1 / 13
夢と冒険の世界へ
しおりを挟む早朝、現代都市。
車駈ける横の道を女性が歩いている。
過酷なる徹夜作業を終え、世界で一番嫌いな会社という牢獄から出てきたところだ。
(すこし、冷えるなぁ…)
夏なのに、少し肌寒い、冷たい朝焼け。
ビルの間に反射して見える、太陽の目覚めの煌めきが虚しい。女性は涙をこぼす。
相原友里は社畜だ。
毎朝6時に起きて、家に帰ってくるのは夜の11時。日付をまたぐ事も珍しくはない。
1週間がんばって乗り越えても、休日は日々の疲れから15時間以上眠ってしまい、夕方近くに起きて「ああ、せっかくの休みも無駄にしちゃったな……」とまた涙をながす。
人生の意味がわからなくなっていた。
借金を作り逃げた兄。
身を粉にして働く日々。
得意のご飯を作る気力はない。
惣菜パンと弁当ローテーション。
それだけが相原友里の人生だ。
子供の頃から大好きな『ポケットノモンスター』の新作が今日発売する。
しかし、友里にはもう大好きなポケモンと冒険する時間などない。
(…大人って難しいな…ママ、パパ……)
朝日に照らされる鋼鉄の都市のまんなかで、ポロポロと、とめどなく溢れる涙を、堪えきれなくなっていた。
誰もいないバス停のベンチに腰掛ける。
他界した両親と自分が写っている写真を取りだした。
両親が買ってくれた、たくさんのポケモンのぬいぐるみに囲まれて幸せそうな自分。
もうあの頃にはもどれない。
「メェエ」
「……?」
友里は横を見る。
ベンチにちょこんと、白毛が座っていた。
ふわふわ、もふもふ、なんだろうこれ。
(ちっちゃいヒツジ……、どうして…?)
東京のど真ん中に野羊がいるわけはない。
明らかに怪しい。
けれど、疲れきっていたので、その仔羊を枕にするように横たわった。さっきまで日向ぼっこしてたのか、太陽の香りがする。
「メェエ」
柔らかかった。
もこもこした毛は心地よく疲れた心を受け止めてくれる。
「あっ」
仔羊が走り出した。
道路に飛び出していってしまう。
向かってくるは、大きなトラック。
運転手は仔羊を白いビニール袋かと勘違いしたのか、まるで止まる気配はない。
「だめーっ!」
「メェエ!」
ユウリは仔羊を助けるために駆け出した。
────────────────────────────────
友里が目を覚ました時、彼女は視界いっぱいに広がる青い空を見上げていた。
背中がチクチクする。
ここは草原。緑豊かな草原か。
ずいぶん長い事、横たわっていたような気がした。
《あら、こんなところにお客さんなんて、珍しい事もあるものね》
静寂の水面を揺らす声。
軽やかで綺麗な星の調べが聞こえる。
友里はその声に振りかえる。
緩やな丘のうえに声の主人を発見した。
透き通るような海色の瞳。
天使の輪ハイロゥを宿す艶やかな長髪が風に揺れる。ただし──幼女が就寝時に着るような、羊の着ぐるみを着用していて、神秘的な声ほど見た目に真面目な雰囲気はない。
まわりには3匹の羊がいる。
2匹は草をはむはむ。1匹を枕にする形で、綺麗なその女性は寝転んでいた。
「あの…あなたは誰ですか?」
美しい女性にだすねる。
《私は女神。もふもふを司る女神モフッテモよ》
「……」
《その目を知っているわ。その目はね、ユウリ、あなたがまじで関わりたくない人間に向ける目よ》
「ど、どうして…知っているんですか?」
《ふふ、だって、ずっと見ていたもの。友里がモフモンに夢中になった、あの日から、ずっと──》
女神モフッテモは慈愛の微笑みをうかべ、空間に無数のスクリーンを表示した。
すべてのスクリーンに、友里がこれまでの人生で体験してきた出来事が、第三者の視点で映し出されていく。
はじめてぬいぐるみを買ってもらった日。
ぬいぐるみに囲まれて笑う幼き日の友里。
羊牧場に遊びにいった遠足。
猫を拾っては、元いた場所に返す日々。
たぬきを手懐けて、秘密裏に育てた冬。
そして、両親にふりかかった悲劇の一報を聞き、呆然として立ち尽くす高校生の自分。
《高校生の文化祭、両親が見にくると頑なに言い張るものだから、あなたは強い言葉で拒絶してしまった》
「ママ、パパ……」
(本当は喧嘩するつもりなんてなかった。あれが両親との最後の会話になるなんて、知ってたら、絶対に酷いこと言わなかった……)
友里と両親の別れは突然であった。
以来、兄とともに祖父母の家で暮らして来た友里だったが、心のどこかに錆となってかつての事件は巣食いつづけた。
《多くの困難がありましたね》
優しく語りかける女神の声。
友里は堪えきれなくなり、これまでの人生という長い旅路をふりかえる。
険しい試練ばかりだった。
「ぅぅ、ママ、パパも死んじゃって、兄ちゃんは借金作って逃げて…昔は優しかったのに、なんでわたしを置いて逃げたのって、お兄ちゃんはわたしの救いだったのに、お兄ちゃんはわたしなんかじゃ、ちっとも救われて無かったんだって……それで、それで……っ!」
そこから彼女の人生は止まってしまった。
流れる時は灰色で、覚えてる顔はみんな暗い影ばかり、日常は白く無機質だった。
朝起きて、今日も会社に行かないとと考える。自分を人間ではなく、会社を回すためのパーツと考えれば苦痛は減った。
そうしないと耐えられなかった。
《でも、小さな動物の命を救い、愛でて、慈しむ優しい心だけは失いませんでしたね》
「……違います、わたしはあの子たちを助けて、わたしが救われたかっただけなんです。本当に救っていたのは、自分のため…」
ユウリはスクリーンに映し出された、ダンボールに詰められた子猫たちを見る。
ダンボールはかつてのユウリによって拾われ、里親が探された。
ほかにも映像は流れてくる。
道で轢かれたたぬきを道路脇に寄せてあげたり、汚れた野良猫に惣菜パンをあげたり。
《小さな幸せを他人に与える事ができる。これはとても立派な事ですよ、友里。あの世界は心優しいあなたが生きるには、難しかったのでしょう》
「……はい、本当に、難しかったです」
スクリーンに病院に運ばれるユウリの姿が映し出される。医者が死亡を宣告し、部屋には遺体だけが残された。
「……そっか、わたしは、死んでしまったんですね」
辛い日常から解放されたことに、友里は納得してうなずく。
女神モフッテモは、静かに泣き出した友里の肩に手をそえて、優しく抱きしめた。
(すごく、温かい…女神さま、ママだ…)
女神はささやくように語りかける。
《試練は終わりました。あなたは無事に資格を得たのです。だから、もう頑張らなくていいのですよ》
「ぅぅ、わたし、わたし……これま、で、ずっと…毎日、がんばって、がんばって、けど、何もできなくて……!」」
《わかっていますよ。あなたは十分に頑張った。だからもう、これ以上泣かないでいいのですよ、友里》
永遠の安らぎが訪れるのは怖くなかった。
友里が泣いたのは、自分の人生が無意味なもので終わってしまったことが、激しい虚無感を彼女の心に生んでいたからだ。
何のために生きたのか。
意味あることを為せたのか。
やりたい事をただひとつでも成したのか。
友里は真面目な性格だ。
自分の価値を考えないではいられない。
《あなたの人生に意味はありましたよ、友里。だって、あんなに頑張ったじゃないですか。たくさんの哀れな動物に、幸せをくばったではありませんか。それに、あなたの頑張りは、私の心を動かし、女神として権限を使い『救済』をさせるにいたったんですから》
「女神さまの、救済ですか……?」
スクリーンの友里の遺体近くに、白い羊が現れた。誰もいない部屋のなか神聖ならオーラを放ち、羊は友里の体を光のなかへ運んでいく。
《新しくやり直せば──今度こそ自分の意志で生きればいいのですよ、新しい世界で。私はあなたのファンなのです。だから、もう泣かないで、楽しく笑っている顔を見せてくださいね……子どもの頃のように》
女神は抱きしめる腕をゆるめて、友里をそっと解放した。
友里は体の違和感に気がつく。
「あれ、体が、小さくなってる……?」
《それが新しい世界でのあなた、二度目の友里の姿──ユウリですよ》
女神は優しく微笑み、ユウリの前に鏡をだした。海を閉じ込めた深い青瞳とさらさらの長い黒髪の美しい少女が映っていた。
どことなく女神モフッテモと同じ顔立ちをしているその美しい少女の年齢は、およそ10歳ほどだろう。
(これが、わたし? うっわ……美少女…)
すべてが完璧な造形。
人類が最後にたどり着く芸術。
ユウリは引くほど美人に作り替えたもらって、ありがたいような、恐れ多いような気分になった。
それもそのはず。
女神は本気を出しすぎていた。
過剰な称賛などありえない。間違いなく世界でもっとも美しい少女と断言できる美少女──を、長い時間かけて、複数の芸術の神を招待して、丁寧にこしらえていたのだ。
《さあ、ユウリ、あなたの新しい人生のためのパートナーを選ぶのですよ》
「む、3匹の中から1匹……」
ポケモンマスターを目指すユウリの胸が熱くなった。
ユウリの目がキラキラひかる。女神の口笛を吹いて、寝転んでいる羊たちを呼んだ。
みんな立派な羊であった。
角がない羊。角がある羊。双角がある羊。
あんまり羊には詳しくはないので、ユウリにわかる違いは角の数くらいだった。
《彼らはモフモンの租たる、伝説のモフモンです。世界を越えて動物──まあ、モフモンみたいなものでしょう──を愛するユウリなら、きっと心強いパートナーになってくれますよ》
(モフモン……ポケモン……?)
ユウリは女神が自分に合わせて冗談を言ってくれているものと考えることにした。
「それじゃ一番可愛い、角がない子にします!」
《その子の名前はモフゥーレ。心優しく強く、偉大な勇者です。良い子を選びましたね》
女神はニコッと微笑み、伝説のモフモン──モフゥーレをユウリに託した。
《さあ、旅立つのです。夢と冒険の世界へ》
「ありがとうございました、女神様、わたし楽しんで来ます!」
《ふふ、はい、気をつけていくのですよ。自分の気持ちに正直に生きてくださいね──》
女神の愛しむ抱擁を受けて、ユウリの視界は真っ白な光に包まれていってしまった。
0
お気に入りに追加
52
あなたにおすすめの小説
システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。
大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった!
でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、
他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう!
主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!?
はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!?
いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。
色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。
*** 作品について ***
この作品は、真面目なチート物ではありません。
コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております
重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、
この作品をスルーして下さい。
*カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。
平凡冒険者のスローライフ
上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。
平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。
果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか……
ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。
辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~
雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。
辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。
しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。
他作品の詳細はこちら:
『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】
『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】
『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】
やっと買ったマイホームの半分だけ異世界に転移してしまった
ぽてゆき
ファンタジー
涼坂直樹は可愛い妻と2人の子供のため、頑張って働いた結果ついにマイホームを手に入れた。
しかし、まさかその半分が異世界に転移してしまうとは……。
リビングの窓を開けて外に飛び出せば、そこはもう魔法やダンジョンが存在するファンタジーな異世界。
現代のごくありふれた4人(+猫1匹)家族と、異世界の住人との交流を描いたハートフルアドベンチャー物語!
異世界着ぐるみ転生
こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生
どこにでもいる、普通のOLだった。
会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。
ある日気が付くと、森の中だった。
誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ!
自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。
幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り!
冒険者?そんな怖い事はしません!
目指せ、自給自足!
*小説家になろう様でも掲載中です
髪の色は愛の証 〜白髪少年愛される〜
あめ
ファンタジー
髪の色がとてもカラフルな世界。
そんな世界に唯一現れた白髪の少年。
その少年とは神様に転生させられた日本人だった。
その少年が“髪の色=愛の証”とされる世界で愛を知らぬ者として、可愛がられ愛される話。
⚠第1章の主人公は、2歳なのでめっちゃ拙い発音です。滑舌死んでます。
⚠愛されるだけではなく、ちょっと可哀想なお話もあります。
こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果
てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。
とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。
「とりあえずブラッシングさせてくれません?」
毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。
そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。
※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。
Sランク冒険者の受付嬢
おすし
ファンタジー
王都の中心街にある冒険者ギルド《ラウト・ハーヴ》は、王国最大のギルドで登録冒険者数も依頼数もNo.1と実績のあるギルドだ。
だがそんなギルドには1つの噂があった。それは、『あのギルドにはとてつもなく強い受付嬢』がいる、と。
そんな噂を耳にしてギルドに行けば、受付には1人の綺麗な銀髪をもつ受付嬢がいてー。
「こんにちは、ご用件は何でしょうか?」
その受付嬢は、今日もギルドで静かに仕事をこなしているようです。
これは、最強冒険者でもあるギルドの受付嬢の物語。
※ほのぼので、日常:バトル=2:1くらいにするつもりです。
※前のやつの改訂版です
※一章あたり約10話です。文字数は1話につき1500〜2500くらい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる