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謎のスーパーファング

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 サウザンドラ家は力のある魔術家だ。

 自分の領地だって持っている。
 ゆえに、屋敷をぬけだしてきたアイリスと、従者サアナのふたりが、サウザンドラの目から完全に逃れるのは容易ではなかった。

 とはいえ、ピリピリして都市と街をぬける逃亡生活もおわりを迎えようとしている。

 なぜならば、ふたりはサウザンドラの領地から、はるか遠い土地まで逃げてこれたからだ。

 もうすぐジャヴォーダンに到着する。
 
「アイリス様、ほんとうにアルバート・アダンに会われるのですか?」
「もちろん。そのためにここまで来たのですよ」

 サアナは困っていた。
 主人の勢いにおされてついてきてしまったが、はっきり言うと彼女はこの家出にとことん否定的であった。

「アダン家の継承の儀から1週間が経ちました。アーケストレス魔術王国内であの家の悲劇を知らないものはいないです」
「だから、どうしたと。なにが言いたいんですか、サアナ」
「アダン家に未来はありません。サウザンドラ家の令嬢としてあの家といっしょになることは……その、本当にむずかしい事だと思うんです」
「ここにいるのはサウザンドラ家の令嬢ではありません。ただのアイリスです。わたしはかねてより、自分の運命が家の都合で決まってしまうことに疑問を抱いてました。これは魔術世界への抗議でもあるのですよ」
「うーむ、それでは、アダン家がサウザンドラをうらんでいるとしたら?」
「……」
「婚約をむすんで喜んでいたのは、なにもアイリス様だけじゃなかったはずです。約束を破棄されて不満があったのはアダン家もおなじはずです」
「アルバートは知略に富み、計略に優れた魔術師です。彼ならばサウザンドラ家との既成事実を喜びますよ…たぶん」

 アイリスはすこし自信なく言う。

 アルバートは家のために、自分と結ばれる選択肢をとるだろうか。
 それとも、憎しみの感情のほうがまさっていて自分に復讐をしようとするだろうか。

 彼女には、わからなかった。
 
 そうこうして、すくなからずの不安を抱えたまま、ふたりはジャヴォーダンへ到着した。

 通りを歩いていく。
 すると、活気のある青年がおおきな声で闘技場でのブロンズ冒険者 対 ファングの興業をチラシとして配っていた。

「ジャヴォーダンの闘技場はまだ運営してるんですね」

 サアナは含みを持たせた声でいう。

「アダンがモンスターを供給してるおかげでしょう」

 アイリスは淡々と答える。
 
 サアナは好意的な解釈をされて、口をへの字にまげた。

 ふたりはその後、街で聞きこみをしてみることにした。
 
 彼女たちは貴族たる魔術師だが、戦いを経験するために冒険者ライセンスは以前から取得していた。

 そのため、下から2番目の等級であるシルバーライセンスを首から見えるようにさげて、冒険者ギルドで話を聞くことにした。

「ジャヴォーダンでのニュースですかい。そりゃ今朝のニュースでいったら、アレしかないでしょうに」

 備品販売の店員は、そういって新聞をひとつ手渡してくれた。

 アイリスは紙面を見て、「スーパーファング?」と首をかしげた。

 ファングと言えば冒険者ギルドのブロンズ等級で駆られている有名なモンスターだ。

 しかし、スーパーファングという種については効いたことがない。

「なんですか、このスーパーファングって」
「ジャヴォーダンにゃ、歴史ある古い闘技場があるんだけどな、そこの持ち主がなんでもとんでもないファングを仕入れたんだってよ」
「とんでもないファングですか」
「そのファングってのが、あまりに見事なもんだからよ、午前中に開かれたオークションでは魔術家が大金はたいて買ったんだとさ」
「いくらくらいで売れたんですか?」
「なんとファング1匹で金貨8枚だって!」
「ファングで、ですか。確かにいささか値がつきすぎているように思えますね」

 アイリスはアダン家との親睦の深さから、モンスターの取引相場というものにくわしかった。

 金貨8枚がファングにつけられる値段として法外なのは、すぐにわかった。

 アイリスは不思議なこともあるものだ、とこの時は特に気にとめず、新聞を片手に通りへともどった。

 しかし、その後も町のいたるところで「スーパーファング」の噂の聞いた。

「コロ・セオ闘技場のスーパーファングは垂直の壁を登るらしいぞ!」
「ブロンズ冒険者じゃ相手にならねえってさ! シルバー帯でも楽な戦いじゃないらしいぜ!」

 だいたいが闘技場での試合観戦をおこなった者たちの、熱気あふれる余韻由来の声であった。

「エサが違うんだろうな」
「いいや、あれは特別な訓練を積んでるんに違いねえさ」
「そうそう、動きの質が違う」
「少なくとも1年……いや、使役術をもつ魔術家で2年はみっちり鍛えられないと、あそこまでの反応速度と、正確さは出せないさ」

 例の闘技場の博打打ちたちは、次からはファングに賭け金をゆだねることで意見をいっいっちさせた。

「そんなに凄いのでしょうか、スーパーファング」
「アイリス様、いけませんよ」

 興味を刺激されたアイリスは、馬上から通り過ぎていく男たちをみつめる。

 サアナは力なく首を横にふっていた。

「いいじゃないですか、アルバートはモンスターの専門家です。そんなに珍しいファングなら、面白い話の種になると思うんですよ」

 アイリスはそう言って、サアナに反論の余地をあたえず手綱をコロ・セオ闘技場へむけた。

 ──しばらく後

 アイリスたちはコロ・セオ闘技場での冒険者 対 ファングの試合を観戦しにきていた。

 冒険者として、戦いに優れる『血の一族』として、彼女がここへ来るのは必然だった。

「サアナはどちらに賭けますか?」
「アイリス様……低俗な賭けなど淑女のすることではありません」
「わたしは魔術師です。サアナだってそうなんですから、勝ち目を見極める眼力をきたえるのは大切なことですよ」

 アイリスはそういって、シルバー冒険者パーティ 対  ファング の対決──1.5 対 20.3のオッズを気にせず、ファングチケットを購入した。

 サアナはため息をついて、シルバー等級の冒険者が勝つほうに銀貨1枚を賭けた。

「ふふ、サアナは鉄板なのね」
「常識です。ファングがシルバー等級を倒せるわけありません」
「でも、スーパーファングなのよ?」
「またそんなこと言って。影響受けすぎです」

 サアナは呆れたようにため息をついた。

 すぐに闘技場に4人からなる冒険者パーティがあらわれる。
 向かい側からは4体のファングたちがあらわれた。

「おお、あいつら首輪つけてないのか?」
「それだけコントロールするのに自信があるんだろーな。あれ殺されたら高くつくぞ~」

 ファングのイレギュラーな様子に会場は、おおいにざわめいていた。

 すぐにバトルは始まった。

 打撃武器を中心にして、盾を構える冒険者たちは慣れた動きで陣形を組む、

「へへ、ファングごとき、クエスト前の肩鳴らしにつかってやるぜ!」

 意気込む冒険者たちは、むかってくるファングたちを総出でむかえうった。

 ──数分後

 前代未聞。
 同数バトルにて、謎のスーパーファングたちは、シルバー等級の冒険者たちを蹴散らして優雅に闘技場をあるきさっていった。

「なに、あのファングたち……」

 サアナは目を丸くしてチケットを床におとす。

「わあ、大金ゲットです」

 アイリスは金貨のつまった袋を受付譲から受け取って、まわりから注目されまくる。

 サアナは銀貨をうしなった悲しみにくれながら「行きますよ!」と、八つ当たり気味にアイリスをひきずって闘技場をあとにした。
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