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581・絶望深まる(ファリスside)

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 先手を打ったのはファリス。【シャドウウェポンズ】によって生み出した影の武器を次々と撃ちだし、男の足を止め、狙いを定める。

「【フラムブランライン】!!」

 収縮された【フラムブランシュ】は名を変え威力を変え、光の速さで黒竜人族の男に襲いかかる。

 ――捉えた。

 ファリスの確信は瞬く間に裏切られる。確実に当たったと思っていたそれは僅かに頭を下げて掠める程度でとどまる。もちろん、十分に激痛を与えるはずなのだが、男はまっすぐ突進してくる。単純な動きに単純な攻撃。軌道。しかしそれは速さで補われる。

 自分の知覚外からの速さで迫り来る爪に対応するには自らも直感を信じるしかない。
 斜め下から上がるような動きで放たれた爪を辛うじて避ける。これは先程の攻防と似た結果。問題なのはその先だった。唐突に竜創爪が緑色の光を帯びたかと思うと、振り上げられた爪から風の刃が解き放たれる。

「なっ……!?」

 予想外の出来事にファリスは咄嗟に後ろに飛ぶ。頰が裂け、血が滲む。完璧な対応は出来なかったが、あの奇襲を上手く避けたことに関してはよくやったことだろう。

「くっ……」

(やっぱりアレを使わないと対応できない。だけど――いや)

 一瞬のためらいが命を奪う。そんな局面に使える手があるのならば使わなければいけない。ファリスは決断した瞳で男に対処するための魔導を発動させる。

「【シックスセンシズ】!!」

 六感全てに働きかけ、鋭敏にする魔導。発動と同時に吐き気がする程の血の臭いとまとわりつくような空気が肌に張り付く。幸いにも寒さや暑さに敏感になる事はないが、痛みを受ければ何倍にもなってはねかえってくる。メリットも大きいが、強敵相手には決して目をつぶる事が出来ないデメリットを持っている。

 しかしファリスはその切り札を使うしかなかった。

「さあ、行くよ……!」

 とんとんと軽くステップを踏んで身体を動かしたファリスは【アジャイルブースト】で一気に距離を詰める。近接戦にもつれ込むとは思っていなかった男は反応が遅れ、そこに絶好の機会が生まれる。
 ファリスは自身の事をよく理解していた。力は魔導で強化しなければ成人した男より多少強い程度であり、目の前の男の硬い竜鱗を貫けるほどではないし、どんな打撃を与えても大したダメージには繋がらないだろうと。
 呑気に強化していれば間違いなくその隙を男は突いてくる。その確信があった。実力が未知数の相手。時間をかけるわけにはいかない。
 ならばと言わんばかりに男の後ろに回ったと同時に【アジャイルブースト】を切り、敵が反応する前に膝裏を踏みぬく。どちらか片方が地面につけばいい。【シックスセンシズ】で感覚を研ぎ澄ませ、体感速度を上昇させ、【アジャイルブースト】で相手の背後を速やかに取り不意打ちを敢行する。片膝を付いた状態でようやく動き出した男だが、ファリスは立ち上がる前に身体ごとぶつかり、男の後ろ頭を握るように手をかざす。

「【フラムブランライン】!!」

 瞬間、男の後ろ頭に向かって無慈悲な一撃が放たれる。
 ゼロ距離魔導によって一切の逃げ場を封じられた男の頭を撃ち抜いた白い熱線は大地を抉り、穴をあける。
 暴れながら立ち上がろうとしていた男は最初は身体を動かしていたが、やがて頭から信号がぷっつり途絶えたかのようにだらんと力が抜けていった。もう一発撃つべきかと悩んでいたファリスだったが、無駄な魔力を使う必要はない。あれで生きているはずがないのだから。

「はぁー……」

 本当ならば真正面から戦って力尽くで勝利をもぎ取りたい気持ちがあった。ファリス自身、こんな不意打ち攻撃で相手の命を奪う事は不本意だったのだが――

「残念だけど、戦争をしているのよね」

 ただの戦いじゃない。ダークエルフ族が持ち掛けた相手を徹底的にぶちのめす戦争なのだ。敵を殺し、屈服させ、隷属させる。自分こそがお前達の主なのだと示す為だけに行われたもの。そして聖黒族にとっては互いが滅びるまで殺し合う根絶戦争でもある。そんな状況で正々堂々など鼻で笑ってしまう程度の価値しかない。どんな事をしてでも勝利を収める。ファリスにはその覚悟があった。そして――

「あ、あはは……本気って事ね」

 それはダークエルフ族も同じ。敵もそのつもり出来ているのだから、こちらも必ず勝って相手を滅ぼす。その覚悟はとうに出来ていたようだった。
 思わず乾いた笑みを浮かべたファリスが見た光景は信じられないものだった。いつのまにかダークエルフ族は後ろに下がり、数々の兵器も離れていたのには違和感を抱いていたが、それは今になってはっきりと理解させられた。ファリスが先程倒した歪な黒竜人族と同じような姿をしている男女がおよそ十人。全員がちぐはぐな腕や足をしており、中には顔の半分が竜鱗に覆われているものまでいてより一層異形感が溢れていた。そのどれもが狂気を宿しており、互いに敵として認識していないのが不思議なほどだ。

 背中に冷や汗が流れるのを抑えられないファリスは、自然と口角が上がり、目が少し大きく開く。不意打ちで始末したことにどこか後味の悪さを感じながら言い訳している自分が馬鹿らしくなる程度に……ファリスは久しぶりの高揚を覚えていた。
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