上 下
480 / 676

480・最初の苦戦

しおりを挟む
 なんとかクーティノスと扉の両方を処理した私は、十全に扱えるようになった魔力を使って【テリオスセラピア】をファリスに発動させ、完全に回復させる。
 先程まで苦痛に歪んでいた顔が穏やかな感じに戻って、痛みがないか助かめるように肩から腕を回していた。

「ん、はあ……ひどい目に遭った」

 しばらく身体の動きを確かめたファリスは、一息つくように深く息を吐いた。

「もう動けると思うけれど、あまり無理しないでね」
「うん、わかった」

 流石に先行しすぎていた事を反省したのか、ファリスも殊勝に頭を下げていた。
 ……こういうファリスも珍しいし、許してあげるとしよう。


「もう動けるでしょう。そろそろ拠点から出るわよ」
「あいつは追いかけなくていいの?」
「……どうせまた会う事になるでしょう。その時は決して逃がさない」

 あの老人が私の事を憎悪している以上、ここで決着を付けなくてもまた会う事が出来る。問題は、そこからどこまで強くなっているか想像がつかない――この一点だろう。

「……わかった」
「残念だった?」
「当たり前だよ! 今度会ったら絶対にわたしが倒す! この借りは必ず返すんだから!」

 余程あの老人に出し抜かれた事が悔しかったのだろう。ファリスは握り拳を作ってわなわなとその身を震わせていた。その気持ちもよくわかる。あれだけ虚仮にされた挙句、一つもお返しする事が出来なかったんだしね。

「その時が来たら、任せるわね」
「お願いね!」

 私としてはどちらが殺しても構わない。いなくなってくれれば問題ないのだから。

「それじゃ、さっさとここから脱出しましょうか」
「うん。あ、これどうする?」

 ファリスが指さした場所にあったのは、クーティノスの残骸だった。首の部分から丹念に【アシッドランス】を唱え続けた結果、なんとか胴体の魔石まで辿り着くことが出来た。それを砕いてようやく動きが停止した。残ったのは中途半端に壊された鉄の獣というわけだけど……どうしよう?
 正直持って帰るのも面倒だ。かといってこのまま放置した結果、戻ってきたダークエルフ族に拾われて新しい改造を施されるのがオチだろう。

「……再利用できない程徹底的にやりましょうか」
「ふふっ、りょうかーい」

 持って帰りたいのかと思ったけど、どうやら逆に壊したかったようだ。あの老人に与えられた鬱憤を少しでも返そうと思っているのだろう。その顔は結構悪い顔をしていた。
 これは……もうしばらく時間が必要になりそうだ。

 ――

 無事に拠点の外に出てきたのは、あれから随分と時間が進んでいたのか、すっかり陽が落ちて月が顔を見せていた。それもそうか。私が徹底的にやろうと言ってからしばらく……完全に砕け散るまでファリスの攻撃が止むことはなかった。

 余程ストレスを感じていたのだろう。止めるのも気が引けたから、余計に白熱したのかも。

「すっかり遅くなっちゃったね」

 夜にはあまり似合わない晴々とした顔でスキップしながら歩くファリスの後ろをついて行く。考え事をしていると、自然に足は重くなるものだ。
 何をそんなに考えているのかというと、やはり今日制圧した拠点の件だ。
 結局上部に生き物を見つける事はできなかった。下部――地下で見つけたあのダークエルフ族の老人だけ。たった一人であそこを使っていたなんておかしなはなしだ。既に放棄された場所にしてはアーマーゴレムやクーティノスといった兵器をそのまま放置しているのも不自然だ。となれば……残りの拠点に何かあると考えた方が妥当だろう。というかそれしか思いつかない。

「ティアちゃん?」
「……あ、ごめんなさい。少し考え事してて」

 何度か呼びかけてくれていたのだろう。心配そうな顔をして覗き込んでいた。

「考え事って……あのクーティノスってやつ? それとも結局逃げちゃったやつのこと?」
「両方。最初は廃棄された拠点だと思っていたでしょう。実際、あそこには沢山の兵器があったし……もしかしたら他の拠点にも何かあるんじゃないかなってね」
「……上等。またあんなのがだったら、今度はあんな無様はさらさないから」

 にやりと笑うファリスは拳を握り締めていた。やっぱりあれだけではストレス発散にはなっても、受けた屈辱を返上するまではいかなかったようだ。
 その目はずっと先を見ていて、本当に楽しみにしているのがよくわかった。

「威勢が良いのはいいけれど、一度ゆっくり休んでからね」
「えー」

 子どものピクニックに水を差すような発言をした私に、ファリスは口を尖らせて不満をあらわにする。当然だ。正直今回はいつも魔力の消耗が激しい。クーティノスの相手をするには必要以上の魔力を消耗しないといけなかったし、ファリスを回復させるのも必要だったから、予想よりも大分疲れを感じていた。
 ここから何も準備をせずに挑むのは少々骨が折れる。少なくとも立て続けに攻略するのはあまり現実味があるとは言えないだろう。
 ファリスには悪いけれど、しっかり休んで次に備えてから戦いに挑む。万全を期すことが出来るのなら、その方が遥かに良い。疲労を感じながらの戦闘の辛さくらいはわかるからね。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

余命半年のはずが?異世界生活始めます

ゆぃ♫
ファンタジー
静波杏花、本日病院で健康診断の結果を聞きに行き半年の余命と判明… 不運が重なり、途方に暮れていると… 確認はしていますが、拙い文章で誤字脱字もありますが読んでいただけると嬉しいです。

実家が没落したので、こうなったら落ちるところまで落ちてやります。

黒蜜きな粉
ファンタジー
ある日を境にタニヤの生活は変わってしまった。 実家は爵位を剥奪され、領地を没収された。 父は刑死、それにショックを受けた母は自ら命を絶った。 まだ学生だったタニヤは学費が払えなくなり学校を退学。 そんなタニヤが生活費を稼ぐために始めたのは冒険者だった。 しかし、どこへ行っても元貴族とバレると嫌がらせを受けてしまう。 いい加減にこんな生活はうんざりだと思っていたときに出会ったのは、商人だと名乗る怪しい者たちだった。 騙されていたって構わない。 もう金に困ることなくお腹いっぱい食べられるなら、裏家業だろうがなんでもやってやる。 タニヤは商人の元へ転職することを決意する。

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

公爵家三男に転生しましたが・・・

キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが… 色々と本当に色々とありまして・・・ 転生しました。 前世は女性でしたが異世界では男! 記憶持ち葛藤をご覧下さい。 作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

処理中です...