上 下
662 / 676

662・命の選択

しおりを挟む
 歯痒い思いをしながら空に浮かぶ建造物を眺める。私にもし空を自由に飛べる魔導があるなら、すぐさまに発動させてあの忌々しい物体に突撃していただろう。
 誰もが簡単にイメージ出来るゆえに難しい。竜人族みたいに竜の姿に変われたり、元々飛行能力を手に入れられる血を持っていない人には難しい……というか今はまだ不可能。つまり私達があの遺跡を追いかけるには町に戻ってワイバーンを借りるしか手段がないという訳だ。

「くそ……!」

 舌打ちと共に聞こえる苛立ち。全員に似た感情が広がっていって、それでも呆然と立ち尽くすまま。
 頭の中でどうすればいいかわからなくなる。

「ティア様、魔導ではどうにかならないのですか?」

 期待を込めたジュールの想いに私は首を縦に振れなかった。確かに最も強い魔導ならアレをなんとか出来るかもしれない。だけど射程に少し不安が残る。【プロトンサンダー】も減衰する程の距離で当たる事が出来るか? と問われれば難しいと答えるしかない。それくらい絶妙に離れている。もし失敗したら――そんな感情が湧き上がるくらいにあの魔導のコントロールには自信が持てなかった。

 唸りながら悩んでいるとジュールも悟ったのか顔を俯けてしまう。分の悪い賭けになるかも知れない。それでもやらなければ――覚悟を決めようとしたその時声が聞こえた。

「……あれが浮上しているという事は、食い止められなかったようだな」

 声のする方向を向くと、木に寄りかかって苦しそうにしているクロイズが空を見上げていた。いつもだったら気付けていたはずなのに今まで全くわからなかった。

「クロイズ……。いたのか」
「はは、当たり前だ。万が一汝らが失敗した場合、もう一度あの姿に戻る必要があったのだからな」

 クロイズの軽い調子にヒューの顔つきが険しくなる。最後の手段を残した。そう言われても彼が再びあの姿になれば恐らくもたない。それをヒューもわかっているから厳しい顔をしていた。

「ははは、そんな顔するな。汝らが落とさねば、あれはあらゆる国を蹂躙しよう。それだけの力は宿している」
「なら今すぐワイバーンがある町まで行けばいい。わざわざお前が犠牲になることじゃねぇ!」

 荒ぶるヒューに対して笑顔のままクロイズは木から離れて私達に真正面から向き直る。その歩みはふらつき、よろよろと危うい。明らかに無理をしているはずなのに顔には一切出していない。

「ここからどれだけ時間が掛かると思っている。その間に町が一つ焼かれるだろう。大地は荒野と化して生物が営む事が出来なくなる。例え一部でもそんな地獄を作り上げてしまえば後悔を背負うことになるぞ?」

 次第に笑みがなりを潜めてまっすぐな視線が私達を射抜いた。まだどんな攻撃をしてくるかわからないのに彼にはあれがどんな惨状を招くか理解しているみたいだ。

「……だからって――」
「ヒューよ。選択の時なのだ。先の短い偽物の命。これから無数の未来を紡ぐ命達。どちらが尊いか。自明の理ではないか」

 子供に諭すように優しく話す。だけどその当然というのは彼の中だけで、私やヒューは納得していない。
 ……それでも、彼は曲げるつもりはないのだろう。その目には決意に満ちていて、他人の説得では決して折れない覚悟を感じた。そこまで思っている彼に私の安い言葉はきっと届かない。

「貴殿にはわかるだろう? 今何が一番大切かが」

 クロイズの問いかけをきっかけに私の方に視線が集まる。痛いほど向けられたそれらは私の言葉で全てが決まる事を嫌になる程教えてくれていた。自然とため息も深くなるというものだ。

「はぁ……折れるつもりはない。でしょう?」
「その通り。時代の流れに介入する事は本来なら出来ない。しかし、我はこの世界を愛している。偽りの器だからこそ、汝らの力になれるのだ。ならば……する事は一つ」

 隣にいるジュールが泣きそうな顔をしている。多分、雪風も似たような感情を抱いているのだろう。納得できないであろうヒューの方から舌打ちが飛んできた。

「なにそう悲しむな。あるべき姿に帰る。それだけだ。それに……この器は些か小さすぎる」
「……わかった。これ以上何も言わない。だから、ヒューも。いい?」

 視線を向けるとヒューは不服そうに顔を逸らした。言いたいことは山のようにある。だけどその時間は残されていなくて、自分では説得する事が出来ない。それを彼もわかっていた。

「聞きたいことがあるといったはずだ」
「済まないな。その約束は守れそうにない」

 恨めしげに訴える台詞も死を覚悟したクロイズには届かない。苛立ち地面を蹴り上げて後ろを向いた彼はそのまま黙ってしまった。

「ヒュー……」

 雪風の呟きに反応しない彼にかける言葉が見当たらない。気持ちが整理できないのは仕方がない。でもそれを待ってあげる時間も余裕も今の私達にはなかった。

「準備はいいな?」

 私は雪風とジュールの顔を見て静かに頷く。覚悟を決めた彼に今の私が出来る事――それは期待に応えてあげる事。それだけだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

余命半年のはずが?異世界生活始めます

ゆぃ♫
ファンタジー
静波杏花、本日病院で健康診断の結果を聞きに行き半年の余命と判明… 不運が重なり、途方に暮れていると… 確認はしていますが、拙い文章で誤字脱字もありますが読んでいただけると嬉しいです。

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

実家が没落したので、こうなったら落ちるところまで落ちてやります。

黒蜜きな粉
ファンタジー
ある日を境にタニヤの生活は変わってしまった。 実家は爵位を剥奪され、領地を没収された。 父は刑死、それにショックを受けた母は自ら命を絶った。 まだ学生だったタニヤは学費が払えなくなり学校を退学。 そんなタニヤが生活費を稼ぐために始めたのは冒険者だった。 しかし、どこへ行っても元貴族とバレると嫌がらせを受けてしまう。 いい加減にこんな生活はうんざりだと思っていたときに出会ったのは、商人だと名乗る怪しい者たちだった。 騙されていたって構わない。 もう金に困ることなくお腹いっぱい食べられるなら、裏家業だろうがなんでもやってやる。 タニヤは商人の元へ転職することを決意する。

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

公爵家三男に転生しましたが・・・

キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが… 色々と本当に色々とありまして・・・ 転生しました。 前世は女性でしたが異世界では男! 記憶持ち葛藤をご覧下さい。 作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

『特別』を願った僕の転生先は放置された第7皇子!?

mio
ファンタジー
 特別になることを望む『平凡』な大学生・弥登陽斗はある日突然亡くなる。  神様に『特別』になりたい願いを叶えてやると言われ、生まれ変わった先は異世界の第7皇子!? しかも母親はなんだかさびれた離宮に追いやられているし、騎士団に入っている兄はなかなか会うことができない。それでも穏やかな日々。 そんな生活も母の死を境に変わっていく。なぜか絡んでくる異母兄弟をあしらいつつ、兄の元で剣に魔法に、いろいろと学んでいくことに。兄と兄の部下との新たな日常に、以前とはまた違った幸せを感じていた。 日常を壊し、強制的に終わらせたとある不幸が起こるまでは。    神様、一つ言わせてください。僕が言っていた特別はこういうことではないと思うんですけど!?  他サイトでも投稿しております。

処理中です...