上 下
53 / 130

ジェノン商会篭絡編3

しおりを挟む
 ジェノン商会の建物前から移動して、アダン一行は段層のはしっこに来ていた。この第一段目からは数百メートル眼下にジャヴォーダンの0段層の街を眺められる。
 アルバートは柵に寄りかかって、風に仰がれながら不機嫌に言葉をこぼした。

「あれはダメだな」
「すこしは我慢しないといけないのかな、とかティナは思いますよ」

 助手メイドはびくびくして、となりで黙している灰髪の少女ユウに「ねっ、そうですよね?」と同意をもとめる。

「私は、そういうの、わからない」
「ユウちゃん、いま正さないとアルバート様が誤った成長をしてしまいますよ」
「でも」
「ただでさえ何か危ない方向に向かってるんですから……っ」

「なんの心配してるんだ、お前は」

 アルバートはティナの頭をこづく。

「己を通してこそ、誇りある貴族だ」
「そうですかねぇ……」
「俺はそう信じてる。単に押さえられるのも好きじゃないし」

 ティナは「貴族ってそういうものじゃないの?」と思わなくもなかったが、口に出したら反論されて、けちょんけちょんにされそうだったのでやめておいた。

 代わりにこそっと我らが執事長に「アルバート様って頑固ですよね?」と、不満げな顔で同意を求める。
 アーサーは穏やかにニコリと微笑み「それもまた美徳です」と述べるだけだ。

「とにかくだ。あの会長じゃ話にならない」
「でも、アルバート様はジェノン商会と仲良くならないといけないって……」
「ジェノン商会は手に入れる。だが、マクド・ジェノンが会長であるかぎり、アダンはこの商会と商談をすることすらままならない」
「それは、アルバート様がジジイ発言したからでは?」
「弱腰になるな。最後には、必ず俺が勝つ」

 アルバートは馬車の車輪のうえに緩く腰掛ける。
 なにか考えはあるのだろうか。
 ティナは不安になりながらも、アルバートの顔つきに頼りがいを感じてしまう。
 完全に主人に毒されてしまったようだった。

「マスター、さっきの」
「ん? ああ、あのメイドか。何かしようとしてたな。何しようとしてたんだ?」
「見えなかったけど、たぶんガラスの針を持ってたと思う」
「暗具か。どこまでも下品なジジイだ。父さんの件をいつまで引きずってるのか」

 アルバートはため息をつき、加えて「よく気づいたな」といって、珍しいことに真顔でユウのことを見つめた。

「普段は睨んでくるのに」

 ユウはすこしは恨みを許してもらえたものと判断した。
 そして、頑張って仕えていれば、いつかは辛辣なパワハラから解放され、良い待遇を受けられると希望を抱いた。

「リン、お姉ちゃんは、頑張る」
「今更、当たり前のこと言ってると殺すぞ。お前らは全霊を賭しておくアダンにつかえることではじめて生存権を得ていることを忘れるな」
「……道のりは長し」
「ユウちゃんにそんな強く当たらないでください!」

 眉尻をさげて消沈するユウを、ティナは手を横にひらいてアルバートから庇う。

「ふん」

 アルバートは怒りの矛をおさめて、一旦メンバーを解散させ、使用人たちにも休憩を取るようにうながした。

 用事がないとアダンの敷地から離れる機会がすくない執事や、メイドらは、主人の気まぐれに喜んで街へくりだした。

 一方、当のアルバートはジェノン商会囲うために、事前に頭に入れていた情報を整理しようと、アーサーだけを連れて食事処へ足を運んだ。

 お金は節約するために貴族御用達の高級料亭ではない。

 金持ち商人たちがギリギリ使いそうな雰囲気の良い店をチョイスした。

 貴族は世間体も大切なので、あんまりケチっているとそれだけで甘く見られるのだ。

 運ばれた料理に手をつけていると、最近よく喋ってくれるアーサーの方から口を開いた。

「この老骨では食事の供回りは不足でしょうに」
「別に誰でも構わない」
「ティナやユウのほうが色があったのでは」
「どうだろうな。奴らは貴族じゃない」
「美しさに貴賎はないものです」
「色狂いになろうとは思わんがな」
「それはまだ坊っちゃんがお若いからです。時がくれば老骨との食事など我慢にしかなりませぬ」
「そういうものか」
「そういうものです。ですので、わたくしめには気を使わぬようお願いいたします」
「……ふむ。とはいえ、あんまり贔屓すると、ティナが他のメイドにいじめられる」
「では、ユウは?」
「あの暗殺者に関しては、わざと双子を引き離してるからな。たまには一緒にさせてストレスを抜くのが肝要だ。爆発されては困る」
「織り込み済みでございましたか。これは愚純な提案をしてしまいました」
「構わん。ところで、この店のハニーソースステーキなる食べ物が気になっていてだな──」

 アルバートは、2品目に取り掛かるべく美味しそうな挿絵のついたメニューを指さした。

 と、その時、ことだ。

「マーーリーーンーー! 僕は、僕はなッ! 君のことを、こーーんなに愛してるんだぁあーー!」

 騒々しい声が聞こえて来た。
 
 めちゃうるせえ。

 アルバートは眉根をひそめながら、突然カウンター席から聞こえてきた大声に、びっくりしてふりかえってしまう。

 視線を向ければ、真昼間だと言うのに、空のジョッキを振りまわす青年が、突っ伏して騒いでいるではないか。
 アルバートはそれだけ認識すると、すぐに興味を失って、おいしい昼食のために思考を割きはじめた。

「ん?」

 しかし、ある事が気になってもう一度、向こうのカウンターで騒いでいる青年を見ることになった。

 アルバートには彼の顔に見覚えがあった。

「最近見たな……でも、どこで?」

 しばし彼の顔を観察して、青年が誰なのか思い出した。

「あいつ、メイソン……メイソン・ジェノンだ」
「マクド殿の御子息でありますか。荒れているご様子ですが」
「だな。だが、それがいい。……そうかそうか、良いぞ。運が向いてきたじゃないか」

 まだ道筋は見えない。
 しかし、アルバートには彼こそがジェノンを手中に収めるために今必要な渡船なのだと、直感で感じとっていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

レベルが上がらずパーティから捨てられましたが、実は成長曲線が「勇者」でした

桐山じゃろ
ファンタジー
同い年の幼馴染で作ったパーティの中で、ラウトだけがレベル10から上がらなくなってしまった。パーティリーダーのセルパンはラウトに頼り切っている現状に気づかないまま、レベルが低いという理由だけでラウトをパーティから追放する。しかしその後、仲間のひとりはラウトについてきてくれたし、弱い魔物を倒しただけでレベルが上がり始めた。やがてラウトは精霊に寵愛されし最強の勇者となる。一方でラウトを捨てた元仲間たちは自業自得によるざまぁに遭ったりします。※小説家になろう、カクヨムにも同じものを公開しています。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

【完結】6歳の王子は無自覚に兄を断罪する

土広真丘
ファンタジー
ノーザッツ王国の末の王子アーサーにはある悩みがあった。 異母兄のゴードン王子が婚約者にひどい対応をしているのだ。 その婚約者は、アーサーにも優しいマリーお姉様だった。 心を痛めながら、アーサーは「作文」を書く。 ※全2話。R15は念のため。ふんわりした世界観です。 前半はひらがなばかりで、読みにくいかもしれません。 主人公の年齢的に恋愛ではないかなと思ってファンタジーにしました。 小説家になろうに投稿したものを加筆修正しました。

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います

騙道みりあ
ファンタジー
 魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。  その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。  仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。  なので、全員殺すことにした。  1話完結ですが、続編も考えています。

転生者は力を隠して荷役をしていたが、勇者パーティーに裏切られて生贄にされる。

克全
ファンタジー
第6回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作 「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門日間ランキング51位 2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門週間ランキング52位

処理中です...