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674・戦いの歴史

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「エールティア、ファリス。こちらへ」

 女王陛下に呼ばれて私とファリスはゆっくりと前へ歩み出た。女王陛下は自分であらかじめ持っていた小さな白い箱を開けて中身を見せてくれる。それは光輝く白い翼があしらわれた黒い剣の勲章。翼は自由。剣は戦う覚悟を表している。それはティリアースで最も誉れ高い勲章で、初代魔王様の生きざまを象ったものだった。

「ありがとうございます」

 差し出された箱の中身を取り出してその一つを受け取る。胸元に付けるとより一層輝きが増した……そんな気がした。

「さあ、貴女も」
「あ、ありがとうござい、ます……」

 ファリスもギクシャクしながら私と同じように手に取り、私とは正反対の位置に付ける。

「ふふ、実に素晴らしい。並び立つ様はティリアースを守護する双翼の剣のようにも思えるな」

 私が右。ファリスが左。確かにこうして並ぶとそんな風に見える。

「おお……」
「確かに……」

 女王陛下の言葉に周りから賞賛するように高ぶった声音が聞こえてくる。それと同時に力強く両腕を広げ、自信満々な表情で私達を見つめる。

「これからも我が国を――世界を守り給え。聖黒族としての運命と共に!!」

 再び大きな歓声が聞こえてくる。すぐにいつもの落ち着いた優雅さを取り戻した女王陛下が視線で促すと、使用人の一人がワインの入ったグラスを持ってきた。それと同時に私達の方にもグラスが配られていく。下段も含めて大体全員に渡った事を確認した女王陛下は満足そうに頷く。

「堅苦しい話はここまでにして、今宵は存分に食べ、飲み、語りあかすといい! これから先に続く未来に――」

 高く掲げられたワイングラスと共に高らかに宣言されるそれは、宴を開始する合図。一時に酔いしれ、華やぐための声。

「――乾杯」
『乾杯!!!!』

 女王陛下の音頭と共に式典は途端にパーティー会場と化す。待機していたのであろう城の使用人達が次々とやってきて酒や飲み物を配って、遠くにいる人に配膳を行う。上は優雅さを忘れていないけれど、下は結構騒がしくなっている。それを女王陛下は慈しむように眺めていた。

 貴族というのは時として自分達が誰のお陰で暮らしていけているのか忘れる者が出てくる。ティリアースも例外じゃない。それでもまともな貴族達が多いのはきっと女王陛下が国民の事を大切に思っているからだろう。

「ティアちゃ――エールティア殿下も何か召し上がられますか?」

 まるで感情のこもっていないそれに思わず笑ってしまう。普段通り話してもいいのに、かしこまった場所だからか妙に慣れない敬語を使っているファリスがおかしい。

「……どうしたの?」

 何か不備があったのか不安になったのだろう。眉が下がった状態のファリスは悲しそうな顔をしていた。

「なんでもない。だからそんな顔しないで。せっかくの楽しい席なのだから、普段通り接して。ね?」
「――うん!」

 怒られる訳じゃないとわかったファリスは嬉しそうに頷いた。まだまだ純粋さが残っているように見えて、それがとても可愛らしい。

「エールティア。女王陛下がお呼びだ」

 せっかくだから何か食べようかと思っていると、お父様から声をかけられた。早足で女王陛下の元に向かうと、相変わらずこの会場を眺めてめを細めていた。

「ルティエル女王陛下。只今参りました」
「おお、楽しんでおる最中にすまぬな」
「いえ」

 優しげな眼差しは会場の中から次第に私の方に移っていって……その目には僅かに厳しい光が浮かび上がる。

「そなたを呼んだのは他でもならぬこれからのことよ」
「これから……ですか」
「うむ。多大なる戦果を得たそなたを次期女王――王太子として迎え入れることについて誰も反対せんだろう」

 いきなりの発言に心臓が跳ね上がりそうな程驚いた。今まで周りがそう言っていても、女王陛下がはっきり王太子に認めると口にされる事はなかった。それだけに唐突な出来事に驚いたのだ。

「初代魔王様の代からこの国は常に何かと戦っていた。ティリアースとはいわば戦いの果てに築き上げれた血塗られた国家だ。しかし余はそれを誇りに思っている。余の手が赤に染まるたびに戦いを知らぬ国民を守ることが出来る。日々の生活を大切に過ごす事が出来る。エールティアよ、わかるか?」
「上に立つ物して者は守るべきものが多すぎる。その全てを守るために血塗られていて当然……という事でしょうか?」

 難しい問いかけに自分なりの考えを口にしたけれど、どうやら外れたようだ。しょうがないな……みたいな顔でゆっくりと首を左右に振っていた。

「自らが背負っているものを忘れるな。ということだ。これから先もそなたは戦い続けるだろう。それこそが聖黒族の宿命。常に何かを守るためにその手を血に染める事が運命と呼ぶべきほどにこの世界は戦いを求める。それは時としてそなたを狂わせるかもしれない。もしそうなった時……思い出してほしい。この国の『女王』は戦いの覇者が名乗るべきものではない。渦中にあってもなお、自らを失わず、守るべきものを見失わない者にこそ名乗る資格があるという事を」

 いつの間にか女王陛下の視線は優しさに満ちていた。厳しさは消え失せて、どこか慈しむようでもある。
 女王陛下の言葉は今のこの国を支えている者だからこそ出来る言葉で、私にその思いを託したい――そんな気持ちが伝わってきて、胸を締め付けていた。
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