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第三章 蒼い青年

ジークタリアス:焚き火番のホラ話

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 鎮痛な雰囲気がただよう食堂テントの隅。
 ライトたちはいつもより静かに、夕食をつつく冒険者たちを眺めていた。

 すべて、この日の昼過ぎに討伐戦線が対峙たいじした、予想を上回る『あかけもの』の群れが原因だ。

 ジークタリアスの冒険者たちは完全に心が折れてしまっていたのだ。変異種と思われていた、極めて強力な魔物がいきなり数十体に増えたのだから。

 加えて『氷結界ひょうけっかい魔術師まじゅつし』の死亡により、当初予定していた作戦は、完全に破綻してしまったことも大きい。

 もうジークタリアス冒険者ギルドには、『あかけもの』を討伐することは出来ないのだ。

「みな、よく聞いてくれたまえ」

 食堂テントの中央、冒険者たちが静かに夕食をつつく前で、ひとりの男が注目をあつめた。

 白髪のくたびれたオールバックに、灰色の瞳が男の苦労多き人生を邪推じゃすいさせる。

 ジークタリアス冒険者ギルドの最高責任者ーーギルド顧問こもんのザッツ・ライトだ。

「冒険者ギルドは、ドラゴン級冒険者のパスカル・プリンシパルの生存が絶望的だと判断した」

 ザッツは目元に影をつくり、気丈に振る舞いながらも、声に悔しさを隠さずにいた。

 それは、皆の気持ちの代弁であった。

「……崖下の世界は、まだ我々には早かったのだ。今、この時をもって冒険者ギルドは、緊急クエスト『赫の獣』の討伐を破棄する。みな、早急にジークタリアスへ帰還してくれ。現在、冒険者ギルドには諸君らをグレイグから守るためのそなえがない。ここにいるのは危険すぎる」

 ザッツはそう告げると、明日の昼には『崖の都市』へ、撤退をはじめることを告げた。

 冒険者たちは、みなが歯痒い思いをしていたが、仕方のない決断だと納得しており、ギルドの決定に異議を唱えられるものなどいるはずもなかった。

 
           ⌛︎⌛︎⌛︎


 その夜、マリーはなかなか寝付けなかった。

 理由は簡単。
 仕方がないとはいえ、最後にパスカルを見捨てる選択を選んだのは自分自身なのだと、彼女はよく理解していたからだ。

「はあ……なんで、こんな事になったんだろ……わたし、どうすれば良かったのかな……」

 悶々とした気分は晴れない。

 マリーは隣でぷるぷると震え、枕を抱きしめて眠るデイジーの頭をなでる。

(皆が恐怖に怯えてる。アインとオーウェンがチカラを合わせて、ようやく優位に立てる強さなんだもの。当然よね……)

 マリーはため息ひとつついて、ベッドから起きあがった。

 神殿関係者のために、特別に用意されたテントを出て、外で見張りをために焚き火をたいている冒険者たちのもとへむかう。

 簡易拠点の正門のすぐちかくに、炎の揺らめきはあった。

「っ、マリー様!」

 冒険者のひとりがマリーの接近にいちはやく気がついて、不安を浮かべていた顔を喜色満面に切り替える。

「こんばんは。みんな、お疲れ様」

 ネグリジェを着て、夜にさえ映える美しく流れる金髪をまとめてない、完全なオフの聖女の姿に焚き火の番をしていた冒険者たちは、心のなかで女神への感謝をのべる。

 マリーは、数人の冒険者が焚き火を囲むなか、ひときわ年若い冒険者たちを見つけ、彼らの隣に腰を下ろした。

 若い冒険者、青い髪の少年ーーライトは、頬を赤く染めながら「ここでいいんですか!?」と自分の隣を選んでくれた事にやや興奮気味だ。

「あなた達もいたのね。夜営の番をするなんて、とっても偉いわね」
「い、いや、そんな事ですよ! えへへ」
「ライト、聖女様の前だからって浮かれすぎよ」

 白フードをかぶった魔術師然とした少女ーーグウェンがライトをたしなめる。

 ひときわ体格の良い赤髪の少年ボルディは、黙っているが、どことなく緊張しているのが、幼馴染のライトとグウェンにはわかった。

 焚き火のまわりは、マリーがやってくるだけで賑やかとなり、すぐ外側に恐ろしい未開の脅威が眠っていることを冒険者たちに忘れさせた。

 しばらく、談笑し、ひと段落したところで、ふとライトは隣の聖女へと声をかけた。

「あの、聖女様、マクスウェル・ダークエコーって知ってますか?」

 恐る恐る、聞いてみるライト。
 ボルディとグウェンは生唾を飲みこみ、緊張の眼差しでそれを見守る。

 今日、夕食の時間、ライトたちは冒険者たちから、着々と聞き込みをして″マックス″と呼ばれる冒険者がかつて『英雄クラン』にいたことを突き止めていた。

 ライトたちは、聖女ならば話をちゃんと聞いてくれると信じて、かつての仲間のことを聞く機会をまっていたのであった。

「マックス、って言ったの?」

 ライトの問いかけに、マリーは一言聞き返し、炎の影を反映する蒼翠そうすいの瞳を丸くした。

(どうして、この子たちがマックスの事を?)

 一拍置いて、少年の問いかけに答える。

「もちろんよ。マックスはね、わたしの大事な大事な……友人なの。今はちょっと行方不明なんだけど……」

 マリーの言い淀む言葉に、まわりの冒険者たちは皆、気まずそうに顔を伏せたり、聞こえてないふりをしている。

「聖女様、実は俺、会ったんですよ。今日、お昼くらいに川のほとりで会ったんです、そのマックスさんに」
「ぇ……ライトは、マックスに会ったの?」
 
 ライトが首を縦にふると、焚き火を囲んでいた冒険者のひとりが「またその話をするのか」と、ライトへ非難の眼差しをむけた。

 彼らはライトたちに、散々聞かされてうんざりしていたのだ。

「いいか、坊主、マリー様にあまり悪い冗談を言うんじゃない」

「だから本当に見たんだって! あの『あかけもの』から俺たちを守ってくれたんだって言ってるだろ!」

「はぁ……いいか、坊主。ジークタリアスが誇る魔剣士たちーーかたほうはクソ野郎だが実力は確か、かたほうはマジでクールで最強なオーウェンさん。この2人がいてようやく討伐が叶う、それが『赫の獣』グレイグっていうポルタ以上にやばいバケモノだぜ」

「ぅ……でも、本当に見たんだって……」

「んじゃ、どうやってグレイグを倒してた?」

「それは……」

 ライトは押し黙り、昼間の記憶を思い起こす。

 あの紫紺の瞳をした、命の恩人は果たしてどうやってグレイグを倒したのか。

 そう聞かれてみれば、ライトは自身にもよくわかってはいない事に気づいた。

 目の前で倒してくれたはずなのに、どうして死んだのかもわかっていない。

「えーと……グウェンを食べようとしてて、向こうからマックスさんがやって来たら、なんか、勝手にグレイグが吹き飛んで……」
 
「はあ、話にならない。やっぱり嘘なんだな」

 ニヤニヤと笑い、嘘つきを追い詰めて満悦な冒険者に、ライトは何も言い返すことができなかった。

 悔しさに唇を噛んでいると、今度はマリーがライトへ質問をした。

「ねえ、ライト、マックスの〔スキル〕って知ってる?」
「マックスさんのスキル? ……小屋を一瞬で建てるスキル、だと思います」

 ライトの答えに、焚き火を囲む皆が静まりかえる。

「……坊主、それどんなスキルだよ」
「いや、俺もわかんないけど、パチンッ、て綺麗な音が響いたら目の前に小屋が出来てたんだって。たぶん何もないところに、家を建てることが出来るんだよ、マックスさんは」
「マックスのスキルは〔収納しゅうのう〕よ。空間に自由にポケットを開いて、そこからいろんな物を出し入れすることができるの。マックスったら、大事な物はすぐポケットにしまいこむ癖があって……」

 話がそれている事にマリーは気づき、頬を染めながら咳払いをした。

「とにかく、ボトム街にいるとばかり思ってたけど……なるほど。そっか、森にいる可能性もあるんだよね。深い森で迷ってるうちにレベルがあがってスキルが成長したのなら、小屋くらいしまえるかもだし……」

 ひとりでにうなづき、納得した様子の聖女に、あたりの冒険者たちは「なにか、変なこと考えてません、マリー様?」と不安そうな顔で聞いた。
 
「すぐ近くなのよね? それじゃ、明日、マックスを見たっていうその場所に連れて行ってくれない?」

 マリーは嬉々としてライトたちへ、そうお願いした。
 
 
           ⌛︎⌛︎⌛︎


 木の影でうつぶせに眠る男を指でつつく。

「え、このおっさん……パスカルじゃん」

 あまりにも懐かしい。

 俺たち『英雄クラン』の永遠のライバルであり、ドラゴン級冒険者パーティ『氷結界魔術団』のリーダーをつとめる頼れる年長者。

 そうか、さっきの冬景色はパスカルの〔氷結界ひょうけっかい〕によるものだったのか。

 しかし、どうしてこんな所で力尽きているのか。

「パスカル? おい、起きろよ、パスカル。おっさん、こんなところで寝てると……って、うわっ!」

 地面にうつぶせていたパスカルを起こすと、顔面の穴という穴から血が吹き出しているのを知った。

 まさか、死んでる?

 ーーパチン

 手っ取り早く生死を確認するため、ポケットにしまおうとしてみるが、彼を収納することは出来ない。

 つまり生きている。

「待て待て、死ぬなよ、本当に! ていうか、なんで会うやつみんな死にかけてるんだよ!?」

 俺は忙しない今日という日を呪いながら、小屋を出現させ、そのベッドのうえにおっさんを放り投げ、緑の果実の絞り汁を、開きっぱなしの口に注ぎはじめた。

 救急救命がはじまった。
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