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558・純粋なたくらみ(ファリスside)
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「……無念」
地面に貼り付けにされたまま、ぽつりと一言。オルドの攻撃をものともせずに戦ったクロイズの姿を見れば、彼が完敗した事実がより浮き彫りになった。なにせあれだけ殴られたはずなのに傷の一つも存在していなかったのだから。
「これで満足か?」
「……ええ。ここまで手も足も出ないとは思いませんでした。完膚なきまでに打ちのめされたのは二度目です」
既に戦意を失っていたオルドの身体は氷の呪縛から解け、既に自由になっていた。しかし彼は一切動くことが出来ず、ただ空を見上げるのみ。それほど悔しかったのだ。自らの無力さ。部隊を率いる者として強くあらねばならないという想いから鍛え上げてきたものを全て粉々にされた気分だった。
「気にするな。その未熟な技でよく戦った。向上心さえ忘れなければお前はまだ強くなることが出来るだろう。精進する事を忘れるな」
慰めているのか馬鹿にしているのかわからない程の淡々と話すクロイズの言葉をオルドは素直に受け止めた。本来ならもっと簡単に――それこそ子供をあしらうようにあっさりと倒すことが出来るだろう。それをしなかったのはオルドの心を少しでも汲み取ってあげようという意志があった証であった。
「……肝に銘じておきましょう。ありがとうございます」
立ち上がったオルドの瞳には敗北した悔しさはあっても戦いを挑んだ事に対する後悔は微塵もなかった。
敗者は去るのみ――とでも言うかのように静かに立ち上がり、鳥車の方へと去って――行こうとした瞬間、思い出したようにクロイズの近くまで戻り、静かに観戦していたワーゼルを掴む。
「お前もこっちにこい」
「た、隊長!? ちょ、ちょっと離してくださいよ!」
「だったらしっかり歩け。お前がいたらファリス様の邪魔になるだろう」
がっちりと脇に抱いてじたばたと暴れているワーゼルを引き連れて鳥車へと退場したオルドを見送り、残されたのはファリスとクロイズの二人のみ。
「……随分と強いみたいだけど、一つ聞いていい?」
「好きにせよ」
終始変わらぬ上から目線。自らに確固とした自身がある証拠だろう。同じ位自信を持っているファリスとどこか似通っているのかもしれない。
「あなた、ダークエルフ族の奴らの指示でわたし達を追ってきたの?」
「ダーク……?」
これほどの強者でしかも現在シルケットで黒竜人族が存在するなんて話は聞いた事がなかった。戦時中という事もあって観光客という可能性も低い。一番高いのは複製体で未だダークエルフ族に加担している可能性だった。しかしファリスの思惑とは違ってクロイズはきょとんとしていた。
「知らないとは言わないでしょう? あのエルフ族もどきの――」
「……ああ、あやつらか」
ようやく誰の事を指しているのか理解したクロイズは、何故かおかしそうに笑った。
「ふっ、ははは、確かにあやつらの業が我を呼び覚ましたのは確かだが……何故彼奴等の為に働かねばならぬ?」
「それは――他に寄る辺がなかった……とか。特に何も目的がなかったからとりあえずとか」
思いもよらぬ返答に戸惑い、自分がそうであったように適当な事を考えてその問いに答える。
「ふん、例えそうであったとしてもあの程度の低い者どもの命令に従う道理は存在しない。我を支配出来得る存在はこの世にただ一つ。それ即ち我のみ」
「……そう」
格好付けて言っているようにしか思えない口調のクロイズだが、とてもそんな事を口に出来る雰囲気ではなかった真剣そのものなのだから。
「まあいいわ。あなたが奴らの命令で来たんじゃなかったらどうでもいいし」
聞きたい、気になる事はまだあるが、ファリスはそれを言葉にしなかった。
「聞きたいことはそれだけか?」
「ええ。『一つ聞く』だけですもの。今は他に必要ない」
後は戦うだけ――そう言わんばかりの態度で戦闘態勢を取った。その様子を見たクロイズは楽しそうに目を細める。
「ふふ、それでいい。ぐだぐだと長い口上は必要あるまい。掛かってくるがいい」
後に聞いても先に聞いてもどうせ戦う事になる。最初から殺すつもりなのであればこのような決闘方式にはせずにさっさと実力に訴え始末する事が出来る程の能力を持ち合わせている。だからファリス派最初はリュネーを連れ去り、聖黒族であるファリスを捕らえようとしていたのかと考えていた。
……が、実際は何のことはない。何かを確かめたいから戦う。それだけが理由だと気付いたのだ。殺すつもりがないのであれば、わざわざ一生懸命に調べる必要はない。後からじっくり教わればいいのだから。
「それじゃあ遠慮なく……【フラムブランシュ】!」
言われるがままに先制攻撃の魔導を発動させる。白く染まる炎の熱線が与えられた魔力のままに周囲を焼き払いながらクロイズに襲い掛かる。にやりと不敵に笑うクロイズは口を大きく開き、口元に魔力を練り上げ塊を作り出し、一気に解き放つ。黒い炎が白い熱線と激しくぶつかり合って拮抗して――二人の中間で激しい爆発を引き起こす。それを皮切りに全く同時に距離を詰めて交戦に移る。
――今、二人の戦いが幕を開ける。
地面に貼り付けにされたまま、ぽつりと一言。オルドの攻撃をものともせずに戦ったクロイズの姿を見れば、彼が完敗した事実がより浮き彫りになった。なにせあれだけ殴られたはずなのに傷の一つも存在していなかったのだから。
「これで満足か?」
「……ええ。ここまで手も足も出ないとは思いませんでした。完膚なきまでに打ちのめされたのは二度目です」
既に戦意を失っていたオルドの身体は氷の呪縛から解け、既に自由になっていた。しかし彼は一切動くことが出来ず、ただ空を見上げるのみ。それほど悔しかったのだ。自らの無力さ。部隊を率いる者として強くあらねばならないという想いから鍛え上げてきたものを全て粉々にされた気分だった。
「気にするな。その未熟な技でよく戦った。向上心さえ忘れなければお前はまだ強くなることが出来るだろう。精進する事を忘れるな」
慰めているのか馬鹿にしているのかわからない程の淡々と話すクロイズの言葉をオルドは素直に受け止めた。本来ならもっと簡単に――それこそ子供をあしらうようにあっさりと倒すことが出来るだろう。それをしなかったのはオルドの心を少しでも汲み取ってあげようという意志があった証であった。
「……肝に銘じておきましょう。ありがとうございます」
立ち上がったオルドの瞳には敗北した悔しさはあっても戦いを挑んだ事に対する後悔は微塵もなかった。
敗者は去るのみ――とでも言うかのように静かに立ち上がり、鳥車の方へと去って――行こうとした瞬間、思い出したようにクロイズの近くまで戻り、静かに観戦していたワーゼルを掴む。
「お前もこっちにこい」
「た、隊長!? ちょ、ちょっと離してくださいよ!」
「だったらしっかり歩け。お前がいたらファリス様の邪魔になるだろう」
がっちりと脇に抱いてじたばたと暴れているワーゼルを引き連れて鳥車へと退場したオルドを見送り、残されたのはファリスとクロイズの二人のみ。
「……随分と強いみたいだけど、一つ聞いていい?」
「好きにせよ」
終始変わらぬ上から目線。自らに確固とした自身がある証拠だろう。同じ位自信を持っているファリスとどこか似通っているのかもしれない。
「あなた、ダークエルフ族の奴らの指示でわたし達を追ってきたの?」
「ダーク……?」
これほどの強者でしかも現在シルケットで黒竜人族が存在するなんて話は聞いた事がなかった。戦時中という事もあって観光客という可能性も低い。一番高いのは複製体で未だダークエルフ族に加担している可能性だった。しかしファリスの思惑とは違ってクロイズはきょとんとしていた。
「知らないとは言わないでしょう? あのエルフ族もどきの――」
「……ああ、あやつらか」
ようやく誰の事を指しているのか理解したクロイズは、何故かおかしそうに笑った。
「ふっ、ははは、確かにあやつらの業が我を呼び覚ましたのは確かだが……何故彼奴等の為に働かねばならぬ?」
「それは――他に寄る辺がなかった……とか。特に何も目的がなかったからとりあえずとか」
思いもよらぬ返答に戸惑い、自分がそうであったように適当な事を考えてその問いに答える。
「ふん、例えそうであったとしてもあの程度の低い者どもの命令に従う道理は存在しない。我を支配出来得る存在はこの世にただ一つ。それ即ち我のみ」
「……そう」
格好付けて言っているようにしか思えない口調のクロイズだが、とてもそんな事を口に出来る雰囲気ではなかった真剣そのものなのだから。
「まあいいわ。あなたが奴らの命令で来たんじゃなかったらどうでもいいし」
聞きたい、気になる事はまだあるが、ファリスはそれを言葉にしなかった。
「聞きたいことはそれだけか?」
「ええ。『一つ聞く』だけですもの。今は他に必要ない」
後は戦うだけ――そう言わんばかりの態度で戦闘態勢を取った。その様子を見たクロイズは楽しそうに目を細める。
「ふふ、それでいい。ぐだぐだと長い口上は必要あるまい。掛かってくるがいい」
後に聞いても先に聞いてもどうせ戦う事になる。最初から殺すつもりなのであればこのような決闘方式にはせずにさっさと実力に訴え始末する事が出来る程の能力を持ち合わせている。だからファリス派最初はリュネーを連れ去り、聖黒族であるファリスを捕らえようとしていたのかと考えていた。
……が、実際は何のことはない。何かを確かめたいから戦う。それだけが理由だと気付いたのだ。殺すつもりがないのであれば、わざわざ一生懸命に調べる必要はない。後からじっくり教わればいいのだから。
「それじゃあ遠慮なく……【フラムブランシュ】!」
言われるがままに先制攻撃の魔導を発動させる。白く染まる炎の熱線が与えられた魔力のままに周囲を焼き払いながらクロイズに襲い掛かる。にやりと不敵に笑うクロイズは口を大きく開き、口元に魔力を練り上げ塊を作り出し、一気に解き放つ。黒い炎が白い熱線と激しくぶつかり合って拮抗して――二人の中間で激しい爆発を引き起こす。それを皮切りに全く同時に距離を詰めて交戦に移る。
――今、二人の戦いが幕を開ける。
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