上 下
9 / 14

ゴブリンの群れ

しおりを挟む

「わふゥ」

 サムスはちいさなオオカミの鳴き声で目を覚ました。

 目覚めた瞬間から、研ぎ澄まされた刃のような目線であたりを見渡す。

 朝霜の残る草原には、外敵は見受けられない。

 サムスは立ちあがり、腰の刀と、片マントの位置を軽く直す。

 実は昨晩、彼はテントの中で寝なかった。
 どうにも落ち着かなかったからだ。

 ガーディアンとして臨戦状態での休眠方法まで思い出してしまったのか。

 あるいは知らない人間に、警戒心を解き切ることを本能が拒んだのか。

 サムスにはわからなかったが、とにかくテントの中は安眠できる環境ではなくなってしまっていた。少しだけ落ち込む事となった。

 ──起床から1時間後

 しばらくして起きて来た『闇夜の鴉』のメンバー、リットンと共に南への移動を再開した。

 護衛クエストを請け負う『闇夜の鴉』メンバーは、視界の効く草原でも油断なく、警戒をおこたらない。

 サムスはあくまで同行者という位置づけで馬車の後ろをついて歩いていた。

 とはいえ、もちろんサムスも辺りへしっかりと気を配ってはいたが。

「ねえ、サムスさんってガーディアンなんだよね?」

 馬車の後方の護衛を担当している、赤いカチューシャの魔術師ピジョットは、サムスにたずねてくる。

 サムスは澄ましたように鼻を鳴らす。

「それじゃ、戦争の時のこととか聞かせてくれない?」

 ピジョットの無邪気な質問。
 だが、サムスは興味なさげに顔をそむける。

「断る」
「えー? なんでー?」
「語りたくない」

 サムスは一番言及されたくないことを話題だされて、途端に不機嫌になっていた。

 突っ張ねられたピジョットは不満げだ。

「戦争中のエピソードのひとつも語れないなんてー。……昨晩、寝ながら考えてたんだけど、口だけなら何とでも言えるかなーって思っちゃったりねー!」

 ピジョットの言に、サムスは眉根をピクつかせた。

「ほう。俺が嘘をついてるって?」
「にっしし、そんなムキにならなくていいのに~」
「ムキになってない」
「そうかな~。そうかな~?」
「……チッ」
「あ、舌打ちした」

 サムスはイライラを隠さず、ピジョットから距離を置いて馬車の反対側へ移動した。

「うちのピジョットが不愉快な質問をしたこと、許してくれ」
「別に何も気にしてない」

 195cmを越える筋肉もりもりマッチョマンことバッグズは、大剣を背負い直して申し訳なさそうに言う。

「人は見た目で判断してはいけないと、我は思う」

 バッグズはピチピチのレザーアーマーを下から、大胸筋をピクつかせた。

 サムスは言外に「見た目があんま強くなさそう」と言われていると思いこむ。

 確かにサムスの身長は別段高いわけでもなく、筋肉のつき方も特別にイカツク仕上がってるわけじゃない。

 もちろん、努力を重ねた結果……あるいはガーディアンとして戦場にたっていたため、引き締まったたくましいボディではある。が、特筆すべき程ではない。

 サムスはその事を気にしてか、お返しとばかりに、バッグズへ「そういうあんたは、見かけ倒しじゃないんだろ?」と挑戦的な言葉を投げかける。

 バッグズはサイドチェストのポージングをしながら「もちろんさ♪」と意味ありげに笑みを深めてみせた。

「ちょっとバッグズさーん? 筋肉褒め合うのもいいけど、ついに俺たちの仕事が来たみたいだぜ」

 馬車の前方。
 アンガスは片手盾に片手剣を叩きつけて、付近の存在の注意をひきつけた。

 目を向ければ、馬車の前方に深緑の森がでてくる影たちが見える。

 サムスはそれを確認し──否、森ではなくそこから出てくる勢力の一団を確認して足を止めた。

 同じくして茶髪の青年リットンは馬車を止めた。

 護衛者『闇夜の鴉』メンバーが前へと進みでる。

「一応、そばにいてやる」
「あ、ありがとうございます!」

 サムスは、馬車の持ち主にして依頼主リットンのとなりの御者台に飛び乗り、腰掛けた。念のため。優しさからじゃない。

「来やがった。ゴブリンの群れだ」

 アンガスは手早く陣形を構築させた。

「距離150。先制攻撃、いく……!」

 アンガスの指サインを受けて、セーラは小柄な身体をせいいっぱい使い、矢を3本ほどつがえると、凄まじく角度のついた曲射をおこなった。

 ゴブリンの群れは正面なのに、それはほぼ真横を狙って射ったようだった。一見して明後日の方向への無意味な攻撃。

 しかし、放たれた矢は空中でグワンっと曲がり、吸いこまれるようにゴブリンの側頭部を貫通した。

 一発の矢で2体を確実にしとめ、華麗なるスリーショット/シックスキルを決めてみせる。凄いテクニックだ。

 サムスは感心して開戦の狼煙へ、思わずうなずいた。

「グアァ!」
「ウギィ!」

 ゴブリンの群れが走りだした。
 妙なことに、彼らの中に、ひときわ大きな唸り声が混じっている。

「やば、オーガも出てきたな…」

 アンガスは背筋を震わせ、ちいさな声でつぶやいた。

 森から出てくるのは、ゴブリンばかりではなかったのだ。

 太い木を棍棒で叩き折って、荒々しく雄叫び、立派なツノを生やしたオーガも出てきてしまっている。

 極東の方では『鬼』として恐れられる、高位の魔物だ。

 オーガ級という冒険者ランクはパーティで協力して、このオーガを倒せる強さがある場合にあたえられる等級とうきゅう

 森から出てくるオーガは合計4体。

 ゴブリンと共生関係にある事自体は珍しいことではないので、その事自体は驚くべき事じゃないが、その数は相当にマズいものと思われた。

 単純計算でオーガ級冒険者パーティが、4つ必要となっているのだ。

 正面勝負では勝ち目は薄い。

「我らは撤退するべきでは…?」

 筋肉担当バッグズはアンガスに進言する。

「いや、無理だ、先制攻撃に反応してあいつら走り出しちまった、馬車の方向転換してんじゃ逃げきれねぇよ」

 アンガスは「腹くくんぞ!」と叫び、リットンをいちべつしてうなずく。
 さらにはサムスの方へも視線を飛ばした。

 サムスは肩をすくめるだけで答えた。
 まだ手を貸す気はなさそうだ。

「くっ、プロフェッショナル、ですか……!」

 リーダー・アンガスは苦虫を噛み潰したような顔になる。
 だが、すぐに頭をふり、気持ちを切り替えると、果敢に走りだした。

 アンガスの後ろに、グレートソードを片手に持ったバッグズが追従する。

「なんだ、あのプロフェッショナルさんは戦ってくれないんだ!」
「残念だなぁ~…」

 ピジョットとセーラは動かないサムスをちらちら見ながら、弓矢と魔術でオーガのまわりのゴブリンたちを掃討していく。

 サムスは無視して、どこふく風だ。

「道が開けた! いくぞ、バッグズ!」
「ふんぬ!」

 ピジョットとセーラの的確な射撃で、開けたオーガへの道。
 
 その真ん中を突破して、アンガスとバッグズは最初のオーガと接敵した。

「ニンゲン、オンナ、ヨコセ!」

 オーガの蛮族らしい発言。
 アンガスは勇者の笑みでかえす。

「あいにくと、こんなブサメンにうちの可愛い子たちはやれねぇよ!」

 激昂したオーガの一撃が振り下ろされる。

「グアァア!」
「うぐっ──重てぇ!」

 アンガスは木をへし折る棍棒の一撃を、盾を斜めに構え、剣気圧のオーラで下半身を強化することで、ギリギリで踏ん張って受け流した。賭けに勝ったらしい。

「バッグズいけ!」

 出来た隙を、筋肉もりもりマッチョマンの変態は見逃さない。

「うなれ我が三頭筋……『大胸突だいきょうずき』!」

 バッグズはグレートソードと彼自身の全重さを乗せた、インパクト抜群の牙突をくりだしだ。

 グレートソードの分厚い刃がオーガの胸に突き刺さる。

 『クロガネ隊』のなんちゃって大剣使いとは格が違う。

「グアァアぁあ?!」

「ぬっ、浅いか」

 バッグズの一撃は強烈だった。
 しかし、鬼を一撃で絶命させるにはいたらない。

「十分だ、これくらいがちょうどいいぜ」

 アンガスとバッグズは寄ってくるオーガ達から距離を取るべく、いったん引いた。

「負傷者をだせば、より多く戦力を削れるってな」

 アンガスは得意な顔で、サムスのほうへ視線を飛ばした。

 戦場では敵を殺害するよりも、負傷させたほうがいい。
 それを看護する敵人員まで戦線離脱させられるので有益である──という戦術論がある。

 特にオーガ4体と勝ち目のない戦いでも、殺し切る必要がないとくれば、やりようは出てくるものだ。

「悪くはない」

 サムスは腕を組んでうなずく。
 その後、もうひとこと「でも、様子が変だぞ?」とも彼はつけたした。

「なっ、再生してる……?」

 アンガスは驚愕に目を見開いた。

 さきほど、バッグズの大剣突きを受けて戦闘不能にしたオーガが、胸の傷をあわく光オーラで治癒しながら立ちあがっていた。

「リジェネ・オーガか。なんていう不運。我らの手には負えないかもな」

 バッグズは険しい顔で言った。

 リジェネ・オーガ。
 それは地中から魔力が溢れたり、空気の流れがなく魔力が沈殿する領域、通称『魔力溜まり』と呼ばれる場を生息域とするオーガに稀に見られる突然変異種だ。

 ≪再生リジェネ≫は、世にも珍しい回復属性式魔術のなかでも、特に難しい″四式魔術″だ。

 人間では世界を見渡しても、数えるほどしか使い手はいない。

 そんな魔術を、なんの間違いか、魔力溜まりの近くに住んでいるという理由だけで、肉体に身につけてしまった魔物がこのリジェネ・オーガである。

「リジェネ・オーガとなると、我らオーガ級というより、もはやひとつ上の等級、ポルタ級の領分になる……一体ならまだしも、この量は……」

「ぐっ、リットンさん!」

 アンガスは叫ぶ。

 御者台に隠れていたリットンは、怯えきった様子でうなずいて、サムスの方を見た。

「ガーディアンの力を借りたいのですが……その、えっと……」

 リットンは泣きそうな顔でサムスを見つめる。

「わふゥ!」
「安くないからな」

 サムスは、ルゥをリットンに預けると歩き出した。

(さて、オーガなんか戦った記憶がないが……)

 サムスは内心の不安など1ミリも表情にださずに、堂々と、かつ静粛なるガーディアンの威厳を忘れずに刀を抜き放った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います

騙道みりあ
ファンタジー
 魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。  その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。  仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。  なので、全員殺すことにした。  1話完結ですが、続編も考えています。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

自分が作ったSSSランクパーティから追放されたおっさんは、自分の幸せを求めて彷徨い歩く。〜十数年酷使した体は最強になっていたようです〜

ねっとり
ファンタジー
世界一強いと言われているSSSランクの冒険者パーティ。 その一員であるケイド。 スーパーサブとしてずっと同行していたが、パーティメンバーからはただのパシリとして使われていた。 戦闘は役立たず。荷物持ちにしかならないお荷物だと。 それでも彼はこのパーティでやって来ていた。 彼がスカウトしたメンバーと一緒に冒険をしたかったからだ。 ある日仲間のミスをケイドのせいにされ、そのままパーティを追い出される。 途方にくれ、なんの目的も持たずにふらふらする日々。 だが、彼自身が気付いていない能力があった。 ずっと荷物持ちやパシリをして来たケイドは、筋力も敏捷も凄まじく成長していた。 その事実をとあるきっかけで知り、喜んだ。 自分は戦闘もできる。 もう荷物持ちだけではないのだと。 見捨てられたパーティがどうなろうと知ったこっちゃない。 むしろもう自分を卑下する必要もない。 我慢しなくていいのだ。 ケイドは自分の幸せを探すために旅へと出る。 ※小説家になろう様でも連載中

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる

遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」 「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」 S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。 村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。 しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。 とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

異世界召喚されたと思ったら何故か神界にいて神になりました

璃音
ファンタジー
 主人公の音無 優はごく普通の高校生だった。ある日を境に優の人生が大きく変わることになる。なんと、優たちのクラスが異世界召喚されたのだ。だが、何故か優だけか違う場所にいた。その場所はなんと神界だった。優は神界で少しの間修行をすることに決めその後にクラスのみんなと合流することにした。 果たして優は地球ではない世界でどのように生きていくのか!?  これは、主人公の優が人間を辞め召喚された世界で出会う人達と問題を解決しつつ自由気ままに生活して行くお話。  

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

お荷物認定を受けてSSS級PTを追放されました。でも実は俺がいたからSSS級になれていたようです。

幌須 慶治
ファンタジー
S級冒険者PT『疾風の英雄』 電光石火の攻撃で凶悪なモンスターを次々討伐して瞬く間に最上級ランクまで上がった冒険者の夢を体現するPTである。 龍狩りの一閃ゲラートを筆頭に極炎のバーバラ、岩盤砕きガイル、地竜射抜くローラの4人の圧倒的な火力を以って凶悪モンスターを次々と打ち倒していく姿は冒険者どころか庶民の憧れを一身に集めていた。 そんな中で俺、ロイドはただの盾持ち兼荷物運びとして見られている。 盾持ちなのだからと他の4人が動く前に現地で相手の注意を引き、模擬戦の時は2対1での攻撃を受ける。 当然地味な役割なのだから居ても居なくても気にも留められずに居ないものとして扱われる。 今日もそうして地竜を討伐して、俺は1人後処理をしてからギルドに戻る。 ようやく帰り着いた頃には日も沈み酒場で祝杯を挙げる仲間たちに報酬を私に近づいた時にそれは起こる。 ニヤついた目をしたゲラートが言い放つ 「ロイド、お前役にたたなすぎるからクビな!」 全員の目と口が弧を描いたのが見えた。 一応毎日更新目指して、15話位で終わる予定です。 作品紹介に出てる人物、主人公以外重要じゃないのはご愛嬌() 15話で終わる気がしないので終わるまで延長します、脱線多くてごめんなさい 2020/7/26

異世界で勇者をやって帰ってきましたが、隣の四姉妹の様子がおかしいんですけど?

レオナール D
ファンタジー
異世界に召喚されて魔王を倒す……そんなありふれた冒険を終えた主人公・八雲勇治は日本へと帰還した。 異世界に残って英雄として暮らし、お姫様と結婚したり、ハーレムを築くことだってできたというのに、あえて日本に帰ることを選択した。その理由は家族同然に付き合っている隣の四姉妹と再会するためである。 隣に住んでいる日下部家の四姉妹には子供の頃から世話になっており、恩返しがしたい、これからも見守ってあげたいと思っていたのだ。 だが……帰還した勇治に次々と襲いかかってくるのは四姉妹のハニートラップ? 奇跡としか思えないようなラッキースケベの連続だった。 おまけに、四姉妹は勇治と同じようにおかしな事情を抱えているようで……? はたして、勇治と四姉妹はこれからも平穏な日常を送ることができるのだろうか!? 

処理中です...