453 / 676
453・奇襲させてみよう!(ジュールside)
しおりを挟む
楽しそうに――時折威圧感を与えてくるファリスだったが、いくら喋っている最中であっても、敵が近づけば必然的に頭でスイッチを押すように切り替わる。そしてファリスの様子が尋常ではない事に気付いたジュールも彼女の顔色を窺うように覗き込んだ。
「……ファリスさん。近いのですか?」
「うん。こっちを見てる。結構警戒してるね」
エールティアのように地図を映し出す【サーチホスティリティ】のような魔導をファリスもジュールも使う事ができない。だが、ファリスは戦いの場に生き抜いた記憶と複製体として戦い続けた経験がある。自らに好意的ではない視線を見抜くくらい造作もなかった。
「どうしますか?」
一方ジュールはまだその辺りに疎く、僅かに警戒されている程度では気付く事ができない。かと言ってきょろきょろと周囲を見回しては、敵に『いるのはわかっているぞ』と教えているようなもの。今は欲求を抑えて小声で聞くしか手段がなかった。
「……気付かないフリしよう。ここで近づいても仕方ないしね」
「え……だ、大丈夫なんですか?」
「問題ないない。わたしに任せて」
不安がるジュールに『戦えるのになんでそんな不安そうにしてるんだか……』と内心呆れていたが、ファリスは顔に一切出す事なくどんと構えた。
基本的に負けが多いジュールは、意気込みだけは強い方だが、肝心の自信が備わっていない。自らの強さに疑問を持つ者が戦場を生き抜くのは難しい。だからこそ、ここで経験を積ませる事にしたのだ。
もちろん、その考えをそのまま口にするような女ではない。土壇場の覚悟を身につけさせたかったファリスにとって、それは無粋というものだった。
「一応頭の中にだけは入れておいて。わたしたちはティアちゃんを探そう?」
最初は小声だったが『わたしたちは――』の辺りから普段と同じように喋り、この話は終わりだと告げるファリスに引きずるような視線を向けていたジュール。やがて諦めた彼女は仕方なくそれ以上聞く事をやめた。
「ティア様はどこまで行ったんですかね。随分探していると思うのですが」
「案外もう拠点まで着いていて、制圧寸前だったりして」
冗談混じりの笑みを浮かべていたファリスだったが、内心は『十分あり得る』と考えていた。ジュールも同じ結論に達していたのか、どこか乾いた笑みで応えている。
実際の話、彼女達がこうしている間にも着々とダークエルフ族を捕まえているのだから全く間違えていない。彼女達が着く頃には既に終わっているだろう。
だが、それを笑う事が出来ない者達がいた。
――シュッ。
小さく短い風切音が鳴る。それに対して投擲物の腹を叩いて地面に落とすファリスは、待っていましたとでも言いたげな表情をしていた。
ジュールも流石に気付いたようで、困惑しながらも警戒態勢を取っていた。
投げられてきたのは小さなナイフ。刃には何かが塗られているようだった。
(毒……こんなものを持ってるなんて……)
内心嫌になりながらも次がどこから飛んできても良いように周囲に気を張る。
がさがさと風に吹かれているのか……はたまた敵が移動しているのかいまいちわからない草木の揺れる音。ごくりと喉が鳴り、神経が張りつめていく感覚に苛まれる現状。それが破られたのはジュールの背後だった。
唐突に草木をかき分けて飛び出してきた黒ずくめの敵は、小ぶりのダガーを片手に襲い掛かってきた。
「ジュール!」
「!?」
その瞬間を見ていたファリスの声に反応したジュールは、瞬時に周囲の状況を把握して、ダガーを振り上げている敵に向かって魔導を放つ。
「【イエロブラッソ】!」
発動と同時にジュールの二の腕近くの何もない空間から大きな氷の腕が左右同時に出現する。飛びかかろうとしていた敵が突然の出来事に驚いて二の足を踏んでいる間に、ジュールの氷の腕が敵を掴み、思いっきり地面に叩きつけた。
「ちっ……!」
一人やられたのを尻目に、次々と攻めてくる敵を氷の両腕で凌ぎきるジュール。
「【シャルフレーゲン】!」
今の状況を好機と捉えたジュールの魔導が空に雲模様を作り出し――あっという間に黒い雲が周辺を覆い隠してしまう。何が起こるのか理解の範囲を超えていた敵兵の動きが鈍い間に、彼女の魔導はその力を解き放つ。最初は雲が出来る程度の魔導だったが、徐々に広がったそれらが降らせてきたのは、矢のように鋭く磨き上げられた無数の水が邪な者を排除せんと牙を向いてきた。
降り注いだ小さな矢の雨は、威力自体は身体を貫通することなどなく、痛みを与える程度。だが、それが百にもなり、千にもなり……殺傷能力はなくとも動きを止める事が出来るようになる。それは大量に降らせる事が可能な魔導だった。
こうなれば隠れていても関係ない。雨は周囲に無慈悲に降り注ぎ、辛うじて難を逃れた敵は【イエロブラッソ】で生み出された氷の腕の餌食となる。それを何度も繰り返した結果――敵兵はあっという間に片付いてしまった。これこそがジュールの得た成果。その一つだった。
「……ファリスさん。近いのですか?」
「うん。こっちを見てる。結構警戒してるね」
エールティアのように地図を映し出す【サーチホスティリティ】のような魔導をファリスもジュールも使う事ができない。だが、ファリスは戦いの場に生き抜いた記憶と複製体として戦い続けた経験がある。自らに好意的ではない視線を見抜くくらい造作もなかった。
「どうしますか?」
一方ジュールはまだその辺りに疎く、僅かに警戒されている程度では気付く事ができない。かと言ってきょろきょろと周囲を見回しては、敵に『いるのはわかっているぞ』と教えているようなもの。今は欲求を抑えて小声で聞くしか手段がなかった。
「……気付かないフリしよう。ここで近づいても仕方ないしね」
「え……だ、大丈夫なんですか?」
「問題ないない。わたしに任せて」
不安がるジュールに『戦えるのになんでそんな不安そうにしてるんだか……』と内心呆れていたが、ファリスは顔に一切出す事なくどんと構えた。
基本的に負けが多いジュールは、意気込みだけは強い方だが、肝心の自信が備わっていない。自らの強さに疑問を持つ者が戦場を生き抜くのは難しい。だからこそ、ここで経験を積ませる事にしたのだ。
もちろん、その考えをそのまま口にするような女ではない。土壇場の覚悟を身につけさせたかったファリスにとって、それは無粋というものだった。
「一応頭の中にだけは入れておいて。わたしたちはティアちゃんを探そう?」
最初は小声だったが『わたしたちは――』の辺りから普段と同じように喋り、この話は終わりだと告げるファリスに引きずるような視線を向けていたジュール。やがて諦めた彼女は仕方なくそれ以上聞く事をやめた。
「ティア様はどこまで行ったんですかね。随分探していると思うのですが」
「案外もう拠点まで着いていて、制圧寸前だったりして」
冗談混じりの笑みを浮かべていたファリスだったが、内心は『十分あり得る』と考えていた。ジュールも同じ結論に達していたのか、どこか乾いた笑みで応えている。
実際の話、彼女達がこうしている間にも着々とダークエルフ族を捕まえているのだから全く間違えていない。彼女達が着く頃には既に終わっているだろう。
だが、それを笑う事が出来ない者達がいた。
――シュッ。
小さく短い風切音が鳴る。それに対して投擲物の腹を叩いて地面に落とすファリスは、待っていましたとでも言いたげな表情をしていた。
ジュールも流石に気付いたようで、困惑しながらも警戒態勢を取っていた。
投げられてきたのは小さなナイフ。刃には何かが塗られているようだった。
(毒……こんなものを持ってるなんて……)
内心嫌になりながらも次がどこから飛んできても良いように周囲に気を張る。
がさがさと風に吹かれているのか……はたまた敵が移動しているのかいまいちわからない草木の揺れる音。ごくりと喉が鳴り、神経が張りつめていく感覚に苛まれる現状。それが破られたのはジュールの背後だった。
唐突に草木をかき分けて飛び出してきた黒ずくめの敵は、小ぶりのダガーを片手に襲い掛かってきた。
「ジュール!」
「!?」
その瞬間を見ていたファリスの声に反応したジュールは、瞬時に周囲の状況を把握して、ダガーを振り上げている敵に向かって魔導を放つ。
「【イエロブラッソ】!」
発動と同時にジュールの二の腕近くの何もない空間から大きな氷の腕が左右同時に出現する。飛びかかろうとしていた敵が突然の出来事に驚いて二の足を踏んでいる間に、ジュールの氷の腕が敵を掴み、思いっきり地面に叩きつけた。
「ちっ……!」
一人やられたのを尻目に、次々と攻めてくる敵を氷の両腕で凌ぎきるジュール。
「【シャルフレーゲン】!」
今の状況を好機と捉えたジュールの魔導が空に雲模様を作り出し――あっという間に黒い雲が周辺を覆い隠してしまう。何が起こるのか理解の範囲を超えていた敵兵の動きが鈍い間に、彼女の魔導はその力を解き放つ。最初は雲が出来る程度の魔導だったが、徐々に広がったそれらが降らせてきたのは、矢のように鋭く磨き上げられた無数の水が邪な者を排除せんと牙を向いてきた。
降り注いだ小さな矢の雨は、威力自体は身体を貫通することなどなく、痛みを与える程度。だが、それが百にもなり、千にもなり……殺傷能力はなくとも動きを止める事が出来るようになる。それは大量に降らせる事が可能な魔導だった。
こうなれば隠れていても関係ない。雨は周囲に無慈悲に降り注ぎ、辛うじて難を逃れた敵は【イエロブラッソ】で生み出された氷の腕の餌食となる。それを何度も繰り返した結果――敵兵はあっという間に片付いてしまった。これこそがジュールの得た成果。その一つだった。
0
お気に入りに追加
160
あなたにおすすめの小説
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
最低最悪の悪役令息に転生しましたが、神スキル構成を引き当てたので思うままに突き進みます! 〜何やら転生者の勇者から強いヘイトを買っている模様
コレゼン
ファンタジー
「おいおい、嘘だろ」
ある日、目が覚めて鏡を見ると俺はゲーム「ブレイス・オブ・ワールド」の公爵家三男の悪役令息グレイスに転生していた。
幸いにも「ブレイス・オブ・ワールド」は転生前にやりこんだゲームだった。
早速、どんなスキルを授かったのかとステータスを確認してみると――
「超低確率の神スキル構成、コピースキルとスキル融合の組み合わせを神引きしてるじゃん!!」
やったね! この神スキル構成なら処刑エンドを回避して、かなり有利にゲーム世界を進めることができるはず。
一方で、別の転生者の勇者であり、元エリートで地方自治体の首長でもあったアルフレッドは、
「なんでモブキャラの悪役令息があんなに強力なスキルを複数持ってるんだ! しかも俺が目指してる国王エンドを邪魔するような行動ばかり取りやがって!!」
悪役令息のグレイスに対して日々不満を高まらせていた。
なんか俺、勇者のアルフレッドからものすごいヘイト買ってる?
でもまあ、勇者が最強なのは検証が進む前の攻略情報だから大丈夫っしょ。
というわけで、ゲーム知識と神スキル構成で思うままにこのゲーム世界を突き進んでいきます!
白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。
無言で睨む夫だが、心の中は──。
【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】
4万文字ぐらいの中編になります。
※小説なろう、エブリスタに記載してます
【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!
暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい!
政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。
~クラス召喚~ 経験豊富な俺は1人で歩みます
無味無臭
ファンタジー
久しぶりに異世界転生を体験した。だけど周りはビギナーばかり。これでは俺が巻き込まれて死んでしまう。自称プロフェッショナルな俺はそれがイヤで他の奴と離れて生活を送る事にした。天使には魔王を討伐しろ言われたけど、それは面倒なので止めておきます。私はゆっくりのんびり異世界生活を送りたいのです。たまには自分の好きな人生をお願いします。
美少女に転生して料理して生きてくことになりました。
ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。
飲めないお酒を飲んでぶったおれた。
気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。
その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
ファンタジー
前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる