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628・僅かな安息
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五日というのは自分達が思っているよりも早く過ぎるものだ。だって既に二日は館で過ごしていて、クロイズと話し合って決めた日まで後三日と迫っていた。クロイズと共に西に行ってダークエルフ族の本拠地を強襲する。それで長く続いた戦争がようやく終わりを迎えると思うと感慨深い気持ちになる。
唯一問題なのは――お母様が私を館の中に匿いたがる件について、だ。
――
「ジュール、どう?」
部屋の中でお茶を嗜みながら付き従ているジュールに話しかける。彼女も神経を研ぎ澄ませて扉を僅かに開いて通路の様子を窺い、今度は窓の方に忍び寄って注意深く観察する。
「……駄目です。やっぱり兵士の方がこちらを気にしています」
ジュールの残念そうな声と共に私も気落ちしてしまった。
「……はぁ」
沈んだ気分でお茶を飲む。いつもの深紅茶の味わいが胸に沁みようだけど、これは本当に考え物だ。
伯爵領から戻ってきてからお母様は私になるべく館の中にいてほしいみたいだ。理由はただ一つ。ポレック伯爵が反乱の時の活躍の一部始終を文書にしてお母様に報告したからだろう。帰って早々――
『エールティア、おかえりなさい。伯爵から貴女の活躍は聞いています。色々と話したいことはあるのですが……ひとまずしばらくはゆっくり休みなさい。私も近々時間を作りますから――』
と迎え入れてくれたけれど、そのまま忙しそうに館の外に出ていってしまって以降、中々会える機会がなくて二日が過ぎたという訳だ。
その間町の外に出られないように兵士や使用人が私の様子を窺っているのだ。帰った次の日に外に出ようとしたら門番に『帰って来られたばかりですのでもう少し休まれてはどうですか?』と止められる。そこに間髪入れずに使用人の一人が『エールティア様、最近アルファスで流行り出したお菓子がございますので庭園でお茶などいかがですか?』と勧められて庭園に向かう。このやりとりをもう三回は続けた。流石に不審に思わない方に無理がある。
「困ったわね」
「少し強引に行きますか?」
いつでも準備は出来ていますよ! とでも言いたげに気合を入れているけれど、私は首を横に振った。
そこまでして出て行きたいわけでもないし……彼らは悪意を持ってやっている訳じゃない。私の事を思っているのなら、それを無碍にはしたくない。
「お母様と話をすれば理解してもらえるはずだからそれまではのんびりと過ごしましょう。こんなに緩やかな時間、そうないもの」
年が明けてから既に何ヶ月経つのだろう? 日付を確認する暇も惜しんで戦ってきた。まだ大した学生生活も送れていないような気がする。ここまで穏やかな時間は本当に久しぶりだから、普段よりも時間が遅く進んでいるようにすら感じる。
考えを切り替えると落ち込んでいた気持ちも多少は楽になる。せっかくの時間。多少の退屈も楽しまないと損というものだ。
「ほら、ジュールも座りなさいな。今日は稽古もお休みでしょう?」
「う、あ、は、はい」
結局行動を起こさなかった私に戸惑っていたけれど、ジュールは大人しく私の隣に座って注いだお茶を受け取りちびちびと飲み出した。まるで借りてきた猫みたいな彼女がどこか面白くて、つい笑ってしまう。
退屈で平穏。久しく感じていなかった感覚に戸惑いはある。元々縁がなかったものだったから余計に、ね。
私に相応しいのは結局むせかえるほどに強烈な血の匂いと炎で焼け焦げた肉の臭いだと思っていた。だけどそれは違うようだ。
「今度、みんな集めてこんな風にお茶会をしましょう。レアディなんかも誘ってね」
「あの男もですか」
えー、とあからさまに嫌そうな顔をする。ジュールはあまり彼の事が好きではないようだ。そういえば雪風も以前は苦手にしていたっけか。雪雨、レアディ、アロズと一緒にヒューとラミィがいた拠点に行った時まではそう感じていた。だけど戻ってきてみると少し打ち解けていたみたいでそう邪険にするような様子は見られなかった。
「ジュールもきっと分かるわ。彼も結構役に立つってね」
「……理解はできます。ですが、あのお酒臭い口でエールティア様の近くに来ることが許せないだけです!!」
……どうやら私が思っていた理由よりも随分簡潔だったようだ。こればっかりはきっぱりと断言される程度にはお酒の臭いを漂わせているレアディが悪い。確かにあれは臭うしね。
「てっきりああいう性格の人が嫌いだと思っていたのにね」
「勿論あまり好ましくはありません。ですが……他の方々の中にも似たような人がいますし、私もティア様には迷惑をおかけしましたから」
あはは、と乾いた笑みを浮かべているジュールは恥ずかしそうに慌てて深紅茶を口にする。そこらへんが可愛らしくてついつい私も笑ってしまった。
「あ、あの……あまり笑わないでください。恥ずかしいですから……」
そんな事を言われると尚更楽しくなってくる。こんなに笑ったのだっていつぶりかわからない。
……やっぱり、こういう時間って大切だなって本当に思った。この想い出があるだけでまた頑張れる。そんな気がするもの。
唯一問題なのは――お母様が私を館の中に匿いたがる件について、だ。
――
「ジュール、どう?」
部屋の中でお茶を嗜みながら付き従ているジュールに話しかける。彼女も神経を研ぎ澄ませて扉を僅かに開いて通路の様子を窺い、今度は窓の方に忍び寄って注意深く観察する。
「……駄目です。やっぱり兵士の方がこちらを気にしています」
ジュールの残念そうな声と共に私も気落ちしてしまった。
「……はぁ」
沈んだ気分でお茶を飲む。いつもの深紅茶の味わいが胸に沁みようだけど、これは本当に考え物だ。
伯爵領から戻ってきてからお母様は私になるべく館の中にいてほしいみたいだ。理由はただ一つ。ポレック伯爵が反乱の時の活躍の一部始終を文書にしてお母様に報告したからだろう。帰って早々――
『エールティア、おかえりなさい。伯爵から貴女の活躍は聞いています。色々と話したいことはあるのですが……ひとまずしばらくはゆっくり休みなさい。私も近々時間を作りますから――』
と迎え入れてくれたけれど、そのまま忙しそうに館の外に出ていってしまって以降、中々会える機会がなくて二日が過ぎたという訳だ。
その間町の外に出られないように兵士や使用人が私の様子を窺っているのだ。帰った次の日に外に出ようとしたら門番に『帰って来られたばかりですのでもう少し休まれてはどうですか?』と止められる。そこに間髪入れずに使用人の一人が『エールティア様、最近アルファスで流行り出したお菓子がございますので庭園でお茶などいかがですか?』と勧められて庭園に向かう。このやりとりをもう三回は続けた。流石に不審に思わない方に無理がある。
「困ったわね」
「少し強引に行きますか?」
いつでも準備は出来ていますよ! とでも言いたげに気合を入れているけれど、私は首を横に振った。
そこまでして出て行きたいわけでもないし……彼らは悪意を持ってやっている訳じゃない。私の事を思っているのなら、それを無碍にはしたくない。
「お母様と話をすれば理解してもらえるはずだからそれまではのんびりと過ごしましょう。こんなに緩やかな時間、そうないもの」
年が明けてから既に何ヶ月経つのだろう? 日付を確認する暇も惜しんで戦ってきた。まだ大した学生生活も送れていないような気がする。ここまで穏やかな時間は本当に久しぶりだから、普段よりも時間が遅く進んでいるようにすら感じる。
考えを切り替えると落ち込んでいた気持ちも多少は楽になる。せっかくの時間。多少の退屈も楽しまないと損というものだ。
「ほら、ジュールも座りなさいな。今日は稽古もお休みでしょう?」
「う、あ、は、はい」
結局行動を起こさなかった私に戸惑っていたけれど、ジュールは大人しく私の隣に座って注いだお茶を受け取りちびちびと飲み出した。まるで借りてきた猫みたいな彼女がどこか面白くて、つい笑ってしまう。
退屈で平穏。久しく感じていなかった感覚に戸惑いはある。元々縁がなかったものだったから余計に、ね。
私に相応しいのは結局むせかえるほどに強烈な血の匂いと炎で焼け焦げた肉の臭いだと思っていた。だけどそれは違うようだ。
「今度、みんな集めてこんな風にお茶会をしましょう。レアディなんかも誘ってね」
「あの男もですか」
えー、とあからさまに嫌そうな顔をする。ジュールはあまり彼の事が好きではないようだ。そういえば雪風も以前は苦手にしていたっけか。雪雨、レアディ、アロズと一緒にヒューとラミィがいた拠点に行った時まではそう感じていた。だけど戻ってきてみると少し打ち解けていたみたいでそう邪険にするような様子は見られなかった。
「ジュールもきっと分かるわ。彼も結構役に立つってね」
「……理解はできます。ですが、あのお酒臭い口でエールティア様の近くに来ることが許せないだけです!!」
……どうやら私が思っていた理由よりも随分簡潔だったようだ。こればっかりはきっぱりと断言される程度にはお酒の臭いを漂わせているレアディが悪い。確かにあれは臭うしね。
「てっきりああいう性格の人が嫌いだと思っていたのにね」
「勿論あまり好ましくはありません。ですが……他の方々の中にも似たような人がいますし、私もティア様には迷惑をおかけしましたから」
あはは、と乾いた笑みを浮かべているジュールは恥ずかしそうに慌てて深紅茶を口にする。そこらへんが可愛らしくてついつい私も笑ってしまった。
「あ、あの……あまり笑わないでください。恥ずかしいですから……」
そんな事を言われると尚更楽しくなってくる。こんなに笑ったのだっていつぶりかわからない。
……やっぱり、こういう時間って大切だなって本当に思った。この想い出があるだけでまた頑張れる。そんな気がするもの。
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