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548・恐ろしくも儚いもの(ククオルside)

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「ちっ、数ばかり多くて!」

 迫りくる刃を紙一重でかわし、お返しだと言わんばかりに敵兵の喉に深々と刃を突き立てたユヒトは忌々しいものを見るように呟く。ファリスの魔導で敵兵の数は徐々に減ってきてはいるが、それでも彼らが中央辺りに差し掛かった時にはそこで足が止まってしまった。これ以上前方にファリスが広範囲魔導を放てば間違いなくオルドが巻き込まれてしまう。それが出来ない以上、残りはユヒトとワーゼルでなんとかするしかなかった。ククオルにリュネーを預け、戦線に加わった彼らは一刻も早くオルドと合流しなければという想いから目の前の敵を一人、また一人と倒していった。
 ククオルは若干重そうにリュネーを背負い、少しでも彼らの補助になればと敵を洗脳する【マインド・オブ・チェンジ】や幻を見せる霧を発生させる【ミストイリュージョン】などの魔導を駆使してサポートに回る。

「開け。【幽世かくりよの門】!」

 残ったファリスは後方から続々と駆け付けてくる敵兵の相手をしていた。地面に扉が出現し、開くと同時にそこからひらひらと紫色の蝶が舞い始める。鮮やかな鱗粉をまき散らしてどこか現実離れした光景。遠くから見れば神秘的で美しくも思うだろう。しかし――

「な、なん――あ、あぁぁぁぁぁ!!」
「どう――!?」

 門の下や近くにいた者達にとって言えば、それは正に黄泉へと誘う使者と言える存在だった。
 優雅に舞う蝶に触れた瞬間、意識が飛び、魂が抜け、門の向こうへと引きずり込まれる。はっきりと白い幽体のようなものまで見え、蝶にふわりふわりと寄り添って門へと戻っていく姿などは恐怖でしかない。
 次々と倒れ伏していく彼らの身体や抜け出した魂が吸い込まれるように紫の蝶の周りを浮遊しているのも見る度に、彼らは『次は自分の番だ』と自覚させられ、恐怖に怯える。

「うわぁ……」

 それを見ているククオルがその光景に魅せられているのがわかる。恐ろしいものほど人は魅入られるものだ。

「危ないから近づかないで。巻き込まれるよ」
「え?」
「わたし以外は全員対象だから。中々誰が味方なんてイメージできないし、面倒だしね」

 厳密にいえば彼女が名前を覚えている者は対象外にすることが可能なのだが、自分が興味を持てない人物の事など一々気に掛ける訳がない。結局全方位に効果を及ぼすのが彼女の魔導のデメリットだった。
 それを聞いて恐れながらも惹きこまれつつあったククオルは慌てて後ろに下がった。こんなことで巻き添えを食うのは御免だからだ。

 それでも惹かれるのは人の生死の儚さによるものだろうか。ククオルは自然と視線が【幽世かくりよの門】へと向けられる。

(……これほど美しいものがこの世にあるなんて。私は……私にも、こんな景色が作れるでしょうか? ああ――今こんな事を思うなんて不謹慎なのでしょうけど、もっと……ずっと、この光景を見ていたい)

 ワーゼルやユヒトはオルドを救おうと一生懸命戦っている。罪悪感に苛まれながらも、ククオルはその光景に目を背ける事は出来ない。他者の命を儚くも美しく散らせる魔導。どんな系統であれ『美しさ』を重視していた。魅了されるのも仕方のない事だろう。

「くっ、くそ……ククオル! お前も手伝ってくれ!」
「――! あ、は、はい!!」

 意識がファリスの方に向いていたククオルは、ワーゼルに呼びかけられて慌ててそちらの方を向く。深いイメージ。もっと美しいもの。妖しくも美しい蝶の姿。命に触れると燃え上がるもの。

「――【妖死燃蝶あやかしねんちょう】」

 ククオルの背後から黒く虚ろな穴のような空間が大きく開き、ファリスが生み出したものとは違うほのかに赤い蝶々の群れがダークエルフ族の兵士達に次々と向かっていく。【幽世かくりよの門】から放たれた蝶による惨劇を目の当たりにした彼らはトラウマを植え付けられたかのように動けなくなる。

「ちょ、ちょっと待ってください! それは――」
「大丈夫ですよ。私のはファリス様のとは違いますから」

 ファリスの魔導が無差別だという事を教えられていたユヒトは恐れおののきながら蝶を避ける。当然だ。あの様子を目の当たりにした者なら恐れない訳がない。なんとか触れずに――と思っていても密集している軍勢にそれは不可能と言える。剣を振り下ろし、接触しないように防ごうとしたその瞬間。

「が、あ、あぁぁっぁああぁぁぁぁあ!!!」

 凄まじい絶叫。剣で切り裂かれた蝶の恨みとでもいうべきだろうか。真っ二つになったそれは標的を見つけたかのように敵兵に移り、瞬く間に燃え広がる。

「ウ、【ウォーターブレス】!!」

 これ以上燃えないように水を噴出させる魔導を発動させたようだが、その瞬間にじゅうううぅぅぅ……という音が広がる。しかし、それは焼け石に水……よりも尚酷い。一切消化できる様子もなく、淡々と炎は恨みを晴らすかのようにその兵士を焼き尽くしていく。完全に灰になり、風にのって消えていくまで。

「ひ、ひぃぃぃ……」

 その光景を間近で見た者は更なる恐怖に襲われる。なにしろ後ろでは魂を奪われ、前方では死ぬまで焼き尽くされていく。ワーゼルとユヒトはただ顔を引きつらせ、リュネーが今気絶していて本当に良かったと思わざるを得なかった。

(ふふ、美しい。私の魔導はまた一歩、理想に近づきました。ファリス様。本当にありがとうございます)

 その中でただ一人。ククオルだけが蝶に触れ燃えていく兵士をうっとりと眺めているのだった。
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