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630・化身解放

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 クロイズと別れてから五日後。私はあの時のメンバーのヒュー、ジュール、雪風と一緒に町の外に出ていた。お母様とは話は出来なかったけれど、使用人の一人に伝言を頼んでいるから多分伝わるだろう。
 ……本当は直接会って言いたかった。だけど行かないで欲しいと思っている人に向かって『行ってきます』というのも気が引けるしね。

「……本当に来るのでしょうか?」

 あまり好意的ではない人に対しては疑り深いジュールは、不満そうな顔でクロイズを待っていた。場所を指定いなかった私が悪いのだからもう少し穏やかな気持ちで待っていてほしいものだ。

「日は指定しましたけど、時間や場所までは決めていませんでしたからね」
「ま、来なかったらそれでもいいけどな。俺はどうもあいつ苦手だし」

 ヒューはいつもの面倒くさそうな顔をしているけれど、今日のは本心みたいだ。唯一雪風は何も言わずに待っている。

「とりあえず館か町の出入り口付近にいれば会えるでしょう。場所を決めていない以上、人目に付かない場所に行くなんてことは考えられないしね」

 これでどこかの酒場とかで待っていたら逆に笑えるのかも知れない。でもその可能性はほとんどないはず。そんなわかりにくい場所だったら詳しく決めてくるはずだ。
 僅かに不安な気持ちで待ち続けていると、一つの鳥車が私達の近くで止まった。

 なんでわざわざここに? と思っていると御者席の方からクロイズが降りてきた。

「またせたな」

 にやりとニヒルな感じで笑っている。あまり似合っていないのが何とも言えない。格好つけてる子供のようだ。

 ジュールの顔からは『待たせたなではありません!』という抗議の意思が感じ取れたけれど、言葉にするつもりはないようだ。その方が私も気が楽だからそれでいい。今は余計ないさかいをしている場合じゃない。

「よく居場所がわかったわね」
「なに、約束していないのであれば人目につきやすい場所にいるだろうと検討付けただけだ。逆のことをしているならば、それはそれで汝らの士気の低さを物語っているからな」

 くくく、と笑みを浮かべている彼は自信に満ち溢れていた。これくらいの度胸があれば怖いものなしだろう。

「何故鳥車を? 違う国に行くのでしたらワイバーンに乗った方が良いのでは?」
「いい質問だ。ワイバーンを使う必要はない。我が自らあないすると言ったのだからな」

 得意げなところを悪いけれど、さっぱり要領を得ない。むしろ疑問が深まるばかりだ。

「まさか【化身解放】か? 既にそれは使われていない魔法のはずだ」

 ヒューが焦るなんて珍しい。詠唱するだけのお手軽な魔法よりも頭にイメージを固めて発動させる魔導の方が効果は高い。しかも【化身解放】はレイアとアルフが魔導として使用しているし、魔法の方は本当に今更という感じが強いのだけれど……。

「ふふふ、汝の尺度では測れぬものがある。そういうことだ」

 勿体ぶった言い方に私だけじゃなく、ジュールも雪風も気になっていた。

「その、【化身解放】とは魔導で放つもの何か違うのですか?」

 言葉に詰まったようにヒューはちらりとクロイズの方に視線を向ける。彼は一切変わる様子もなく涼しげなままだ。

「……実際に見たらわかる」

 説明するのが面倒だと言わんばかりにさっさと鳥車の御者席に乗り込んでしまった。

「……逃げましたね」

 ぼそりと呟いたジュールの言葉が彼の行動の全てを物語っていた。私達三人の好奇の視線に耐えられなかったともいうか。

「まあいいでしょう。どうせ後には引けないのだから」

 もう前に進む以外の道はない。ならばここで足踏みしているよりもさっさと乗り込んだ方がいい。今はクロイズを信じるしかないのだから。

 ――

 鳥車に乗り込んで三日程の距離にある町。そこで一度降りて鳥車を貸してくれた商人連合の店に返して、そこから先はさらに歩くことになった。

「まだ歩くんですか?」

 町に行って終わりだと思っていたのか、ジュールの口から不満が漏れ出す。ヒューは相変わらず固い表情をしているし、雪風だけがいつも通りだ。

「いいや。これくらいでいい」

 やっと止まったクロイズに私達も歩みを止める。そこは森のちょっと開けた場所で、特に変わった様子はない。ちょっと殺風景なくらいだ。

「……何もないのですが?」
「まあ待て。何事も早とちりはいかんな」

 やれやれと肩を竦めているのはいいから何かあるなら早くしてほしい。そんな気持ちが伝わったのかこほんと咳ばらいをして目を閉じる。神経を集中させているのだろう。身体の中の魔力を高めているのだろう。

「――【化身解放】」

 短い言葉を呟いたその時。周囲は光に包まれて一気にクロイズの姿が見えなくなる。あまりの眩しさに目を覆っていると、なにやら存在感があるものが現れたような……そんな気配を感じ、光が収まる頃にうっすらと目を開ける。
 そこにはクロイズ――というよりもなんだか次元の違う存在がいた。大きく長い体……蛇? に近い姿。私なんかちっぽけな羽虫みたいな程度に見えるだろう彼の巨大な頭が私の目前で圧倒的な存在感を放っていた。
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