70 / 130
港湾都市6
しおりを挟む半透明かつ、ブニャットした触感。
三角頭には、粘膜におおわれた八つの目玉があり、あわく紺青に発光する血管模様には、絶え間なく、水属性魔力が駆け巡る。
海面からのぞいている高さだけで、実に20メートルもの高さに達する頭部と、その下部から伸びる、8本の肉厚の触手は伝説に語られる古代の海王クラーケンのものに酷似している。
「野郎どもォォォ! 砲撃用意ぃぃいい!」
船長の号令により、船乗りたちは甲板を駆け、側部に備え付けられた台座に大砲の砲身をさしこんで固定していく。
甲板下部の船室にもズラッと同型の大砲があり、それらは車輪付きの台座で動かされ、船の側方向の窓から砲身をつきだしていく。
右方左方、合わせて32門。
船乗り総出で、真っ黒な砲弾を発射口より詰める。
あとは船長の合図ひとつで撃てるよう今か今かと、その瞬間を待つだけだ。
「ついに出やがったな、今度こそぶっ殺してやらぁああ!」
オージは正面に現れたクラーケンに対して、NEW CONTINENT号を取り舵一杯、船左方の砲門を一気に正面に向けさせた。
アルバートは高波にさらわれて海に落ちそうになるバンダナ船乗りをキャッチして、さりげなく命を救いながら小脇にかかえ、近くの命綱を握る。
そのまま、舵を取るオージのほうを見て──うなづいた。
撃っていいぞ。
「撃てええええいッ!」
「「「「「撃てえ!」」」」」
船長の合図を砲手たちが復唱しながらいっきに火薬が点火され、重厚な爆裂音が響き渡る。
嵐を突き破り、波に穴を開けて、雨を弾きながら、砲弾のほとんどは海に消える。
だが、放たれた砲弾のうち、数発がクラーケンへ見事に命中した。
アルバートは波と風にさらされながら、目を細くして、嵐の中で攻撃の効果を観察する。
砲弾の黒煙が晴れる。
クラーケンは──まるでダメージを負ってないようだった。
「め、命中したのに……っ!」
「バケモノだ…!」
「野郎ども! ぼさっとしてんじゃねぇぇぇえ! 一回でダメなら死ぬまで撃ちこみゃいいんだよォオオオオ! 第二射用意ぃぃイイ──」
クラーケンを中心に巨大な渦が巻きだし、その外周をNEW CONTINENT号は引き込まれるように回りながら、渦中心へと砲撃を繰りかえす。
嵐はどんどん激しくなり、雷はマストを焼き、バケモノとの距離が刻一刻と近づいていく。
「良い怪物だ。これはもはやディザスターと相違ない脅威と言える」
「あわわわわ……っ、アルバートしゃまぁ、ぁ……!」
「落ち着け。まだまだ。こんな物では想定以下だ」
「は、はひぃ!?」
アルバートは手でしっかりと掴んでいた綱をパッと離す。
そして、足で床に押さえつけて固定していた銀の鞄をつま先ですくいあげて手にとる。
「行くぞ」
「え……?」
手すりを乗り越える。
当然、その先は荒れ狂う海だ。
小脇に抱えていたバンダナの船乗りは「うぎゃぁあああああ!?」と奇声をあげて、涙目でアルバートの服をぎゅっと掴む。
「なんで私もなんですかぁぁあ?!」
「お前は目の届くところにいないと簡単に死にそうだからな」
アルバートは雑なバンダナの変装をひっぺはがし、情けない顔して、叱られるのを怖がる子供の顔をするティナの頭をぺちぺち叩く。
そうしている間にも荒れ狂う海面がすぐそこに迫る。
あわや海面に衝突する。
というところで、ぴょこんっと2メートルほどの大きなサメが頭をだした。
サメは器用に頭を動かして、アルバートの足元で良い感じの足場になった。
水場のオトモ、ドン・シャークである。
あらかじめNEW CONTINENT号の近くに付けていたのだ。
その数は30匹ほど。
彼らは群れとなって、金槌なアルバートの足場となれるように、近くをすいすい泳ぐ。
どんなに過酷な波だろうとドン・シャークたちには、人にとっての「ちょっと風が強いかな?」くらいの日となんら変わらない。
ゆえに、足場の安定感は抜群だ。
「アルバートしゃまぁ……」
「説教は後だ。捕まってろ」
「…はひい」
神秘の力で渦を発生させ、中心で船を砕かんと待ち受けるクラーケンのもとへ、アルバートは一足早く突撃を敢行した。
「作ったはいいが、使い所がイマイチ定まってなかったやつがいるんだ」
アルバートはサメ上から銀の鞄を空高く放り投げた。
ロックの外れた鞄は勝手に開く。
「プロトタナトス」
銀の鞄から巨大な何かが飛びだす。
ソレは荒れに荒れる海により一層巨大な波を出現させ、船も怪物も魔術師も、みなに高波をぶつけて降臨した。
アルバートは落ちてきた鞄をサメに拾わせ、手元に戻し、せまってくる高波を腕を振ってぶった斬りながら、その先の威容を見上げる。
海面に腰まで浸かっていてもなお、クラーケンに匹敵するだけの上背を誇る巨人。
肉体は枝の触手によるツギハギだらけで、なんとか構築されて、カタチを保っているのがわかる。
その心臓部には暗い嵐の中でなお、真っ赤に輝く生体魔力炉が、莫大な熱を循環させ、巨体を動かすためのエネルギーを、魔力反応で生み出し続けている。
巨人の出現に船上から歓声が聞こえる。
クラーケンからは太い触手が伸び、あっという間にプロトタナトスを捕縛してしまう。
「あ、あ、アルバートしゃまぁあああ?! なんですかぁ、アレェエェエ?!」
「ハッ、拘束だと? タナトスを? くだらん、見せつけてやれ」
アルバートは軽薄に笑い、手を前へビシッと突きだす。
生体魔力炉からエネルギーが汲み上げられ、瞳に収束していく。
瞬間、遥か天井、嵐を背負うタナトスの瞳が光った。
一瞬の発光だ。
それは絶大な熱量の膨張だった。
視界が白色に包まれ、チカチカと点滅したかと思うと、今度は肌に熱を感じていた。
豪雨の中、冷え切った身体が、いつのまにか熱くなっていたのだ。
ティナは「目がぁあ、目がぁあ!」と両目をこすりながら、なんとか目を開く。
「あ……」
彼女は気がつく。
雨が止んでいることに。
サウナの中にいるのかと錯覚するくらい、あたりが蒸していて、熱い水蒸気が立ち込めていることに。
「やりすぎたか」
自分を抱える主人はどこか気まずそうな顔をして、目元を手で覆っている。
いまだ揺れる波の先。
風に吹かれ晴れていく水蒸気。
先程クラーケンがいた場所を見やれば、その意味はわかった。
クラーケンは20m級の三角頭を、まるっと焼き飛ばされ、海に沈んでいっていたのだ。
プロトタナトスの光線で即死したらしい。
「遺体だけでも回収するぞ」
「……は、はぁ、ぃ?」
アルバートは船上から見下ろしてくる船員達に「サルベージ作業開始!」と大声で叫んだ。
0
お気に入りに追加
80
あなたにおすすめの小説
レベルが上がらずパーティから捨てられましたが、実は成長曲線が「勇者」でした
桐山じゃろ
ファンタジー
同い年の幼馴染で作ったパーティの中で、ラウトだけがレベル10から上がらなくなってしまった。パーティリーダーのセルパンはラウトに頼り切っている現状に気づかないまま、レベルが低いという理由だけでラウトをパーティから追放する。しかしその後、仲間のひとりはラウトについてきてくれたし、弱い魔物を倒しただけでレベルが上がり始めた。やがてラウトは精霊に寵愛されし最強の勇者となる。一方でラウトを捨てた元仲間たちは自業自得によるざまぁに遭ったりします。※小説家になろう、カクヨムにも同じものを公開しています。
【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する
雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。
その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。
代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。
それを見た柊茜は
「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」
【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。
追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん…....
主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
【完結】6歳の王子は無自覚に兄を断罪する
土広真丘
ファンタジー
ノーザッツ王国の末の王子アーサーにはある悩みがあった。
異母兄のゴードン王子が婚約者にひどい対応をしているのだ。
その婚約者は、アーサーにも優しいマリーお姉様だった。
心を痛めながら、アーサーは「作文」を書く。
※全2話。R15は念のため。ふんわりした世界観です。
前半はひらがなばかりで、読みにくいかもしれません。
主人公の年齢的に恋愛ではないかなと思ってファンタジーにしました。
小説家になろうに投稿したものを加筆修正しました。
はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~
緋色優希
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。
ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い
平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。
ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。
かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。
【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?
つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。
平民の我が家でいいのですか?
疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。
義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。
学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。
必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。
勉強嫌いの義妹。
この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。
両親に駄々をこねているようです。
私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。
しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。
なろう、カクヨム、にも公開中。
晴れて国外追放にされたので魅了を解除してあげてから出て行きました [完]
ラララキヲ
ファンタジー
卒業式にて婚約者の王子に婚約破棄され義妹を殺そうとしたとして国外追放にされた公爵令嬢のリネットは一人残された国境にて微笑む。
「さようなら、私が産まれた国。
私を自由にしてくれたお礼に『魅了』が今後この国には効かないようにしてあげるね」
リネットが居なくなった国でリネットを追い出した者たちは国王の前に頭を垂れる──
◇婚約破棄の“後”の話です。
◇転生チート。
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇なろうにも上げてます。
◇人によっては最後「胸糞」らしいです。ごめんね;^^
◇なので感想欄閉じます(笑)
大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います
騙道みりあ
ファンタジー
魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。
その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。
仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。
なので、全員殺すことにした。
1話完結ですが、続編も考えています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる