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たまご計画

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 やれやれ、うちのトレントは少し茶目っ気があるようだ。

「モンスターの系統によってクオリティに差異があるのか?」

 となると怪書による植物系モンスターの召喚は、100%のポテンシャルを秘めた個体ではないのかもしれない。

「メシメシ、ミシミシ」
「お前らちょっとなぁ……」

 モンスター使役術といっても、その種類と分野は多岐にわたる。

 アダン家が得意とするのは、エドガーの時代より『獣系モンスター』と相場がきまっている。

 その観点からすれば、ファングやブラッドファング、コケコッコなどの個体が完全なるフルポテンシャル個体でだせるのは納得だ。

 アルバートは新たな発見を手記に書きとめる。

 背後でいつ声をかけようか待っている少女には気がつく気配がない。

「さすがはアルバート。やはり、モンスターたちを自在に使役できるのですか」

 ついに少女は話しかけた。

 普段は硬いその声が、やけにキャピキャピして聞こえてきた。

 あわてて振り返るとアイリスが、晴れやかな笑顔でたっていた。

 相変わらず足音がしない。
 彼女の体質によることなのでもう気になりはしないが、本当に不思議なものだ。

「しかもこれだけのトレントを操るなんて。すごいです、アルバート。これならばサウザンドラ家もアダン家の評価を変えること間違いなし、ですね」
「……それについてはノーコメントです。あと勝手に敷地内を歩かれてはこまります。これはアダン家の防衛に関する重大な機密なんですから」
「ん。言われてみればそうですね。でも、安心してください。わたしはアルバートと絆を結んだ婚約者。裏切るようなことはしませんよ」

 アイリスは宝石のごとき蒼瞳でやさしげに語りかけてくる。

 だまされてはだめだ、アルバート。
 アイリスが好意を向けてくるときは、決まって俺をろうらくさせようと企んでいる時。
 ここで乗せられては、俺の【観察記録Ⅱ】のすべてを聞き出されてしまいかねない。

 幸いにも、魔術の起点が怪書であること、そして怪書をもちいて怪物召喚をおこなっているところは見られてはいない。

 召喚は全部魔術工房内でおこなうようにしていて正解だった。

「さて、それじゃ僕はまだ仕事がありますので、これで失礼いたします」

 一礼して歩き去ろうとすると、アイリスは凛々しい笑顔を向けてくる。
 さすがは騎士家系の主人。
 凛とした澄まし顔がよく似合う。

 と、そんな感想を抱いてる場合じゃない。

「とりあえず、木でも切るか……ん?」

 オノを手にアルバート得意の筋肉系DIYを始めようする。と、彼は気がついた。

 アイリスがついて来てることに。

「なんでついてくるんですか…?」
「アルバートがなにを始めるのかと思って」
「仕事です」
「仕事とは?」
「……小屋を建てるんです」
「小屋ですか。なにに使うんです?」
「いろいろです」
「はぐらかすのは禁止ですよ、アルバート」
「はぐらかしてません」
「仕方ないですね。質問形式にしましょう。それは住居ですか?」

 だめだ。
 アイリスの追求をかわせそうにない。

 彼女がこのように粘り始めたら自分ではどうにもならない事を経験上知っている。

「……はぁ。人間の住処ではないです」
「では、モンスターの住処ですか」
「そのとおり。圧倒的に非力でストレスをためこんでいるだろうコケコッコ専用の小屋というわけです」
「コケコッコ? たしか『銀の卵』を生む貴重な子でしたね」
「さすがはアイリス様。よくご存知で」
「ふふ、アルバートに教えてもらったのですよ」

 そうだったかな。

「とまあ、恥ずかしながら当家には財政的な余裕がありませんので、自分の手でつくろうと思いまして、コレ、というわけです」

 アルバートはオノを持ち上げてみせた。

 彼女に離れる様子がない。
 ならばこのまま始めようか。

 アルバートはため息をついて、ちょっと良いところみせとこう、と存外にやる気をだす。

 身体強化魔術をつかって、全力でオノをふりぬいた。

 オノは一撃で木の腹にふかく食い込んだ。
 腹の底に響く良い音が、空へこだまする。

「アルバートはモンスター達にとって、とても良いマスターですね」
「? なんですか、いきなり」
「このアイリス・ラナ・サウザンドラが力を貸してあげましょう、と言っているんです」
「……言ってましたかねぇ…」

 アイリスは腕をまくしあげて、金色の髪をかきあげて素朴な紐で結んだ。

 動きやすい姿になると、アルバートからオノを受け取り、蒼い瞳をすこし赤みがかった色にかえて思いきり木をたたいた。

 アルバートの時とは比べ物にならない轟音が響きわたる。
 一撃で断ち切られた幹が、粉砕された切断面をさらして地面にころがった。

 あぜんとするアルバート。恐。

「それじゃ、どんどん倒していきましょう」

 アイリスは彼の表情に、自分が役に立てていると確信して、嬉しそうにオノをかつぎなおした。

「ちょ、ちょっとお待ちください」

 これからはじまるだろう血の誇示をとめさせ、アルバートはブラッドファング2体をこの場へ召集した。
 瓦礫の撤去作業をしてた個体たちだ。

 赤い鱗の巨獣が、ボディガードのようにアルバートのかたわらに並ぶ。
 そして、「見せてやれ」と主人の一声をうけて、彼らは木を伐採しはじめた。

 モンスターの膂力をうまくつかって、彼らは木を根本からたおしていく。

「木の伐採までさせられるのですか。これは使役術の練度もそうとう高いわけですね」
「アダンに不可能はありません。ふん」
「あ、でも、わたしの仕事を奪うのは看過できませんね」

 アイリスは鬼のようにオノを振りまわしはじめた。
 まけじとブラッドファングたちも木を破壊し続けた。

 ──この後、3匹の猛獣による壊滅的な森林伐採により、アダン家のまわりの森が風通しがよくなりすぎたのは語るべくもない。

「やりすぎた……」

 アルバートは頭をおさえる。

 これは、はやめにトレント達の数をそろえて、森の密度をあげなくてはな…。

 全部丸見えじゃないか。

「──っと。こんなところでコケコッコ小屋は完成でいいでしょう」

 2人の共同作業により、モンスターハウスの隣には、ワイルドな丸太小屋がたっていた。
 木材をふんだんに使っているため、自然とサイズも大きくなっている。

 ここでコケコッコたちには安心して繁殖してもらう。

 彼らは特別なモンスターだ。
 なぜなら『銀の卵』という、別の価値を生産しつづけられる貴重なモンスターだから。

 召喚する事もできるが、自然に数が増えて、自然と卵を産んでもらって──と、継続した収入源を構築するのは大切である。

 【観察記録Ⅱ】は金儲けだけではなく、研究対象としても非常に興味深いものだ。

 金に余裕ができれば、この魔術の真髄をよりふかく掘り下げることもできるだろう。

「いずれは、魔術工房の拡張も必用だろうしな……やれやれ」

 疲労満載につぶやきながら、アルバートはコケコッコたちを小屋のなかへお招きして、『勝手にお金のなる小屋』の完成を進めていった。
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