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610・懐かしき再会

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 陣営の中は結構バタバタとしている。まだ陣を構築して間もないのだろう。とはいえ、テントは既に設置済み。それでも短時間にテントや食料を準備して軍勢を整えるなんてそう出来るものでもない。私がブリズラクに辿り着くのに大体三日。その間に準備して移動、陣の構築と迅速な展開をするのは流石だ。

「指揮官は……あそこですね」

 一番大きなテントには堂々とクォルトンの家紋が掲げられていて、ここが中心だとはっきりわかった。塗りつぶされた剣の上には冠。二つの盾の間に挟まれ守護されているかのような紋章だ。剣は聖黒族。冠はその頂点の女王。そして盾の一つは他国の境界線を守護するクリムウォル侯爵。残る一枚は内側を守るクォルトン卿を表しているらしい。聖黒族への忠誠心も高く、特にお父様と懇意にしているところからも納得な家紋だ。

 テントの中に入ると、中には渋い感じがする顔の狼人族の男性と……見たことのある狐人族の少年がいた。というかあれって――

「ハクロ先輩?」

 ぽつりと呟いた言葉が聞こえたのか、白い狐耳がぴくりとこちらの方を向いて彼は驚きながら私に視線を合わせた。

「エールティア殿下……」

 どこかばつが悪そうに顔を伏せたハクロ先輩とは対照的に顔に長い傷がある鋭い目をした狼人族の男性は僅かに目を細める。それだけで感情表現が苦手なタイプだとわかる程度に辿々しい感じがした。

「お初にお目にかかります。私はクォルトン伯爵の元で働かせてもらっているワルフと申します」
「エールティア・リシュファスよ。今回はイレアル男爵に対抗するためにここまでやってきたわ。よろしくね」

 頭を下げてきた指揮官ににこやかな笑顔を向ける。相手には見えていないけれど、こういうのは誰が見ているのかわからない。いい意味での感情表現は素直に行わないとね。

「それにハクロ先輩も」

 狐人――改めて銀狐族のハクロ先輩は気まずそうな表情でこちらを見ている。あまり視線を逸らすのも無礼になると判断したのだろう。私の方は見ているけど、なんだか見ていて複雑な気分になる。

「もう先輩ではありません。というより、学園ではありませんので」
「……そうね。ごめんなさい」

 他人行儀な態度を取ってくる事は悲しいけど、本来はこういう関係なのだ。これも仕方がない事だ。

「それで、イレアル男爵軍の行動はどうなっているの?」

 どうにも気まずい空気を振り払うべく話題を逸らすことにした。それにワルフは乗っかってくれた。

「はい。どうやら向こうも陣地を構えているようです。こちらの迅速な動きに対応してのことでしょう。内乱は長くなるべきではないのですが……」

 少し目を伏せた彼が何を案じているのかは大体見当がつく。国として一致団結しているのであれば一体感が生まれて士気が高まる。
 しかし内乱は違う。隣人だった者が敵になるかも知れないのだ。しかも相手は初代女王陛下を支えてきたフレイアールの血を引く黒竜人族。それに加えて今までティリアースを支えてくれていた貴族が数名と考えたら士気にも多かれ少なかれ影響があるだろう。

「はぁ……身内で戦っている場合じゃないのだけど、こうなったら仕方ないものね。私達にできることは一刻も早くこの下らない戦いを終わらせること。それに尽きるはず」
「向こうの兵士は何も思わないのでしょうか? 女王陛下に弓引くことになるのに……」

 ジュールは悲しげな表情を浮かべている。それに答えたのはワルフだった。

「国に忠誠を誓っている者達は何らかの手段で隔離されている可能性が高い。既に葬られているか放逐されたか……なんにせよ直接士気に影響を与える者は排除しているだろう。そうでなければある程度動きがあるはずだからな」

 その事には私も同意する。国がまとまっていないように彼らも一枚岩ではない。それぞれの思惑で動いている以上、統率が取れないなら排除するしかない。今のイレアル軍に正規兵がどれだけいるか怪しいものだ。

「向こうが始めたんだ。今更引く訳ないだろうが。それより遣いは送ったのか? 一応最初は交渉……だろ」
「それについては昨日送っている。しかし丸一日経っても戻ってこない以上――」

 既に殺されたと思った方がいい。彼の目はそう語っていた。

 離れているとはいえ、鳥車なら一日もかからない距離だ。本来ならわざわざ死地に赴くようなことをさせるべきではない。だけど相手の要求次第ではなんとか出来るかも知れない。そんな淡い期待があったからこそ実行したのだろう。

「ダークエルフ族に加味くみしている以上、どのような卑怯な行為を行なってもおかしくはない。開戦宣言もなく一方的に攻撃を開始してきた輩だからな」

 普通は侵攻する前に使者を送るものだ。それをせずに唐突に侵略してくる者と手を組んでいるのだから何をしてもおかしくはない。
 その事実にテントの中は暗い雰囲気が満ちてしまう。先はわからないけれど今は前に進むしかない。道を拓こうとするなら立ち止まることは出来ないのだから。
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