464 / 676
464・次に向かうは
しおりを挟む
ヒュッヘル子爵との会談も終わり、ようやくひと心地ついたわたしは静かに息を吐き出していた。
意外に話がわかる人でよかった。あまりに頑固だったら私も野放しに出来ない状況に陥っていたかも知れない。お母様にはヒュッヘル子爵が私の傘下に入ったことに加えてしばらく監視を付けた方が良いと進言した手紙を送っている。まだ爵位も貰ってない私の――というのもおかしな話しだけれど、昔も力を示した女王候補は貴族を配下にしていた実例があるし、大丈夫だろう。
ともかく、しばらくはヒュッヘル子爵の領内をこちらの間者が行き交うことになるだろうけど、そこら辺は彼も同意済みだろう。
「本当に取り込んでよかったのでしょうか? また裏切るかも――」
慌てて口を閉じたジュールだけど、大体は伝わった。一度裏切った者の宿命とも言える。でも……私は彼が裏切る事はないと思っている。彼は少なくとも聖黒族の恐ろしさを知っている。態度自体は毅然としていたけれど、微かに手が震えていた。私の前で座ることすら恐ろしいと言いたげなその様は子ウサギを彷彿とさせる。
力関係がはっきりわかっている以上、無闇に裏切れば痛い目を見ることぐらい理解できるだろう。それすら出来ないなら死ぬのが運命。それくらいだ。
「ティアちゃんを裏切ったら魂が巡らないように粉砕してあげる。もちろん、そいつに従ってる人たちも全員ね」
残酷な笑みを浮かべているファリスは本当に楽しそうだ。
実際、ファリスがそんな事をしなくても私がする。何度も裏切るような輩の相手なんてしたくないしね。
「――という訳よ。何も機会を与えないなら、それはそれで無慈悲とも取れる。私はヒュッヘル子爵に最後の機会をあたえたの。これなら他の貴族にも冷酷だなんだと言われる事も少ないだろうしね」
「なるほど……!」
感激した! と言いたげな笑顔が眩しい。ジュールのこの視線はいつまで経ってもなれないものだ。
とりあえず、これでヒュッヘル子爵領は問題ないだろう。多少のごたごたは向こうで解決してもらわないとね。
「それじゃ次はルーセイド伯爵領ね」
「アネイドル男爵領ではないのですか?」
ジュールの疑問もある意味納得だ。彼女は私のように積極的に拠点の地図を眺めている訳じゃない。だから気付かなかったのだろう。
「男爵の領地にはダークエルフ族の拠点は存在しないの。そんなに大きな領地でもないし、すぐ近くにあるギュスメ男爵の領地の方にその分置かれている感じね」
アネイドル男爵の領地はヒュッヘル子爵領よりも広いけれど、まるでクッションでも置くかのように何も設置されていない。多分、ルーセイド卿のところに集約させているのだろう。ヒュッヘル領はリシュファス領と隣接しているから、前線基地も兼ねてなのだろう。
「どうせ行くなら近いところから攻めた方がいい。でしょう?」
「そうですけど……大丈夫でしょうか」
ジュールが心配しているのはヒュッヘル卿との会話で感じたルーセイド卿のきな臭さが原因だろう。
普通、都合よく盗賊なんて現れないし、食べるものに困る程被害が大きいのもおかしい。しかもこちら側に送られた使者は暗殺され、ルーセイド卿のところに向かった使者は無傷。そしてこの一件から恩着せがましいくらい指示を出してくるのも付け加えると、何か細工をした張本人である可能性は十分に感じられた。
ヒュッヘル領で拠点を制圧した際、こちらの動きに反応するように子爵に指示を出したのも彼みたいだし……当然、このまま大人しくはしていないだろう。何かしらの妨害工作があるかもしれないし、ダークエルフ族が拠点を放棄する可能性も高くなるかもしれない。それならそうで上等だ。
幸いこちらの女王陛下からの任命状はまだヒュッヘル卿の前でしか公開していない。館に入った後、こっそり他の間者が混じっているか確認したし、彼が報告でもしない限りはルーセイド卿も知らない情報のはずだ。なら、まだこのカードは切り札足りうる。もし知っていたらヒュッヘル卿が裏切り者である可能性が高くなるから、信頼のおけない相手として再認識できるし……少しでも収穫がある。今はそれで充分だ。
「もし何か不味い事があったら私達の実力とあれがあれば、大体なんとか切り抜けるだろうしね」
向こうの知らない手札をこっちは持っている。それは相手も同じだけれど、効果的に使う事が出来れば単純な数では語れない程の効力を発揮してくれるはずだ。
「ファリス、ジュール。これからはなるべく女王陛下の使者である事は伏せて行動するから、貴女達もなるべく言葉にしないようにね」
「わかったー」
「わかりました!」
二人とも返事だけは良いけれど、本当にわかっているかは不安である。……信じているけどね。
とりあえず、明日にはルーセイド領に旅立てるように準備をしておこう。ここからはより迅速な行動が要求されるからね。
ルーセイド伯爵がこちらの動きに気付く前に出来るだけ拠点を抑えておきたい。今までの情報から中々難しい事はわかるけどね。
意外に話がわかる人でよかった。あまりに頑固だったら私も野放しに出来ない状況に陥っていたかも知れない。お母様にはヒュッヘル子爵が私の傘下に入ったことに加えてしばらく監視を付けた方が良いと進言した手紙を送っている。まだ爵位も貰ってない私の――というのもおかしな話しだけれど、昔も力を示した女王候補は貴族を配下にしていた実例があるし、大丈夫だろう。
ともかく、しばらくはヒュッヘル子爵の領内をこちらの間者が行き交うことになるだろうけど、そこら辺は彼も同意済みだろう。
「本当に取り込んでよかったのでしょうか? また裏切るかも――」
慌てて口を閉じたジュールだけど、大体は伝わった。一度裏切った者の宿命とも言える。でも……私は彼が裏切る事はないと思っている。彼は少なくとも聖黒族の恐ろしさを知っている。態度自体は毅然としていたけれど、微かに手が震えていた。私の前で座ることすら恐ろしいと言いたげなその様は子ウサギを彷彿とさせる。
力関係がはっきりわかっている以上、無闇に裏切れば痛い目を見ることぐらい理解できるだろう。それすら出来ないなら死ぬのが運命。それくらいだ。
「ティアちゃんを裏切ったら魂が巡らないように粉砕してあげる。もちろん、そいつに従ってる人たちも全員ね」
残酷な笑みを浮かべているファリスは本当に楽しそうだ。
実際、ファリスがそんな事をしなくても私がする。何度も裏切るような輩の相手なんてしたくないしね。
「――という訳よ。何も機会を与えないなら、それはそれで無慈悲とも取れる。私はヒュッヘル子爵に最後の機会をあたえたの。これなら他の貴族にも冷酷だなんだと言われる事も少ないだろうしね」
「なるほど……!」
感激した! と言いたげな笑顔が眩しい。ジュールのこの視線はいつまで経ってもなれないものだ。
とりあえず、これでヒュッヘル子爵領は問題ないだろう。多少のごたごたは向こうで解決してもらわないとね。
「それじゃ次はルーセイド伯爵領ね」
「アネイドル男爵領ではないのですか?」
ジュールの疑問もある意味納得だ。彼女は私のように積極的に拠点の地図を眺めている訳じゃない。だから気付かなかったのだろう。
「男爵の領地にはダークエルフ族の拠点は存在しないの。そんなに大きな領地でもないし、すぐ近くにあるギュスメ男爵の領地の方にその分置かれている感じね」
アネイドル男爵の領地はヒュッヘル子爵領よりも広いけれど、まるでクッションでも置くかのように何も設置されていない。多分、ルーセイド卿のところに集約させているのだろう。ヒュッヘル領はリシュファス領と隣接しているから、前線基地も兼ねてなのだろう。
「どうせ行くなら近いところから攻めた方がいい。でしょう?」
「そうですけど……大丈夫でしょうか」
ジュールが心配しているのはヒュッヘル卿との会話で感じたルーセイド卿のきな臭さが原因だろう。
普通、都合よく盗賊なんて現れないし、食べるものに困る程被害が大きいのもおかしい。しかもこちら側に送られた使者は暗殺され、ルーセイド卿のところに向かった使者は無傷。そしてこの一件から恩着せがましいくらい指示を出してくるのも付け加えると、何か細工をした張本人である可能性は十分に感じられた。
ヒュッヘル領で拠点を制圧した際、こちらの動きに反応するように子爵に指示を出したのも彼みたいだし……当然、このまま大人しくはしていないだろう。何かしらの妨害工作があるかもしれないし、ダークエルフ族が拠点を放棄する可能性も高くなるかもしれない。それならそうで上等だ。
幸いこちらの女王陛下からの任命状はまだヒュッヘル卿の前でしか公開していない。館に入った後、こっそり他の間者が混じっているか確認したし、彼が報告でもしない限りはルーセイド卿も知らない情報のはずだ。なら、まだこのカードは切り札足りうる。もし知っていたらヒュッヘル卿が裏切り者である可能性が高くなるから、信頼のおけない相手として再認識できるし……少しでも収穫がある。今はそれで充分だ。
「もし何か不味い事があったら私達の実力とあれがあれば、大体なんとか切り抜けるだろうしね」
向こうの知らない手札をこっちは持っている。それは相手も同じだけれど、効果的に使う事が出来れば単純な数では語れない程の効力を発揮してくれるはずだ。
「ファリス、ジュール。これからはなるべく女王陛下の使者である事は伏せて行動するから、貴女達もなるべく言葉にしないようにね」
「わかったー」
「わかりました!」
二人とも返事だけは良いけれど、本当にわかっているかは不安である。……信じているけどね。
とりあえず、明日にはルーセイド領に旅立てるように準備をしておこう。ここからはより迅速な行動が要求されるからね。
ルーセイド伯爵がこちらの動きに気付く前に出来るだけ拠点を抑えておきたい。今までの情報から中々難しい事はわかるけどね。
0
お気に入りに追加
160
あなたにおすすめの小説
余命半年のはずが?異世界生活始めます
ゆぃ♫
ファンタジー
静波杏花、本日病院で健康診断の結果を聞きに行き半年の余命と判明…
不運が重なり、途方に暮れていると…
確認はしていますが、拙い文章で誤字脱字もありますが読んでいただけると嬉しいです。
飯屋の娘は魔法を使いたくない?
秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。
魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。
それを見ていた貴族の青年が…。
異世界転生の話です。
のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。
※ 表紙は星影さんの作品です。
※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。
実家が没落したので、こうなったら落ちるところまで落ちてやります。
黒蜜きな粉
ファンタジー
ある日を境にタニヤの生活は変わってしまった。
実家は爵位を剥奪され、領地を没収された。
父は刑死、それにショックを受けた母は自ら命を絶った。
まだ学生だったタニヤは学費が払えなくなり学校を退学。
そんなタニヤが生活費を稼ぐために始めたのは冒険者だった。
しかし、どこへ行っても元貴族とバレると嫌がらせを受けてしまう。
いい加減にこんな生活はうんざりだと思っていたときに出会ったのは、商人だと名乗る怪しい者たちだった。
騙されていたって構わない。
もう金に困ることなくお腹いっぱい食べられるなら、裏家業だろうがなんでもやってやる。
タニヤは商人の元へ転職することを決意する。
転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜
家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。
そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?!
しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...?
ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...?
不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。
拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。
小説家になろう様でも公開しております。
【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革
うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。
優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。
家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。
主人公は、魔法・知識チートは持っていません。
加筆修正しました。
お手に取って頂けたら嬉しいです。
『特別』を願った僕の転生先は放置された第7皇子!?
mio
ファンタジー
特別になることを望む『平凡』な大学生・弥登陽斗はある日突然亡くなる。
神様に『特別』になりたい願いを叶えてやると言われ、生まれ変わった先は異世界の第7皇子!? しかも母親はなんだかさびれた離宮に追いやられているし、騎士団に入っている兄はなかなか会うことができない。それでも穏やかな日々。
そんな生活も母の死を境に変わっていく。なぜか絡んでくる異母兄弟をあしらいつつ、兄の元で剣に魔法に、いろいろと学んでいくことに。兄と兄の部下との新たな日常に、以前とはまた違った幸せを感じていた。
日常を壊し、強制的に終わらせたとある不幸が起こるまでは。
神様、一つ言わせてください。僕が言っていた特別はこういうことではないと思うんですけど!?
他サイトでも投稿しております。
異世界転生したらよくわからない騎士の家に生まれたので、とりあえず死なないように気をつけていたら無双してしまった件。
星の国のマジシャン
ファンタジー
引きこもりニート、40歳の俺が、皇帝に騎士として支える分家の貴族に転生。
そして魔法剣術学校の剣術科に通うことなるが、そこには波瀾万丈な物語が生まれる程の過酷な「必須科目」の数々が。
本家VS分家の「決闘」や、卒業と命を懸け必死で戦い抜く「魔物サバイバル」、さらには40年の弱男人生で味わったことのない甘酸っぱい青春群像劇やモテ期も…。
この世界を動かす、最大の敵にご注目ください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる