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539・強襲される補給隊(ファリスside)

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 巨体のオルドを隠す為の樽を用意する為にそれなりに大きな酒樽をわざわざ複数作り、そこになみなみとワインを満たす。その中の一つにオルドが丸まるように屈んでいた。
 それを見守っていた者達は『大丈夫なのか?』と不安な顔をしている者も多かった。

 当然だ。彼はいつも使っている大きな斧を持たず、鎧も着込んでいない。普段のオルドを知っている者からすれば、自殺行為もいいところだ。本来ならば万全の状態で戦いに臨んだ方が良いのだが、彼のサイズの武器や防具が存在してはいけないのだ。猫人族の補給物資にオーク族サイズの物が混じっていたら必ず悪目立ちする。現在王都で戦っている者達の中には猫人族以外存在しないのだから。武具を置いて行くことになり、本当に死ぬのではないか? とささやかれている中。彼の部隊の者達は全員羨望の眼差しを向けていた。聖黒族の役に立てる事。御国の為に命を燃やし、最高の名誉を手にする機会を与えられた事。その全てが彼らにとって羨ましかった。隊長だからこそ、その栄誉にあずかれる。その事が何よりも誇らしかった。
 ただの職業兵士には存在しない忠誠心。オルド隊の何よりも強い武器だ。

 他にも三名。それぞれ決められた場所に入り込み、肝心のファリスは武器が入った箱の底で待機していた。二重底の要領で用意されたスペースだが、それでも狭いことに変わりはない。本来なら士気を高めてから改めて中に入るのがベストなのだが演説やらは苦手な上、あまり長々として出発を遅らせたくない。そんな気持ちでさっさと中に入り込み、じっと動き出すのを待っていた。

(わかっていた事だけど、狭くて暑い)

 しっかりと作られた箱のおかげで自分の上に載っている武器の重みを感じる事はない。しかし、常時常春状態のサウエス地方ではやはり多少の蒸れるのだ。元々の産まれが北の寒い場所だったファリスにはそれでも十分暑い。そして明かりなどある訳がなく、暗くて狭い。それがファリスにあの閉じ込められていた寒い施設を思い出させた。今は随分慣れたものだが、あの日々は彼女の心を冷やすには十分だった。

(本当に嫌になるね。こんな時にあんな事思い出すなんて)

 胸騒ぎを覚えたファリスだったが、既に事は起こってしまった。今更変える事が出来ない以上、このまま突き進むしかないのだ。いざとなれば彼女が表だって戦えばいい。そう結論付けた。エールティアレベルの相手でも出てこない限り、彼女に敗北はない。それもまた確固たる自信となっていた。
 息苦しい暗闇の中で揺られながらゆっくりと目的地に向かっている最中。突然大きな音が鳴り響いた。辺りからざわざわと人の怒鳴り声などが響き、様々な戦闘音が襲撃に遭ったのだと教えてくれる。

「冷静になれ! 負傷者は速やかに撤退!! 戦闘に問題ない者は敵を押し返せ!!」

 底から響くような大きな声を上げるのは魔人族の男性。この補給隊の隊長に任命された者だ。
 今回の作戦はわざとダークエルフ族に補給物資を奪わせるのが主軸となっている。だが、怪しまれては困る。適当に怪我したからあっさり引けばいい――なんて生温い事をしてしまえば彼らに一発で見抜かれてしまうだろう。本気で戦い、真に鬼気迫る殺し合いを演じなければならない。死ぬ者もいるだろう。それはファリスもルォーグも……リュネー救出を頼んだ国王もよく知っていた。

 しかし……それでも行わなければならない。兵士数名の命より、王族であり戦線を支えていた王女の命の方が遥かに重い。この作戦に参加した兵士達もそれをわかっていたからこそ、この戦いに全力を注いでいた。

「くそっ……偽物共がぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 強い怨嗟えんさの声。しかし、これが戦場なのだ。様々な負の感情が飛び交うのが当たり前。幾度の戦場を渡り歩いたからこそ、ファリスは静かに過ぎるのを待っていた。ここで声を上げたり、下手な事をすれば作戦は失敗してしまうのだから。強いて言うなら魔力の探知を妨害する魔導を発動させたくらいだろう。それも精度の高い魔導には無意味なのだが、ここのところは運要素といったところだ。元々得意でないものを無理して使っているのだから仕方がないだろう。

 闇の中で争いの音が止むのを待ってしばらく。悲痛な声と共に徐々に遠ざかる補給隊の兵士達。

「はっ、大したこともない癖に余計な手間を掛けさせやがって」
「全くな。だけど……おかげでまた結構手に入れたんじゃないか?」
「違いない。劣等種族共め。ざまあみろ」

 戦闘が終わり、ダークエルフ族が近づいてきながら各々楽しそうに話をしていた。そのどれもが敗走したティリアース、シルケット軍をおとしめるような話題にばかり盛り上がっていた。忠義にあついオルドなどがブチ切れそうな案件の数々だが、彼らはそれに耐え、ひたすら魔導による魔力の流れや気配を遮断し、機会を窺う。全てはたった一つの目的を完遂する為に。犠牲になった者達の想いを無駄にしないために。

 彼らの本当の戦いはまだ始まったばかり。
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