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593・撤退後の少女(ファリスside)
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目を覚ましたと同時にファリスが見たのは全く知らない天井だった。以前宿泊していた施設のそれとは違っているようで、寝ている状態から伝わってくるベッドの硬さにいまいち納得がいっていない様子だった。
「ここは――?」
戦場で倒れてからの記憶が一切存在しない。それは当然なのだが、なぜ自分が全く知らない宿で眠っているのか疑問が次々と湧き上がってくるのだ。
――コンコン。
ファリスが悶々とした様子で堂々巡りな悩みに耽っていると、扉をノックする音が聞こえ、開くと同時に聞き覚えのある声で「失礼します」と声を掛けていた。
「……ユヒト」
そこにはファリスが目覚めている事に対して驚いているユヒトがいた。
「ファリス様。お目覚めになったのですね」
「え、ええ。それで……今どうなっているの? 急な展開についていけないのだけれど……」
とりあえず状況説明だけはして欲しいとファリスはユヒトに訴えかけると、途端に困ったように笑みを浮かべてしまう。まるで悪い事でも起こったかのような様子に、ファリスは意識を失う直前に見た巨大なゴーレムの事を思い出していた。
「あのゴーレム……やっぱり本当にいたの?」
「……そうですね。私達は倒れているファリス様を見つけ、ワーゼルと共に貴女をベルン様率いる軍の元まで撤退しました」
やはりあれは夢ではなかったのだと改めて実感したファリスにユヒトは現在の状況を淡々と説明した。
ダークエルフ族の兵器や怪物達のせいでかなり戦力を削られ、その上で起動した巨大なゴーレムとの戦闘は不可能であるというベルンの判断から王都軍と合流した後、近くの町まで離脱。その後は五日の時間を掛けて現在滞在しているトルシュアと呼ばれる町で戦いに傷ついた身体を癒している最中である事。王都軍の中にはシルケット王も健在であり、国としての態勢は保つ事が出来る事など――一通りの説明をしたユヒトは少々疲れたように息を吐いていた。
「国民はどうなったの?」
「王都に残っていた者も全員避難しています。ただ急に決まった事でしたのであまり家財を持ち出すことが出来ずに困っている者もいるとか。こればかりは仕方がない事です」
ため息が漏れ出る。何とか命を繋ぐことが出来ても、現状はそれ以上の事が出来ない。それを暗に示していた。ファリスにも十分に伝わったが、今は他に聞きたいことがあるようだった。
「その間ゴーレムは何をしていたの?」
「ファリス様が気絶していた場所まで進んで例の巨大な砲を持っていきました。王都に向かうことなく……あの方向は恐らく……ティリアースだと思います」
「……そう」
ベッドの上で考えるのは様々な出来事。また倒れただとか、エールティアならなんとかしてくれるだとか。形容できない思いの数々にファリスは思わず顔に手を当てていた。
「わたし達に出来ることはもうないのね」
「……そうですね。今は休息の方が大事でしょう。ティリアースまで行くのは時間が掛かるでしょうから」
巨大ゴーレムの歩みは緩やかでシルケットの中央からならば絶えず歩き続けても半月は掛かる。その見解を元にシルケット軍は僅かな休息を取っていた。援軍要請に応えてくれた恩を返そう。助けてくれたからこそ今がある。共に戦おうとしている者達ばかりだった。
「ファリス様も今は身体を休めてください。細かいところは全てルォーグさんに任せれば問題ないですから」
「……そうさせてもらうわ」
ひとしきり話を終えたユヒトは静かに外へと出る。残されたのは満足に身体を動かすことができない少女が一人。
「はぁ……格好悪い……」
ぽつりと呟いたそれは空中に吸い込まれて消えていった。誰にも聞こえない悔しさ。あれだけ頑張って、倒れまいと踏ん張った結果がこれ。望んだ結果とはならず。全く動けない有様ですらある。情けなくて泣かなかった事だけでも立派だと本人は思っていた。
即興で人造命具を扱い、限界まで魔力を消費すればそうなるのも当然ではあるが、ファリスにとってそれは一般人の見解だった。初代魔王の力を僅かでも引いている彼女にそんな凡人のような体たらくは許されない。わがままであるからこそ、力を見せなければならないのだ。それが出来ない。苦痛でしかなかった。
「……弱いなぁ、わたし」
強いと言い聞かせていた彼女から漏れ出た単語は彼女の気持ちをより落ち込ませる結果になった。他に誰もいない中、もっと強くならないと……と改めて決意した。誰の為でもなく他でもない自分の為に。
エールティアにとって恥ずかしくない自分である為に。
それは今まで自分本位に生きてきたファリスにとって中々考えつくものではなかった。
自らの弱さを認めて彼女は大人しく療養することを決めた。しばらくして見舞いにきてくれたオルド、ワーゼル、ククオルの三人には決して気付かれないように心を落ち着かせて普段通りの自分に戻る。ワーゼルとククオルは実に嬉しそうに笑い、オルドは若干照れくさいのか少し頰を緩ませる程度だったが、ファリスの事をどれほど心配しているか伝わってくる。
そんな彼らに合わせるようにファリスも知らず知らず笑みを浮かべていた。今はただ、彼らを失わずに済んだ。そう安堵しながら――
「ここは――?」
戦場で倒れてからの記憶が一切存在しない。それは当然なのだが、なぜ自分が全く知らない宿で眠っているのか疑問が次々と湧き上がってくるのだ。
――コンコン。
ファリスが悶々とした様子で堂々巡りな悩みに耽っていると、扉をノックする音が聞こえ、開くと同時に聞き覚えのある声で「失礼します」と声を掛けていた。
「……ユヒト」
そこにはファリスが目覚めている事に対して驚いているユヒトがいた。
「ファリス様。お目覚めになったのですね」
「え、ええ。それで……今どうなっているの? 急な展開についていけないのだけれど……」
とりあえず状況説明だけはして欲しいとファリスはユヒトに訴えかけると、途端に困ったように笑みを浮かべてしまう。まるで悪い事でも起こったかのような様子に、ファリスは意識を失う直前に見た巨大なゴーレムの事を思い出していた。
「あのゴーレム……やっぱり本当にいたの?」
「……そうですね。私達は倒れているファリス様を見つけ、ワーゼルと共に貴女をベルン様率いる軍の元まで撤退しました」
やはりあれは夢ではなかったのだと改めて実感したファリスにユヒトは現在の状況を淡々と説明した。
ダークエルフ族の兵器や怪物達のせいでかなり戦力を削られ、その上で起動した巨大なゴーレムとの戦闘は不可能であるというベルンの判断から王都軍と合流した後、近くの町まで離脱。その後は五日の時間を掛けて現在滞在しているトルシュアと呼ばれる町で戦いに傷ついた身体を癒している最中である事。王都軍の中にはシルケット王も健在であり、国としての態勢は保つ事が出来る事など――一通りの説明をしたユヒトは少々疲れたように息を吐いていた。
「国民はどうなったの?」
「王都に残っていた者も全員避難しています。ただ急に決まった事でしたのであまり家財を持ち出すことが出来ずに困っている者もいるとか。こればかりは仕方がない事です」
ため息が漏れ出る。何とか命を繋ぐことが出来ても、現状はそれ以上の事が出来ない。それを暗に示していた。ファリスにも十分に伝わったが、今は他に聞きたいことがあるようだった。
「その間ゴーレムは何をしていたの?」
「ファリス様が気絶していた場所まで進んで例の巨大な砲を持っていきました。王都に向かうことなく……あの方向は恐らく……ティリアースだと思います」
「……そう」
ベッドの上で考えるのは様々な出来事。また倒れただとか、エールティアならなんとかしてくれるだとか。形容できない思いの数々にファリスは思わず顔に手を当てていた。
「わたし達に出来ることはもうないのね」
「……そうですね。今は休息の方が大事でしょう。ティリアースまで行くのは時間が掛かるでしょうから」
巨大ゴーレムの歩みは緩やかでシルケットの中央からならば絶えず歩き続けても半月は掛かる。その見解を元にシルケット軍は僅かな休息を取っていた。援軍要請に応えてくれた恩を返そう。助けてくれたからこそ今がある。共に戦おうとしている者達ばかりだった。
「ファリス様も今は身体を休めてください。細かいところは全てルォーグさんに任せれば問題ないですから」
「……そうさせてもらうわ」
ひとしきり話を終えたユヒトは静かに外へと出る。残されたのは満足に身体を動かすことができない少女が一人。
「はぁ……格好悪い……」
ぽつりと呟いたそれは空中に吸い込まれて消えていった。誰にも聞こえない悔しさ。あれだけ頑張って、倒れまいと踏ん張った結果がこれ。望んだ結果とはならず。全く動けない有様ですらある。情けなくて泣かなかった事だけでも立派だと本人は思っていた。
即興で人造命具を扱い、限界まで魔力を消費すればそうなるのも当然ではあるが、ファリスにとってそれは一般人の見解だった。初代魔王の力を僅かでも引いている彼女にそんな凡人のような体たらくは許されない。わがままであるからこそ、力を見せなければならないのだ。それが出来ない。苦痛でしかなかった。
「……弱いなぁ、わたし」
強いと言い聞かせていた彼女から漏れ出た単語は彼女の気持ちをより落ち込ませる結果になった。他に誰もいない中、もっと強くならないと……と改めて決意した。誰の為でもなく他でもない自分の為に。
エールティアにとって恥ずかしくない自分である為に。
それは今まで自分本位に生きてきたファリスにとって中々考えつくものではなかった。
自らの弱さを認めて彼女は大人しく療養することを決めた。しばらくして見舞いにきてくれたオルド、ワーゼル、ククオルの三人には決して気付かれないように心を落ち着かせて普段通りの自分に戻る。ワーゼルとククオルは実に嬉しそうに笑い、オルドは若干照れくさいのか少し頰を緩ませる程度だったが、ファリスの事をどれほど心配しているか伝わってくる。
そんな彼らに合わせるようにファリスも知らず知らず笑みを浮かべていた。今はただ、彼らを失わずに済んだ。そう安堵しながら――
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