈黙が流れる。
「はは……」
「″ふふ、ははッ!″」
お互いに顔を見合わせて笑う。
こんな事考えても仕方ない気がして来たからだ。
こういうわけのわからない事態が起こった時に前に進むためには割り切る事が大事なのだ。
転生して赤ちゃんとして過ごして来た時だって、魔法を勉強してた時だって「なんで? なんで? どういう原理?」と思うことなんて腐る程あった。
そういう経験があったから「きっと世界のルールが違うんだから、そこらへんは割り切って考えよう」という癖がついたんだろう。
故に、このよくわからない状態にも割り切りがつく。
『″ま、いっか。なんでも″』
ハモリながら、早朝の「トチクルイ荘」で浅く笑い合った。
ー
第三章 路地裏のお姫様~完~
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