上 下
19 / 130

混合禁止

しおりを挟む

 なかなか泣き止まないティナをメイド長にあずけ、アルバートは書庫から地下魔術工房を見下ろした。

 魔術工房の床のうえには、まっくろい液体溜まりがあり、その真ん中に先ほど強化魔術で蹴り殺した『ソレ』はいた。
 
「アルバート様、お怪我はございませんか」
「平気だ、アーサー。それより、アイリス様とサアナ様のことを頼む」
「かしこまりました」

 主人の言葉の意味をすぐに汲み取ったアーサー。
 彼はくるりときびすを返すと、書庫の入り口で止められて不満そうにしているアイリスと、目をつりあげて怒ってるサアナをなだめにいった。

 アイリスはアルバートが危険に接触した場に駆け付けられないことに、サアナはサウザンドラ家の令嬢がアダン家の使用人に止められてる事に、納得いっていないらしい。

「さてと、これでコイツが何なのか調べようか」

 アルバートは魔術工房へぴょんっと飛び降りると、散らかった部屋の棚からピンセットとガラス瓶をとりだす。

 サンプルを回収して、さっそく魔導具を試薬をつかった分析にかけてみることにした。

 ──夜

 アルバートはろうそくの明かりだけが頼りの魔術工房で、例の生物について調査を進めていた。

「ティナの証言と現場の状況から考えるに、コケコッコなのは間違いない。ただ、細胞の劣化が激しいのと、今まで観察されなかった個体である事実は無視できない」

 コケコッコハウスの彼らが、召喚後も醜い変貌をとげていないことを考えるに、今回のアレには誕生のプロセスにおいて、ノーマルとは致命的な違いがあったはずだ。

 ティナはコケコッコの『元』がまざりあって、例の生物が生まれたと言っていた。

 アルバートはアナザーウィンドウを開いて、魔力が十分に残っている事を確認する。

「魔術の探究と洒落込もうか」

 エドガーの怪書を召喚して、ひらけた床にコケコッコ2体を召喚する。

 コケコッコは魔力消費がバカにならない高級モンスターなので、できればこのような使い方はしたくなかった。

 が、真実のためには仕方ない。

 ──しばらく後

 コケコッコ2体の『元』が床の隙間からあふれだすように出てきた。

 アルバートは箒をつかって、片方の黒赤液をもう片方と合流させてしまう。

「ゴゲェエエ!」
「でたな。となると『元』の掛け合わせをするとバケモノが生まれるという一連のプロセスは偶然じゃなかったのか」

 アルバートは勢いよく飛びかかってくるソレを避けて、怪書をかたてにさらなる実験をこころみる。や

「お前もいわゆるモンスターなのだろう? ならば俺の観察記録できるのか? 使役することは可能なのか? ──すべて教えてもらうぞ」

 アルバートは凶悪な笑みをうかべる。
 真夜中のアクティブ実験がはじまった。

 ──翌朝

 ティナは気合いを入れ直して書庫の扉をあけた。

 昨日は取り乱してしまってあれっきりテントで寝込んでしまっていた。

 だが、アダン家が危機に瀕しているさなか、重役をつとめるティナがいつまでも休んでいるわけにはいかなかった。

「アルバート様、ティナです、ただいま戻りました──ぐえぇ?!」

 意気込んで魔術工房を見下ろすと、喉奥から変な声がでてしまった。

「ティナか。体調はもういいのか?」
「ぇ、えぇ…一応は…」
「そうか。なら、さっそくで悪いが部屋を掃除してくれ」

 アルバートは黒い液体でベチャベチャに汚れた魔術工房を見渡していった。

「あの……何したんですか?」
「実験だ。魔術師だからな。深淵に至るためには何代にも継承して研究と学問を繋げなければならないのだよ、ティナ君」
「いえ、そういう話をしてるんじゃなくてですね……もしかして、アレを召喚したんですか?」
「安心しろ、もう生命活動は停止してる」
「そういう問題じゃないですってば!」

 アルバートは「そうか?」といいながら、黒い液体で汚れきったタオルで、顔をぬぐっていた。

「とりあえずは体を洗いたいところだ」
「うっ……はやく入ってきてください…」

 ティナはしかめっ面で鼻をおさえて言った。

 ──しばらく後

 使用人達によって魔術工房がモップがけされるなか、アルバートはホカホカした蒸気をはっしながら手記に視線を落としていた。

「あのバケモノについていくつかわかった事がある」

 アルバートの発表を聞くのは、助手であるティナの役目だ。

「まずひとつ目、あれは怪書に観察記録することはできない」
「なんと。アルバート様のすごい刻印でも対応できないモンスターがいるんですか」
「アダンに不可能はないが、なにも万能というわけじゃない。思うにあれはモンスターではない……いや、もっと言えば生きてると呼んでもよいか怪しい段階の出来損ないの生命だ」

 アルバートは昨晩の格闘のことを思いだす。

 頑張って触ろうとしてみたが、接触をこころみるだけで指先に痛みがはしって、拒絶反応がでていた。

「あの黒液本体に触れると、全生命にとってよくない影響をあたえる気がする」

 アルバートは「ゆえに怪書への登録は不可能だった」と締めくくった。

「使役も不可能だ。単に俺の従来スタイルの使役がよわいだけかもしれないが、現状はとりあえず不可だ」
「そうでしたか。でも、よかったです。あんな怖いモンスターを仲間にされたらどうしようと思っちゃいますから」
「ああ、それともうひとつ。もし俺が使役術でやつをテイムできたとしても、おそらく仲間にはなれない」
「どうしてですか?」
「死ぬからだ」

 アルバートは壁際のキャビネットのなかを開けてみせる。

 ティナは顔をしかめて息をとめた。

 キャビネットのなかには、ぐちゃぐちゃになった何らかの生物の遺体がしまわれていた。

「捕獲を試みたんだが、今朝、お亡くなりになられたわけだ。おそらく、不完全な生命の末路なんだろう。使役モンスターとしての使用には到底耐えられないだろうな」

 アルバートはそういって「こいつも片付けておいてくれ」と、ティナの背筋が凍るような指示を出して階段をのぼった。

「昨晩の実験結果は、混ぜるなキケン、か。アレには用途を感じるが……。なにか接合剤のようなものがあればあるいは……」

 アルバートは頬杖をついて深く思案しながら、アイリスたちとの朝食の席へとむかった。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

レベルが上がらずパーティから捨てられましたが、実は成長曲線が「勇者」でした

桐山じゃろ
ファンタジー
同い年の幼馴染で作ったパーティの中で、ラウトだけがレベル10から上がらなくなってしまった。パーティリーダーのセルパンはラウトに頼り切っている現状に気づかないまま、レベルが低いという理由だけでラウトをパーティから追放する。しかしその後、仲間のひとりはラウトについてきてくれたし、弱い魔物を倒しただけでレベルが上がり始めた。やがてラウトは精霊に寵愛されし最強の勇者となる。一方でラウトを捨てた元仲間たちは自業自得によるざまぁに遭ったりします。※小説家になろう、カクヨムにも同じものを公開しています。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

【完結】6歳の王子は無自覚に兄を断罪する

土広真丘
ファンタジー
ノーザッツ王国の末の王子アーサーにはある悩みがあった。 異母兄のゴードン王子が婚約者にひどい対応をしているのだ。 その婚約者は、アーサーにも優しいマリーお姉様だった。 心を痛めながら、アーサーは「作文」を書く。 ※全2話。R15は念のため。ふんわりした世界観です。 前半はひらがなばかりで、読みにくいかもしれません。 主人公の年齢的に恋愛ではないかなと思ってファンタジーにしました。 小説家になろうに投稿したものを加筆修正しました。

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

転生者は力を隠して荷役をしていたが、勇者パーティーに裏切られて生贄にされる。

克全
ファンタジー
第6回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作 「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門日間ランキング51位 2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門週間ランキング52位

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

幼馴染み達がハーレム勇者に行ったが別にどうでもいい

みっちゃん
ファンタジー
アイ「恥ずかしいから家の外では話しかけて来ないで」 サユリ「貴方と話していると、誤解されるからもう2度と近寄らないで」 メグミ「家族とか気持ち悪、あんたとは赤の他人だから、それじゃ」 義理の妹で同い年のアイ 幼馴染みのサユリ 義理の姉のメグミ 彼女達とは仲が良く、小さい頃はよく一緒遊んでいた仲だった… しかし カイト「皆んなおはよう」 勇者でありイケメンでもあるカイトと出会ってから、彼女達は変わってしまった 家でも必要最低限しか話さなくなったアイ 近くにいることさえ拒絶するサユリ 最初から知らなかった事にするメグミ そんな生活のを続けるのが この世界の主人公 エイト そんな生活をしていれば、普通なら心を病むものだが、彼は違った…何故なら ミュウ「おはよう、エイト」 アリアン「おっす!エイト!」 シルフィ「おはようございます、エイト様」 エイト「おはよう、ミュウ、アリアン、シルフィ」 カイトの幼馴染みでカイトが密かに想いを寄せている彼女達と付き合っているからだ 彼女達にカイトについて言っても ミュウ「カイト君?ただ小さい頃から知ってるだけだよ?」 アリアン「ただの知り合い」 シルフィ「お嬢様のストーカー」 エイト「酷い言われ様だな…」 彼女達はカイトの事をなんとも思っていなかった カイト「僕の彼女達を奪いやがって」

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

処理中です...