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ゴブリンの群れ
しおりを挟む「わふゥ」
サムスはちいさなオオカミの鳴き声で目を覚ました。
目覚めた瞬間から、研ぎ澄まされた刃のような目線であたりを見渡す。
朝霜の残る草原には、外敵は見受けられない。
サムスは立ちあがり、腰の刀と、片マントの位置を軽く直す。
実は昨晩、彼はテントの中で寝なかった。
どうにも落ち着かなかったからだ。
ガーディアンとして臨戦状態での休眠方法まで思い出してしまったのか。
あるいは知らない人間に、警戒心を解き切ることを本能が拒んだのか。
サムスにはわからなかったが、とにかくテントの中は安眠できる環境ではなくなってしまっていた。少しだけ落ち込む事となった。
──起床から1時間後
しばらくして起きて来た『闇夜の鴉』のメンバー、リットンと共に南への移動を再開した。
護衛クエストを請け負う『闇夜の鴉』メンバーは、視界の効く草原でも油断なく、警戒をおこたらない。
サムスはあくまで同行者という位置づけで馬車の後ろをついて歩いていた。
とはいえ、もちろんサムスも辺りへしっかりと気を配ってはいたが。
「ねえ、サムスさんってガーディアンなんだよね?」
馬車の後方の護衛を担当している、赤いカチューシャの魔術師ピジョットは、サムスにたずねてくる。
サムスは澄ましたように鼻を鳴らす。
「それじゃ、戦争の時のこととか聞かせてくれない?」
ピジョットの無邪気な質問。
だが、サムスは興味なさげに顔をそむける。
「断る」
「えー? なんでー?」
「語りたくない」
サムスは一番言及されたくないことを話題だされて、途端に不機嫌になっていた。
突っ張ねられたピジョットは不満げだ。
「戦争中のエピソードのひとつも語れないなんてー。……昨晩、寝ながら考えてたんだけど、口だけなら何とでも言えるかなーって思っちゃったりねー!」
ピジョットの言に、サムスは眉根をピクつかせた。
「ほう。俺が嘘をついてるって?」
「にっしし、そんなムキにならなくていいのに~」
「ムキになってない」
「そうかな~。そうかな~?」
「……チッ」
「あ、舌打ちした」
サムスはイライラを隠さず、ピジョットから距離を置いて馬車の反対側へ移動した。
「うちのピジョットが不愉快な質問をしたこと、許してくれ」
「別に何も気にしてない」
195cmを越える筋肉もりもりマッチョマンことバッグズは、大剣を背負い直して申し訳なさそうに言う。
「人は見た目で判断してはいけないと、我は思う」
バッグズはピチピチのレザーアーマーを下から、大胸筋をピクつかせた。
サムスは言外に「見た目があんま強くなさそう」と言われていると思いこむ。
確かにサムスの身長は別段高いわけでもなく、筋肉のつき方も特別にイカツク仕上がってるわけじゃない。
もちろん、努力を重ねた結果……あるいはガーディアンとして戦場にたっていたため、引き締まったたくましいボディではある。が、特筆すべき程ではない。
サムスはその事を気にしてか、お返しとばかりに、バッグズへ「そういうあんたは、見かけ倒しじゃないんだろ?」と挑戦的な言葉を投げかける。
バッグズはサイドチェストのポージングをしながら「もちろんさ♪」と意味ありげに笑みを深めてみせた。
「ちょっとバッグズさーん? 筋肉褒め合うのもいいけど、ついに俺たちの仕事が来たみたいだぜ」
馬車の前方。
アンガスは片手盾に片手剣を叩きつけて、付近の存在の注意をひきつけた。
目を向ければ、馬車の前方に深緑の森がでてくる影たちが見える。
サムスはそれを確認し──否、森ではなくそこから出てくる勢力の一団を確認して足を止めた。
同じくして茶髪の青年リットンは馬車を止めた。
護衛者『闇夜の鴉』メンバーが前へと進みでる。
「一応、そばにいてやる」
「あ、ありがとうございます!」
サムスは、馬車の持ち主にして依頼主リットンのとなりの御者台に飛び乗り、腰掛けた。念のため。優しさからじゃない。
「来やがった。ゴブリンの群れだ」
アンガスは手早く陣形を構築させた。
「距離150。先制攻撃、いく……!」
アンガスの指サインを受けて、セーラは小柄な身体をせいいっぱい使い、矢を3本ほどつがえると、凄まじく角度のついた曲射をおこなった。
ゴブリンの群れは正面なのに、それはほぼ真横を狙って射ったようだった。一見して明後日の方向への無意味な攻撃。
しかし、放たれた矢は空中でグワンっと曲がり、吸いこまれるようにゴブリンの側頭部を貫通した。
一発の矢で2体を確実にしとめ、華麗なるスリーショット/シックスキルを決めてみせる。凄いテクニックだ。
サムスは感心して開戦の狼煙へ、思わずうなずいた。
「グアァ!」
「ウギィ!」
ゴブリンの群れが走りだした。
妙なことに、彼らの中に、ひときわ大きな唸り声が混じっている。
「やば、オーガも出てきたな…」
アンガスは背筋を震わせ、ちいさな声でつぶやいた。
森から出てくるのは、ゴブリンばかりではなかったのだ。
太い木を棍棒で叩き折って、荒々しく雄叫び、立派なツノを生やしたオーガも出てきてしまっている。
極東の方では『鬼』として恐れられる、高位の魔物だ。
オーガ級という冒険者ランクはパーティで協力して、このオーガを倒せる強さがある場合にあたえられる等級。
森から出てくるオーガは合計4体。
ゴブリンと共生関係にある事自体は珍しいことではないので、その事自体は驚くべき事じゃないが、その数は相当にマズいものと思われた。
単純計算でオーガ級冒険者パーティが、4つ必要となっているのだ。
正面勝負では勝ち目は薄い。
「我らは撤退するべきでは…?」
筋肉担当バッグズはアンガスに進言する。
「いや、無理だ、先制攻撃に反応してあいつら走り出しちまった、馬車の方向転換してんじゃ逃げきれねぇよ」
アンガスは「腹くくんぞ!」と叫び、リットンをいちべつしてうなずく。
さらにはサムスの方へも視線を飛ばした。
サムスは肩をすくめるだけで答えた。
まだ手を貸す気はなさそうだ。
「くっ、プロフェッショナル、ですか……!」
リーダー・アンガスは苦虫を噛み潰したような顔になる。
だが、すぐに頭をふり、気持ちを切り替えると、果敢に走りだした。
アンガスの後ろに、グレートソードを片手に持ったバッグズが追従する。
「なんだ、あのプロフェッショナルさんは戦ってくれないんだ!」
「残念だなぁ~…」
ピジョットとセーラは動かないサムスをちらちら見ながら、弓矢と魔術でオーガのまわりのゴブリンたちを掃討していく。
サムスは無視して、どこふく風だ。
「道が開けた! いくぞ、バッグズ!」
「ふんぬ!」
ピジョットとセーラの的確な射撃で、開けたオーガへの道。
その真ん中を突破して、アンガスとバッグズは最初のオーガと接敵した。
「ニンゲン、オンナ、ヨコセ!」
オーガの蛮族らしい発言。
アンガスは勇者の笑みでかえす。
「あいにくと、こんなブサメンにうちの可愛い子たちはやれねぇよ!」
激昂したオーガの一撃が振り下ろされる。
「グアァア!」
「うぐっ──重てぇ!」
アンガスは木をへし折る棍棒の一撃を、盾を斜めに構え、剣気圧のオーラで下半身を強化することで、ギリギリで踏ん張って受け流した。賭けに勝ったらしい。
「バッグズいけ!」
出来た隙を、筋肉もりもりマッチョマンの変態は見逃さない。
「うなれ我が三頭筋……『大胸突き』!」
バッグズはグレートソードと彼自身の全重さを乗せた、インパクト抜群の牙突をくりだしだ。
グレートソードの分厚い刃がオーガの胸に突き刺さる。
『クロガネ隊』のなんちゃって大剣使いとは格が違う。
「グアァアぁあ?!」
「ぬっ、浅いか」
バッグズの一撃は強烈だった。
しかし、鬼を一撃で絶命させるにはいたらない。
「十分だ、これくらいがちょうどいいぜ」
アンガスとバッグズは寄ってくるオーガ達から距離を取るべく、いったん引いた。
「負傷者をだせば、より多く戦力を削れるってな」
アンガスは得意な顔で、サムスのほうへ視線を飛ばした。
戦場では敵を殺害するよりも、負傷させたほうがいい。
それを看護する敵人員まで戦線離脱させられるので有益である──という戦術論がある。
特にオーガ4体と勝ち目のない戦いでも、殺し切る必要がないとくれば、やりようは出てくるものだ。
「悪くはない」
サムスは腕を組んでうなずく。
その後、もうひとこと「でも、様子が変だぞ?」とも彼はつけたした。
「なっ、再生してる……?」
アンガスは驚愕に目を見開いた。
さきほど、バッグズの大剣突きを受けて戦闘不能にしたオーガが、胸の傷をあわく光オーラで治癒しながら立ちあがっていた。
「リジェネ・オーガか。なんていう不運。我らの手には負えないかもな」
バッグズは険しい顔で言った。
リジェネ・オーガ。
それは地中から魔力が溢れたり、空気の流れがなく魔力が沈殿する領域、通称『魔力溜まり』と呼ばれる場を生息域とするオーガに稀に見られる突然変異種だ。
≪再生≫は、世にも珍しい回復属性式魔術のなかでも、特に難しい″四式魔術″だ。
人間では世界を見渡しても、数えるほどしか使い手はいない。
そんな魔術を、なんの間違いか、魔力溜まりの近くに住んでいるという理由だけで、肉体に身につけてしまった魔物がこのリジェネ・オーガである。
「リジェネ・オーガとなると、我らオーガ級というより、もはやひとつ上の等級、ポルタ級の領分になる……一体ならまだしも、この量は……」
「ぐっ、リットンさん!」
アンガスは叫ぶ。
御者台に隠れていたリットンは、怯えきった様子でうなずいて、サムスの方を見た。
「ガーディアンの力を借りたいのですが……その、えっと……」
リットンは泣きそうな顔でサムスを見つめる。
「わふゥ!」
「安くないからな」
サムスは、ルゥをリットンに預けると歩き出した。
(さて、オーガなんか戦った記憶がないが……)
サムスは内心の不安など1ミリも表情にださずに、堂々と、かつ静粛なるガーディアンの威厳を忘れずに刀を抜き放った。
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