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445・雪風の憂鬱

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 お父様に手紙を送ってから数日。時折騒がしい事はあるものの、比較的穏やかな日々を過ごしていた。
 ……とはいえ、自分の国にダークエルフ族の拠点があると考えたらあまり良い気分ではないのだけれど。

 いつ彼らが行動を起こすかわからない。女王陛下が手をこまねいている訳ないとは思うけれど……どうやらこの生活を続けるうちに、私も随分と心配性になってしまったようだ。
 悶々とした日々を過ごしている中――ようやくお父様と……何故か女王陛下から手紙が届いた。

 お父様の方は近況と私の手紙への礼。それと今後の対応についてだった。
 私の思う通りにしていいという旨が書かれていて、応援してくれているのが伝わってきた。

 ただ、『やると決めたのならば、自らを曲げずに最後までやり遂げなさい。途中で私やアルシェラに頼ってもいい。が、可能な限り諦めず自分の力で成し遂げなさい』と決して甘やかすような事は書かれていなかった。
 暗に一人でやり切れるように努力を怠るなと言われているようで、私のやる気に更に火がつくのを感じた。

 もう一通……女王陛下からの手紙はかなり衝撃的だった。最初は当たり障りない内容から始まって、お父様と似たような事が書かれていたけれど……その後、私にダークエルフ族との戦いが終わるまでの間、女王の使者として貴族領を回るようにという王命が下されていた。おまけにそれを公的に証明する書状が添えられていて、あの御方の本気度が伝わってくるようだ。

「……まさかここまでやるなんてね」

 思わず苦笑いが溢れる。これは私を信頼しているのか……それとも試しているのか。一つわかるのは、この委任状がある限り私を無碍に扱うということは女王陛下の威光に逆らう事に繋がるということだ。
 予想以上に重い役目を与えられて、権力も一時的にではあるけれど自由に扱う事が出来る。これがどれほどの事なのか……考えるだけで重圧を感じてしまう。

 ……まあ、今まで

 とりあえず委任状には【ツールプロテクション】をかける事にした。万が一燃えたり破れたりすれば困るからね。
 委任状をどうにかすればいいだろうと考える輩がいないとも限らない。そんな情けない事になるのもごめんだからね。

 ……さて、準備も整ったし、三人を呼ぶとしよう。これから忙しくなるだろう。

 ――

 雪風、ジュール、ファリスを部屋に呼んだ……のはいいけれど、何故か雪風の顔色が悪い。体調が悪いとかそういうのじゃなさそうだけど……。

「雪風、どうしたの? 何か不味いことでもあった?」

 その言葉にビクッと身体を震わせ、冷や汗でも流れていそうな表情をしている彼女に困惑しかない。ジュールも何も知らないのだろう。私と同じような顔をしている。ファリスの方もいつも通りだ。

「あの……その……エールティア様、申し訳ございません!」

 珍しく歯切れが悪く、視線を左右に逸らしていた雪風は、突然床に手をついて勢いよく土下座する。あまりの勢いに思わず驚いてしまった。

「えっと……雪風?」
「はい! 実は――アルシェラ様に頼み事をされておりまして……」

 困惑している私達は、ようやく彼女の土下座の意味が理解できた。確かにお母様の指示を受けているのなら私と一緒には来れないだろう。それを悔やんで床に頭をぶつける勢いで土下座している理由がわかった。

「雪風、顔を上げなさい」
「ですが……!」
「貴女は何も悪くないのだから、顔を上げて」

 強い口調で言うとようやく顔を見せてくれた……けど、やっぱり暗い顔のままだ。

「雪風、お母様は貴女ならやれると信じていたからこそ任せたの。私の配下である貴女が認められている事を怒ると思う?」
「それは……ですが……」
「だったら胸を誇りなさい。大丈夫。貴女がいなくてもしっかりやってみせるから。貴女も頑張りなさい」

 雪風がいないのはかなり辛いだろうけど。ここでそれを言っても仕方がない。
 幸いにもジュールとファリスもいるし、なんとかなるだろう。

 終始申し訳なさそうにしていた雪風だけど、流石に仕事がある子をいつまでもここに留めておくわけにはいかない。なんとか宥めて戻らせた。
 去っていく背中が悲しみに満ちていたけれど……仕方がない。私の役に立ちたいという気持ちは伝わってきたしね。
 お父様の手紙が来るのを待っていただけだから、行動を起こすのが突然になるのも仕方ない。

 雪風には悪い事をしたかもだけど、気持ちを切り替えていかないとね。

「それじゃあ改めて――拠点を制圧する為に動いていいとお父様にもお墨付きをもらいました。そして女王陛下から使者として動けるように委任状もね。これで他の貴族の領地である程度自由に振るまえる事になる」
「じゃあ、ティア様はルティエル女王様の代わりを務めるってことですか?」

 ジュールが目を輝かせて私を見ている。なんというか、懐いている子犬みたいで可愛い。
 尻尾が付いていたら間違いなく振り回していそうなその様子に癒されながら、少しだけ穏やかな時間を過ごしてしまうのだった。
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