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621・吹っ切れた者の強さ(ハクロside)
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「くそ……なんでだよ」
先程まで弱っていた獲物が突如として息を吹き返し反撃してきた。それだけでも信じられない出来事のはずなのに、それ以上に自分の心によぎったある感情に苛立ちを覚えた。
――それは恐怖。エールティアに決闘を挑み敗北した時も彼は自分の優位性を確信していた。学園に入ったばかりの戦闘など知らぬはずのお嬢様に敗北を喫したあの日。その時に与えられた感情を何故か今再び思い出していた。二度と味わいたくないそれは屈辱の証。それがこの場で湧き上がるなど何か嫌な予感がしてならなかった。
振り払うように目の前の憎悪に視線を向け、睨みつけたその先には完全に力を解放させたハクロの姿。美しい毛並みはキラキラと輝き、白銀のような光を与えてくれる。それが全部で九本。土埃が舞う中でも一切汚れを感じさせないその姿はどこか神聖性すら備わっていた。
「ハクロ……!!」
「……僕は、本当はこんな力なんて必要なかった」
クリムに痛めつけられた身体には揺らめく小さな炎が点々としており、ハクロを守るようでもある。憎しみが込められた言葉から返ってきた言葉はクリムには向いておらず、遠い場所に放たれているようだ。
「自分の努力が実る時。それが人生の中での絶頂期になると思っていた。今まで馬鹿にされたり、下に見られたり……色んな辛酸を舐めても、努力で全て覆るって思っていた。だから、この力が目覚めて数日――高揚感が冷めた時は一番辛かった」
クリムの批難も視線も一切気にしていない様子で一人語りを続けるハクロ。それは自己の整理。改めて区切りを付けるための儀式のようなものだった。
「この……! 【フレイムインパクト】!」
そんな自問自答など聞いていられないと話を切り、攻撃を仕掛けるクリム。炎を纏った拳から放たれるストレートは最速の動きを取り、身体が持つ力を上手く引き出していた。
……それでもハクロの鼻を掠める事すら出来ない。炎が及ぼす効果も含めて避けられたクリムは今までの動きと違う事に驚愕の表情を浮かべていた。
「お前には感謝しているよ。僕はここに至るまで随分と悩んだからね。こうやって死ぬかもしれない……その寸前まで自分の気持ちに気付くこともなかったよ。だから――」
そこでようやくハクロはクリムを見据える。目の前の存在を認識したように。
「だから本気で殺す。それがお前への僕への気持ち。弔いだ」
「ふざけたことを……ぬかすなぁぁぁっっ!!」
懐に剣を隠すように体勢を取り、鋭く放つ一撃。
「【スローモーメント】!」
それと同時に一瞬だけ対象者の動きを遅くする魔導を放つ。これでハクロは逃げる事も防ぐ事も出来ない。最速の一撃で葬る。彼の戦略は完璧だった。
「【狐火】!」
しかしそれは【スローモーメント】の効果を知らなかった場合に限る。身体の動きは遅くなっても短い魔導名なら唱えきる事も不可能ではない。剣が迫る前に青白い狐の炎が目の前までやってきたクリムに命中し、彼は再び燃やされる恐怖に襲われる。
「ぐぅぅっ、あああぁぁぁ!!」
「う、うぅ……大げさだな。【殺生石】!」
体感速度が元に戻る感覚に慣れないまま更に追撃の魔導を放つ。エールティアには防がれてしまった渾身の一撃。向こうが見えるほどに透き通った大きな鉱石は敵に突き刺さりやすいように鋭くなっており、周辺にはそれを小型化して磨いたかのような物体が幾つも浮いていた。
傍から見たら綺麗な石の塊だが、ぶつけられる側からすれば異様に不気味に感じるようになっている。
なんとか【狐火】を振り払ったクリムの表情が恐怖で歪んでいるのが良い証拠だろう。……むしろそれは自分の戦法が破られたからかもしれないが。
「くそっ……こんなことで……! 俺はぁぁぁっっ!! 【ヒートスラッシュ】ゥゥゥ!!」
認められないと言いたげに吠えながら発動した魔導で剣に炎が纏わりつき、【殺生石】を防ぐ事に努めたが……それが完全な悪手だった。ハクロが発動した魔導はクリムが使っている市販の武器で耐えられるはずもなく、あっけなく折れてしまった。比較的良品といってもエールティアの放つ本気の【プロトンサンダー】と僅かでも拮抗出来る程の魔導を止められる訳がなかったのだ。
「あっ……」
それでも彼の【ヒートスラッシュ】は発動主を最後まで守ってくれた。なんとか【殺生石】の核の軌道を逸らし、衛星のように浮いている石がクリムの肩に当たるだけで留まった。
「ぐ、うぅぅぅぅ……」
なんとか防ぐ事が出来た――そう思った瞬間にクリムは激しい痛みに襲われる。全身に痛みが走り、転げまわりたくなるほどだ。
「まさかあれで防げたとは思っていないだろうな」
静かに近づくハクロに向かってクリムは睨みつける事しか出来ない。ハクロの【殺生石】は今まで彼が感じた痛みや苦しみを倍にして相手に与える魔導。どの箇所が当たったとしても同じ効果を与えるのだ。そしてそれは彼が今まで経験してきた苦痛を上回る。平凡なクリムにはうめくことすら出来ない程の激痛だった。
「さようならだ。クリム・ルーフ」
クリムの瞳は『助けてくれ』と訴えかけているようだった。しかしハクロはそれを無情にも知らないふりをして剣を振り下ろす。それがレイア・ルーフの兄であるクリムの最期であった。
先程まで弱っていた獲物が突如として息を吹き返し反撃してきた。それだけでも信じられない出来事のはずなのに、それ以上に自分の心によぎったある感情に苛立ちを覚えた。
――それは恐怖。エールティアに決闘を挑み敗北した時も彼は自分の優位性を確信していた。学園に入ったばかりの戦闘など知らぬはずのお嬢様に敗北を喫したあの日。その時に与えられた感情を何故か今再び思い出していた。二度と味わいたくないそれは屈辱の証。それがこの場で湧き上がるなど何か嫌な予感がしてならなかった。
振り払うように目の前の憎悪に視線を向け、睨みつけたその先には完全に力を解放させたハクロの姿。美しい毛並みはキラキラと輝き、白銀のような光を与えてくれる。それが全部で九本。土埃が舞う中でも一切汚れを感じさせないその姿はどこか神聖性すら備わっていた。
「ハクロ……!!」
「……僕は、本当はこんな力なんて必要なかった」
クリムに痛めつけられた身体には揺らめく小さな炎が点々としており、ハクロを守るようでもある。憎しみが込められた言葉から返ってきた言葉はクリムには向いておらず、遠い場所に放たれているようだ。
「自分の努力が実る時。それが人生の中での絶頂期になると思っていた。今まで馬鹿にされたり、下に見られたり……色んな辛酸を舐めても、努力で全て覆るって思っていた。だから、この力が目覚めて数日――高揚感が冷めた時は一番辛かった」
クリムの批難も視線も一切気にしていない様子で一人語りを続けるハクロ。それは自己の整理。改めて区切りを付けるための儀式のようなものだった。
「この……! 【フレイムインパクト】!」
そんな自問自答など聞いていられないと話を切り、攻撃を仕掛けるクリム。炎を纏った拳から放たれるストレートは最速の動きを取り、身体が持つ力を上手く引き出していた。
……それでもハクロの鼻を掠める事すら出来ない。炎が及ぼす効果も含めて避けられたクリムは今までの動きと違う事に驚愕の表情を浮かべていた。
「お前には感謝しているよ。僕はここに至るまで随分と悩んだからね。こうやって死ぬかもしれない……その寸前まで自分の気持ちに気付くこともなかったよ。だから――」
そこでようやくハクロはクリムを見据える。目の前の存在を認識したように。
「だから本気で殺す。それがお前への僕への気持ち。弔いだ」
「ふざけたことを……ぬかすなぁぁぁっっ!!」
懐に剣を隠すように体勢を取り、鋭く放つ一撃。
「【スローモーメント】!」
それと同時に一瞬だけ対象者の動きを遅くする魔導を放つ。これでハクロは逃げる事も防ぐ事も出来ない。最速の一撃で葬る。彼の戦略は完璧だった。
「【狐火】!」
しかしそれは【スローモーメント】の効果を知らなかった場合に限る。身体の動きは遅くなっても短い魔導名なら唱えきる事も不可能ではない。剣が迫る前に青白い狐の炎が目の前までやってきたクリムに命中し、彼は再び燃やされる恐怖に襲われる。
「ぐぅぅっ、あああぁぁぁ!!」
「う、うぅ……大げさだな。【殺生石】!」
体感速度が元に戻る感覚に慣れないまま更に追撃の魔導を放つ。エールティアには防がれてしまった渾身の一撃。向こうが見えるほどに透き通った大きな鉱石は敵に突き刺さりやすいように鋭くなっており、周辺にはそれを小型化して磨いたかのような物体が幾つも浮いていた。
傍から見たら綺麗な石の塊だが、ぶつけられる側からすれば異様に不気味に感じるようになっている。
なんとか【狐火】を振り払ったクリムの表情が恐怖で歪んでいるのが良い証拠だろう。……むしろそれは自分の戦法が破られたからかもしれないが。
「くそっ……こんなことで……! 俺はぁぁぁっっ!! 【ヒートスラッシュ】ゥゥゥ!!」
認められないと言いたげに吠えながら発動した魔導で剣に炎が纏わりつき、【殺生石】を防ぐ事に努めたが……それが完全な悪手だった。ハクロが発動した魔導はクリムが使っている市販の武器で耐えられるはずもなく、あっけなく折れてしまった。比較的良品といってもエールティアの放つ本気の【プロトンサンダー】と僅かでも拮抗出来る程の魔導を止められる訳がなかったのだ。
「あっ……」
それでも彼の【ヒートスラッシュ】は発動主を最後まで守ってくれた。なんとか【殺生石】の核の軌道を逸らし、衛星のように浮いている石がクリムの肩に当たるだけで留まった。
「ぐ、うぅぅぅぅ……」
なんとか防ぐ事が出来た――そう思った瞬間にクリムは激しい痛みに襲われる。全身に痛みが走り、転げまわりたくなるほどだ。
「まさかあれで防げたとは思っていないだろうな」
静かに近づくハクロに向かってクリムは睨みつける事しか出来ない。ハクロの【殺生石】は今まで彼が感じた痛みや苦しみを倍にして相手に与える魔導。どの箇所が当たったとしても同じ効果を与えるのだ。そしてそれは彼が今まで経験してきた苦痛を上回る。平凡なクリムにはうめくことすら出来ない程の激痛だった。
「さようならだ。クリム・ルーフ」
クリムの瞳は『助けてくれ』と訴えかけているようだった。しかしハクロはそれを無情にも知らないふりをして剣を振り下ろす。それがレイア・ルーフの兄であるクリムの最期であった。
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