548 / 676
548・恐ろしくも儚いもの(ククオルside)
しおりを挟む
「ちっ、数ばかり多くて!」
迫りくる刃を紙一重でかわし、お返しだと言わんばかりに敵兵の喉に深々と刃を突き立てたユヒトは忌々しいものを見るように呟く。ファリスの魔導で敵兵の数は徐々に減ってきてはいるが、それでも彼らが中央辺りに差し掛かった時にはそこで足が止まってしまった。これ以上前方にファリスが広範囲魔導を放てば間違いなくオルドが巻き込まれてしまう。それが出来ない以上、残りはユヒトとワーゼルでなんとかするしかなかった。ククオルにリュネーを預け、戦線に加わった彼らは一刻も早くオルドと合流しなければという想いから目の前の敵を一人、また一人と倒していった。
ククオルは若干重そうにリュネーを背負い、少しでも彼らの補助になればと敵を洗脳する【マインド・オブ・チェンジ】や幻を見せる霧を発生させる【ミストイリュージョン】などの魔導を駆使してサポートに回る。
「開け。【幽世の門】!」
残ったファリスは後方から続々と駆け付けてくる敵兵の相手をしていた。地面に扉が出現し、開くと同時にそこからひらひらと紫色の蝶が舞い始める。鮮やかな鱗粉をまき散らしてどこか現実離れした光景。遠くから見れば神秘的で美しくも思うだろう。しかし――
「な、なん――あ、あぁぁぁぁぁ!!」
「どう――!?」
門の下や近くにいた者達にとって言えば、それは正に黄泉へと誘う使者と言える存在だった。
優雅に舞う蝶に触れた瞬間、意識が飛び、魂が抜け、門の向こうへと引きずり込まれる。はっきりと白い幽体のようなものまで見え、蝶にふわりふわりと寄り添って門へと戻っていく姿などは恐怖でしかない。
次々と倒れ伏していく彼らの身体や抜け出した魂が吸い込まれるように紫の蝶の周りを浮遊しているのも見る度に、彼らは『次は自分の番だ』と自覚させられ、恐怖に怯える。
「うわぁ……」
それを見ているククオルがその光景に魅せられているのがわかる。恐ろしいものほど人は魅入られるものだ。
「危ないから近づかないで。巻き込まれるよ」
「え?」
「わたし以外は全員対象だから。中々誰が味方なんてイメージできないし、面倒だしね」
厳密にいえば彼女が名前を覚えている者は対象外にすることが可能なのだが、自分が興味を持てない人物の事など一々気に掛ける訳がない。結局全方位に効果を及ぼすのが彼女の魔導のデメリットだった。
それを聞いて恐れながらも惹きこまれつつあったククオルは慌てて後ろに下がった。こんなことで巻き添えを食うのは御免だからだ。
それでも惹かれるのは人の生死の儚さによるものだろうか。ククオルは自然と視線が【幽世の門】へと向けられる。
(……これほど美しいものがこの世にあるなんて。私は……私にも、こんな景色が作れるでしょうか? ああ――今こんな事を思うなんて不謹慎なのでしょうけど、もっと……ずっと、この光景を見ていたい)
ワーゼルやユヒトはオルドを救おうと一生懸命戦っている。罪悪感に苛まれながらも、ククオルはその光景に目を背ける事は出来ない。他者の命を儚くも美しく散らせる魔導。どんな系統であれ『美しさ』を重視していた。魅了されるのも仕方のない事だろう。
「くっ、くそ……ククオル! お前も手伝ってくれ!」
「――! あ、は、はい!!」
意識がファリスの方に向いていたククオルは、ワーゼルに呼びかけられて慌ててそちらの方を向く。深いイメージ。もっと美しいもの。妖しくも美しい蝶の姿。命に触れると燃え上がるもの。
「――【妖死燃蝶】」
ククオルの背後から黒く虚ろな穴のような空間が大きく開き、ファリスが生み出したものとは違う仄かに赤い蝶々の群れがダークエルフ族の兵士達に次々と向かっていく。【幽世の門】から放たれた蝶による惨劇を目の当たりにした彼らはトラウマを植え付けられたかのように動けなくなる。
「ちょ、ちょっと待ってください! それは――」
「大丈夫ですよ。私のはファリス様のとは違いますから」
ファリスの魔導が無差別だという事を教えられていたユヒトは恐れ慄きながら蝶を避ける。当然だ。あの様子を目の当たりにした者なら恐れない訳がない。なんとか触れずに――と思っていても密集している軍勢にそれは不可能と言える。剣を振り下ろし、接触しないように防ごうとしたその瞬間。
「が、あ、あぁぁっぁああぁぁぁぁあ!!!」
凄まじい絶叫。剣で切り裂かれた蝶の恨みとでもいうべきだろうか。真っ二つになったそれは標的を見つけたかのように敵兵に移り、瞬く間に燃え広がる。
「ウ、【ウォーターブレス】!!」
これ以上燃えないように水を噴出させる魔導を発動させたようだが、その瞬間にじゅうううぅぅぅ……という音が広がる。しかし、それは焼け石に水……よりも尚酷い。一切消化できる様子もなく、淡々と炎は恨みを晴らすかのようにその兵士を焼き尽くしていく。完全に灰になり、風にのって消えていくまで。
「ひ、ひぃぃぃ……」
その光景を間近で見た者は更なる恐怖に襲われる。なにしろ後ろでは魂を奪われ、前方では死ぬまで焼き尽くされていく。ワーゼルとユヒトはただ顔を引きつらせ、リュネーが今気絶していて本当に良かったと思わざるを得なかった。
(ふふ、美しい。私の魔導はまた一歩、理想に近づきました。ファリス様。本当にありがとうございます)
その中でただ一人。ククオルだけが蝶に触れ燃えていく兵士をうっとりと眺めているのだった。
迫りくる刃を紙一重でかわし、お返しだと言わんばかりに敵兵の喉に深々と刃を突き立てたユヒトは忌々しいものを見るように呟く。ファリスの魔導で敵兵の数は徐々に減ってきてはいるが、それでも彼らが中央辺りに差し掛かった時にはそこで足が止まってしまった。これ以上前方にファリスが広範囲魔導を放てば間違いなくオルドが巻き込まれてしまう。それが出来ない以上、残りはユヒトとワーゼルでなんとかするしかなかった。ククオルにリュネーを預け、戦線に加わった彼らは一刻も早くオルドと合流しなければという想いから目の前の敵を一人、また一人と倒していった。
ククオルは若干重そうにリュネーを背負い、少しでも彼らの補助になればと敵を洗脳する【マインド・オブ・チェンジ】や幻を見せる霧を発生させる【ミストイリュージョン】などの魔導を駆使してサポートに回る。
「開け。【幽世の門】!」
残ったファリスは後方から続々と駆け付けてくる敵兵の相手をしていた。地面に扉が出現し、開くと同時にそこからひらひらと紫色の蝶が舞い始める。鮮やかな鱗粉をまき散らしてどこか現実離れした光景。遠くから見れば神秘的で美しくも思うだろう。しかし――
「な、なん――あ、あぁぁぁぁぁ!!」
「どう――!?」
門の下や近くにいた者達にとって言えば、それは正に黄泉へと誘う使者と言える存在だった。
優雅に舞う蝶に触れた瞬間、意識が飛び、魂が抜け、門の向こうへと引きずり込まれる。はっきりと白い幽体のようなものまで見え、蝶にふわりふわりと寄り添って門へと戻っていく姿などは恐怖でしかない。
次々と倒れ伏していく彼らの身体や抜け出した魂が吸い込まれるように紫の蝶の周りを浮遊しているのも見る度に、彼らは『次は自分の番だ』と自覚させられ、恐怖に怯える。
「うわぁ……」
それを見ているククオルがその光景に魅せられているのがわかる。恐ろしいものほど人は魅入られるものだ。
「危ないから近づかないで。巻き込まれるよ」
「え?」
「わたし以外は全員対象だから。中々誰が味方なんてイメージできないし、面倒だしね」
厳密にいえば彼女が名前を覚えている者は対象外にすることが可能なのだが、自分が興味を持てない人物の事など一々気に掛ける訳がない。結局全方位に効果を及ぼすのが彼女の魔導のデメリットだった。
それを聞いて恐れながらも惹きこまれつつあったククオルは慌てて後ろに下がった。こんなことで巻き添えを食うのは御免だからだ。
それでも惹かれるのは人の生死の儚さによるものだろうか。ククオルは自然と視線が【幽世の門】へと向けられる。
(……これほど美しいものがこの世にあるなんて。私は……私にも、こんな景色が作れるでしょうか? ああ――今こんな事を思うなんて不謹慎なのでしょうけど、もっと……ずっと、この光景を見ていたい)
ワーゼルやユヒトはオルドを救おうと一生懸命戦っている。罪悪感に苛まれながらも、ククオルはその光景に目を背ける事は出来ない。他者の命を儚くも美しく散らせる魔導。どんな系統であれ『美しさ』を重視していた。魅了されるのも仕方のない事だろう。
「くっ、くそ……ククオル! お前も手伝ってくれ!」
「――! あ、は、はい!!」
意識がファリスの方に向いていたククオルは、ワーゼルに呼びかけられて慌ててそちらの方を向く。深いイメージ。もっと美しいもの。妖しくも美しい蝶の姿。命に触れると燃え上がるもの。
「――【妖死燃蝶】」
ククオルの背後から黒く虚ろな穴のような空間が大きく開き、ファリスが生み出したものとは違う仄かに赤い蝶々の群れがダークエルフ族の兵士達に次々と向かっていく。【幽世の門】から放たれた蝶による惨劇を目の当たりにした彼らはトラウマを植え付けられたかのように動けなくなる。
「ちょ、ちょっと待ってください! それは――」
「大丈夫ですよ。私のはファリス様のとは違いますから」
ファリスの魔導が無差別だという事を教えられていたユヒトは恐れ慄きながら蝶を避ける。当然だ。あの様子を目の当たりにした者なら恐れない訳がない。なんとか触れずに――と思っていても密集している軍勢にそれは不可能と言える。剣を振り下ろし、接触しないように防ごうとしたその瞬間。
「が、あ、あぁぁっぁああぁぁぁぁあ!!!」
凄まじい絶叫。剣で切り裂かれた蝶の恨みとでもいうべきだろうか。真っ二つになったそれは標的を見つけたかのように敵兵に移り、瞬く間に燃え広がる。
「ウ、【ウォーターブレス】!!」
これ以上燃えないように水を噴出させる魔導を発動させたようだが、その瞬間にじゅうううぅぅぅ……という音が広がる。しかし、それは焼け石に水……よりも尚酷い。一切消化できる様子もなく、淡々と炎は恨みを晴らすかのようにその兵士を焼き尽くしていく。完全に灰になり、風にのって消えていくまで。
「ひ、ひぃぃぃ……」
その光景を間近で見た者は更なる恐怖に襲われる。なにしろ後ろでは魂を奪われ、前方では死ぬまで焼き尽くされていく。ワーゼルとユヒトはただ顔を引きつらせ、リュネーが今気絶していて本当に良かったと思わざるを得なかった。
(ふふ、美しい。私の魔導はまた一歩、理想に近づきました。ファリス様。本当にありがとうございます)
その中でただ一人。ククオルだけが蝶に触れ燃えていく兵士をうっとりと眺めているのだった。
0
お気に入りに追加
160
あなたにおすすめの小説
飯屋の娘は魔法を使いたくない?
秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。
魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。
それを見ていた貴族の青年が…。
異世界転生の話です。
のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。
※ 表紙は星影さんの作品です。
※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。
余命半年のはずが?異世界生活始めます
ゆぃ♫
ファンタジー
静波杏花、本日病院で健康診断の結果を聞きに行き半年の余命と判明…
不運が重なり、途方に暮れていると…
確認はしていますが、拙い文章で誤字脱字もありますが読んでいただけると嬉しいです。
実家が没落したので、こうなったら落ちるところまで落ちてやります。
黒蜜きな粉
ファンタジー
ある日を境にタニヤの生活は変わってしまった。
実家は爵位を剥奪され、領地を没収された。
父は刑死、それにショックを受けた母は自ら命を絶った。
まだ学生だったタニヤは学費が払えなくなり学校を退学。
そんなタニヤが生活費を稼ぐために始めたのは冒険者だった。
しかし、どこへ行っても元貴族とバレると嫌がらせを受けてしまう。
いい加減にこんな生活はうんざりだと思っていたときに出会ったのは、商人だと名乗る怪しい者たちだった。
騙されていたって構わない。
もう金に困ることなくお腹いっぱい食べられるなら、裏家業だろうがなんでもやってやる。
タニヤは商人の元へ転職することを決意する。
大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる
遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」
「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」
S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。
村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。
しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。
とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。
転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜
家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。
そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?!
しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...?
ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...?
不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。
拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。
小説家になろう様でも公開しております。
【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革
うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。
優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。
家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。
主人公は、魔法・知識チートは持っていません。
加筆修正しました。
お手に取って頂けたら嬉しいです。
公爵家三男に転生しましたが・・・
キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが…
色々と本当に色々とありまして・・・
転生しました。
前世は女性でしたが異世界では男!
記憶持ち葛藤をご覧下さい。
作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる