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638・内部の事情

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 私とヒューの魔導によって自分達の存在を視認できないようにして番兵の監視を潜り抜ける事に成功した。扉は平常時という事もあって開いていたから内部に入り込むのは結構簡単だった。あくまで聞こえなくする。見えなくするだけだから、存在を認識できなくても触れるという欠点があったから通り抜ける時はかなり緊張したけれど、実際なんの不安もなくすんなりといけた。

 城内に入ってなるべく息を潜めながら周囲を観察する。範囲外からは何も聞こえないとはいえ、どれだけ効果があるかわからないからだ。

「まずはどこか小部屋に移動しましょう」
「このまま探索することは出来ないのですか?」

 ジュールの提案も悪くはない。だけどそれは常に魔力を消費する事になる。もしずっと展開し続けて消耗が激しい時に戦闘に突入したら……なんてなるとまともに戦えなくなるかもしれない。

「それは最終手段として考えておきましょう。ヒューもそれでいい」
「ああ」

 彼も私と同じ事を考えていたようで一も二もなく頷いてくれた。彼も魔力切れで何も出来なくなるのは避けたいのだろう。

 城の中は一体どんな内装になっているのかと思いきや、案外普通だった。てっきり色んな手法で手に入れた貴重品とか堂々と飾っていると思うけど、意外にも質素で逆に驚いた。自己顕示欲が強いのにこれでよく我慢できるものだ。

「なんだか、想像とは違っていましたね」
「ですが……なんだか嫌な予感がします」

 肩を震わせている雪風はどこか落ち着かないみたいだ。とりあえず適当な部屋に入って魔導を解除する。幸いにも付近には兵士もいなくて物置みたいな部屋のようだった。

「さて、これからどうしましょうか」
「一旦分かれて探索しますか?」

 大勢で行動するか手分けをするか。効率を考えれば二人でペアを組んで行動した方が良い。だけどそれにはデメリットが大きい。

「戦いになった時の事を考えると一緒に行動した方が良いと思います」
「そうだな。姫様はともかく俺達が太刀打ちできない相手が出てきたら困る。逃げ延びれたとしても潜入した事はバレてしまうだろうからな」

 最初に分かれるか提案してきたジュールははっとした顔で思い直していた。

「前は私と雪風。後ろはヒューとジュールが警戒して先に進む……という感じでいい?」
「わかった。いざとなったら姫様と俺の魔導で切り抜ければいい。姫様も透明化する魔導くらいならなんとか出来るだろう?」
「……効果は保障しないけれどね」

 私の魔導が完全に同じになる事はない。だけど似たような効果を付与する事は出来るだろう。それでもあまり過信しないで欲しい。

 作戦を決めた私達は静かに物置の部屋を出てゆっくりと奥へと進む。出来れば出会わなければいいんだけどそれはやっぱり難しい。昼間(?)という事もあって、兵士達は普通に歩いている。中には雑談をしているだけとかなんの足しにもならない話とかがちらほらと。

 本当に危ない時のみヒューの魔導で姿を隠し、なるべく通路の端に寄って兵士達に気付かれないように息を潜める。【バリアサイレント】は私を中心に発動するからもちろん近くを通った兵士達にも適用される。遠くの人の話が聞こえなくなるというのは絶対におかしいと感じるはずだ。そんな事故を避けるために使わないように決めていた。
 何度も注意しながら部屋の中を確認する。彼らの拠点は毎回どこかに地下への入り口が隠されているのだけれど……流石にこの場所でさらに下に降りるような場所があるとは思えない。素直に城の全体を探そうとして――それは意外とすぐに見つかった。
 他の部屋とは全く違う厳重に守られた部屋。警備を担当している兵士達は番兵のようにやる気なさそうに立っている訳ではなく、目つきがちょっとぎらついている。緊張はしていないけれど絶対に誰も通さない……そんな圧力が伝わってくるようだ。

「いかにも大事なものがある……そんな雰囲気が漂っていますね」
「扉が閉まっていますが、どうしますか?」

 流石に私の魔導を使っても扉自体が見えなくならない以上、誤魔化すのには限界がある。……どうしようか?

「私に任せてもらってもいいですか?」

 ここで意外な事にジュールが解決すると真剣な表情で訴えかけてきた。不安げに揺れる瞳が私をまっすぐ見据えてくる。ここまで本気のこの子は中々見たことがない。

「……いいでしょう」
「おい、大丈夫なのか?」

 失敗する訳にはいかない。それがわかっているからこそ、ヒューは嫌そうな顔をする。だけどもう決めたことだ。どうせ私には攻撃するしか方法がないのだから。
 気合を入れたジュールは目を閉じて本気でイメージを構築しているようだ。まさかここで一から……という訳もなく、すぐに魔導を発動させる。

「【ミストヴィジョン】」

 ジュールの指先から霧のようなものが出てきた。すぐに景色と同化して見えなくなる。しばらく待機していると、扉を守っている兵士に異常が生じた。さきほどまであった気合が消え失せ、どこかとろんとした顔になっていく。

「これは……?」
「説明は後です。バレない為に工夫したので効果が短くなっています。早く行きましょう」

 いつの間にこんな魔導を……と素直に感心してしまう。一応ヒューには魔導を保ち続けてもらってなるべく静かに。だけど迅速に動かないといけない。
 兵士達の隣を横切るとなんとも間抜けな顔を晒している。扉を開けても特に何の反応もない。恐らく霧を吸った者に影響を与える魔導なのだと思う。随分と興味深いけど、今そこを気にしている場合じゃない。苦戦すると思いきや難なく通過する事が出来たそこに広がっているのは広い部屋に階段。しかもまた深い。

 ……地下でも結局それなのか。となんだか脱力してしまったのは少なくとも私だけではないはず。そうだと思いたい。
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