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第二章 赫の獣

ジークタリアス:狩る者たちと男の願い

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 ボトム街から出立した冒険者たちが森へひろがる。

 一定のラインを形成して、取りこぼしのないよう組まれた″討伐戦線″を構築する高位冒険者たちと、遊撃として動きまわり、見つけ次第合図をおくる下位冒険者にわかれて皆が、『赫の獣』をおいたてる。

 最高位冒険者の『英雄クラン』と『氷結界魔術団』は、当然、討伐戦線を形成するため動くわけにはいかず、おおまかな索敵は、下位冒険者たちの手にゆだねられていた。

「戦線の北側で、テゴラックスの群れを確認です!」
「南側では、ゴブリンの集落を発見したみたいです!」
「中腹がスケアリートレントに食い破られてます!」

 戦線を広げて索敵能力をあげれば、当然、目的の対象以外にも、網にかかる獲物はいる。

 未開の森ならば、なおのことだ。

(現状の報告のなかだったら、スケアリートレントの対処が困難ね。北側にはポルタ級冒険者パーティがいるから、問題はない)

 マリーは治癒を必要とする戦線を判断して、一目散に走りだした。

「あ、おい、こら、マリー! リーダーの指示なしで動くな!」

 アインの制止むなしく、マリーはささっと戦場を駆けていってしまった。

「アイン、俺は、南側の戦線に行ってくる。『氷結界魔術団』とおなじやり方でいこう。ドラゴン級冒険者が一箇所に集まったいるのでは、効率が悪い。戦力の過剰集中だ」
「アイツらはムカつくが、確かにその通りだな。わかった、オーウェン、向こうで手柄を上げてきてくれ。『英雄クラン』が威信を取り戻せるようにな」
「……そうだな」

 オーウェンは静かな同意を示し、風となって走りだした。


           ⌛︎⌛︎⌛︎


 魔物と冒険者による数の叩きあい合戦は、長くつづいた。

 作戦がはしまってから数日後。

 新しく設置された、簡易拠点で討伐戦線は疲れを癒し、冒険者ギルドは物資を充実させ、冒険者は英気を養う。

 ジークタリアスの近郊の街からも、冒険者たちに出張しにきてもらい、地元民としての変なプライドやらで、他の街の冒険者たちと小さな喧嘩を巻き起こしながらも、ギルドは着実にその勢力圏を確保しはしめていた。

 これならば『あかけもの』の発見も近い。

 そう噂された矢先。
 冒険者ギルドは、その時を迎えてしまった。

 開拓された冒険者ギルドの拠点が、『赫の獣』に破壊されたのだ。

 その場にいた、20余人の冒険者は多くが殺され、拠点設置用の資材は台無し。

 ジークタリアスは『赫の獣』グレイグと最悪の再会を果たすことになった。

 話が森のなかに展開している全冒険者に伝わるまで、2日もの時間がかかった。
 その間に、さらに2つの拠点が破壊されて、冒険者ギルドは『緊急クエスト』の方針を変えることを余儀なくされた。

 幸いにもグレイグに一矢報いたポルタ級冒険者パーティが、かの魔物の体の一部を取得。

 それをもとに追跡系スキルの保有者を動員して、グレイグの生息域のおおまかな位置を割りだし、ギルドは戦力をそちらへ集中させて討伐させることにしたのだ。

 それまで作った多くの拠点は、資材だけを置いて、一時的な凍結状態となったが、これは英断であり、冒険者たちが、グレイグと遭遇する回数は飛躍的にあがった。

 しかし、グレイグを追い詰めることは叶わなかった。

 逃げ足がとてもはやく、『最速』のフランとうたわれる、ジークタリアスきっての機動力をもつポルタ級冒険者でも、追撃ができないため、ある時から交戦することすら難しくなっていった。

 今、冒険者たちは手が届きそうで届かないイライラに悩まされるようになっている。

 ただ、そんな中でここに確かな手応えを得ている冒険者パーティがひとつだけあった。

「くっふふ、わたしたち、ちょっと活躍しすぎですかね、くっふふふ」

 最近、ローブを汚さないすべを手に入れて、絶好調の白魔術師グウェンは、まん丸の瞳をクールに細めて、かたわらでパンを掲げる少年を見やる。

 ここはギルドの拠点。
 時刻は今日の作戦が、はじまる前、朝食時間だ。

 朝の日差しが心地よい、新鮮な空気に満ちる森は、有事の際でもなければ、最高のピクニックスポットとなるだろう。
 そんな、森を切り開いて設置された簡易拠点、その食堂用の大型テントの裏手の資材置き場では、大望をいだく若き冒険者たちが、ピクニックと変わらない、リラックスした心待ちで談笑していた。

「この戦いのさなか、『キリケリの刃』はサポート隊としての功績を認められて″熊級冒険者″へ昇格。たまに出会う聖女様には、尊さをさずけられ、『えらい、えらい!』と褒めてもらえる。すごい! 俺たちはいま、ジークタリアスで一番輝いてる冒険者だ!」
「うんうん、聖女様がいるだけで、まわりの冒険者たちのやる気が100倍になって、普段の10倍以上は強くなるって噂は本当だったね!」
「僕、絶対、話盛られてると思ったけど……うん、あれは本物だよね」

 尊き方、聖女マリー・テイルワットの高貴さを、存分に共有しあったり、神殿通いで聖女に会う口実があるグウェン、をライトとボルディが羨ましがったりする、どこにでもある少年たちの幸せな時間。

 ーーブゥォォオオン

「あ、そろそろだね!」

 彼らの時間を打ち消すように、討伐戦線の構築開始を知らせる、角笛の音が拠点全体に響きわたる。

 ライトたちは顔を見合わせ、いざ今日も活躍せんと、資材置き場から飛びだした。

「ぅ、くそ、ヘマやっちまった」
「っ、大丈夫ですか!」
「うわ、すごい怪我だよ! 待ってて、わたしが治してあげる!」

 冒険者たちが各々おのおのの準備するなか、ライトは肩を押さえて、苦しそうに外からやってくる冒険者を見つける。

 慌てて駆け寄り、グウェンが〔いやしの詠唱えいしょう〕を行おうとすると、男は目を見開いて、それを拒絶、決して治癒を受けようとしない。

 仕方ないので、ライトたちは、負傷者を癒す簡易神殿へ連れていってあげることにした。

「なぁ、坊主ら、ひとつ頼まれてくれないか……」

 運ぶ途中、負傷者した男はライトたちへ、息を絶えさせながら話しかける。

「ここから遠くない、戦線が構築されたら安全圏になるだろう川の近くに、大事なものを落としてきちまったんだ」
「この怪我、酷いです! 喋っちゃいけないです!」

 グウェンは必死に傷口を塞ぎながら、心のどこかで、この命が助からないことを悟りはじめていた。

 彼は生きてるよりも、何か大切なことを自分たちに伝えようとしてる。

 グウェンは自分には理解できない、大事な役目を背負っている人間を知っている。自分が苦しくても、その使命を全うしなければいけない人生が存在するのを知っているのだ。

 ゆえに、男を運ぶライトの腕を引いてとめると、グウェンはそっと壁際に彼を横たえてあげることにした。

「坊主ら、俺から用意できる報酬なんて、これくらいだが、お願いだ、川の近くに落としてきた『黒いロザリオ』を拾ってきてくれ……」

 ライトとグウェン、ボルディは深刻な顔でお互いに目配せをして、うなづきあった。

「俺たちが必ず取ってきてやる! だから、死んじゃダメだぞ、あんた!」
「僕たちに、任せておいてよ。必ず、戻ってくるからね」
「帰ったら治癒を受けてください! 約束ですよ!」

 男は少年たちの、必死な顔に涙を流して「ありがとう……」と一言つげた。

「もし俺が生きてたら、俺のもとに持ってきてくれ。だが、それまで俺が待たなかったら……それを、必要とする者が、きっと現れる……」

 男は荒くいきをついて、少年たちへ薄く微笑んだ。

「それまで持たないなんて、ことはありません! ライト、ボルディ、早くとりに行こ!」
「ああ、そうだ、絶対死ぬなよ、あんた」

「あぁ、頑張るさ……」

 男の気怠げな返事を聞き、ライト達は大急ぎでギルドの拠点を飛びだした。


           ⌛︎⌛︎⌛︎


 川のせせらぎが心地よく響く新緑のなか。

 俺はゆっくりと目を開ける。

 スキルの進化を確信し、俺はそっと手を持ちあげる。

「これでどうだ」

 指を鳴らして、ポケットを開き、そこへ未だかつて入れたことのない物を〔収納しゅうのうした。

 それは、俺へ向けられた魔力だ。

 俺の知識では、スキルとは魔力と密接な関わりがあるらしく、スキルの発動には魔力を消費したり、しなかったりするらしい。

 ちなみに、これは都市伝説級の話だが、ソフレト共和神聖国の外にでると、ソフレトの土地と魔力の性質が違うせいで、『使』とか。

 この話はたびたび聞くので、スキルとは魔力の作用によるもの、と言う話はそれなりに信憑性がある。

 指を弾き、収納した魔力を撃ちだして。
 木を破壊してみる。

 数本の木が繊維を蒸発させながら、ゆっくりとねじれて折れていく。

 実際に魔力というモノを扱える人間は、にしかいない。

 だが、この方法ならば俺にも多少なりとも、魔力を操ったことになるのではないだろうか。

 まぁいい。
 とりあえず魔力自体の収納には成功している。

 もし俺に何らかのスキルが働いていたなら、これで解除できたはずだ。うん、そのはずだ。

「はぁ……はやく、マリーに会いたいな……」

 俺は座禅を解いて、立ちあがり、ぐっと背伸びをして、ふたたび川をのぼりはじめた。
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