上 下
527 / 676

527・新たなる闇風(???side)

しおりを挟む
 ――静寂。

 いつもはお喋りな気もするジックとヒューンの部隊は誰一人声を出さなかった。異様な光景。まるで蛇に睨まれたかえるの気分を味わっているような感覚。
 息が徐々に荒くなり、腰に携えている剣に手が掛かっていた。

 その一方でジロジロと不躾ぶしつけな視線を向ける黒竜人族の少年は、一切物怖じしていない。まだ十三か十五か……。そのくらいだと思われる少年。一通り見た彼が次に浮かべたのは――落胆だった。

「なんだ。有象無象の者どもか。わざわざ招いてやった甲斐もなかったか」

 興味を喪失した彼の言葉に僅かに安堵するジック達。それは彼の気を引く何かがあれば『死』を意味する。そう思っているかのようだった。どれほども経っていないであろうその体躯たいく。数々の戦いを切り抜けてきた兵士達が怯えるような見た目には到底見えなかった。

「もうよい。速やかにね」

 しっしっとまとわりついたコバエでも追い払うかのような仕草をされてもジックは深い安心感に支配された。言い方は気に入らなかったが、それ以上にこのまま無事に去る事が出来る。五体満足で帰れる事に不満など抱きようはずがなかった。……のだが。

「おいおい! いきなり現れて何勝手言っているんだ!?」
「そうだ! ガキの癖に生意気言いやがって! ぶち殺されてぇか!?」

 そこで全く空気が読めなかった存在が数人。ヒューンとその配下達だった。今まで黙っていたのはジック達が何かを言ってくれると思っていたからで、何も言わずにだんまりを決めているのもいい加減に限界だったのだ。
 これに大慌てしたのは目の前の黒竜人族の実力を僅かに感じ取れるジック率いる部隊の一部とその本人だった。

「ヒューン!」
「ジック、何こんなガキに怯えてやがる! なんでシルケットにいるのか知らねぇけど、高々黒竜人族のガキじゃねぇか!」
「馬鹿野郎! お前にはあれが――」

 ――ぞくり。
 悪寒を感じたジックが視線を向けると、そこには先程の興味なさげにしていた少年が先程と違った表情を浮かべていた。

「ほう、なるほど。力の差もわからぬ下郎であったか。哀れ。羽虫に竜の大きさが理解出来ぬか」
「何だと!?」
「馬鹿にしやがって……! 大人をなめるとどんな痛い目に遭うか、教えてやるよ!」

 ヒートアップしていくヒューンとその配下は一斉に魔導を放った。一斉に『ファイアアロー』と叫び各々のイメージが具現化した大小様々な炎の矢が出現する。同じ魔導名でも槍に似た形状であったり、雨のように頭上から降り注ぐものだったりと多種多様。それほど強くない彼らの魔力であっても炎のパレードといっても良い光景が繰り広げられていた。

「ちっ……こうなりゃ仕方ねぇ……。お前ら! 俺達も一斉に魔導を発動させるぞ!」
『おうっ!!』

 ヒューンが攻撃を仕掛けた事で自分達も退くに退けない状況に追い込まれたと判断したジックは、『ファイアアロー』に便乗して一気に魔導を畳みかけ、怯んでいる間にここから離脱する――そういう魂胆だった。

「『ウィンディボム』!」
「『アロムシュート』!」

 援護射撃を行うように撃ち込まれるのは風属性の魔導。風が炎をあおり、纏い、より強力な魔導へと昇華する。『竜』を冠する種族が扱える『フュージョンマジック』よりは明らかに威力が低く劣化と言われても仕方がないのだが、それを数で補っているのだ。

「……愚物が。その程度の魔法を我が眼前に見せるなど」

 一切に襲い掛かってくる炎と風の複合魔導。黒竜人族であろう少年は無価値な物を見るような視線を向けていた。

「馬鹿が! 何も出来ずに死にやがれ!!」

 完全に目的を見失った発言をするヒューンはジック隊の援護が入った事で調子に乗り始めたようだった。少年がただ何も出来ずに立ち尽くしているだけにしか見えなかった事も相まって増長しているが……彼は気付いていなかった。
 着弾していく炎と風の魔導。地面を抉り、木を薙ぎ倒し、岩を破壊する。

 ちょっとした範囲魔導となっており、少年が一帯を焼き払う。魔導によって生じた爆風や土煙によって視界が遮られた瞬間。ジックと一部の兵士達は離脱を図る。

(くそっ、馬鹿だと思っていたけれどここまでだとはな。ヒューンの奴にはわりぃが、こっちもまだ生きたいからな。こんなところで馬鹿みたいな死に方してたまるかよ)

 逃げられる可能性は決して高くない。しかしゼロではない。力の限り走り、息が切れても足がもつれても決して歩みを止めずにひたすら全速力でファリスがいる場所へと戻ろうとする彼の思考はある意味まともだっただろう。化け物には化け物を。万が一そこまでいければ彼女がなんとかしてくれる。その時の損害やなにかは知った事ではない。自分さえ。この命さえ助かればいい。そんな自分勝手な感情のまま走った彼は頑張ったと言えるだろう。ただ一つ。彼のミスは――

「愚物が。実力すらわからぬ者に生きる意味など存在せん」

 ――後ろから迫ってくるのが少年ではなく熱線だったことか。

 攻撃の隙などはなく、振り返る事も避ける事も出来ず……ただただ熱にその身を焼かれ、消え失せるのみだった。

「……興が削がれた」

 後に残されたのは少年ただ一人。そんな彼も月明かりから離れ、夜闇の中へと消えていくのだった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

最低最悪の悪役令息に転生しましたが、神スキル構成を引き当てたので思うままに突き進みます! 〜何やら転生者の勇者から強いヘイトを買っている模様

コレゼン
ファンタジー
「おいおい、嘘だろ」  ある日、目が覚めて鏡を見ると俺はゲーム「ブレイス・オブ・ワールド」の公爵家三男の悪役令息グレイスに転生していた。  幸いにも「ブレイス・オブ・ワールド」は転生前にやりこんだゲームだった。  早速、どんなスキルを授かったのかとステータスを確認してみると―― 「超低確率の神スキル構成、コピースキルとスキル融合の組み合わせを神引きしてるじゃん!!」  やったね! この神スキル構成なら処刑エンドを回避して、かなり有利にゲーム世界を進めることができるはず。  一方で、別の転生者の勇者であり、元エリートで地方自治体の首長でもあったアルフレッドは、 「なんでモブキャラの悪役令息があんなに強力なスキルを複数持ってるんだ! しかも俺が目指してる国王エンドを邪魔するような行動ばかり取りやがって!!」  悪役令息のグレイスに対して日々不満を高まらせていた。  なんか俺、勇者のアルフレッドからものすごいヘイト買ってる?  でもまあ、勇者が最強なのは検証が進む前の攻略情報だから大丈夫っしょ。  というわけで、ゲーム知識と神スキル構成で思うままにこのゲーム世界を突き進んでいきます!

白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。  無言で睨む夫だが、心の中は──。 【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】 4万文字ぐらいの中編になります。 ※小説なろう、エブリスタに記載してます

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

~クラス召喚~ 経験豊富な俺は1人で歩みます

無味無臭
ファンタジー
久しぶりに異世界転生を体験した。だけど周りはビギナーばかり。これでは俺が巻き込まれて死んでしまう。自称プロフェッショナルな俺はそれがイヤで他の奴と離れて生活を送る事にした。天使には魔王を討伐しろ言われたけど、それは面倒なので止めておきます。私はゆっくりのんびり異世界生活を送りたいのです。たまには自分の好きな人生をお願いします。

美少女に転生して料理して生きてくことになりました。

ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。 飲めないお酒を飲んでぶったおれた。 気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。 その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった

転生調理令嬢は諦めることを知らない

eggy
ファンタジー
リュシドール子爵の長女オリアーヌは七歳のとき事故で両親を失い、自分は片足が不自由になった。 それでも残された生まれたばかりの弟ランベールを、一人で立派に育てよう、と決心する。 子爵家跡継ぎのランベールが成人するまで、親戚から暫定爵位継承の夫婦を領地領主邸に迎えることになった。 最初愛想のよかった夫婦は、次第に家乗っ取りに向けた行動を始める。 八歳でオリアーヌは、『調理』の加護を得る。食材に限り刃物なしで切断ができる。細かい調味料などを離れたところに瞬間移動させられる。その他、調理の腕が向上する能力だ。 それを「貴族に相応しくない」と断じて、子爵はオリアーヌを厨房で働かせることにした。 また夫婦は、自分の息子をランベールと入れ替える画策を始めた。 オリアーヌが十三歳になったとき、子爵は隣領の伯爵に加護の実験台としてランベールを売り渡してしまう。 同時にオリアーヌを子爵家から追放する、と宣言した。 それを機に、オリアーヌは弟を取り戻す旅に出る。まず最初に、隣町まで少なくとも二日以上かかる危険な魔獣の出る街道を、杖つきの徒歩で、武器も護衛もなしに、不眠で、歩ききらなければならない。 弟を取り戻すまで絶対諦めない、ド根性令嬢の冒険が始まる。  主人公が酷く虐げられる描写が苦手な方は、回避をお薦めします。そういう意味もあって、R15指定をしています。  追放令嬢ものに分類されるのでしょうが、追放後の展開はあまり類を見ないものになっていると思います。  2章立てになりますが、1章終盤から2章にかけては、「令嬢」のイメージがぶち壊されるかもしれません。不快に思われる方にはご容赦いただければと存じます。

処理中です...